悪霊令嬢~死した聖女憎悪に染まりて呪いを成す~

女譜香あいす

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21.悪魔の子達

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 “双子は災厄を齎す凶兆である。”
 大昔のマルシャン王国全土において、誰もが信じていた程に一般的であった俗説である。
 今でこそ様々な俗説が迷信として整理され、魔法を伴った技術文明と文化が花開いている時代であるが、かつては事実無根と言えるような様々な迷信を元に多くの風習や文化が生まれ横行していた。
 その中でも双子を悪とする風評は強く根ざしていて、場所によって様々な手法ではあったが双子というだけで生まれたばかりの命が奪われる事もよくあった。
 だが、それは過去の話であり今の王国ではそういった扱いもされなくなった……一部の、閉鎖的な僻地を除いて。
 ダリアが生まれたのは、そんなカビの生えた価値観を未だ持ち続ける例外的な村であった。
 国の北端にある漁村、オールスピリット。
 冷たい海に面し、他の街との間を渓谷や森林で囲まれた隔絶された土地。
 ダリアはそこで、双子における古い慣習そのままに先に生まれたので妹・・・・・・・・・として生まれた。
 そしてもう一人の双子。ダリアの後に生まれた姉・・・・・・・、ミア。
 彼女ら二人は、生を受けたときから“悪魔の子”として蔑まれた。
 村人達からは侮蔑され、腹を痛めた親からも憎しみを抱かれた命。
 それでもなお、村には“双子は十歳までは生かすべし”というしきたりもあり、二人は生かされる事となる。
 そして村には他にもいくつかのしきたりが存在し、結果として彼女らは牢屋に閉じ込められるなどと言った事もなく、名前を与えられ生きる事を許された。
 ただ、それでもなお、いやむしろある程度の自由はあったからこそ、二人にとってその村での暮らしは、生きた地獄であった。


   ◇◆◇◆◇


「お母さん……お腹空いた……」

 七歳のダリアは、母親に食事を求める。
 彼女が最後に食べたのは先日の朝食べたパン一切れだけであり、今は夜。小さな子供にはとても耐えられない空腹がダリアを襲っていた。

「…………」

 だが、彼女の母親はか細い声に振り向きもしない。
 母親は既に父親と食事を終えており、漁に出る夫が寒さを凌げるようにと編み物をしていた。

「お母さん……ねぇお母さん……」

 ダリアは必死に、しかしあまりにも弱々しい声で母の名を叫び、その服を掴んで揺らす。

「……うるさいわねぇ!」

 だが、数回そうしただけで彼女は激昂しながら振り返り、ダリアを払い飛ばした。

「きゃっ!?」
「私はねぇ! あんたらが双子で生まれて来たせいで本当に辛いのよ!? なんでどっちか一人で来てくれなかったのよ! なんであんた達みたいな“悪魔の子”なんかが……!」

 そう叫ぶ母親の顔は、到底親が子に向ける顔ではなかった。
 憎しみと怒りに満ちた、怪物のような顔だった。

「う……うええ……」

 今すぐ泣き出したくなるダリア。
 だが泣くともっと酷いお仕置きをされるのをダリアは知っていたので、なんとか堪らえようとする。

「……ダリア」

 と、そこでそんなダリアの手を掴む、自分と同じくらい小さな手があった。
 ダリアと同じ顔、同じ銀の髪、同じ灰色の目の少女。
 彼女の姉、ミアである。

「お姉ちゃん……」
「行こう」

 ミアはダリアの手を握って外に出ていく。
 握るなんて言葉が相応しいのか怪しい程の、弱い力で。
 ダリアはミアに連れられる形で、村の中を歩いていく。
 そんな彼女らを、冷たい視線が射抜いてくる。
 家々の中から覗く、村の大人達からの視線だった。彼らは明確な敵意を彼女ら双子に向けていていた。
 そしてその視線と共に聞こえてくるのは小声であるも決して秘そうとはしていない無情な言葉。

「悪魔の子達め」「しきたりがなければ殺しているのに」「堂々と歩くなんてなんて神経をしているんだ」「生まれたことをもっと恥じろ」「汚らわしい」「吐き気がする」

 あまりにも抜き身の敵意という名の刃。
 代々積み重ねられ、変わる事なく淀んできた村のしきたりが作り出した憎悪の霧。
 二人はその中を歩いてって、村はずれにある木の下へと行く。
 そこが二人に許された移動範囲のギリギリで、彼女らが外に出る事は許されていなかった。

