文字の大きさ
大
中
小
2 / 11
第2話
翌日は仕事も休みだったので、遊馬はのんびりと夕方まで寝て、夜になるとゲームを楽しんだ。時には友人に会ったりもするが、なにしろ平日が休みになる事も多く(特に水曜日はほぼ毎週休みだった)、他の会社員の友人達とは会うのも難しい。結果的にゲームの友人と過ごす事の方が多くなっていた。
その日もオンラインゲームで複数のフレンドと遊んだ。カイは来なかった。珍しい事だ。カイはほぼ毎日居るのに。まぁ飲みで忙しいのだろうと遊馬はそれだけ考えて、心配などはしなかったし、他のフレンド達も事情を聞いていたらしく、カイの事には触れなかった。
深夜になると大半のフレンドは寝てしまう。遊馬は夜に強い方なので、朝までゲームをしている事も有るぐらいだが、他のメンバー達は一二時を境に続々と落ち始め、二時を回るともう数人しか残らない。
その日は結局、最後には遊馬一人になっていた。一人でゲームの攻略を進めていると、ふいにカイがオンラインになる。
「お、帰って来たのかね」
遊馬は呟いて、そのままゲームを続けていた。するとカイがオンラインゲームに合流してくる。何も言わずに来るのは珍しく、遊馬は驚いた。大抵の場合、彼はチャットで了承を得てから来ていたのに、珍しい事だ。急いでヘッドセットを用意していると、「こんばんは」とカイの声。
心なしか、楽しそうだ。
「こんばんは。……カイちゃん、酔ってんの?」
「えぇ、ベロベロに」
ろれつは回っているが、妙に機嫌が良い。かなり酔っているのかもしれない。こいつはゲームするどころじゃないな、と思っていると、「今日は店の子と飲みに行ったんです」とカイ。
「彼が出来たとか散々自慢されましたよ。のろけっていうのはどうも慣れませんね。仕事柄よく聞きますけど、僕はあんまりそういう経験が無いから、判らない事ばかりで……まぁ疲れます。まだ恋愛経験が多いと違うかもしれないですけど」
妙によく喋る。今なら何を話しても大丈夫だろうか? 遊馬はそろりと探りを入れてみる。
「そういえば、カイちゃんって何の仕事してるんだい?」
「小さなブティックの店員って奴です。何人か部下が居ます。それなりに評価されてると思いますけどね。体型に合わせて選んでくれるって評判で……」
聞いてない事まで、よく喋る。
「ブティックって……接客業? カイちゃんは……失礼だけど、出来んの?」
「失礼ですね、これでも接客には自信有りますよ、……疑ってます? なんなら今度店に来てくれればいいんですよ、男物もちょっとは有りますし。店、教えますよ。僕もすぐ判る筈です、店に男は僕だけなんで。場所は○○の国道沿いで、△△△って名前……」
「わあ、行かない、行かないからいーよ!」
これは相当酔っている。世間話どころか、個人情報までだだ漏れだ。遊馬は呆れて、「もう寝なよ」と促した。すると「そうですね、ちょっと遊んでから……」と言うので、「俺はもう寝るよ」と慌てて付け足した。そんな予定はなかったが、そうでも言わないとこの酔っ払いが寝そうにない。
するとカイは少し考えてから、「そうですか、じゃあ、僕も寝ます」と呟いた。「おやすみなー」と挨拶して、そそくさとパソコンの電源を切る。
○○とか、すごい近くだし。
そして何故だか、カイの店の事が気になってしまった。
翌日は夜勤の日で、しかも先日キャンセルになった仕事まで入って来たから、結局帰宅したのは朝だった。流石に疲れ果てていたので、軽く様子を見てから寝ようと、パソコンを付ける。午前中は人も少ないが、紅が居たのでテキストチャットに入ると、彼女は『カイちゃんが買った!』と言ってくる。
『何を?』
『私がやってる恋愛ゲーム。まさか本当に買うとは思わなかった』
『おお……そいつは驚きだね』
あの物静かでやる気の無さそうなカイが、恋愛ゲーム。想像しただけで少しおかしかった。それからも少々話した。何やら、『男の子達がかっこ良くてキュンキュンするんだけど、結構落とすの難しかった』とか『その時の雰囲気とかで正解の選択肢が違うんだよね』とか言われたが、いかんせん疲れていたから、あまり頭に入らない。今日はもう寝るよ、と断って、遊馬はパソコンの電源を落とした。
