悪霊令嬢~死した聖女憎悪に染まりて呪いを成す~

女譜香あいす

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18.呪人形の館 PART Ⅰ

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「ほらミシェルちゃん。ニンジンもちゃんと食べないとだめよ」
「んーニンジン嫌い……」

 アローマウスでも有名な商家であるバークレー家の夫人、アンジェラ・バークレーは今年七歳になる娘ミシェルと共に食卓を囲んでいた。
 親子揃ってブロンドヘアーの碧眼で母親のアンジェラはハーフアップ、娘のミシェルは短い三つ編みを揺らしている。
 バークレー家の館は商家であるため他の平民達が暮らすような共同住宅や一戸建てよりも大きいが、貴族の持つ屋敷と比べると小さめではあるサイズである。
 しかし他と比べると大きな家であることは変わりないので、親子二人で使うにはいささか広い食卓に彼女らは並んで座っていた。

「やっぱりニンジンやだー……食べたくないー……」
「もう……しょうがないわねぇ……」

 不機嫌なミシェルの様子についアンジェラは折れてしまう。
 アンジェラも我ながら子供にだいぶ甘くこれはよくないことではあると思っているのだが、彼女自身があまり怒られずに育った事、元からおっとりとした性格だった事、そしてまだ二十六という若さでいつもは育児を助けてくれる自分達の親が夫の商売の関係と親達は親達で遠くの親戚に呼ばれてしばらくないという状況が重なって今はいない、という環境が重なりうまくいっていないのが現実だった。
 これは将来苦労しそうだと思いながらも、アンジェラつい目の前で笑う娘の可愛さで「まあいいかぁ」と思ってしまうのであった。
 
「奥様、旦那様がお帰りです」

 と、そうして食事を終えたときに使用人の一人がアンジェラに言った。
 平民とは言え商家として強い地盤を持つバークレー家の館の大きさでは使用人は必要であり、何人かこうして彼女らの身の回りの世話をしてくれているのである。

「あらケントさんが? 今日は少し遅かったわね。ほらミシェルちゃん、パパをお迎えに行きますよ」
「はーい」

 アンジェラはミシェルを連れて二人で館の玄関前に行く。
 食堂から玄関までの廊下は白を基調とした壁紙が綺麗で、平民の持つ家としてよく掃除されているのもあってバークレー家の裕福さがよく表れていた。
 ミシェルの手を引いたアンジェラが玄関前につくと、ちょうど彼女の夫でありミシェルの父である短髪で細身の男、ケント・バークレーがスーツと中折れ帽を玄関横のポールハンガーにかけているところだった。

「おかえりなさい、あなた」
「おっ! ただいまアンジェラ、ミシェル! すまなかったねちょっと得意先と長話になってしまって」
「いえ問題ないですよ。いつも通り連絡を頂きましたから先に夕食を頂きましたし」

 笑顔で会話するアンジェラとケント。
 二人は平民らしく恋愛結婚をしており、夫婦仲は子供のミシェルが七歳になった今でもとても良かった。
 バークレー家は世間から見たら間違いなく幸せ家族であったし、本人達もそう思っている。

「パパー、これ何ー?」

 と、そこでミシェルがケントの足元にある大きな箱に気づく。
 ちょっとした柄のついた包装がされたそれは、どうにも仕事絡みの品ではないようだった。
 大きさはだいたい五十センチないぐらいで、ミシェルの下半身より少し小さいぐらいであった。

「ああそうだそうだ。ミシェル、パパからプレゼントがあるぞー!」
「本当!? やったぁ!」

 ケントはそう言いながらその大きな箱を一度手に持ってミシェルに渡す。
 大きさ的にミシェルが持てるか心配になったアンジェラだったが、どうにも見た目よりずっと軽いらしく両手をいっぱいに広げるだけで特に問題なく箱を持つ事ができていた。

