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20.思い馳せる、過ぎ去りし人へ
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雲の塊が強い風に流され、空に輝く月がその姿を隠しては現すのを繰り返す夜。
第一王子として向き合うべき書類へのサインが終わったリクリーは「……ふぅ」と軽く息をついた。
「珍しいな、君が他人の前で弱みを見せるなど」
彼の目の前からそんな声が聞こえてくる。
そこには執務室であるというのにソファー前にある長机の上で魔力により熱を発する細い鉄の棒で何やらよく分からないものを溶接しているアリアがいた。
彼女はあくまで声だけでリクリーに視線を向けているわけではない。
「……一応、俺達は婚約者のはずなのだがな」
執務室にはリクリーとアリアだけである。
他には誰もいない。
だが、アリアは目の前の作業に目線を向けたまま話し続ける。
「所詮はサヤを悪役として断罪するために仕立て上げた婚約だろう。他にふさわしい令嬢がいればすぐに私は席を譲るさ」
「王国の功労者として名高い貴様以外にそのような令嬢がいるとでも?」
「いたが我々が殺したではないか」
「……突然人様の部屋で作業を始めたかと思えば随分と突っかかってくるじゃないか、今日は」
アリアのあからさまな敵意を感じ、リクリーは眉をひそめる。
あの断罪劇の日以来、リクリーとアリアの関係はうまくいっているとは言えなかったのだが、それにしても今日のアリアは自分へのトゲを感じるとリクリーは感じた。
「ああ、そうだな。好いていた婚約者がいなくなったときよりも、側仕えしていた騎士と音信不通になったときの方が心を乱している王子様なんてのを見れば、女としては一つや二つ、思うところも出てくるさ」
アリアはそこで熱を持っていた棒の魔力を落とし、水を染み込ませたスポンジの上に置いてやっとリクリーの方を見た。
細めた目には明確に非難の意思が表れている。
「何を言うかと思えば、状況が違うだろう。サヤの断罪は国のために仕方のない事でしっかりと覚悟を決めて同意した事だ。一方でサムが行方不明になったのは完全な想定外なんだ。ただ己の田舎の異変を確かめる、それだけだったというのに……」
リクリーもまた不機嫌な表情を返し、テーブルに置いてあった小さなカレンダーを彼はそっと撫でる。
田舎から謎の通信があったのをきっかけにサムが首都を旅立ってから三週間近くが経とうとしていた。
夏は後半戦に差し掛かろうという時期で、暑さは頂点に達する期間と言える。
リクリーに取ってサムは間違いなく親友であり信頼のおける部下であった。
あの日の偽りの断罪においてもサムは一言も異を唱えずに従い、彼にとっても友人であったサヤを追いやる協力をしてくれた。
その一件でリクリーはサムをこれまで以上に大切な相手として想う事になったわけで、だからこそサムが無人で何も無い村で消え、行方不明になったのは彼に想像以上の苦痛を与えていた。
だが、そんな彼の様子にアリアは「……はっ」と軽く吐き捨てるように声を出した。
「同じ罪を抱えている私が何を言っているんだと思うだろうが、それでも言わせてもらう。私は、お前が嫌いだ。国のために恋人すら切り捨てて平気な顔をしているお前がな」
「……ああ、そうだな。俺もお前が嫌いだ。同じく親しくしていた相手を嵌めた人間であるというのに、自分を棚に上げて侮蔑してくるお前がな」
「…………」
「…………」
一触即発の空気が、二人の間で流れる。
いざここで喧嘩となればリクリーがアリアに勝てる見込みは零だ。
だがそうした場合、今度はアリアが国から追いやられ、友人を犠牲にした国はまた乱れる。
当然の事であり理性的にここで争う事はありえないが、二人共そうした当然の理屈を今一度考え直さなければ手がでてしまいかねない程の状況であった。
そして、こうした空気もサムがいれば仲裁してくれたのだろうとリクリーは考えてしまう。
「…………はぁ」
と、そこでリクリーは大きなため息をついた。
ここまでそういった内容の事を考えてやっと馬鹿馬鹿しい状況であることだと現状を見つめ直し、そしてかつサムがいない事にまた虚しさと悲しさを覚えたからだ。