夜中まで眠っていた。よほど疲れていたらしい。もぞもぞ起きて、パソコンをつけると、カイが居た。テキストチャットに『こんばんはー』と書きこむ。
『昨日は飲み過ぎてたみたいだけど、大丈夫かい?』
『え?』
『ああ、昨日じゃなくて、一昨日になるのかな? カイちゃん飲みに行ってたよね』
『ああ』
カイはややして、『覚えてないんですよね』と返事。
『まじで?』
『ええ』
『そうかぁ』
『僕、何か言ってました?』
『うんにゃ、店がどーとかこーとか。大した話はしてないよ』
『そうですか』
本当はいつもとは違う事を話した。というより個人情報を知ってしまった。けれど黙っている事にした。知らぬが仏、という奴だ。ただ何故それで自分の良心がこんなに痛むのかは、よく判らない。何故だか心臓がばくばく言った。
『ところで、行きたいクエストが有るんですが』
簡単に話題を打ち切ってくれて、遊馬はほっとした。カイがそっけない事に、これほど感謝した事も無い。何事も無かったように「手伝うよ~」と返事をした。
たまに実家から買い出しの手伝いなどを要求される。まぁトイレットペーパーだとかティッシュペーパーだとか、軽い割に大荷物になるから、ある程度仕方無いのだが。平日が休みで、三一にもなって一人身だし、頼みやすいのだろう。朝からドラッグストアやスーパーをはしごして、車に荷物を詰め、実家への帰路についてしばらく。ふとカイの事を思い出した。
「そういや、近くだったっけね……店の名前しか判んないし、見つからないか」
んーでも、国道沿いって言ってたかな……。遊馬はそう考えながら、車を走らせる。国道なんていくらでも有る。ブティックだって、いくらでも。第一、見つけたからどうするというのか。
そう考えつつも、遊馬はなんとなく、いつもは曲がらないような角を曲がって、辺りを見渡した。
「こんばんは」
いつも通りの味気無い声。「こんばんはー」と応えて、「今日はどうするんだい」と問う。
「僕のクエストはあらかた終わったんで、遊馬さんのが残ってればそれに行きましょうか」
そう言う声もいつも通りのはりの無さで、遊馬は複雑な気持ちになった。
昼間。
ついに見つけてしまったブティックに、男は一人しか居なかった。細い体、少し明るい色の髪、優しげに笑って、明るく接客している姿。遠目に見たから、それ以上の事は判らないが、その姿は遊馬達が知っているものとは随分違った。
(本当はあんな顔して、楽しそうに出来るのに)
俺と遊ぶのは楽しくないって事なのかね。そう考えて嫌になった。楽しくない事は続かない。普段接客をしている人間は、プライベートではそういう事を避けたりもする。逆に言えば、心からリラックスして遊んでいるのかもしれない。
そう思っても、なんとなく。
なんとなく、面白くない。
しばらく何事も無く過ごした。仕事をして、ゲームをして。特に変わった事は無かった。特に、遊馬にとっては。
だから。
「遊馬さん、折入って話が有るんですけど」
ある日。カイに突然そう言われて、遊馬はきょとんとする。
「何、急に改まっちゃって」
「相談が有るんです」
「相談?」
「僕と、リアルで、会ってくれませんか」
一瞬、頭が真っ白になった。会う? リアルで? つまり、本当に会うという事。店で見たカイの姿を思い出して、それから「へっ!?」と声を出した。
「嫌ならいいんです。でもこればっかりは、ボイスチャットやテキストチャットでどうにかなる事でも、ないんで」
「そんな大事な事なの? なら本当の友達とかに相談した方が……」
「僕には今、頼れるのは遊馬さんだけなんです」
普段、どちらかといえば、自信たっぷりのカイが、頼ってきている。
悲しいかな、男は頼られると、弱い。
その日もオンラインゲームで複数のフレンドと遊んだ。カイは来なかった。珍しい事だ。カイはほぼ毎日居るのに。まぁ飲みで忙しいのだろうと遊馬はそれだけ考えて、心配などはしなかったし、他のフレンド達も事情を聞いていたらしく、カイの事には触れなかった。
