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春の足音
16.
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津田は乾に向けた背中を丸めて律を抱え込み、小さな手をおしぼりで拭う。ベージュのストッキングについた染みまで拭くわけにいかない津田が謝ると、増井は泣き顔みたいな歓喜の表情で両手を伸ばした。
「そんなの全然いいですぅ!でも代わりに、律君だっこさせてください!」
いいともダメとも言わないうちに、増井は津田の膝から律を奪取して胸に抱いた。律は驚いた顔で首をひねったが、津田と乾の笑顔を確認すると安心したのか、柔らかな女性の胸にそっと頭を任せる。それを見た女性社員たちから一斉に黄色い声が上がり、増井の周りにはあっという間に人だかりができた。
津田に「女好きだから」と評されている律は、代わるがわる女性の腕に抱かれ、戸惑いも消えてすっかりご満悦だ。
「すぐ戻るから」
律がどいた好機に乗じて、津田が席を立った。
「タツもいるから大丈夫だろ」
少し不安そうな目を上げた律に津田が投げた一言に、女性たちと律の視線が一斉に乾に向く。
乾が律の前では津田を「ユキさん」と呼ぶのと同じように、津田も律には苗字や役職ではなく「タツ」と呼んでいると乾が気づいたのは、数日前のことだ。津田は乾と違い、本人の前ではそれを口に出すことはなかったのに。ましてや同僚がいるところでそれを零し、失態に気づかず部屋を出て行った彼は、おそらく見た目よりも酔っているのだろう。
律は乾の存在にホッとしたように小さく頷いたが、部下の女性たちの顔には「やっぱりねぇ」と言いたげな笑みが浮かんでいた。
気まずさよりも、嬉しさが顔に出てしまう。乾は緩む口元を手で覆い、何があるわけでもない天井に目を向けた。
女性社員たちはくすくす笑いながらも、言葉で上司をからかうようなことはしない。といってもそれは分別や忖度とは別の問題で、つまり目下彼女たちの一番の関心は、律をだっこする順番なのだった。
「そんなの全然いいですぅ!でも代わりに、律君だっこさせてください!」
いいともダメとも言わないうちに、増井は津田の膝から律を奪取して胸に抱いた。律は驚いた顔で首をひねったが、津田と乾の笑顔を確認すると安心したのか、柔らかな女性の胸にそっと頭を任せる。それを見た女性社員たちから一斉に黄色い声が上がり、増井の周りにはあっという間に人だかりができた。
津田に「女好きだから」と評されている律は、代わるがわる女性の腕に抱かれ、戸惑いも消えてすっかりご満悦だ。
「すぐ戻るから」
律がどいた好機に乗じて、津田が席を立った。
「タツもいるから大丈夫だろ」
少し不安そうな目を上げた律に津田が投げた一言に、女性たちと律の視線が一斉に乾に向く。
乾が律の前では津田を「ユキさん」と呼ぶのと同じように、津田も律には苗字や役職ではなく「タツ」と呼んでいると乾が気づいたのは、数日前のことだ。津田は乾と違い、本人の前ではそれを口に出すことはなかったのに。ましてや同僚がいるところでそれを零し、失態に気づかず部屋を出て行った彼は、おそらく見た目よりも酔っているのだろう。
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気まずさよりも、嬉しさが顔に出てしまう。乾は緩む口元を手で覆い、何があるわけでもない天井に目を向けた。
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