つまりは、冷めたのである。
「……もういい、それよりもこんな嫌味を言うためだけに人様の部屋で作業をしていたわけではないのだろう」
「ああ、そうだな……まあ発明品を弄っていたのはお前の仕事が落ち着くまでのただの時間潰しだったわけだが、それはいい」
「部屋の主としはよくないんだが」
「いいんだ。それよりも今日はとりあえず伝えてはおこうと思ってな。私は明日、この首都から少し遠出をする」
「遠出?」
リクリーは彼女の言葉で軽く目を開いた。
アリアはそんなリクリーの言葉に軽く頷いて続ける。
「ああ、正確には私とイゴールとで、だ。二人して少し調べたい事ができてな。とは言ってもそれぞれ別の手段で調べるから私は聖光輝教の本部へ、あいつはとある知人の場所へと途中で分かれるんだが」
「そうか、了解した。わざわざ律儀だな、勝手に出て行ってもいいだろうに」
「さっきお前が言っただろう。現状、私はお前の婚約者だ。それなのに急に消えては問題になりかねん」
「それもそうか。俺自身も、実際にはそこの実感は薄いようだな」
リクリーは自らの発言の後にクツクツと笑う。
彼の姿を見て、アリアは「はぁ……」とまた呆れのため息をついた。
「しかし、お前とイゴールとは妙な組み合わせだな。調査の内容を聞いても?」
「知的好奇心、とだけ言っておこう」
「なるほど、だいたい把握した」
イゴールと一緒となればきっとオカルト絡みなのだろうとリクリーは思った。
彼にとってイゴールのその趣味はあまり興味もないし成果もない分野だと思っているので、アリアがそれに付き合っているのは不思議な事だと思っていた。
「……とすると、この首都からかつての仲間達は皆いなくなってしまうか。まったく寂しいじゃないか」
「ん? 皆? とすると、カゲトラも?」
リクリーの大げさでどこか嫌味ったらしい言い方の発言にアリアは眉を上げる。
彼女にリクリーは「ああ」と軽く笑って返した。
「なんでも仲の良い商売仲間のまたその仲間が突然行方不明になったと通信が入ったらしくてな。アイツはその商売仲間とは『いい仲』らしいから『身の回りの手伝い』をしてくるために聞いた途端に緊急でなるべく早く着く経路へと日が沈む頃に飛び出ていったよ」
「……そうか、まったく……まったく変わらんなアイツは」
時折皮肉が濃い声色になっていたリクリーに、その言葉を聞いて軽く頭を抑えるアリア。
窓から見える夜空に浮かぶ暗雲はより大きく、濃くなっていた。
◇◆◇◆◇
「……ま、こんなものですわね」
首都の王城にて第一王子とその婚約者が話していた同じ頃、ソルマティコ領アローマウスの街の外れの方にある宿屋のカーテンのかかった一室で、レイがテーブルに座り足を揺らしながら不遜に言っていた。
「いやぁ本当に見事ね、さすが私の五十年上の先輩」
ベッドに座り向かい合うサヤがパチパチパチッ!と手のひらの根っこの部分を合わせて笑顔で拍手を送る。
レイがバークレー一家を手に掛けたのはその日の昼の事であった。バークレー一家はどうにもアローマウスでは有名だったらしく、午後四時頃には街中どころか一部の街の外の商人達にも伝わっている程であった。
本当に魔法通信器って偉大だなぁ、とちょっと間の抜けた感じでサヤは思った。
「ふむ当然の称賛ありがとうサヤ。でもわたくし達の間に先輩も後輩もないでしょうに。“同類”の間に上下もなんにもないのですから」
「え? そういうもんなの?」
と、そこで今度はダリアが口を挟んだ。
彼女は椅子を反対にして背もたれに体を預けている。彼女のいる位置はレイとサヤの間で部屋の奥側、背中を窓にかかったカーテンが擦るぐらいの所にいた。
「そういうもんなのですわ。“わたくし達”に人の世の枠組みなどまったく意味は成しません。病も日々を追われる義務や労役も何もありません。みんな、ひとしく“同類”なのですわ。まったくこれだから思慮の足らぬ小娘は」
「へいへい、どうせオレは小娘だよ。すまないねぇばーさん」
「あらまあこの小娘ったら。言ったことも三秒で忘れる鳥以下の頭なのかしら? これだから品性に欠ける子は」
「ほーん人様をバカにするのは品性ある行為なんですかねぇ? そりゃご立派で」
