4
件
二十六歳、無職、借金三百万。
冷蔵庫にもやし一袋、財布に千二百円。
そんな夜に現れたのが、封筒一通と「来なくていい」の一文だった。
条件は、おかしいほど緩かった。
三ヶ月、隣にいるだけ。触れない。閉じ込めない。逃げてもいい。
ただし——最初から逃がすつもりがなかった。
「俺が貧乏じゃなかったら、選ばなかったんですよね」
その一言で、はじめて御堂新という男が崩れた。
登場人物
相沢 凌(あいざわ りょう・26歳)
元アパレル店員。会社倒産に巻き込まれ失業し、親の借金を連帯保証人として被った。人を信用しないが危機感は薄い。逃げ癖がある。中性的な顔立ちで目立つが本人は無頓着。感情を笑いで誤魔化す癖がある。
御堂 新(みどう あらた・34歳)
IT系コングロマリット代表取締役。合理的・冷徹として知られるが、凌に対してだけ執着の歯止めが利かない。位置情報の把握、SNSの遡り確認など、本人は「確認しているだけ」と思っている。それが普通ではないことを、凌に言われるまで気づいていなかった。
結城 翔(ゆうき しょう・28歳)
凌の唯一の友人。元同僚。凌の状況を心配しているが本人が話さないため詳細を把握していない。御堂に対しては一貫して懐疑的。
文字数 13,029
最終更新日 2026.06.12
登録日 2026.06.02
笑いながら嘘をつく男が、いた。
仕事で組んだだけの相手。
会えば軽口ばかりで、何も教えてくれない。
こちらの話を聞くくせに、自分の話はしない。
それなのに。
気づいたときには、もう遅かった。
三十二歳にもなって、
年下に、完全に振り回されている。
「榛名さんって、俺のことどう思ってます?」
「仕事相手だ」
「それだけ?」
「それだけだ」
嘘だった。
登場人物
榛名 壮(はるな そう・32歳)
大手出版社の雑誌編集者。仕事は速くて正確。感情を表に出さない。他人の気持ちを読むのが職業なのに、自分のことだけは最後まで気づかないふりをする。煙草は三年前にやめた。追い詰められると「煙草を買ってくる」と言って外に出るが、買わずに帰ってくる。
瀬尾 光(せお ひかる・28歳)
フリーカメラマン。飄々としていて軽い印象だが、レンズの向こうでは人の本質を見ている。嘘をつくのが上手い。ただし嘘をつくときだけ笑い方が変わる。それに気づいているのは今のところ一人だけで、そのことが少しだけ不愉快でもあり、どうしようもなく嬉しくもある。面倒臭い一面がある。
青木 茉莉(あおき まり・31歳)
榛名の同僚編集者。三年付き合った相手と半年前に別れた。自分の恋愛の失敗を棚に上げて、榛名の状況に口を出したくてたまらない。榛名に「余計なことを言うな」と言われるのが半ば習慣になっている。
文字数 8,747
最終更新日 2026.06.09
登録日 2026.06.02
担当編集が変わった。
新しい担当は三十五歳で、感情が薄くて、何をしても動じない。
怒らない。焦らない。振り回されない。
それが面白くなかった。
面白くなかったから、試した。
試しても動じないから、もっと試した。
気づいたときには、
動じてほしいんじゃなくて、
見ていてほしかった。
「俺のことが嫌いですか」と聞いた。
「嫌いじゃない」と言われた。
「好きですか」と聞いた。
答えが、返ってこなかった。
登場人物
九条 朔(くじょう さく・29歳)
小説家。デビュー五年、三作連続でヒット。編集者をよく困らせる。締め切りを守らない、気に入らなければ原稿を消す、気分で打ち合わせをキャンセルする。試し行動が癖で、相手が動じないと余計にエスカレートする。本音を言えない。言えないから試す。
沖 誠司(おき せいじ・35歳)
フリーの契約編集者。複数の出版社と契約している。感情が表に出ない。怒らない理由は穏やかだからではなく、怒り方を知らないから。人と一定以上の距離を置く癖がある。九条の担当になったとき、三人の編集者が音を上げた後だった。
水島 留(みずしま とめ・32歳)
九条の旧担当編集者。九条の面倒臭さを一番よく知っている。沖に担当を引き継いだ本人。九条のことを諦めていないが、もう担当できる気力がなかった。
文字数 10,412
最終更新日 2026.06.09
登録日 2026.06.02
幼い頃に捨てられた記憶を胸に抱えたまま育った桐嶋 渚(きりしま なぎさ)は、今や都内でひっそりと花屋を営む28歳。
ある雨の夜、店先に倒れ込んできた男を助けたことで、渚の静かな日常は一変する。
男の名は、柊 一颯(ひいらぎ かずさ)。誰もが知る大企業グループの御曹司にして、冷徹な眼差しで知られる若き実業家。
接点などあるはずのない二人。なのに一颯は気づいていた――十五年以上前から、ずっと。
文字数 15,668
最終更新日 2026.06.01
登録日 2026.05.23
4
件