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最後の正餐
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最後の正餐
※「正餐」(せいさん)
-正式な献立による食事であり、コース料理など、格式の高い食事のこと-
十八時を知らせる鐘の音を聞き、両手を合わせる。
「いただきます」
毎日のディナーは絶対に、この時間だ。何があろうと、一秒たりとも遅れることは許されない。同じ時間に食事を取らなければ、全てのリズムが崩れる。僕は変化を嫌う。それなのに前妻は、決まりを守れない、頭の悪い女だった。
「ごめんなさい。全部の料理が作れていないの。とりあえず、出来ている物から食べて」
まただ。時間すら守れない。それに、ディナーと呼ぶには、程遠い料理センスだ。
「何度も言わせないでくれ。頭の悪い君には、分からないかもしれないが、正餐を大事にしているんだ」
「そんな、正餐なんて表現の仕方しないでほしいわ。ただの夕飯じゃないの。こんな小さなテーブルで、貴族みたいに振る舞わないで」
僕の先祖は貴族だったに違いない。それは名前が証明している。『西園寺楓』こんな気高い名前は、貴族以外あり得ないだろう。
「君の名前も、西園寺にぴったりだと思って選んだが、間違いだった様だね。雅」
「もしかして、名前で私を選んだの?」
「それだけではないよ。料理も上手だと思ったからさ。でも僕は見る目がなかったみたいだ」
その日に僕は、雅を閉じ込めた。貴族を馬鹿にする様な奴はいらない。
あれから一年が経つ。雅のことは誰にも知られていない。遺体の異臭が心配だったが、浴槽に業務用の、強力な消臭剤と一緒に入れた。随分と匂いを抑えることができ、周りに気づかれることなく白骨化した。とても便利な世の中に感謝した。一般人でも業務用品がボタン一つで買えてしまうのだから。
骨は植木鉢に埋めた。「雅」という名の薔薇と一緒に。
新しい妻は完璧だ。まさに僕が求めていた理想の女性である。
『西園寺凛』は気品が高く、頭もいい。そして何より美人だ。突如、現れた彼女に一瞬で恋に落ちた。しかし、僕は条件を満たさない女はいらない。会う度に条件を満たす女か見定めた。
結果は、予想以上だった。誰かに横取りされては困ると、焦燥感に襲われ、すぐに籍を入れた。
今夜も十八時の鐘の音を聞いてから、両手を合わせる。
「いただきます」
火を灯したロウソクを燭台に乗せる。ナイフとフォークを使い、凛と一緒に正餐を頂く。雰囲気も最高である。
「今夜のメインは子羊のロースト -ナッツソース-です」
「実に上品な味だ」
「褒めていただき光栄ですわ。今はとても便利な世の中ですね。珍しいナッツを買うにも、ボタン一つですもの。でも、まだまだお料理のお勉強が足りないと思いますの。あなたに、もっと喜んで頂ける様、努力致します」
ーこの勘違い男と一緒に過ごしていると、笑いそうになる。バレないよう、ほとんど下を向いて接している。その仕草を清楚な振る舞いだと思っているのだ。私には好都合だが、なんて哀れな男なのだろう。しかも、驚くことに本気で先祖が貴族だと思っている。いや、どう考えても、そんなわけがないだろ。このクソ男。
自分の考えを押し付けるのは百歩譲って良しとしよう。いや、百歩では足りないが、そこはまぁ……とりあえず、良しとしよう。でもこいつは、妻を殺した。自分の思い通りにならないという理由だけで。雅は不器用ながらも真剣に料理と向き合っていた。それをこの男は、いとも簡単に殺したのだ。毎日の献立を考えるでけでも、吐き気がするのに、時間厳守の正餐。
毎度、『今日のメインディッシュは何だ』と聞かれる。そんなもの知るか。白米と焼いた肉があれば十分だ。碌な稼ぎもない営業マンが何様だ。食に拘っている奴が、妻を餓死させた。なんとも皮肉な話である。そろそろ朝食の時間だ。おままごとの時間が始まった。ー
「あなた、スムージーは必ずお飲みになってくださいね。最近、便秘気味だと言っていたので食物繊維たっぷりにして作ったのよ。あなたの事が心配なの」
「凛はとても優しいんだね。僕のことを、こんなにも気遣ってくれて」
「そんな、恥ずかしいですわ」
ー早く離れろ。勘違い野郎。毎晩の行為が特に気持ち悪い。そして、ずっと貴族ごっこはすごくキツイ。ー
