月に紅さし奈落に踊る

なずとず

文字の大きさ
8 / 50

2-2 信寧寺の僧

しおりを挟む
 それからというもの、俺と心光は旅をしている。

 俺を封じていた札が、陰陽師の使う札によく似ていたとか。都には多くの陰陽師がいるから、きっと事情を知っているに違いないとか。旅立ちにあたって心光はそう説明した。

 俺もそれを信じるしかなく、共に野を歩き続けた。なんでも、都とやらはここから東の地にあるらしい。そこまではひと月ほどだという。

 季節は秋にさしかかる頃だろう。まだ日中は日差しが鋭く、じりじりと服越しに身を蒸すようだ。俺と心光は民家で見つけた笠や頭巾を被り、草むらの中に見える道を辿っていく。

 俺はといえば、心光に着いて行くと決めたものの、彼が何者かも、自分が何者かもわからずただ黙って歩くよりほかない。

 本当に彼と共にいていいのか。彼と共に旅をし都に行くことで、何かわかったりするのだろうか。

 悶々と考えを巡らせていたからだろう。いつの間にか注意力を欠いていたようだ。

「おや、御同輩がた。行脚の途中ですかな?」

 聞き慣れない声がして、俺ははっと顔を上げる。見れば、先を歩く心光の前にふたりの僧が立っていた。彼らは心光を同じ修行の仲間と思ったらしい。笑みを浮かべて挨拶をしているが、俺のほうは肝が冷え切った。

 心光に、殺されてしまう。

「まっ……!」

 俺が彼らを守ろうと声を出したその時、心光が口を開いた。

「はい。西方から都へ戻る途中にございます」

 あまりに当たり前の受け答えに俺は面食らった。しかしすぐに思い出す。あの家を訪れたときだって、なんの変哲もない僧に過ぎなかった。今も演技をしているだけかもしれない。

 だが確かに心光は夜まで住民を殺めなかった。なにがきっかけで人を襲うのかわからない以上、下手に刺激してもいけない気がする。胸の嫌な鼓動を感じながら、俺は彼らを見守る。もし、襲われることなどあれば、助けに入る覚悟を決めて。

「戻る、ということは都のかたですか。私どもはここから数里の小さな寺の者ですが……どちらのおかたか、お尋ねしても?」

「信寧寺のものでございます」

「信寧寺! ははぁ、それはさぞ高名なおかたとお見受けいたします」

「とんでもございません。わたくしはまだ修行中の身。仏に少しでも近づけたらと西へ旅をした帰りでございます」

 しかし俺の心配をよそに、彼らはただ会話を交わしただけだ。困惑していると、心光が「ああ」と思い出したように彼らへ告げる。

「そうです。あなたがたもこの先に行かれるならお気をつけください。人喰いの鬼が出るそうでございますよ」

 その言葉に俺は眉を寄せたが、僧たちは気付かない様子で息を呑んでいた。

「それは恐ろしい。都の陰陽師ならともかく、我らのような者には鬼を封じる力もありませんしなぁ」

「まことに、……そうだ、わたくしが行脚の無事を仏に祈りましょう。なにか手持ちの物をお貸し頂けますか? わたくしが願をかけますれば」

「おお、有難い限りです。ではこの杖にお願いいたします。都のお坊様に祈って頂けたなら、鬼など近寄ってこれますまい」

 彼らは笑っていたし、心光は彼らの杖に祈りを捧げているし。しかし俺はその祈りを受けたって、何も感じないし。心光の白々しさに眩暈がするようだった。

 そうして彼らとは別れた。完全に見えなくなってから、俺は心光に言う。

「人喰い鬼は俺だし、あそこで人を殺めたのはお前だろうに」

 しかし心光はくすりと笑って、楽しそうに答えた。

「何をおっしゃいますやら。あそこに人喰い鬼が出ると告げておけば、死体があればその仕業と思うのが自然なことでございましょう。わたくしとあなたが疑われずに済むのですから、良いことではありませんか。それにわたくしは、虚言を申したわけではありませんからね」

「確かに嘘は言ってないかもしれないが、詭弁だろう。それにお前の祈りなんて意味がないじゃないか。俺は何も感じなかったぞ」

 その問いには、心光はにっこりと目を細めて答えた。

「人の信じる力は、強いのでございますよ。彼らが心より信じるのなら、それは真実となりましょう。現に、人喰い鬼はここにいて彼らを襲うことはないのですから」

 俺は心光の言い分に呆れかえった。が、それ以上何か言うのも諦めた。

 ひとまず、彼は誰も殺さなかった。それだけでも良いことではあったし……その代わり、どうしてあの家の住人は襲ったのか、ますますわからなくなっていった。

 彼の言う通り、住人たちは本当に盗人で、心光はそれから身を守ろうとしただけなのだろうか? わからないまま、俺は心光の後ろを歩くしかない。

 それからも何日か旅を続けたが、やはり心光は誰かれ構わず襲って食うわけではないようだ。旅をするうちには幾人かと出会ったものだが、柔和に接するただの聖人だった。そして普段は俺と一緒に、例の家で拝借した麦や、道に生えている野草を食べて過ごしていた。

 道すがら、心光は俺に色んな事を柔らかな口調で教えてくれた。

 空に輝く星の名、仏の教え、野草の食べ方に、正しき人の営み。まるで人を殺して食ったものとは思えないほど穏やかに、静かに仏の教えを説く。その様はまるで気高く神々しい僧であり、俺は心光といることでますます混乱を極めたのだった。

 この僧は一体、何なのだろうか──。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

処理中です...