深夜になると大半のフレンドは寝てしまう。遊馬は夜に強い方なので、朝までゲームをしている事も有るぐらいだが、他のメンバー達は一二時を境に続々と落ち始め、二時を回るともう数人しか残らない。
その日は結局、最後には遊馬一人になっていた。一人でゲームの攻略を進めていると、ふいにカイがオンラインになる。
「お、帰って来たのかね」
遊馬は呟いて、そのままゲームを続けていた。するとカイがオンラインゲームに合流してくる。何も言わずに来るのは珍しく、遊馬は驚いた。大抵の場合、彼はチャットで了承を得てから来ていたのに、珍しい事だ。急いでヘッドセットを用意していると、「こんばんは」とカイの声。
心なしか、楽しそうだ。
「こんばんは。……カイちゃん、酔ってんの?」
「えぇ、ベロベロに」
ろれつは回っているが、妙に機嫌が良い。かなり酔っているのかもしれない。こいつはゲームするどころじゃないな、と思っていると、「今日は店の子と飲みに行ったんです」とカイ。
「彼が出来たとか散々自慢されましたよ。のろけっていうのはどうも慣れませんね。仕事柄よく聞きますけど、僕はあんまりそういう経験が無いから、判らない事ばかりで……まぁ疲れます。まだ恋愛経験が多いと違うかもしれないですけど」
妙によく喋る。今なら何を話しても大丈夫だろうか? 遊馬はそろりと探りを入れてみる。
「そういえば、カイちゃんって何の仕事してるんだい?」
「小さなブティックの店員って奴です。何人か部下が居ます。それなりに評価されてると思いますけどね。体型に合わせて選んでくれるって評判で……」
聞いてない事まで、よく喋る。
「ブティックって……接客業? カイちゃんは……失礼だけど、出来んの?」
「失礼ですね、これでも接客には自信有りますよ、……疑ってます? なんなら今度店に来てくれればいいんですよ、男物もちょっとは有りますし。店、教えますよ。僕もすぐ判る筈です、店に男は僕だけなんで。場所は○○の国道沿いで、△△△って名前……」
「わあ、行かない、行かないからいーよ!」
これは相当酔っている。世間話どころか、個人情報までだだ漏れだ。遊馬は呆れて、「もう寝なよ」と促した。すると「そうですね、ちょっと遊んでから……」と言うので、「俺はもう寝るよ」と慌てて付け足した。そんな予定はなかったが、そうでも言わないとこの酔っ払いが寝そうにない。
するとカイは少し考えてから、「そうですか、じゃあ、僕も寝ます」と呟いた。「おやすみなー」と挨拶して、そそくさとパソコンの電源を切る。
○○とか、すごい近くだし。
そして何故だか、カイの店の事が気になってしまった。
翌日は夜勤の日で、しかも先日キャンセルになった仕事まで入って来たから、結局帰宅したのは朝だった。流石に疲れ果てていたので、軽く様子を見てから寝ようと、パソコンを付ける。午前中は人も少ないが、紅が居たのでテキストチャットに入ると、彼女は『カイちゃんが買った!』と言ってくる。
『何を?』
『私がやってる恋愛ゲーム。まさか本当に買うとは思わなかった』
『おお……そいつは驚きだね』
あの物静かでやる気の無さそうなカイが、恋愛ゲーム。想像しただけで少しおかしかった。それからも少々話した。何やら、『男の子達がかっこ良くてキュンキュンするんだけど、結構落とすの難しかった』とか『その時の雰囲気とかで正解の選択肢が違うんだよね』とか言われたが、いかんせん疲れていたから、あまり頭に入らない。今日はもう寝るよ、と断って、遊馬はパソコンの電源を落とした。
夜中まで眠っていた。よほど疲れていたらしい。もぞもぞ起きて、パソコンをつけると、カイが居た。テキストチャットに『こんばんはー』と書きこむ。
『昨日は飲み過ぎてたみたいだけど、大丈夫かい?』
『え?』
『ああ、昨日じゃなくて、一昨日になるのかな? カイちゃん飲みに行ってたよね』
『ああ』
カイはややして、『覚えてないんですよね』と返事。
『まじで?』
『ええ』
『そうかぁ』
『僕、何か言ってました?』
『うんにゃ、店がどーとかこーとか。大した話はしてないよ』
『そうですか』
本当はいつもとは違う事を話した。というより個人情報を知ってしまった。けれど黙っている事にした。知らぬが仏、という奴だ。ただ何故それで自分の良心がこんなに痛むのかは、よく判らない。何故だか心臓がばくばく言った。
