男3人、いなかですごす。

なずとず

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第4話 見ようとすると、見えないもの

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「陽翔~~」

「! っ、は、はい」

 部屋の外から仁さんに声をかけられて、飛び起きる。目尻を擦っていると、仁さんは戸の向こうから続けた。

「まだ起きてるか?」

「は、はい」

「んじゃあ、ちょっと叔父さんの部屋に来いよ。めちゃくちゃ防寒してさ」

「え?」

 仁さん部屋へ行くのに、防寒? よくわからないで聞き返したけど、「急がなくていいからな~」と言い残して仁さんは行ってしまった。僕、そもそも仁さんの部屋がどこか知らないんだけど。

 勝手な人だなぁ、と頭を掻いて、でも断れなかったわけだから仕方なくダウンジャケットを羽織る。分厚い靴下に手袋を用意して、のろのろと廊下へ出る。

 長い廊下は常夜灯ばかりが照らし出していて、薄暗い。まだ慣れない景色はどことなく薄気味悪くて、正直このまま部屋に戻りたくなった。けど、黙って寝るのもきっと良くない。恐る恐る廊下を進んで行くと、とある部屋の前で話し声が聞こえた。

「じ、仁さん、ここですか?」

「おー、陽翔。入っていいぞ」

 許可が出たので、失礼しますと声をかけながら引き戸を開く。部屋の中も間接照明しかついていなくて薄暗い。慣れない部屋で転ばないように歩いていると、部屋の奥、窓辺にふたつの影が見えた。仁さんと慶一郎さんだ。

「こっちこっち」

 仁さんに呼ばれるまま向かうと、そこは完全に縁側の向こう、つまり庭だ。ふたりは庭へ出て座っていた。

「えっ、仁さんたち、こんな夜に何して……」

「いいからいいから、陽翔もここに座れ。慶があったか~い甘酒、用意してくれてっから」

 そう手招きされて、僕は仕方なく庭へと降りる。レジャーシートの上に座布団が置かれていて、地面は固くないけどとにかく寒い。身をぎゅっと縮めていると、慶一郎さんが「ん」と甘酒の入ったマグカップを手渡してくれた。

 暗い夜空の下、白い湯気を上げるカップのあたたかさがありがたい。甘い香りが漂って、ふうふう冷ましてひと口飲むと、優しい味が広がって体の内側から温められるようだった。

 辺りを見ようとしても、山奥の庭は明かりひとつなく真っ暗だ。僕の生まれ育った街とは、何もかも違う。仁さんと慶一郎さんが会話をやめると、辺りにはしんとした静寂が冬の澄んだ空気と共に満ちていく。

 昼間のニワトリたちは、すみかでもう眠っているんだろうか。こんな山奥で、夜に庭なんかに座って大丈夫なんだろうか。クマさんとか、虫とか。

 どうしてここに連れて来られたのかわからず不安になっていると、仁さんが僕の肩をつんつんつついてから、空を指差した。

「もうすぐ極大だってよ」

「え? 何がですか?」

「流星群だよ。ニュースでやってたろ。今夜だ今夜」

 僕はその言葉に何度か瞬きをした。

 僕は長い間テレビなんて見ていないけど、確かにここへ来るとき、車の中のラジオでも言っていた気がする。今夜流星群とか。でも関東はあいにくの天気で見られないって──。

「あ」

 そうか。ここ、関東じゃないんだった。

 僕は思わず、夜空を見上げる。

 吸い込まれそうなほど真っ暗なはずのそこには、無数の光が輝いている。目を凝らして見つめようとすれば、暗闇に目が慣れたのか次々に小さな星が浮き出てきた。まるでじわりじわりと夜色のコーヒーに星の粒を落とすみたいに。

 きんと冷えた冬空には輝く星がいっぱいで、僕は思わず声を漏らした。

「うわぁ……すごい、あれ全部星ですか」

「大体は星だろーなー」

 と仁さんは適当に答えた。

「でも極大って言ってんのに、全然流星なんて見ねぇなあ──」

「あ」

「おっ慶、見えたのか? どこどこ!」

「もう流れたから見えない」

 そうは言いながらも、慶一郎さんが空の上を指差している。仁さんも僕もつられてそちらを見たけれど、当たり前だがもう流星なんて見えなかった。

「あ、あっちにも」

「ああ⁉ ずるいぞ慶、なんでお前ばっかり見えてんだ」

「ど、どの辺を見てたらいいんですかね……?」

 仁さんも僕も、夜空に目を凝らす。どこを見ても綺麗な夜空が広がっているけど、星が流れているようには見えない。あっちか、こっちかと視線を動かす僕らに、慶一郎さんは静かに言った。