「よしじゃあリビングで開けてみようか」
「うん!」

 アンジェラ達はそこから玄関すぐ横から入れるリビングへと移動する。
 そしてアンジェラとケントがソファーに座り、ミシェルはその前で包装を子供らしい雑な剥がし方をした。
 するとそこから出てきたのは薄い木の箱だった。箱はしっかりとニスが塗られていて木の板に光沢を生み出している。また、箱の正面は両開きの蓋になっていて、なかなかに高級感が溢れていた。
 ミシェルはその箱を縦に立ててカパっと蓋を開く。
 すると、そこには人形が座っていた。
 赤いゴシックドレスで姫カットの金髪、フリル多めの赤いカチューシャで目は紫水晶でできているレジン製の人形である。
 顔はとても細かくかつ綺麗に作られており、見るからに高級品である事が分かった。

「うわぁー! すごーい! ありがとうパパ!」
「うんうん、ミシェルが喜んでくれて嬉しいよ」
「本当に凄い人形ね……ちょっとケントさん、あれどうしたんですか?」

 アンジェラはミシェルに聞こえないように囁くように聞いた。
 バークレー家は間違いなく裕福な家庭であるが、だからといって目の前の人形は貴族の中でも裕福と言われるような家庭が手を出すような一品にしか見えなかったのだ。
 するとケントは少しだけ苦笑を見せながら頭の後ろをかいた。

「いやー僕も実はちょっとびっくりしてて……今日お話した相手は実は町長さんでね……ほら、うちってご先祖様が昔悪徳領主を倒すときに協力したからそれから代々懇意にさせていただいているわけだけれど、その縁で今日話している中でその方からなんと譲ってもらえたんだよ」
「え、ええっ!? ……ゆ、譲って!? あんな高級そうなお人形を……!?」

 アンジェラは一瞬大声を出しそうになるも、娘をびっくりさせてはいけないととっさに口を押さえ、それから小声で聞き返した。
 ケントもそれに合わせて小声で返す。

「うん。町長さんの家に今日いったら机に置いてあって、きっとこれを上げたらミシェルが喜ぶぞって思ったらなんだかどうしても我慢できなくなってしまって……それで頼み込んだら意外にもあっさりと、ね」
「まあ……そんな事が……」

 アンジェラはそこで少し変だなと思った。
 彼の夫であるケントは優秀な商人である。そのため物の価値というのをしっかりと理解しており、少なくとも今の話のように頼み込んで譲ってもらうというのはらしくないと感じた。
 また、町長もあんな見るからに高級そうな人形を気軽に譲ってくれるような人ではないような……という気持ちもあった。
 アンジェラは町長との面識は言う程あるわけではないのだが、少なくともそんな気前のいい人というわけではないという印象を持っていた。
 とはいえ悪い人間ではない、むしろ善良な人なのは知っているし、そういう事もあるかな、ともなるところであった。

「うふふふふ! 今日からよろしくね! レイちゃん!」

 そして、さっそく人形に名前をつけて笑っている娘の姿を見ると、そんな引っ掛かりも「まあどうでもいいか。あんなに喜んでいるのなら」とアンジェラは流したのだった。
 アンジェラとケントはニコニコとしながら人形に大喜びして手を握り振っているミシェルを見つめる。
 魔法灯の光を反射する深紫の瞳は、とても綺麗だった。


   ◇◆◇◆◇


 それから八日が経った。
 ミシェルはアンジェラの思っていた以上にあのレイと名付けた人形を気に入ったようであった。
 少なくともお風呂に入るとき以外は常にミシェルは人形を片手に持っているほどなのだ。
 娘が入学したばかりの学校が今夏季休暇であるために雇った、お昼過ぎから来る家庭教師との勉強の際にも隣に置くぐらいの気に入りっぷりで、アンジェラは「正直ちょっとよくないのかも……」とまで思うほどだった。
 大好きな人形をいつも持っているのはアンジェラも子供の頃に経験があった。
 でも、あそこまでではなかったしあまりに熱が入りすぎるとちゃんとしたお友達を作りづらくなってしまうのでは? という心配も抱えていたからである。
 いくらなんでも心配し過ぎだな、とアンジェラ自身も思っていたが学校に入学させたばかりの時期なのもあり学校が再開したときにこれのせいで孤立したら大変だと、とりあえず一度は注意してみようとアンジェラは思い立ち、彼女はミシェルに与えた子供部屋の扉をノックした。