「はい、ダリア。これ」

 そこまでダリアを連れてきたミアが見せたのは、皮を剥がれたネズミの死体だった。
 肉を晒す体にはとても荒く大きい刺し傷があった。尖った岩で刺し殺した痕だ。

「……うん、ありがとう」

 ダリアはそれを躊躇することなく口にした。
 二人が親から与えられるのは死なない程度にギリギリの最低限の食事のみである。
 だがそれでは当然空腹に苦しむわけで、そうした中で二人はいつしかこうして自分達で食べられるものを調達し、どうやって食べるかを自然と学んだのだ。

「…………」
「…………」

 無言でネズミの肉に食らいつくダリアと、その横で膝を抱えて木に背中を預けた形で座っているミア。
 やがてダリアは綺麗に骨になるまでそれを喰らい尽くすと、ミアの横に同じような姿勢で座って、そっと頭をミアの肩に寄せた。

「……お姉ちゃん。わたし達、ずっとこのままなのかな」
「ダリア……」
「わたし、やだよぉ……こんな、ずっと辛いばっかなの、やだよぉ……」

 涙を流しながら姉のミアに言うダリア。
 物心ついた頃からずっと侮蔑され虐げられ続けてきたダリアとミア。だがそれに慣れる事はなく、いつ終わるとも知れない苦しみにこうして隠れて涙を流すしかなかった。
 いっそのこと死んでしまいたい、でも怖い、そう思ってどうにもならないままの状況に、七歳の時点でダリアはなってしまっていた。

「……うん、私だって、辛いよ」

 すると、そんなダリアの頭にそっとミアの頭も寄りかかる。二人はお互いに頭を寄り合わせる形になっていた。

「でも、それでも私は、ダリアに生きてて欲しいよ。ダリアがいてくれるなら、私だって生きられるから」
「……お姉ちゃん……。うん……わたしも……お姉ちゃんがいるなら、頑張れる……」

 ダリアとミアは、こうしてお互い支え合って生きていた。
 元々双子として生まれつき固い絆に結ばれていた二人だったが、あまりにも過酷過ぎる環境はその結びつきをより強固にした。
 ダリアにとってミアは自分であり、ミアにとってダリアは自分であった。
 二人で一つの命をはんぶんこしていて、魂は常に一緒。
 彼女らは心からそう信じ、生きてきた。
 だけれども、彼女らは幼いながらに気づいていた。自分達はきっと、十歳までの命なのだろうと。
 村の“双子は十歳までは生かすべし”というしきたり。それはつまり十歳になったら殺されるのだという事でもあると小さな彼女らにも理解ができてしまっていた。
 でも、ダリアはそれでいいとも思っていた。
 二人で十歳まで耐えればもう楽になれる。二人で一緒に、死ねる。
 そんな風に彼女は思っていたから。そんな風に、生を諦めていたから。
 だが十歳の誕生日前日、運命は彼女が見ていた未来とはまったく別の方に転がったのである。


   ◇◆◇◆◇


「……ダリア、ダリアっ!」
「ん……お姉ちゃん?」

 二人が十歳になる誕生日の前日の夜。
 夜空すら覆う分厚い暗雲の下、明日訪れるであろう自らの終わりを前に期待すら抱き、珍しく屋根の下で眠っていたダリアを、姉のミアが激しく揺さぶり、しかし声は抑えて起こしてきた。
 十歳になった二人はわずかにだが見た目に差異ができていた。ダリアはミアよりも少し背が高く、しかし体の膨らみがまだまだ未熟なのに対し、ミアは身長こそダリアより低いが体の膨らみは一足早く女性的な物になっていた。

「ダリア……逃げるよ……!」
「えっ? あっ、お、お姉ちゃん……!」

 ダリアが体を起こすや否や、ミアはそんなダリアの手を掴んで走り出した。ダリアはそれに驚き慌てつつも、彼女についていく。
 二人がそうやって出ていく姿に、一欠片も愛をくれなかった親が気づく事はなかった。

「おっ、お姉ちゃん……逃げるって……? 私達、もう死ねるのに、ど、どういう……?」
「……私、やっぱり生きたいの。ダリアと一緒に、二人で生きたいの……!」
「え……?」