「見ようとすると見えない」

「なんだよ慶、哲学的な話!?」

「いや、役立つライフハック的な話」

「ホントか⁉」

 仁さんが慶一郎さんを訝しそうに見る。慶一郎さんのほうは至って真面目な顔で頷いた。

「流れ星はどこに現れるかわからない。人間の視界は顔の真横よりもちょっと広いぐらいあるけど、実際に良く見えてるのはほんの一部の狭い範囲。だから、探そうとすると見つかりにくい」

「じゃあ、どうしたらいいんだよ」

「視野を広く持つ。星を見ようとするんじゃなくて、空を見る」

 慶一郎さんの言葉に、僕は夜空を見上げる。満天の星々の全てを視界へ入れるように。

「……星を見ようとするんじゃなくて、空を見る……」

「そう。空よりもちょっと手前を見つめる感じ。そうしたら、空全体がぼんやりと視界に入る。その状態なら、探しものが見つけやすい」

「そんな簡単に言うけどさ、なんだよ空の手前を見つめるってよぉ……」

 ブツブツ言いながらも、三人揃って夜空を見上げる。

 と。

「あっ」

 視界の左端でなにかが動いた。すぐに目を動かすと、僕にははっきりとその白い一筋が見えた。流星だ。願いごとを3回言うほどゆっくりではないけれど、でも僕が思っていたよりも長く輝いて消える。

 流れ星を見るのは、これが初めてだった。

「えーっ、陽翔も見えたのか? ずるいぞ、叔父さんだって年長者として負けてられねえ」

「年長者、関係ある?」

「そりゃもちろんあるだろ、いくつになったって若さに負けなくていいところは負けたくないの俺は……、あー!」

 今度は夜空のてっぺんあたりから星が流れた。その大きく長い輝きに、仁さんは山に響きそうなほどの大声を上げて空を指差す。

「見えたか、陽翔、見えたか?」

「見えました、見えましたよ」

「すげぇなあ、叔父さんも初めて見たよ。きれいだなあ!」

 子どもみたいに笑って、仁さんはまた夜空を見上げる。

 僕たちの頭上では、数分おきに白く輝く流星が線を描いた。寒さなんて忘れるほど、大のおとな三人がはしゃいで、あっちに見えたこっちに見えたと指差して笑う。

 夢のように美しくて、なんだか懐かしい時間。なんだか僕は、久しぶりに自然に笑えた気がして。

「……仁さん、慶一郎さん」

「ん?」

「なに?」

 こっちを見たふたりに、僕は改めて伝えた。

「僕、しばらくここでお世話になりたいです」

 だから、これからよろしくお願いします。

 そう言った僕に、仁さんと慶一郎さんは顔を見合わせる。それから、仁さんは大きな声で笑って、僕の背中を強く叩いた。

「おーおー。よろしくなぁ、陽翔! 明日からも元気にのんびりテキトーに生きてていいからな!」

「仁はいい加減だから、君も気楽に過ごしたらいい」

「なんだよ、いい加減さなら慶も負けてないだろ! 大体慶は──」

 仁さんが食ってかかろうとすると、慶一郎さんが夜空を指差す。僕も再び見上げる。まだまだ天体ショーは終わりそうにない。降ってきそうな星の天井に時折流れる光。それを見つけようと思ったら、きっとこうして離れて見ることも必要なんだろう。

 だから、もしかしたら。ここで過ごすうちに、僕もなにかもう一度、見つけられるかもしれない。よく知らない仁叔父さんと、全く知らない慶一郎さんと、僕。いい大人の男が三人、田舎ですごすなんて、不思議な場所でなら。

 きっと、なにか見つかるような気がして。

 僕は目尻に浮かんだ涙を拭いながら、小さく溜息混じりに微笑んだ。
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