「ミシェル、ちょっといいかしら?」
「……いい? うん、分かった。はいどうぞー」

 なんだか誰かと会話したのを、アンジェラは扉の外から聞いた。
 今日は誰も呼んでいないはず……と思いつつも扉を開けると、そこには当然ミシェル一人だった。後は小さなテーブルで絵を描いているミシェルの正面に座り姿で置かれている人形だけである。

「ミシェル、今誰かとお話してた?」
「うん、レイちゃんとした。レイちゃんはあんまり大人の人に話してる姿見られたくないから、入れてもいいかなって。そしたらいいって言ったから、ママを入れたの」
「そ、そう……」

 子供の想像力とはたくましいものだなと、アンジェラは思った。
 きっとミシェルの中ではあのレイと名付けた人形は恥ずかしがり屋で、ミシェルにだけお話をしてくれる子……という事になっているのだろう。
 微笑ましい姿だけれども、やはり心配にもなってしまうな、ともアンジェラは思った。

「ねぇミシェル、レイちゃんが好きなのはいいけれどずっとべったりだったらレイちゃんも疲れちゃうんじゃない? この前は家庭教師さんもびっくりしてたし、これから学校が始まったらレイちゃんは家に置いておかないといけないし……だから、そんなにべったりしなくてもいいんじゃないかな?」
「んー……やだ、レイちゃんと一緒にいる。だってレイちゃんもそうしたいって言ってるもん」
「……はぁ」

 ここでやはり強く言えない自分がアンジェラは嫌になった。こういうときこそしっかりと叱らなねばと思っているのにできず、ここはよくケントさんのお母様に注意されているんだよな、と反省する。

 ――やっぱり、ここは心を鬼して……!

 ここまで考えてアンジェラはこういうときこそしっかりと言わないといつまでも言えない、そう思った。
 そして軽く呼吸を置いて、ミシェルに少し強く言うために彼女の方を向き直った、そんなときだった。

「……え?」

 ミシェルの描いている絵が目に止まって、アンジェラはその意気を失ってしまった。
 その絵を見てアンジェラは「不気味だ」と思ってしまったのだ。
 まず具体的に何を描いているのかが分からない、というのがあった。
 黒のクレヨン一色で紙に描かれている絵のだが、まず目についたのは太陽だった。
 いや、多分太陽なのだと思った。
 長方形を横にした紙の真ん中上に描かれている丸に八本の線が綺麗に伸びているのだから、多分太陽なのだろう。
 だが、その太陽の下にあるものがよく分からなかった。
 まず下が横に何本も線が乱暴に引かれて黒く塗りつぶされている。地面なのか川か何かなのか、とにかく紙の下を濃く塗りつぶしているのは分かった。
 次に、その黒く塗りつぶされた上にいくつもの黒い棒のようなものが描かれていた。
 無数に生える草なのか、それとも人影なのか、ともかくいっぱい黒い棒があった。そしてさらには背景のように書かれている、大きな三角。
 山だろうか? それとも建物の屋根? とにかく、それが二、三個程背景として描いてあるようだった。
 紙に描かれているのはそれぐらいなのだが、なんだかその絵はアンジェラの心を妙に不安にさせたのだ。
 まるで何か描いてはいけないもの・・・・・・・・・・を描いている、そんな気がして――

「――これね、『やまのうみ』。レイちゃんに見せてもらったの」
「……え?」

 自分の視線に気づいたらしいミシェルが、アンジェラに目もくれずに言った。
 
 ――やまのうみ? 見せてもらった?

「…………」

 言っていることが、全然理解できずにアンジェラは言葉を失ってしまった。
 ただなんだか息が苦しくなったような気がして、彼女はレイと名付けられた人形を見る。
 当然だが、置かれている人形に変わりはない。
 ただ窓から入ってきた、妙に早くなったと感じる夕焼けの光をその紫水晶の瞳でキラキラと反射しているだけだった。
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