「…………ほう」
「…………はん」
バチバチと、二人の間で火花が散る音がした気がした。
「ふふふふっ」
だがそんな光景も、サヤにとっては微笑ましい光景に見えて、笑みがこぼれた。
「まったく、二人共すぐに仲良くなったじゃない」
「誰がだ」「誰がですわ」
二人の声が重なるものだからサヤはまたも「ふふふふっ!」と笑う。
そんな彼女の様子にダリアもレイも少し呆れの視線を見せた。
「……ったく、これがこれからこの国を滅ぼす悪霊の姿か?」
「別にそこと性格は関係ないですけれど、にしてもまあ随分と可愛らしい事。これでいて五十年間呪いを成長させてきたわたくしよりもずっと力が強いのだから恐ろしいですわね」
「まあ、私は“元聖女”だからね。ふふふふふ」
二人にまた楽しげな顔を向けたサヤ。
哀れな家族の犠牲を産んだばかりだというに、彼女らの空気は異様なほどに緩やかだった。
「……そういや、お前本当にやることやったらすぐ返ってきたよな。いやまあサヤと同じ仕組みなんだろうけど実体ある癖にちょっとズルくないかそれ?」
と、そこでダリアがふと思い出したようにレイに言った。
彼女が言うのはレイがバークレー家で事を成した直後、一瞬でダリアが取った宿屋の部屋に戻ってきた事を言っていた。
レイが以前話していた通りに彼女らのような存在によって“域”とされた場所では“同類”達は大幅に自由が効くようになる。だからこそレイのような人形も自在に動ける、という部分の話である。
「それこそ先程も言ったように人間の理は“わたくし達”には当てはまりませんからね。今の小娘にはまだ早い話ですわ」
「ぐー、まだってなんだよまだって……。はぁあぁ、オレもそういう風にほいほい移動できたらなぁ。そうしたら……オレは……」
急に遠い目になって視線を下ろすダリア。
サヤはその姿、そして魂に伝わってくる感情と情景を見る。
幾度となく彼女と共に見た、息苦しい漁村の風景を。
「……何、距離的には少しずつ近づいているわ。もうすぐよ、あなたがあなたの仇を討つ日は」
「そう、だな……」
ゆっくりと、とても優しい声色で言うサヤに、ダリアは視線を向けて背もたれに乗せた腕の中で僅かに縦に振った。
二人の感情がゆっくりとかき混ぜられるような、そんな気分を彼女らは味わっていた。
「あの、ちょっといいかしら?」
と、そこでそんな少しきつめの声が入ってきた。
当然レイである。彼女は変わらない人形の無表情で片手をすっと上げていた。
「あ? なんだよ」
「お恥ずかしいことですがわたくし、お二人のように魂を共有してないわけでして。なのでお二方の間で勝手に納得されてもらってもわたくしには分からず、仲間外れにされているわけでして。そういうの、あまりよろしくないとわたくし、遺憾の意を表明しますわ」
「こ、こいつ……! ネチネチと嫌味ったらしく……!」
レイの言葉に露骨に顔を歪めるダリア。
だがそこでサヤはすっと立ち上がり、ダリアの肩に手を置いた。
「いいじゃない、教えてあげなさいダリア」
そして彼女は諭すように言う。
当然その言葉にダリアは驚いた顔を見せた。
「え、なっ!? ……でも、だけど……」
ダリアは露骨に辛さを顔に出して逡巡する様子を見せる。
しかし、そんなダリアにサヤはゆっくりと首を横に振って言う。
「あなた自身、あなたの憎しみの根っこの本質から目を逸らしている部分があると私は前々から感じていたから。だからこれはそれを見つめ直すいい機会ともなるわ。だからあなたの口で語りなさい。あなたが人類の滅びを願う、その根源を」
そう言うサヤの顔も言葉も、とても真剣なものだった。
また、表情のないはずのレイもまた先程の小馬鹿にした態度から静かにダリアの話を待つ空気に変わっていた。
人の世に災禍をもたらす存在が向ける、狂気の慈悲。
それは虐げられた者同士の同情なのか、それとも悪意に根ざした鼓舞なのか。
ともかく、そうしたサヤ達が向けた感情に、ダリアは声にならない程の小さな息を吐き出すと、今まで体を預けていた椅子を反転させ、正しい座り方にした後、両肘を両膝に合わせ、手を組む。
「………………ふぅ……はぁ……」
そして、ゆっくりと呼吸を整え、軽く視線を俯かせて語り始めた。