 ダリアはそこで、今まで思いすら一緒だと思っていた姉が、自分とは正反対の事を考えているのを知った。
 死を救いと思いここまで来たダリアに対し、姉はそれでも生の希望を抱いていたのである。

「ダリアが死ねばもう辛くないって考えてた事は知ってる……でも、それでも私は、ダリアと一緒に生きたい、二人でこんな村を出て、外の世界でずっとずっと、二人で一緒にいたいの……!」
「お姉、ちゃん……」

 自分の手を引きながら必死に走るミア。
 それに連れられながらも、ダリアは思った。
 既にすべてを諦めていたダリアと違ってミアは諦めずに一緒の未来を、生を夢見てくれていた。
 それはとても嬉しくて、とても温かくて、今までの姉と寄り添いあって生きてきた事が唯一の生きる喜びだったのだと気づいた。
 ならば、そんな姉と一緒に生きていけるのならば、頑張ってみるのもいいんじゃないかと、ダリアはそう思った。

「分かった……わたし、お姉ちゃんと一緒に、頑張るよ……!」
「……ありがとう!」

 ダリアの言葉に、ミアが振り返り笑った。
 分厚かった暗雲が、切れ目を見せる。
 狭間から射し込む月明かりに照らされる自分と同じはずの姉の顔は、とても美しかった。

「――おい、悪魔の子達が逃げたぞ!」
「逃がすな! 捕まえて殺せっ!」

 そんな中で、そんな怒号が遠い後ろから聞こえてきた。二人が逃げ出そうとしている事が、どうやらバレてしまったらしい。
 大方不意に起きた親が、自分達がいなくなった事に気づいたのだろうと、ダリアは思った。

「急いで! こっち!」

 ミアはダリアの手を離してより速い速度で走り出す。
 ダリアもそれに全力で走ってついていった。
 後方から村の大嫌いな大人達が探しに迫ってきているのを感じながらも二人がたどり着いたのは、海岸にある人がいけるギリギリの場所にある岩壁であった。

「ここに、隠してたの……!」

 そこに僅かに先についたミアが、波の荒い岩壁と岩壁の隙間に海面に体を沈めながら入っていく。
 出られなくなって溺れてしまうのでは、と焦ったダリアだったがすぐにミアは出てきた。
 彼女は必死に波に体を持っていかれないように片手を岩壁に、そしてもう片方の手で小さな木の舟を引っ張ってきたのだ。その上にはオールも乗っていた。

「偶然ここに流れ着いてた古いのを見つけて、隠していたの。この前日ならむしろ大人達の気は緩むんじゃないかなって……」
「お姉ちゃん……!」

 やっぱりお姉ちゃんは凄いと、ダリアは心から思った。
 ダリアは姉と比べてとても気が弱く、行動力に欠けていた。一方でミアはそんなダリアをよく守ってくれたし、励ましてくれた。
 二人で寄り添い合いながら生きていく中で、ダリアはたくさんミアに助けられていた。
 だからそんな姉の言う事だからきっと生きられるかもしれないとダリアは思い、そして今こうしてその可能性が見えてきた、やっぱり、お姉ちゃんとなら頑張れる、そうダリアは思ったのだ。

「ちょっと風も出てきた。もしかしたら雨が降るかもしれない。その前に、早く!」

 ミアがそう叫んで、ダリアに手を伸ばした。
 でも、そんなときだった。

「見つけたぞ! アイツら、船で逃げようとしてる!」

 大人達が、二人の姿を見つけたのだ。

「ダリア! 急いでっ!」
「う、うんっ!」

 風が強くなって、波が大きくなってくる。
 ポツポツと、雨粒が落ちてくる。
 故に木の舟は安定せず、少し岸と距離ができる。
 ダリアはそこから手を伸ばす姉の手に必死に自らの手を伸ばし、掴んで、飛び乗った。

「よしっ……!」

 ダリアが乗ったのを確認したミアはオールを手にし、岸を押して舟を出そうとする。
 これで逃げられる、ダリアはそう思いかけた。

「――待てえっ! この双子がぁっ!」

 しかし、そこで一人の大柄な大人がギリギリのタイミングで舟に飛んでしがみついて来たのだ。
 舟は少しずつ離れていたのだが、まだまだ完全に離れきったわけではなく、大人に抱えられれば子供二人ぐらいはすぐに連れ返される距離であった。
 さらに最悪なのは、その大人がしがみついてきた衝撃でミアはうっかりオールを手放し、海に落としてしまったのだ。同じく船に乗せてあったもう一本のオールも一瞬舟が傾いた結果海に落ちる。
 もはや舟を自らの手で動かす手段を彼女らは失った。

