生きにくい私たちの純愛

なずとず

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 そんな懊悩を繰り返したのに、結局また公園へやってきてしまった。スケッチブックを開いただけで、ぼんやりと空を眺めていた私に、シノさんはいつものように声をかけてくれた。すぐ、私の異変に気付いたらしい。何かありました? という質問に私は素直に答えた。

「スランプ、かもしれないです」

「スランプですか……。タマさんのような創作活動をする人にとって、深刻な問題でしょうね」

 シノさんは私よりもよほど深刻そうな顔で呟く。慌てて「とはいっても」と首を振った。

「幸か不幸か、私には締め切りのようなものはありませんから。すぐにどうにかしなければいけない、というわけでも無いんです。ただ、ずっとこのままでは困るなあと思いはしますが」

 それは単に、自己表現の手段を失うことへの危惧が大きい、けれどきっとそれだけではない。シノさんとの関係は絵によって作られ、維持されている。私が絵を描けなくなった時、私の存在はシノさんにとってなんであるだろう? 考えるのも恐ろしい。そしてその事実が、私を驚愕させる。

 あるいは、私が恐れているのはただ、シノさんを失うことなのではないか――。

「ううん……そうですね、それは困るでしょうね」

 シノさんに私の思考など届きはしない。彼は顎に手をやって、真剣に思案しているようだった。公園で過ごす昼休憩の貴重な時間。それを私などに使わせていることが、大変申し訳無くなっていた。大丈夫ですよ、と言いかけたところで、シノさんが「では」と口を開く。

「こうするのはどうでしょう。デートをしませんか?」

「……は?」

 思わず人によっては不快に受け取りそうな声が出た。私は慌てて「すいません」と謝ったが、しかしやはり、何を言い出したのかよくわからない。

 するとシノさんは気にした様子もなく「いえね」と続けた。

「タマさんは、ひとりで出かけないと言っていたでしょう?」

「え、ええ。まあ」

 他人があまり好きではないから、というのは名目で、要するに私は内向的かつ人混みが苦手だ。こうして平日の昼間ならそれなりに移動もするけれど、人通りの多くなる朝や夕方、休日などには基本的に動かない。以前その事実だけを伝えていた。

「もしよかったら、一緒に出かけるのはどうかと思いまして。ほら、不安は見つめていると大きくなるって言うでしょう。気晴らしになるかもしれないし、普段行かない場所では新しい刺激があるかも……ああ、もちろん無理にとは言いませんよ」

「……あの、シノさん」

「はい」

「確認なんですが……私たち、お付き合いしてません、よね?」

 毎週のように会って。部屋に寝泊まりし、セックスをしているとしても。私たちの関係は、ただ知人のままのはずだ。それが心地よくもあり、寂しくもある。けれど、私たちは最も良い関係だと思っている。だからそのバランスが崩れるようなことにはなりたくないのだけれど。

 わかっているのやら、シノさんは頷いた。

「ええ、お付き合いはしていませんよ」

「……です、よね」

 はっきりとした返事に、私は何度か頷いてから尋ねる。

「たとえば、どこに行くんですか?」

「そうですね……。タマさんに希望は有りますか?」

「うーん、ひとりでは絶対に行かない場所のほうが、いいですよね。せっかく一緒なんですから。そうだな、遊園地とか、水族館とか、ショッピングモールとか……」

 まごうことなきデートコースを羅列してしまった。私は提案してから後悔する。付き合ってもいない25歳の男ふたりでデートスポットへ。正気の沙汰ではない。

 しかしシノさんは、気にした様子も無かった。

「いいですね。どうでしょう、来週の週末は遊園地へ行ってみませんか? タマさんの家まで迎えに行きますよ」

 そう微笑まれて。この流れで「やっぱりやめておきます」という勇気は、私には無かった。
 





 シノさんがデートなんて単語を持ち出すものだから、私はどうしても何か意識をしてしまったようで。絵はますます色彩を明るい色と暗い色の織り交ざった、カオスの様相をきたしてしまった。寝室に戻ってはクローゼットの中身を確認し「どうすればシノさんと一緒に歩いていても浮かないか」を考えることになった。

 シノさんは、普通の人、なのだ。悪い意味ではない。服装は一般的で、社会に溶け込んでいるという意味だ。清潔感と大人の上品さを併せ持った、静かな服装でセンスがある。本人は「マネキンを見て買っているだけです」と言っていたけれど。

 一方の私はといえば、「独自の」センスがあると言われる部類だ。髪型もそうだけれど、よくいえば「芸術家らしい」「個性的な」、悪く言えば奇妙な恰好をしているのだろう。私はこれがいいと思っているのだけれど。どうやら、一般的にはそうでないようなのだ。

 これまではそう気にしなかったが、シノさんと一緒だと考えたら話が別だ。彼の評価に私の存在が絡んでくる気がして、申し訳無い。私と一緒にいるせいで、シノさんまで奇妙な目で見られはしないだろうか。少しは一般人のフリを、と鏡の前に立つのだが、いや困ったことに髪型からしてコレだから少しも一般的にならない。

 ううむ、と悩んだ末に、比較的大人しい、黒のシャツと黒のスラックスを選んだ。全身黒だ。まあ普段の私からしたら、まだマシかもしれない。私はそう自分に言い聞かせて週末を待った。


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