「……オレ達双子の誕生は、祝福されるどころかそれそのものが忌むべきものだったんだ」
ダリア・クルーニー、その存在の根源について。
第一王子として向き合うべき書類へのサインが終わったリクリーは「……ふぅ」と軽く息をついた。
「珍しいな、君が他人の前で弱みを見せるなど」
彼の目の前からそんな声が聞こえてくる。
そこには執務室であるというのにソファー前にある長机の上で魔力により熱を発する細い鉄の棒で何やらよく分からないものを溶接しているアリアがいた。
彼女はあくまで声だけでリクリーに視線を向けているわけではない。
「……一応、俺達は婚約者のはずなのだがな」
執務室にはリクリーとアリアだけである。
他には誰もいない。
だが、アリアは目の前の作業に目線を向けたまま話し続ける。
「所詮はサヤを悪役として断罪するために仕立て上げた婚約だろう。他にふさわしい令嬢がいればすぐに私は席を譲るさ」
「王国の功労者として名高い貴様以外にそのような令嬢がいるとでも?」
「いたが我々が殺したではないか」
「……突然人様の部屋で作業を始めたかと思えば随分と突っかかってくるじゃないか、今日は」
アリアのあからさまな敵意を感じ、リクリーは眉をひそめる。
あの断罪劇の日以来、リクリーとアリアの関係はうまくいっているとは言えなかったのだが、それにしても今日のアリアは自分へのトゲを感じるとリクリーは感じた。
「ああ、そうだな。好いていた婚約者がいなくなったときよりも、側仕えしていた騎士と音信不通になったときの方が心を乱している王子様なんてのを見れば、女としては一つや二つ、思うところも出てくるさ」
アリアはそこで熱を持っていた棒の魔力を落とし、水を染み込ませたスポンジの上に置いてやっとリクリーの方を見た。
細めた目には明確に非難の意思が表れている。
「何を言うかと思えば、状況が違うだろう。サヤの断罪は国のために仕方のない事でしっかりと覚悟を決めて同意した事だ。一方でサムが行方不明になったのは完全な想定外なんだ。ただ己の田舎の異変を確かめる、それだけだったというのに……」
リクリーもまた不機嫌な表情を返し、テーブルに置いてあった小さなカレンダーを彼はそっと撫でる。
田舎から謎の通信があったのをきっかけにサムが首都を旅立ってから三週間近くが経とうとしていた。
夏は後半戦に差し掛かろうという時期で、暑さは頂点に達する期間と言える。
リクリーに取ってサムは間違いなく親友であり信頼のおける部下であった。
あの日の偽りの断罪においてもサムは一言も異を唱えずに従い、彼にとっても友人であったサヤを追いやる協力をしてくれた。
その一件でリクリーはサムをこれまで以上に大切な相手として想う事になったわけで、だからこそサムが無人で何も無い村で消え、行方不明になったのは彼に想像以上の苦痛を与えていた。
だが、そんな彼の様子にアリアは「……はっ」と軽く吐き捨てるように声を出した。
「同じ罪を抱えている私が何を言っているんだと思うだろうが、それでも言わせてもらう。私は、お前が嫌いだ。国のために恋人すら切り捨てて平気な顔をしているお前がな」
「……ああ、そうだな。俺もお前が嫌いだ。同じく親しくしていた相手を嵌めた人間であるというのに、自分を棚に上げて侮蔑してくるお前がな」
「…………」
「…………」
一触即発の空気が、二人の間で流れる。
いざここで喧嘩となればリクリーがアリアに勝てる見込みは零だ。
だがそうした場合、今度はアリアが国から追いやられ、友人を犠牲にした国はまた乱れる。
当然の事であり理性的にここで争う事はありえないが、二人共そうした当然の理屈を今一度考え直さなければ手がでてしまいかねない程の状況であった。
そして、こうした空気もサムがいれば仲裁してくれたのだろうとリクリーは考えてしまう。
「…………はぁ」
と、そこでリクリーは大きなため息をついた。
ここまでそういった内容の事を考えてやっと馬鹿馬鹿しい状況であることだと現状を見つめ直し、そしてかつサムがいない事にまた虚しさと悲しさを覚えたからだ。
つまりは、冷めたのである。
「……もういい、それよりもこんな嫌味を言うためだけに人様の部屋で作業をしていたわけではないのだろう」
