男3人、いなかですごす。

なずとず

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第3話 白菜と大根の寄せ鍋

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 トントントン、というリズミカルな音に、僕は目を覚ました。

 いつの間にか、床に転がって居眠りしてしまったらしい。部屋はすっかり暗くなっていて、夜の近づく空気が寒い。僕は慌てて起き上がり、上着を羽織ると部屋を出た。

 やっかいになるといっても、何もしないわけにはいかない。お手伝いをしなくては、といそいそ音のする方へ向かう。

 どうやら玄関から入って2つ目の部屋が、台所だったみたいだ。おずおずと中を覗くと、グレイヘアの慶一郎さんがコンロに向かっているのが見えた。大きな土鍋に、野菜を切っては入れている。今夜は鍋なのかもしれない。

「あ、あの。なにかお手伝い……」

 声をかけたものの、慶一郎さんのことはよく知らない。だから、とても小さい声だったかも。いや、実を言うと仁さんのこともよくわからないんだけど。

 すると慶一郎さんはちらりと振り返って、それからすぐにコンロに向き直った。

「別にいいよ」

「で、でも、お世話になるばっかりじゃいけないから……」

「鍋は簡単に作れるし、君は夕飯の時間までゆっくりしてて」

「…………」

 言いきられてしまって、僕は俯いて言葉を失ってしまう。

 慶一郎さんの言うとおり、部屋でじっとしていたほうがいいんだろうか。でもそれじゃあ、実家にいるのと変わらないし。だけど変に何かして、今度は慶一郎さんや仁さんに怒鳴られたくもない。

 どうするのが、正しいんだろう。そう考えると、頭がざわざわしてうまく考えられなくなる。身体がきんと冷えて、喋ることも動くこともできなくなる。

 僕はいつの頃からか、こういうとき小さな子どもみたいになってしまった。

 そんな僕を、慶一郎さんはもう一度振り返って、静かに尋ねた。

「君は、「やりたい」の?」

「え……?」

「やらなきゃいけない、と思うんじゃなくて、やりたいと思うの?」

「…………」

 難しい質問だ。僕はざわざわうるさい頭で、一生懸命考える。

 確かに。僕は、お世話になるんだから何かお手伝いをしないと、という義務感にかられていたような。でも、じゃあどうして、しなくていいと言われてこんなに落ち込んでいるんだろう。お言葉に甘えて、と言って、部屋に戻るだけでいいのに。

 そう考えたら、自然と答えが見えてくる。僕は慶一郎さんを見ると、はっきり答えた。

「僕、やりたいです。お手伝いがしたいです」

 何か、誰かの役に立ちたい。そんな気持ちだった。それが「やらなきゃいけない」じゃないのかと言われたら自信はないけど。でも、僕は仁さんや慶一郎さんの役に立ちたかった。やりたかったんだ。

「そう。じゃあ、手伝って」

 慶一郎さんは表情ひとつ変えずに、呆気なく承知してくれた。面食らっていると、彼は食器棚を指差しながら言う。

「食器類を隣の部屋へ運んでくれる? テーブルの窓側が仁と君、廊下側が僕の席」

「は、はい」

 返事をして、食器棚に向かう。木製で、レトロな模様のついたガラス戸がついた棚に並ぶ食器を眺め、どれが要るかと考えていると、「そっちの御椀」と慶一郎さんが指差して教えてくれる。

「わからないことがあったら聞いて」

「はいっ、えっとお箸とかは」

「そこの引き出し。全部同じ箸で共用。気になるなら、隣の割りばしか君が持って来てるならそれを使って」

「はい」

 返事をしながら、見つけたお盆に食器を並べていると、「なんだなんだ」と台所へ仁さんもやってきた。

「お、なんだ陽翔。手伝ってくれてんのか」

「あ、はい。僕も何かしたくって……」

「おーおー、元気でいいねぇ。じゃあ、皆で夕飯の準備をすっかね」

「仁は漬物」

「あーそうだった。漬物な、漬物」

 そんな感じで、僕たちは台所でわちゃわちゃ、三人で夕飯の支度をした。慶一郎さんはずっと鍋を見つめて、時々味見をしては首を傾げて何かをドボドボ入れたりする。僕は食器とカセットコンロを用意して、仁さんは白菜の漬物を刻んだりなんかして。