凛と幸せな毎日を送り始めて、一年程経つ。ここ最近、胃腸の調子が悪い。もしかしたら、病気かもしれないと病院に行こうとしたが、凛に強く止められた。毎日スムージーを飲んでいればきっと大丈夫。凛がそう言っていた。
「あなたが、入院してしまったら一人になってしまうわ。そんな寂しい思いさせないで。私が改善させてみせる。だから一人にしないで」
泣きながらお願いされたら、離れられるわけがない。泣き顔もすごく美しかった。
あれから数ヶ月が経つ。改善する兆しはなく、倦怠感もプラスされ、日に日に体調が悪くなっている。食事も喉を通らず、二十キロ近く痩せてしまい、自力歩行も困難になってしまった。あれ程、正餐を楽しみにしていたのに、今では恐怖の時間でしかない。
「楓様、もうすぐ正餐のお時間ですよ。さぁ、私と一緒に座りましょう」
「今日は、本当に何も食べらない」
「そんなこと、仰らないで。楓様がとても楽しみにしていらした正餐ですよ。一秒足りとも遅れてはいけませんの」
「お、お願いだから、今日だけは……」
「ダメです。さぁ鐘の音を聞き、両手を揃えましょう」
「いただきます」
「声が小さいですわよ。楓様。さあ、もう一度」
「いただきます」
「楓様。スムージーだけは必ず、お召し上がりになってくださいね」
凛は、食事の度に必ずスムージを飲ませる。変化を嫌う僕のために、毎回同じ味で作ってくれるのだが、今日はナッツの味が受け付けない。しかし飲み切るまで何時間も座らせたままにする。何とかスムージーは飲み干した。
「よかったわ。スムージーは全部お飲みになれたのね。さぁ、ベッドへ参りましょう」
鏡に映る自分を見て驚いた。白目が黄色い……。倦怠感、意識障害……。絶対に病気だ。
「凛、お願いだ!病院に連れていってくれ。僕は絶対に病気だ」
「楓様。そんな心配なさらいで。病院なんて必要ないわ。今日は最後の正餐でしたから」
「最後の正餐?」
「そうですの。楓様はここから出られないのですよ。雅さまと同じように」
右頬に手を添えて甘い声で囁いた。
「な、なぜ、知っている。やめてくれ……。お願いだから」
このままでは、死んでしまうのに、毎日僕が愛した太ももの、薔薇から目を離さずにはいられなかった。
君は一体、何者だったんだ……。
※「正餐」(せいさん)
-正式な献立による食事であり、コース料理など、格式の高い食事のこと-
十八時を知らせる鐘の音を聞き、両手を合わせる。
「いただきます」
毎日のディナーは絶対に、この時間だ。何があろうと、一秒たりとも遅れることは許されない。同じ時間に食事を取らなければ、全てのリズムが崩れる。僕は変化を嫌う。それなのに前妻は、決まりを守れない、頭の悪い女だった。
「ごめんなさい。全部の料理が作れていないの。とりあえず、出来ている物から食べて」
まただ。時間すら守れない。それに、ディナーと呼ぶには、程遠い料理センスだ。
「何度も言わせないでくれ。頭の悪い君には、分からないかもしれないが、正餐を大事にしているんだ」
「そんな、正餐なんて表現の仕方しないでほしいわ。ただの夕飯じゃないの。こんな小さなテーブルで、貴族みたいに振る舞わないで」
僕の先祖は貴族だったに違いない。それは名前が証明している。『西園寺楓』こんな気高い名前は、貴族以外あり得ないだろう。
「君の名前も、西園寺にぴったりだと思って選んだが、間違いだった様だね。雅」
「もしかして、名前で私を選んだの?」
「それだけではないよ。料理も上手だと思ったからさ。でも僕は見る目がなかったみたいだ」
その日に僕は、雅を閉じ込めた。貴族を馬鹿にする様な奴はいらない。
あれから一年が経つ。雅のことは誰にも知られていない。遺体の異臭が心配だったが、浴槽に業務用の、強力な消臭剤と一緒に入れた。随分と匂いを抑えることができ、周りに気づかれることなく白骨化した。とても便利な世の中に感謝した。一般人でも業務用品がボタン一つで買えてしまうのだから。
骨は植木鉢に埋めた。「雅」という名の薔薇と一緒に。
新しい妻は完璧だ。まさに僕が求めていた理想の女性である。
『西園寺凛』は気品が高く、頭もいい。そして何より美人だ。突如、現れた彼女に一瞬で恋に落ちた。しかし、僕は条件を満たさない女はいらない。会う度に条件を満たす女か見定めた。
結果は、予想以上だった。誰かに横取りされては困ると、焦燥感に襲われ、すぐに籍を入れた。