「ああ、そうだな……まあ発明品を弄っていたのはお前の仕事が落ち着くまでのただの時間潰しだったわけだが、それはいい」
「部屋の主としはよくないんだが」
「いいんだ。それよりも今日はとりあえず伝えてはおこうと思ってな。私は明日、この首都から少し遠出をする」
「遠出?」
リクリーは彼女の言葉で軽く目を開いた。
アリアはそんなリクリーの言葉に軽く頷いて続ける。
「ああ、正確には私とイゴールとで、だ。二人して少し調べたい事ができてな。とは言ってもそれぞれ別の手段で調べるから私は聖光輝教の本部へ、あいつはとある知人の場所へと途中で分かれるんだが」
「そうか、了解した。わざわざ律儀だな、勝手に出て行ってもいいだろうに」
「さっきお前が言っただろう。現状、私はお前の婚約者だ。それなのに急に消えては問題になりかねん」
「それもそうか。俺自身も、実際にはそこの実感は薄いようだな」
リクリーは自らの発言の後にクツクツと笑う。
彼の姿を見て、アリアは「はぁ……」とまた呆れのため息をついた。
「しかし、お前とイゴールとは妙な組み合わせだな。調査の内容を聞いても?」
「知的好奇心、とだけ言っておこう」
「なるほど、だいたい把握した」
イゴールと一緒となればきっとオカルト絡みなのだろうとリクリーは思った。
彼にとってイゴールのその趣味はあまり興味もないし成果もない分野だと思っているので、アリアがそれに付き合っているのは不思議な事だと思っていた。
「……とすると、この首都からかつての仲間達は皆いなくなってしまうか。まったく寂しいじゃないか」
「ん? 皆? とすると、カゲトラも?」
リクリーの大げさでどこか嫌味ったらしい言い方の発言にアリアは眉を上げる。
彼女にリクリーは「ああ」と軽く笑って返した。
「なんでも仲の良い商売仲間のまたその仲間が突然行方不明になったと通信が入ったらしくてな。アイツはその商売仲間とは『いい仲』らしいから『身の回りの手伝い』をしてくるために聞いた途端に緊急でなるべく早く着く経路へと日が沈む頃に飛び出ていったよ」
「……そうか、まったく……まったく変わらんなアイツは」
時折皮肉が濃い声色になっていたリクリーに、その言葉を聞いて軽く頭を抑えるアリア。
窓から見える夜空に浮かぶ暗雲はより大きく、濃くなっていた。
◇◆◇◆◇
「……ま、こんなものですわね」
首都の王城にて第一王子とその婚約者が話していた同じ頃、ソルマティコ領アローマウスの街の外れの方にある宿屋のカーテンのかかった一室で、レイがテーブルに座り足を揺らしながら不遜に言っていた。
「いやぁ本当に見事ね、さすが私の五十年上の先輩」
ベッドに座り向かい合うサヤがパチパチパチッ!と手のひらの根っこの部分を合わせて笑顔で拍手を送る。
レイがバークレー一家を手に掛けたのはその日の昼の事であった。バークレー一家はどうにもアローマウスでは有名だったらしく、午後四時頃には街中どころか一部の街の外の商人達にも伝わっている程であった。
本当に魔法通信器って偉大だなぁ、とちょっと間の抜けた感じでサヤは思った。
「ふむ当然の称賛ありがとうサヤ。でもわたくし達の間に先輩も後輩もないでしょうに。“同類”の間に上下もなんにもないのですから」
「え? そういうもんなの?」
と、そこで今度はダリアが口を挟んだ。
彼女は椅子を反対にして背もたれに体を預けている。彼女のいる位置はレイとサヤの間で部屋の奥側、背中を窓にかかったカーテンが擦るぐらいの所にいた。
「そういうもんなのですわ。“わたくし達”に人の世の枠組みなどまったく意味は成しません。病も日々を追われる義務や労役も何もありません。みんな、ひとしく“同類”なのですわ。まったくこれだから思慮の足らぬ小娘は」
「へいへい、どうせオレは小娘だよ。すまないねぇばーさん」
「あらまあこの小娘ったら。言ったことも三秒で忘れる鳥以下の頭なのかしら? これだから品性に欠ける子は」
「ほーん人様をバカにするのは品性ある行為なんですかねぇ? そりゃご立派で」
「…………ほう」
「…………はん」
バチバチと、二人の間で火花が散る音がした気がした。
「ふふふふっ」
だがそんな光景も、サヤにとっては微笑ましい光景に見えて、笑みがこぼれた。
「まったく、二人共すぐに仲良くなったじゃない」