『ところで、行きたいクエストが有るんですが』
簡単に話題を打ち切ってくれて、遊馬はほっとした。カイがそっけない事に、これほど感謝した事も無い。何事も無かったように「手伝うよ~」と返事をした。
たまに実家から買い出しの手伝いなどを要求される。まぁトイレットペーパーだとかティッシュペーパーだとか、軽い割に大荷物になるから、ある程度仕方無いのだが。平日が休みで、三一にもなって一人身だし、頼みやすいのだろう。朝からドラッグストアやスーパーをはしごして、車に荷物を詰め、実家への帰路についてしばらく。ふとカイの事を思い出した。
「そういや、近くだったっけね……店の名前しか判んないし、見つからないか」
んーでも、国道沿いって言ってたかな……。遊馬はそう考えながら、車を走らせる。国道なんていくらでも有る。ブティックだって、いくらでも。第一、見つけたからどうするというのか。
そう考えつつも、遊馬はなんとなく、いつもは曲がらないような角を曲がって、辺りを見渡した。
「こんばんは」
いつも通りの味気無い声。「こんばんはー」と応えて、「今日はどうするんだい」と問う。
「僕のクエストはあらかた終わったんで、遊馬さんのが残ってればそれに行きましょうか」
そう言う声もいつも通りのはりの無さで、遊馬は複雑な気持ちになった。
昼間。
ついに見つけてしまったブティックに、男は一人しか居なかった。細い体、少し明るい色の髪、優しげに笑って、明るく接客している姿。遠目に見たから、それ以上の事は判らないが、その姿は遊馬達が知っているものとは随分違った。
(本当はあんな顔して、楽しそうに出来るのに)
俺と遊ぶのは楽しくないって事なのかね。そう考えて嫌になった。楽しくない事は続かない。普段接客をしている人間は、プライベートではそういう事を避けたりもする。逆に言えば、心からリラックスして遊んでいるのかもしれない。
そう思っても、なんとなく。
なんとなく、面白くない。
しばらく何事も無く過ごした。仕事をして、ゲームをして。特に変わった事は無かった。特に、遊馬にとっては。
だから。
「遊馬さん、折入って話が有るんですけど」
ある日。カイに突然そう言われて、遊馬はきょとんとする。
「何、急に改まっちゃって」
「相談が有るんです」
「相談?」
「僕と、リアルで、会ってくれませんか」
一瞬、頭が真っ白になった。会う? リアルで? つまり、本当に会うという事。店で見たカイの姿を思い出して、それから「へっ!?」と声を出した。
「嫌ならいいんです。でもこればっかりは、ボイスチャットやテキストチャットでどうにかなる事でも、ないんで」
「そんな大事な事なの? なら本当の友達とかに相談した方が……」
「僕には今、頼れるのは遊馬さんだけなんです」
普段、どちらかといえば、自信たっぷりのカイが、頼ってきている。
悲しいかな、男は頼られると、弱い。
感想 1
あなたにおすすめの小説
「お前、誰?」――朝の光と、強面イケメンと、戻らない記憶。
たなかそう目が覚めたら、自分の名前も、目の前にいる男のことも綺麗さっぱり忘れていた。騎士団の堅物優等生×楽天家の記憶喪失から始まるラブコメ。本編(全14話)。主人公の主観視点でお送りします。
【BL】惚れた男に嫌われたくなくて「男遊びならしてもいい」と言ったら、本当に男遊びを始められて絶望している侯爵令息の話
かがみゆえ多額の借金で没落寸前の実家を救うため、結婚相手を探していた男爵令息のラキにカムグロス侯爵家から求婚状が届く。
お相手は同性のディートリヒで、初対面で歓迎されるどころか冷たく突き放されてしまう。
『必要最低限関わるな』
『愛人を作るな』
『男遊びならしてもいい』
ディートリヒから実家の借金を完済する条件を言われたラキは、学園で令息たちとの交流を満喫中。
褒め上手なラキの周りには可愛い令息が集まり、推し活状態に。
一方、ディートリヒだけが嫉妬で胃を痛める日々。
ラキへの恋心を隠し続けた不器用侯爵令息に、幸せな未来は訪れるのか?