今夜も十八時の鐘の音を聞いてから、両手を合わせる。
「いただきます」
火を灯したロウソクを燭台に乗せる。ナイフとフォークを使い、凛と一緒に正餐を頂く。雰囲気も最高である。
「今夜のメインは子羊のロースト -ナッツソース-です」
「実に上品な味だ」
「褒めていただき光栄ですわ。今はとても便利な世の中ですね。珍しいナッツを買うにも、ボタン一つですもの。でも、まだまだお料理のお勉強が足りないと思いますの。あなたに、もっと喜んで頂ける様、努力致します」
ーこの勘違い男と一緒に過ごしていると、笑いそうになる。バレないよう、ほとんど下を向いて接している。その仕草を清楚な振る舞いだと思っているのだ。私には好都合だが、なんて哀れな男なのだろう。しかも、驚くことに本気で先祖が貴族だと思っている。いや、どう考えても、そんなわけがないだろ。このクソ男。
自分の考えを押し付けるのは百歩譲って良しとしよう。いや、百歩では足りないが、そこはまぁ……とりあえず、良しとしよう。でもこいつは、妻を殺した。自分の思い通りにならないという理由だけで。雅は不器用ながらも真剣に料理と向き合っていた。それをこの男は、いとも簡単に殺したのだ。毎日の献立を考えるでけでも、吐き気がするのに、時間厳守の正餐。
毎度、『今日のメインディッシュは何だ』と聞かれる。そんなもの知るか。白米と焼いた肉があれば十分だ。碌な稼ぎもない営業マンが何様だ。食に拘っている奴が、妻を餓死させた。なんとも皮肉な話である。そろそろ朝食の時間だ。おままごとの時間が始まった。ー
「あなた、スムージーは必ずお飲みになってくださいね。最近、便秘気味だと言っていたので食物繊維たっぷりにして作ったのよ。あなたの事が心配なの」
「凛はとても優しいんだね。僕のことを、こんなにも気遣ってくれて」
「そんな、恥ずかしいですわ」
ー早く離れろ。勘違い野郎。毎晩の行為が特に気持ち悪い。そして、ずっと貴族ごっこはすごくキツイ。ー
凛と幸せな毎日を送り始めて、一年程経つ。ここ最近、胃腸の調子が悪い。もしかしたら、病気かもしれないと病院に行こうとしたが、凛に強く止められた。毎日スムージーを飲んでいればきっと大丈夫。凛がそう言っていた。
「あなたが、入院してしまったら一人になってしまうわ。そんな寂しい思いさせないで。私が改善させてみせる。だから一人にしないで」
泣きながらお願いされたら、離れられるわけがない。泣き顔もすごく美しかった。
あれから数ヶ月が経つ。改善する兆しはなく、倦怠感もプラスされ、日に日に体調が悪くなっている。食事も喉を通らず、二十キロ近く痩せてしまい、自力歩行も困難になってしまった。あれ程、正餐を楽しみにしていたのに、今では恐怖の時間でしかない。
「楓様、もうすぐ正餐のお時間ですよ。さぁ、私と一緒に座りましょう」
「今日は、本当に何も食べらない」
「そんなこと、仰らないで。楓様がとても楽しみにしていらした正餐ですよ。一秒足りとも遅れてはいけませんの」
「お、お願いだから、今日だけは……」
「ダメです。さぁ鐘の音を聞き、両手を揃えましょう」
「いただきます」
「声が小さいですわよ。楓様。さあ、もう一度」
「いただきます」
「楓様。スムージーだけは必ず、お召し上がりになってくださいね」
凛は、食事の度に必ずスムージを飲ませる。変化を嫌う僕のために、毎回同じ味で作ってくれるのだが、今日はナッツの味が受け付けない。しかし飲み切るまで何時間も座らせたままにする。何とかスムージーは飲み干した。
「よかったわ。スムージーは全部お飲みになれたのね。さぁ、ベッドへ参りましょう」
鏡に映る自分を見て驚いた。白目が黄色い……。倦怠感、意識障害……。絶対に病気だ。
「凛、お願いだ!病院に連れていってくれ。僕は絶対に病気だ」
「楓様。そんな心配なさらいで。病院なんて必要ないわ。今日は最後の正餐でしたから」
「最後の正餐?」
「そうですの。楓様はここから出られないのですよ。雅さまと同じように」
右頬に手を添えて甘い声で囁いた。
「な、なぜ、知っている。やめてくれ……。お願いだから」
このままでは、死んでしまうのに、毎日僕が愛した太ももの、薔薇から目を離さずにはいられなかった。
君は一体、何者だったんだ……。
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