「誰がだ」「誰がですわ」
二人の声が重なるものだからサヤはまたも「ふふふふっ!」と笑う。
そんな彼女の様子にダリアもレイも少し呆れの視線を見せた。
「……ったく、これがこれからこの国を滅ぼす悪霊の姿か?」
「別にそこと性格は関係ないですけれど、にしてもまあ随分と可愛らしい事。これでいて五十年間呪いを成長させてきたわたくしよりもずっと力が強いのだから恐ろしいですわね」
「まあ、私は“元聖女”だからね。ふふふふふ」
二人にまた楽しげな顔を向けたサヤ。
哀れな家族の犠牲を産んだばかりだというに、彼女らの空気は異様なほどに緩やかだった。
「……そういや、お前本当にやることやったらすぐ返ってきたよな。いやまあサヤと同じ仕組みなんだろうけど実体ある癖にちょっとズルくないかそれ?」
と、そこでダリアがふと思い出したようにレイに言った。
彼女が言うのはレイがバークレー家で事を成した直後、一瞬でダリアが取った宿屋の部屋に戻ってきた事を言っていた。
レイが以前話していた通りに彼女らのような存在によって“域”とされた場所では“同類”達は大幅に自由が効くようになる。だからこそレイのような人形も自在に動ける、という部分の話である。
「それこそ先程も言ったように人間の理は“わたくし達”には当てはまりませんからね。今の小娘にはまだ早い話ですわ」
「ぐー、まだってなんだよまだって……。はぁあぁ、オレもそういう風にほいほい移動できたらなぁ。そうしたら……オレは……」
急に遠い目になって視線を下ろすダリア。
サヤはその姿、そして魂に伝わってくる感情と情景を見る。
幾度となく彼女と共に見た、息苦しい漁村の風景を。
「……何、距離的には少しずつ近づいているわ。もうすぐよ、あなたがあなたの仇を討つ日は」
「そう、だな……」
ゆっくりと、とても優しい声色で言うサヤに、ダリアは視線を向けて背もたれに乗せた腕の中で僅かに縦に振った。
二人の感情がゆっくりとかき混ぜられるような、そんな気分を彼女らは味わっていた。
「あの、ちょっといいかしら?」
と、そこでそんな少しきつめの声が入ってきた。
当然レイである。彼女は変わらない人形の無表情で片手をすっと上げていた。
「あ? なんだよ」
「お恥ずかしいことですがわたくし、お二人のように魂を共有してないわけでして。なのでお二方の間で勝手に納得されてもらってもわたくしには分からず、仲間外れにされているわけでして。そういうの、あまりよろしくないとわたくし、遺憾の意を表明しますわ」
「こ、こいつ……! ネチネチと嫌味ったらしく……!」
レイの言葉に露骨に顔を歪めるダリア。
だがそこでサヤはすっと立ち上がり、ダリアの肩に手を置いた。
「いいじゃない、教えてあげなさいダリア」
そして彼女は諭すように言う。
当然その言葉にダリアは驚いた顔を見せた。
「え、なっ!? ……でも、だけど……」
ダリアは露骨に辛さを顔に出して逡巡する様子を見せる。
しかし、そんなダリアにサヤはゆっくりと首を横に振って言う。
「あなた自身、あなたの憎しみの根っこの本質から目を逸らしている部分があると私は前々から感じていたから。だからこれはそれを見つめ直すいい機会ともなるわ。だからあなたの口で語りなさい。あなたが人類の滅びを願う、その根源を」
そう言うサヤの顔も言葉も、とても真剣なものだった。
また、表情のないはずのレイもまた先程の小馬鹿にした態度から静かにダリアの話を待つ空気に変わっていた。
人の世に災禍をもたらす存在が向ける、狂気の慈悲。
それは虐げられた者同士の同情なのか、それとも悪意に根ざした鼓舞なのか。
ともかく、そうしたサヤ達が向けた感情に、ダリアは声にならない程の小さな息を吐き出すと、今まで体を預けていた椅子を反転させ、正しい座り方にした後、両肘を両膝に合わせ、手を組む。
「………………ふぅ……はぁ……」
そして、ゆっくりと呼吸を整え、軽く視線を俯かせて語り始めた。
「……オレ達双子の誕生は、祝福されるどころかそれそのものが忌むべきものだったんだ」
ダリア・クルーニー、その存在の根源について。
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