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ハエトリグモの共食い王
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猫の素晴らしいところは野性的なところだ、という声を何度か聞いた気がする。
それならハエトリグモも負けていない。野性的……というか野生そのものだ。共食いもするし。
って、共食いまでする野生は流石に需要ないかな。
うちのハエトリグモが二度目の共食いをした。
ハエトリグモの写真を撮ったり種類を調べたりしつつ、わりとしっかり観察するようになったのは去年からだし、それまでにも共食いは起こっていたのかもしれないけれど、目にするとちょっと残酷で切ないものがある。
以前うっかり掃除機でハエトリグモをひいてしまって一匹お亡くなりになり、その後共食いで一匹亡くなり……また共食いをして、これで三匹亡くなった。なのにその後また新しい子が外から入ってきたようだ。
今いないのでもう出て行ったかもしれないけれど。蜘蛛界も大変だなぁ……。
二度目の共食いが起こったのは11月のある日。二匹のハエトリグモが天井で向き合っていた。逆光でよく見えないけれど……一匹が何度ももう一匹に近づこうとしているようだった。
危ないので近づかないでほしかったが、私には蜘蛛に命令したり止めたりする権利はない。野生だし。
メスがオスに近づこうとしているのだろうか? 近づこうとしている側のハエトリグモが危なっかしい動きを繰り返す。もう一匹はそれを獲物と捉えて狙っているようにしか見えない。
危なっかしいやり取りは続き……その後二匹は至近距離で見つめ合っていた。何か話しているのだろうか。
次の日の朝、二匹はすごく近いところに一緒にいた。まだ生きている……とホッとしたのも束の間、次に見たときには一匹がもう一匹を捕らえていた。
食べられてしまったか……。
食べられた蜘蛛の亡骸は落ちてこなかった。天井付近に引っかかってその場に留まっている。
もう一匹は遺体のすぐ側に陣取り、巣のようなものを作り始めた。ハエトリグモって徘徊型の蜘蛛だけど巣を作るのか……?
もしかして卵を産んでいるのだろうか。近づいていったのはオスで、交尾したあと食われたとか?
まさか「僕を食べて僕の子孫を残してくれ」とメスに言い残していたりして……。
そんなことを思ってしまうのは、生き残った蜘蛛が死んだ蜘蛛を見つめるような形で巣に入っていたからだ。生きている方のハエトリグモは何度か亡骸に近づき、触れていた。人間にはよく分からないけれど、これも一種の愛の形なのかも。
生き残った方はたぶんメスだろう。立派な佇まいに敬意を表して共食い女王と呼ぶことにする。
その後共食い女王は何か小さいものを追いかけていた。小さいものは無事逃げ切った。どうも蜘蛛の子だったらしい。小さいとはいえそれなりに育っているようだし、一匹でいるので共食い女王の子ではないだろう。
蜘蛛の子……ちび蜘蛛は天井に居着いたようだ。時々姿が確認できた。
危なっかしいことに、この間せっかく逃げ切れたというのに共食い女王の縄張りに近づいていく。再度女王に追われ、なんとか逃げられたものの、また近づいていってウロチョロする。女王はじっと狙いを定め、獲物が近づいてくるのを待つ。
そして……ちび蜘蛛も女王に捕まってしまった。ちび蜘蛛の姿は何度か見かけていたので切ないものがある。
共食いを繰り返したからか、まだ卵を産んでいないのか、共食い女王のお腹は大きくなっている。そして巣を作ってそこにじっと留まるのかと思ったらそうでもなく、時々巣を離れてウロチョロする。しばらくすると別の場所にもう一つ巣を作った。
それから何日かして、共食い女王の姿は見えなくなった。外へ出て行ったのか、巣に潜っているのか、どこかで亡くなっているのか……。室内はシーンとしている。
と思ったら何日もしてからひょっこり現れた。嬉しかった。女王は2つの巣を行ったり来たり、その近くをウロウロしている。おなかが空いたのだろうか、ちゃんと冬越しできるのだろうか……。やはり彼女は自分が食べたハエトリグモの亡骸に何度か触れていた。
その後女王は活動範囲を部屋の隅にまで広げた。時々巣に入っては、落ち着かない様子で動き回る。部屋の端まで行き、また巣に戻ってくる。
このとき女王の模様を見ていて思った。「ん? これ、オスじゃないか?」と。