「このっ、災いの化身が……!」
「ひっ!?」

 舟にしがみつき、手を伸ばしてくるる大人。その姿に思わずダリアは悲鳴を上げ、体を強張らせる。
 もう駄目だと、ダリアは諦めを抱く。

「――うわあああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 だがそんな恐ろしい姿に、飛びかかっていく姿があった。
 ミアが、大人に飛びかかったのだ。

「おっ、お姉ちゃんっ!?」
「がっ!? この悪魔の子めえ……!」
「ダリアから離れろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 ミアは大人の顔にしがみつき、叫び、そして――そのまま舟を蹴り飛ばした。

「えっ……? お、姉ちゃ、ん……?」

 ダリアは、呆けたような声で言った。
 いつしか強く降り始めた雨と激しくなった風の中に流され、舟は大事な姉から離れていく。
 そんなダリアに、ミアは海の中で大人に捕まり格闘しながらも、振り返って笑って言った。

「お願い、逃げて……あなただけでも、生き延びて……」

 それが、姉の最期の言葉だった。そこから舟は一気に荒れる海に運ばれ、村から遠ざかっていく。

「お姉ちゃあああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!」

 ダリアの悲鳴は、強風と豪雨に飲まれ、すぐに消え去ってしまった。


   ◇◆◇◆◇


 その後、ダリアはどことも知れぬ砂浜に打ち上げられていた。
 小さな舟では当然荒れた海を越えられず転覆。
 しかし奇跡的にダリアは海岸まで運ばれ、生き残った。
 たった一人、半身を失ったダリア。大切なもう片方の命が失われたのを、ダリアは直感的に感じ取った。自分は一人になったと、常に一緒だった双子の魂が教えてくれた。
 それを知ったとき、ダリアはさんざん泣き叫んだ。涙が枯れ喉が潰れるまで海岸でそうした後、すぐに姉の後を追おうとした。
 でも、できなかった。だって姉が言ったのだから。
「生き延びて」
 と。
 姉が最期に託した言葉で、あれほど死を望んでいたダリアは死を選ぶ事ができなくなってしまっていた。
 だからダリアは、心の内では死んでしまいたいと思いながらも、生きるために最善を尽くすしかなかった。
 生活のための金を稼ぐために無理をして商人となり、少しでも危険を避けるために男の振りをして、本当はか弱い娘の心を粗暴な男の仮面の下に閉じ込めた。
 でも、そうやって生きて行けば行く程、ダリアの心は壊れていった。

 ――なんでわたしは生きてるの?

 それは姉が助けてくれたから。

 ――なんでわたしは生きてるの?

 それは姉が生きろと言ったから。

 ――なんでわたしは生きてるの?

 それは姉が死んだから。

 自分と違って、生きたいと思っていた姉が、死んだから。

 ――だから、わたしは生きないと駄目なんだ。お姉ちゃんが、生きろって言ったから。わたしだけ、生き残ったから。お姉ちゃんは生きたかったのに、わたしは死にたがってたから。だからわたしは、生きないと駄目なんだ。生きないと駄目なんだ。生きないと駄目なんだ……生きないと……。

 死を望みながらも、生きるためにすべての力を尽くして。
 そんな中で出会う汚い大人達が、幸せそうに笑う子供達が、穏やかに余生を過ごしている老人達が憎くてたまらなくなっていって。
 全部壊してやりたいのにそうすれば死んじゃうから、それもできなくて。
 苦しみは終わらず、悲しみは止まらず。
 こうして五年の間生き続けたダリアは、いつしか生きながら死んでいた。


『ふうん……へぇ……? ああ……なるほど、なるほどぉ……あなたも、憎いのね……? 人が……世界が、あらゆるものが、憎くて憎くて、たまらないのね……?』


 そんな中で、彼女は出会ったのだ。
 死の向こう側にいる、世界から捨てられた者と。

 サヤ・パメラ・カグラバ。

 ダリアを生きながら死に続ける者から、死と共に生きる者に変えた、そんな存在に。
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