背徳のアルカディア

さほり

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Lucifer

3.

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 彼は眉ひとつ動かさず、流言を語るエメットを見ていた。薄い唇はその噂を否定も肯定もせず、固く引き結ばれている。心中に渦巻いているであろう感情を押し隠そうとする彼に、エメットは小さく息を吐いた。

「力任せに折られたな、痛かったろう」

 そう言うと、彼は一瞬泣き出しそうに顔を歪め、目を閉じて小さく首を横に振った。
 翼にも痛覚がある。痛くなかったはずはない。それとも、翼をもがれた物理的な痛みよりも強い苦痛が、彼の心にはあるのだろうか。
 純白の翼を失った嘆きか。
 愛した神に捨てられた哀しみか。

「お前、名前は?」

 エメットが聞くと、彼は少し迷うように瞳を揺らし、金色のまつ毛を伏せた。

「ガジーナ」

 その答えに、思わず眉をひそめる。ガジーナとは雌鶏めんどりのことだ。

「それはお前を見捨てた神に付けられた愛称だろう? 親にもらった名前は?」

 そうただしても、彼は答えなかった。羽をもがれ孤島に捨てられてまで神に与えられた愛称を名乗る彼に、苛立ちを覚える。

「健気だな。まさか、いつか神が迎えに来てくれるとでも思っているのか?」

 くらい気持ちで嫌味を言ったエメットから目をそらし、彼は立ち上がった。

「おい……っ」

 引き止める声に振り向きもせず、彼は裸足で木立を抜けて行く。その決然とした背中が、もう話すことはないと言っていた。
 草の上には、生み落とされた卵。エメットがそっと拾って手のひらに乗せると、それはほのかに温かかった。
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