ハエトリグモのメスは茶色っぽく模様が目立たない(ものが多い)。一方、女王の模様はクッキリしているように見える。
実は前から薄々そのように感じていたのだが、巣を作るような行動をしたところを見て卵を産むのかと思い、メスだと思ったのだ。
あと、このハエトリグモは主に天井をウロウロしているので(壁や床に下りてくる者もいるが、この子は天井をナワバリにしているらしい)、模様がよく見えず、あまり姿形を確認できていなかった。ということで間違えてしまった。
途中で蜘蛛が入れ替わっている可能性もあるが、すんなり巣に入っているところを見ると、やはりずっと同じ蜘蛛なんじゃないだろうか。ということで共食い女王はこの日から共食い王となった。
共食い王はその後、活発に動き回った。12月直前だった。
オスだったとすると巣のようなものは卵ではない。ハエトリグモは巣のようなものを作って冬越しするのだろうか。もしかしたら、以前冬越しのために巣を作って閉じこもったものの、部屋に暖房を入れたため暖かくなったので春だと思って起きてしまったんじゃなかろうか。しばらく見かけなかった間は巣にこもっていたのかもしれない。
だとしたらなんだか申し訳ない。ウロウロしているのを見ると、空腹なのだろうかと思う。共食いしたときは大きくなっていたおなかももう凹んでいるようだ。殺生を望むのもおかしなことだけれど、ハエトリグモが何か捕って食べられますようにと願ってしまう。
もう12月直前……今起きて歩き回っているのはまずいんじゃないだろうか。そのうち餓死するかもしれない。元気な今のうちになんとかしたい気もするが……。
外に逃がせば共食い王は生きられるんだろうか。もうすぐ冬だけど雪虫はいるかもしれないし、外に出れば少し何か食べたあと、ちゃんと自然のリズムで冬眠に入れるかもしれない。
ただ、私はハエトリグモの生態を知らないし蜘蛛の気持ちも分からないのだ。ハエトリグモは冬になったら亡くなるものだとばかり思っていた。
そしてうちのハエトリグモは出入り自由なはずだ。そのことで生物的リズムを乱してしまったのだとしたら申し訳ないが、入ってきたのは蜘蛛の選択だし、手出しするべきじゃないかもしれない。それに意外と小虫を捕まえて食べることができているのかもしれないし。
ということで見守った。蜘蛛が窓際にいたので、そこから出られるはずだと念を送りつつ。
その後12月になったが、ハエトリグモが亡くなる様子はなく、部屋にずっといた。何を食べているのか分からないが大丈夫そうな気がしてきた。
そしてハエトリグモは出て行くどころか……少し小さいのがもう一匹増えた。どこからか入ってきたらしい。少し小さいといっても普通の大人サイズなんだけど、共食い王がいると小さく見える。
外はもう寒いし、ハエトリグモが暖かいところに入りたいと判断したならしょうがない。冬をどこでどのように過ごすかは個虫の自由だ。
ここには共食い王がいるけれど……。もし小さいのが共食い王に食われてしまっても自然の摂理というやつだろう。共食い王ももしかしたらずっと飢えているかもしれないのだ。逃がせる他の虫は逃がすけれど、ハエトリグモは自然に任せることにした。
それから数日経つと小さい方の蜘蛛の姿が見えなくなった。共食い王にやられてしまったんだろうか……。
しかししばらくすると小さい方が壁に現れた。
おお、生きていたのか。久しぶり……と思ったら、なんとリアルタイムで共食い王に追われているところだった。
後ろから猛烈な勢いで共食い王がやってくる。小さいのが逃げる。その距離はもう数センチにまで縮まっていたんじゃないだろうか。
次の瞬間……
小さいのが飛び降りた。
か、落ちたか……。とにかく次の瞬間、下にいた。
逃げ切った小さいのと獲物に逃げられた共食い王、共に呆然としていた。小さいのは命の危機が迫っていたから怖かっただろう。共食い王にとってはやっと見つけた久々の獲物だったかもしれない。
どっちも頑張ってほしいな……。
自然というのは残酷なものだ。誰かを食べないと生きられないなんて。
ハエトリグモの姿に、改めて命の儚さと物悲しさを感じた。
やがて12月も終わりに近づいたが、共食い王は相変わらず部屋にいた。
なんだかもう何ヶ月も一緒にいるような気持ちになるのだが、共食い王についてブログで初めて書き残したのが11月10日で、まだ出会ってから2ヵ月も経っていない。蜘蛛の見分けには自信がないから、どこかで入れ替わっているかもしれないけど。