.
【BL】記憶喪失中に「男の婚約者なんて気持ち悪い」と僕を蔑んだ元婚約者へ。お望み通り消えてあげましたので、今更記憶が戻ったと泣きつかれても
かがみゆえ記憶を失った婚約者・アルヴィンから向けられたのは、見知らぬ他人を見るような冷たい視線と容赦ない罵倒の日々だった。
それでも「記憶が戻れば、あの優しい彼に戻るはず」と耐え続けたニコラス。
しかし、アルヴィンがみんなの前でニコラスの手紙を破りながら嘲笑した時、ついに限界を迎える。
「僕が愛したアルヴィンは、あの日死んだんだ」
誰も信じられなくなったニコラスは隣国へ留学することになった。
留学先で過去を乗り越え、新しい幸福を掴んだニコラス。
そこへ「記憶が戻った」と涙を流すアルヴィンが現れるが、すでにニコラスの心には少しの情も残ってなくて―――……。
運命の相手が鬼上司とか、絶対AI壊れてる。
春野ケイAIが選んだ運命の相手は、会社で一番怖い鬼上司だった。
「絶対にAIが壊れてる!」
そう思ったのは俺だけで、会社は「AIは間違えません」の一点張り。強制ペア制度で毎日一緒に働くことになったけど、部長は今日も怖いし、絶対俺を嫌ってる……はずだった。
――読者だけが知っている。
鬼上司は、AIの診断結果を見た夜、一人でガッツポーズをしていたことを。
刺されて始まる恋もある
神山おが屑ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。
この男は、俺を買ったはずなのに愛してくる
石川 銀河二十六歳、無職、借金三百万。
冷蔵庫にもやし一袋、財布に千二百円。
そんな夜に現れたのが、封筒一通と「来なくていい」の一文だった。
条件は、おかしいほど緩かった。
三ヶ月、隣にいるだけ。触れない。閉じ込めない。逃げてもいい。
ただし——最初から逃がすつもりがなかった。
「俺が貧乏じゃなかったら、選ばなかったんですよね」
その一言で、はじめて御堂新という男が崩れた。
登場人物
相沢 凌(あいざわ りょう・26歳)
元アパレル店員。会社倒産に巻き込まれ失業し、親の借金を連帯保証人として被った。人を信用しないが危機感は薄い。逃げ癖がある。中性的な顔立ちで目立つが本人は無頓着。感情を笑いで誤魔化す癖がある。
御堂 新(みどう あらた・34歳)
IT系コングロマリット代表取締役。合理的・冷徹として知られるが、凌に対してだけ執着の歯止めが利かない。位置情報の把握、SNSの遡り確認など、本人は「確認しているだけ」と思っている。それが普通ではないことを、凌に言われるまで気づいていなかった。
結城 翔(ゆうき しょう・28歳)
凌の唯一の友人。元同僚。凌の状況を心配しているが本人が話さないため詳細を把握していない。御堂に対しては一貫して懐疑的。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。