 そんな風に動いているのは、僕もなんとなく楽しかった。

 茶の間には年季の入った立派な一枚板のテーブルが置いてあって、そこに僕たちは鍋と漬物を用意した。「いただきます」と三人で手を合わせて、それから仁さんは僕の御椀へ勝手に鍋の具を入れ始めた。

「陽翔は都会っ子だもんな、畑で採れた野菜なんて食ったことないだろ、たんと食えよ」

「は、はい」

「仁、野菜は畑でしか採れない」

「わかってるよ、言葉のあやだろ、あや! いいか陽翔、うちの野菜はこの仁叔父さんが作ってる無農薬有機野菜ってやつだ、都会の野菜とは違うぞ~。特にこの白菜と、大根は格別なんだからよ、ほら食ってみろ、な」

 僕の手に、温かい椀が渡ってくる。湯気と一緒に醤油とだしの香りがふわりと漂い、どこか安心する感覚。白菜に、大根を薄くスライスしたもの、水菜に豚バラ肉、しらたきの入った、なんの変哲もない鍋ではあった。

 仁さんと慶一郎さんに、改めて「いただきます」と頭を下げて。まずは白菜にかじりついた。

 じゅわ、とだし汁の沁みこんだ、旨味のある水分が口の中に広がる。普段食べている白菜よりずっと柔らかいのに、不思議と歯ごたえも有り食感がいい。なにより、野菜本来の甘味がしっかりあって、まるで別の食べ物みたいだ。

「どうだ? どうだ?」

 仁さんが食べもしないで僕の顔を覗き込むものだから、僕はこくこく頷きながら「おいしいです」とそれだけひとまず答えた。もっと食レポしたほうがいいかと思ったけど、仁さんは「そうだろ、そうだろー!」と嬉しそうに笑う。

「いっぱいお日さん浴びた野菜は美味いからな。ほら、漬物も食え。米も美味いぞ。なんせ叔父さんが自分で精米してるんだからなぁ!」

 促されるままに、僕は出された料理を次々に口へ運ぶ。白菜の漬物はシャキシャキなのに柔らかく、甘味と旨味が凝縮されていた。米はふっくらしていて甘みも有る。薄切りにされた大根はトロっと融けるみたいでとても美味しい。

 何を食べても美味しいものばっかりだ。僕は久しぶりに食事が楽しくて、思わず顔がほころぶ。

 そんな僕を見て、仁さんも、何故か慶一郎さんも微笑んでいる。そんな温かい夕飯を、僕は楽しんだ。その時の僕は、色んな事を忘れていられた。




 夕飯も終わり、風呂も上がって。それぞれが自室に戻ってしまえば、僕はまた部屋にひとりだ。ストーブで温めた部屋、ふかふかの布団に包まれていても、夜になればじわりじわりと室温が下がっていくのと同じように、僕の気持ちも沈んでいく。

 食事は美味しいし、仁さんも慶一郎さんも悪い人じゃない。ここは案外居心地のいい場所かもしれない。それでもやっぱり、ひとりになると不安な気持ちがざわざわと、部屋の隅の方から這い上がってくる。

 何かしなくては、とスマホを開く。メッセージアプリには通知が来ていて、見れば父さんからのものだった。

『叔父さんの所はどうだ、無事着いたか。そっちでゆっくりさせてもらうといい、叔父さんは優しいから。寝る前に返事ください、母さんも心配しています』

 母さんも、心配しています。

 その言葉を何度か読み返す。本当だろうか。父さんがそう思ってるだけなんじゃ。そんな気持ちに蓋をして、僕は返事を書いていく。

『大丈夫だよ、思ってたより田舎だけど、仁さんには優しくしてもらってる。しばらくこっちにいます』

 それだけを送って、僕は充電器に繋いだスマホを床に伏せる。すぐにバイブ音がしたので、ちらっと画面を見ると、スタンプが届いたと書いてあるからまた床に伏せる。

 しばらくは。家族のことも、考えたくない。何にも考えずに寝ていたい。仁さんの家へお世話になってるからそういうわけにもいかないけど。

 結局僕は、逃げることさえ自分で決められなかったんだなぁ。ぼんやり考えると、涙がにじんだ。


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