私は目が悪く不注意で、虫を踏み殺してしまう事件が今までに何度かあった。これ以上目が悪くなったら、もっと虫が見えなくなるだろう。ハエトリグモは今も自由に歩き回っているのでヒヤヒヤする。
けど偉いものだ。気づくと共食い王はやはり冬越し用の巣に戻ってきて入っている。
ハエトリグモの行動範囲は広いように見えるのだが、行動範囲内のことは全部ちゃんと覚えているんだろうか。
そして共食い王は床には降りてこないようにしているようだ。
こんな虫たちの様子も、そのうち肉眼では見えづらくなるかもしれない。そう思うと、今のうちにもっと虫たちの姿を見て記憶に焼き付けておくべきかなぁと思ったりした。
そして12月31日。
共食い王は突然事故死した。
他の人がカーテンを引いたら上から遺体となって落ちてきた、という状況である。ここのところ共食い王は活発に行動範囲を広げ、いつもはいない場所にも足を伸ばしていた。が、カーテンレール付近は前から頻繁に探索する場所であった。
私がその前にカーテンを引いた時に殺していた可能性や、餓死した可能性もなくはない。既に死んでいた状態で落ちてきた可能性もある。とにかく共食い王は亡くなってしまった。
前日の30日まで元気そうで、毎日よく見かける日が続いていたので、ここまでくれば一緒に年を越せるものだと思っていた。
あんなに生き生きと動いていても、共食いをするほど強くても、こうしてみんないずれ死ぬ。
だけど彼らの子孫は消えない。あんなに小さいのに、虫たちは毎年命を繋ぎ、当たり前のように毎年現れる。
命が生まれ育つことは人間であれ生き物であれ、決して当たり前ではないのだけれど。
ハエトリグモは偉い。私と違って「イヌやネコを食べるのは可哀想、人間も食べちゃいけない、でもニワトリとウシとブタなら食べていい」などと差別しない。仲間でも子どもでもなんでも食べる。そして精一杯生き、静かに散ってゆく。偽善的で不確かな人間の言い分より、ハエトリグモのありのままの姿の方が真理に近いのではないだろうか。
それでも私はハエトリグモとは違う道を行く。机上の空論や自問自答を繰り返す。
命の重みとは何なのか。私自身が差別しているから答えが出ないのに、答えの出ない道を行く。
ハエトリグモの潔さがうらやましい。
以前ハエトリグモとじっと見つめ合った、あのときの目は純粋で汚れがなく、キラキラと輝いていた。
生きているものは美しい。物事に善悪などないのだと……一生懸命生きてゆくハエトリグモを見ていると思う。
それならハエトリグモも負けていない。野性的……というか野生そのものだ。共食いもするし。
って、共食いまでする野生は流石に需要ないかな。
うちのハエトリグモが二度目の共食いをした。
ハエトリグモの写真を撮ったり種類を調べたりしつつ、わりとしっかり観察するようになったのは去年からだし、それまでにも共食いは起こっていたのかもしれないけれど、目にするとちょっと残酷で切ないものがある。
以前うっかり掃除機でハエトリグモをひいてしまって一匹お亡くなりになり、その後共食いで一匹亡くなり……また共食いをして、これで三匹亡くなった。なのにその後また新しい子が外から入ってきたようだ。
今いないのでもう出て行ったかもしれないけれど。蜘蛛界も大変だなぁ……。
二度目の共食いが起こったのは11月のある日。二匹のハエトリグモが天井で向き合っていた。逆光でよく見えないけれど……一匹が何度ももう一匹に近づこうとしているようだった。
危ないので近づかないでほしかったが、私には蜘蛛に命令したり止めたりする権利はない。野生だし。
メスがオスに近づこうとしているのだろうか? 近づこうとしている側のハエトリグモが危なっかしい動きを繰り返す。もう一匹はそれを獲物と捉えて狙っているようにしか見えない。
危なっかしいやり取りは続き……その後二匹は至近距離で見つめ合っていた。何か話しているのだろうか。
次の日の朝、二匹はすごく近いところに一緒にいた。まだ生きている……とホッとしたのも束の間、次に見たときには一匹がもう一匹を捕らえていた。
食べられてしまったか……。
食べられた蜘蛛の亡骸は落ちてこなかった。天井付近に引っかかってその場に留まっている。
もう一匹は遺体のすぐ側に陣取り、巣のようなものを作り始めた。ハエトリグモって徘徊型の蜘蛛だけど巣を作るのか……?
もしかして卵を産んでいるのだろうか。近づいていったのはオスで、交尾したあと食われたとか?
まさか「僕を食べて僕の子孫を残してくれ」とメスに言い残していたりして……。
そんなことを思ってしまうのは、生き残った蜘蛛が死んだ蜘蛛を見つめるような形で巣に入っていたからだ。生きている方のハエトリグモは何度か亡骸に近づき、触れていた。人間にはよく分からないけれど、これも一種の愛の形なのかも。
生き残った方はたぶんメスだろう。立派な佇まいに敬意を表して共食い女王と呼ぶことにする。
その後共食い女王は何か小さいものを追いかけていた。小さいものは無事逃げ切った。どうも蜘蛛の子だったらしい。小さいとはいえそれなりに育っているようだし、一匹でいるので共食い女王の子ではないだろう。
蜘蛛の子……ちび蜘蛛は天井に居着いたようだ。時々姿が確認できた。
危なっかしいことに、この間せっかく逃げ切れたというのに共食い女王の縄張りに近づいていく。再度女王に追われ、なんとか逃げられたものの、また近づいていってウロチョロする。女王はじっと狙いを定め、獲物が近づいてくるのを待つ。
そして……ちび蜘蛛も女王に捕まってしまった。ちび蜘蛛の姿は何度か見かけていたので切ないものがある。
共食いを繰り返したからか、まだ卵を産んでいないのか、共食い女王のお腹は大きくなっている。そして巣を作ってそこにじっと留まるのかと思ったらそうでもなく、時々巣を離れてウロチョロする。しばらくすると別の場所にもう一つ巣を作った。
それから何日かして、共食い女王の姿は見えなくなった。外へ出て行ったのか、巣に潜っているのか、どこかで亡くなっているのか……。室内はシーンとしている。
と思ったら何日もしてからひょっこり現れた。嬉しかった。女王は2つの巣を行ったり来たり、その近くをウロウロしている。おなかが空いたのだろうか、ちゃんと冬越しできるのだろうか……。やはり彼女は自分が食べたハエトリグモの亡骸に何度か触れていた。
その後女王は活動範囲を部屋の隅にまで広げた。時々巣に入っては、落ち着かない様子で動き回る。部屋の端まで行き、また巣に戻ってくる。
このとき女王の模様を見ていて思った。「ん? これ、オスじゃないか?」と。
ハエトリグモのメスは茶色っぽく模様が目立たない(ものが多い)。一方、女王の模様はクッキリしているように見える。
実は前から薄々そのように感じていたのだが、巣を作るような行動をしたところを見て卵を産むのかと思い、メスだと思ったのだ。
あと、このハエトリグモは主に天井をウロウロしているので(壁や床に下りてくる者もいるが、この子は天井をナワバリにしているらしい)、模様がよく見えず、あまり姿形を確認できていなかった。ということで間違えてしまった。
途中で蜘蛛が入れ替わっている可能性もあるが、すんなり巣に入っているところを見ると、やはりずっと同じ蜘蛛なんじゃないだろうか。ということで共食い女王はこの日から共食い王となった。
共食い王はその後、活発に動き回った。12月直前だった。
オスだったとすると巣のようなものは卵ではない。ハエトリグモは巣のようなものを作って冬越しするのだろうか。もしかしたら、以前冬越しのために巣を作って閉じこもったものの、部屋に暖房を入れたため暖かくなったので春だと思って起きてしまったんじゃなかろうか。しばらく見かけなかった間は巣にこもっていたのかもしれない。
だとしたらなんだか申し訳ない。ウロウロしているのを見ると、空腹なのだろうかと思う。共食いしたときは大きくなっていたおなかももう凹んでいるようだ。殺生を望むのもおかしなことだけれど、ハエトリグモが何か捕って食べられますようにと願ってしまう。
もう12月直前……今起きて歩き回っているのはまずいんじゃないだろうか。そのうち餓死するかもしれない。元気な今のうちになんとかしたい気もするが……。
外に逃がせば共食い王は生きられるんだろうか。もうすぐ冬だけど雪虫はいるかもしれないし、外に出れば少し何か食べたあと、ちゃんと自然のリズムで冬眠に入れるかもしれない。
ただ、私はハエトリグモの生態を知らないし蜘蛛の気持ちも分からないのだ。ハエトリグモは冬になったら亡くなるものだとばかり思っていた。
そしてうちのハエトリグモは出入り自由なはずだ。そのことで生物的リズムを乱してしまったのだとしたら申し訳ないが、入ってきたのは蜘蛛の選択だし、手出しするべきじゃないかもしれない。それに意外と小虫を捕まえて食べることができているのかもしれないし。
ということで見守った。蜘蛛が窓際にいたので、そこから出られるはずだと念を送りつつ。
その後12月になったが、ハエトリグモが亡くなる様子はなく、部屋にずっといた。何を食べているのか分からないが大丈夫そうな気がしてきた。
そしてハエトリグモは出て行くどころか……少し小さいのがもう一匹増えた。どこからか入ってきたらしい。少し小さいといっても普通の大人サイズなんだけど、共食い王がいると小さく見える。
外はもう寒いし、ハエトリグモが暖かいところに入りたいと判断したならしょうがない。冬をどこでどのように過ごすかは個虫の自由だ。
ここには共食い王がいるけれど……。もし小さいのが共食い王に食われてしまっても自然の摂理というやつだろう。共食い王ももしかしたらずっと飢えているかもしれないのだ。逃がせる他の虫は逃がすけれど、ハエトリグモは自然に任せることにした。
それから数日経つと小さい方の蜘蛛の姿が見えなくなった。共食い王にやられてしまったんだろうか……。
しかししばらくすると小さい方が壁に現れた。
おお、生きていたのか。久しぶり……と思ったら、なんとリアルタイムで共食い王に追われているところだった。
後ろから猛烈な勢いで共食い王がやってくる。小さいのが逃げる。その距離はもう数センチにまで縮まっていたんじゃないだろうか。
次の瞬間……
小さいのが飛び降りた。
か、落ちたか……。とにかく次の瞬間、下にいた。
逃げ切った小さいのと獲物に逃げられた共食い王、共に呆然としていた。小さいのは命の危機が迫っていたから怖かっただろう。共食い王にとってはやっと見つけた久々の獲物だったかもしれない。
どっちも頑張ってほしいな……。
自然というのは残酷なものだ。誰かを食べないと生きられないなんて。
ハエトリグモの姿に、改めて命の儚さと物悲しさを感じた。
やがて12月も終わりに近づいたが、共食い王は相変わらず部屋にいた。
なんだかもう何ヶ月も一緒にいるような気持ちになるのだが、共食い王についてブログで初めて書き残したのが11月10日で、まだ出会ってから2ヵ月も経っていない。蜘蛛の見分けには自信がないから、どこかで入れ替わっているかもしれないけど。
私は目が悪く不注意で、虫を踏み殺してしまう事件が今までに何度かあった。これ以上目が悪くなったら、もっと虫が見えなくなるだろう。ハエトリグモは今も自由に歩き回っているのでヒヤヒヤする。
けど偉いものだ。気づくと共食い王はやはり冬越し用の巣に戻ってきて入っている。
ハエトリグモの行動範囲は広いように見えるのだが、行動範囲内のことは全部ちゃんと覚えているんだろうか。
そして共食い王は床には降りてこないようにしているようだ。
こんな虫たちの様子も、そのうち肉眼では見えづらくなるかもしれない。そう思うと、今のうちにもっと虫たちの姿を見て記憶に焼き付けておくべきかなぁと思ったりした。
そして12月31日。
共食い王は突然事故死した。
他の人がカーテンを引いたら上から遺体となって落ちてきた、という状況である。ここのところ共食い王は活発に行動範囲を広げ、いつもはいない場所にも足を伸ばしていた。が、カーテンレール付近は前から頻繁に探索する場所であった。
私がその前にカーテンを引いた時に殺していた可能性や、餓死した可能性もなくはない。既に死んでいた状態で落ちてきた可能性もある。とにかく共食い王は亡くなってしまった。
前日の30日まで元気そうで、毎日よく見かける日が続いていたので、ここまでくれば一緒に年を越せるものだと思っていた。
あんなに生き生きと動いていても、共食いをするほど強くても、こうしてみんないずれ死ぬ。
だけど彼らの子孫は消えない。あんなに小さいのに、虫たちは毎年命を繋ぎ、当たり前のように毎年現れる。
命が生まれ育つことは人間であれ生き物であれ、決して当たり前ではないのだけれど。
ハエトリグモは偉い。私と違って「イヌやネコを食べるのは可哀想、人間も食べちゃいけない、でもニワトリとウシとブタなら食べていい」などと差別しない。仲間でも子どもでもなんでも食べる。そして精一杯生き、静かに散ってゆく。偽善的で不確かな人間の言い分より、ハエトリグモのありのままの姿の方が真理に近いのではないだろうか。
それでも私はハエトリグモとは違う道を行く。机上の空論や自問自答を繰り返す。
命の重みとは何なのか。私自身が差別しているから答えが出ないのに、答えの出ない道を行く。
ハエトリグモの潔さがうらやましい。
以前ハエトリグモとじっと見つめ合った、あのときの目は純粋で汚れがなく、キラキラと輝いていた。
生きているものは美しい。物事に善悪などないのだと……一生懸命生きてゆくハエトリグモを見ていると思う。
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お風呂にハエトリグモがいて、こちらが丸腰なこともあり、いつもビビりながら入っているのですが…今日見たら下図が減って一匹めっちゃでかいのがいて、もしやコイツラ共食いするんか?と思って調べていたら、この文章に辿り着きました…。私も可愛がれるようになりたいと思います…!笑
じじさん コメントありがとうございます!
私の家にもよくハエトリグモがいますが、噛まれたことは一度もないので、おとなしい蜘蛛だと思います😆
カマキリや蜘蛛などの肉食の虫は、よく共食いするみたいですね💦
ハエトリグモを可愛がろうとしてくださって嬉しいです!笑 ありがとうございます😊
ハエトリグモがテーマで嬉しいです!
うちはアダンソンを飼っていますが、とても自由気ままながら賢さもあって、見ていてとても楽しいです!
お掃除の時じっとしてくれたり、勇ましく狩りをしたり、眠くなった時に勝手に巣に帰って寝たり……本当に好きです。
自然の中にいたらもっと激しいでしょうね♪
コメントありがとうございます!
四季さんはアダンソンさんを飼っておられるのですね(*^-^*)
アイコン画像も蜘蛛の顔で素敵ですね。
ハエトリグモは本当に賢くて可愛いですよね。
仕草も面白いし、近づくと目を合わせてくれたりして嬉しいです。
YouTubeに投稿されている、マウスポインターを追いかけるハエトリグモや鏡に反応するハエトリグモの動画も好きです。
ハエトリグモといえば、英マンチェスター大学の研究チームが、♀ハエトリグモの「キム」を調教してジャンプさせることに成功したという話をネットで見てビックリしました。やっぱり頭が良いのですね。