悪霊令嬢~死した聖女憎悪に染まりて呪いを成す~

女譜香あいす

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26.Victim 2nd:死人遊び PART Ⅲ

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 学園が夏休みの頃、カゲトラの妹マイが学生寮にやって来た事があった。
 そこでマイとカゲトラ、そしてサヤは三人で中庭を使ってお茶会を開く事にした。理由はマイがサヤに対して強い憧れ、関心を抱いていたからだ。

「サヤ様……これからはサヤ姉様あねさまと呼んでいいですか!?」
「あっ、姉様あねさま……!? はうあ……!?」
「ぶほっ!?!?」

 なかなかに盛り上がったお茶会も終わりに差し掛かったタイミングで妹が突然そんな事を言い出したものだからカゲトラは飲んでいたグリーンティーを盛大に吹き出してしまった。

「む! 兄様あにさま! はしたないですよ!」
「いやはしたないのはどっちさ!? なんだよ姉様あねさまって!?」
「そ、そうだよぉ……私、マイちゃんのお姉ちゃんになれるほどしっかりしてないよ……カー君と比べたら本当にダメダメだし……」
「そんなことないです!!!」
「は、はうあぁっ!?」

 自信なさげに言うサヤに対し、マイが急に机に両手をバン! と叩きつけて立ち上がり言うものだからサヤはビクリと震えてしまう。
 明らかに興奮している妹の姿を見て、カゲトラは「あーあ……」と内心思いつつ心の距離を一歩引いた位置に置いて苦笑いしながら再びグリーンティーを口にしていた。
 こうなると妹は面倒臭いのである、というのがカゲトラの経験則だった。

姉様あねさまは凄いです! ものすごい奇跡の力を持っててそれを一切私欲のためには用いずにずっと人助けのためだけに使ってて! 普通の人ならだいたい自分の欲望に負けちゃいます!」
「す、既に姉様あねさま呼びになってる……はうあう……」

 勢いでまくし立てているマイを見ながら、カゲトラはまあ一理あるなと言葉には出さないが同意していた。
 いざサヤが本気を出せばこの国を手中に治める事も夢ではないだろう。
 そこまでいかなくても、好きなだけの贅沢を死ぬまでし続ける事ぐらい簡単な事だ。
 でもそうしないのはサヤが底抜けにお人好しの善人であるからで、言ってしまえばこの国、いや世界はサヤが「いい子ちゃん」だから平穏無事であるに過ぎないのだ。
 カゲトラにとってサヤのそんな純真無垢さは好ましい点でもあり、同時に疎ましい部分でもあった。

「それに! いずれ兄様あにさまと家庭を持つかもしれないのですから今から姉様あねさまと呼んでおくに越したことはありません」
「ぶっへっ!?!?」

 カゲトラ、本日二回目のグリーンティー吹き出しである。

「おっ、お前何言ってんの!?!?」
「そ、そうだよ!? そもそも私リクリーの婚約者だからね!?」
「それが何ですか? タカガワ家の跡取りである兄様あにさまが本気を出せば王子から婚約者を簒奪するぐらい容易でしょう」
「お前は俺っちをどんだけ高く見積もってるんだよ!?」

 あまりにもムチャクチャな理論にさすがのカゲトラも動揺を丸出しにしたが、マイがその暴論をあまりにも堂々と言い放つ姿は、これは間違いなく彼女の商人としての才だなとはカゲトラは評価していた。

「はぁ……まったく捻くれた兄様あにさまですね……もっと素直に好意を出せばいいと言うのにすぐ言葉でごまかすんですから……」
「いやこれに関してはそういう問題じゃねぇだろぉ!?」
「そ、そーだよぉ……とりあえず姉様あねさま呼びは認めるからそういうのはやめてぇ……」
「はい、言質取りました。じゃあこれからよろしくお願いします、姉様あねさま!」
「えっ? あっ!? は、はうあ……!」

 そこでサヤはマイに乗せられた事に気づいたらしい。
 カゲトラは正直途中からそういうことなんじゃないかとは思っていた。
 先程の暴論のようにおかしな話を堂々と言い放つ事で相手のペースを崩し本来の目的を押し通す、間違いなくそれがマイ・タカガワの才なのである。

「あらら、こりゃ一本取られちゃったねぇサヤちゃん」
「うう……気づいてたなら止めてよカー君……」
「ふふふ、まあそれなりに本音も混ぜてましたからね。そこも含めて兄様あにさまは一緒に楽しんでいたのかと」
「本音混じりだったのが一番やだよ俺っちは……」

 顔を面白いぐらいに困らせているサヤに二人笑うカゲトラとマイ。
 この時間は間違いなく幸せだったが、でもいつ壊れてもおかしくない薄氷の時間なのだとカゲトラは思っていた。
 そして、その氷が破られて凍りついた水底に落ちていくのならばそれはサヤが国から見限られたときであり、もしそうなったときには犠牲は彼女だけにして自分は助かる方法を考えておくか、などど彼は心の隅で見積もっていたのだった。


   ◇◆◇◆◇


「あ、兄様あにさま……」

 靴越しにも熱を感じる足元にお互い立って、ギロチンを挟んで見合うカゲトラとマイ。
 彼女の後ろには開かない扉。あの思い立ったらすぐ行動な妹が開けに行こうとしないあたり、本当に仕掛けを作動させるしか手段がないのだなとカゲトラは思う。
 
「……マイ」
「っ!? ち、近づかないでくださいっ!」

 カゲトラが一歩踏み出した瞬間、マイは叫んだ。
 その目は到底血を分けた兄に向ける目ではなかった。

「私は、兄様あにさまの事を世界の誰よりも理解しているつもりです! だから分かるんです……いざとなれば兄様あにさまは私を犠牲にするのも、厭わないって……!」

 壁際で露骨に怯えながらも叫ぶマイ。
 カゲトラはそんな妹の暴言を受けながらも、あくまで感情的な姿は見せなかった。

「……何言ってるんだマイ、お前は俺っちの妹だぞ? いいから落ち着け、他にも何か手段があるはずだ。それを二人で考えようじゃないか」
「う、嘘ですっ! だって、だって兄様あにさまは、あんなに仲の良かった姉様あねさますら犠牲にしたじゃないですか……!」

 明確にサヤの件で自らを糾弾してくる妹の姿。
 だが、カゲトラはそこで心を乱すことはなかった。

「……それをお前が言える立場だと思ってるのか? 俺と同じく、サヤちゃんを見捨てたお前がさ」
「っ!? そ、それはあのとき首都にいなかったからで……」

 感情的になった部分から逆に動揺を作れた。
 ここが狙い目だと、カゲトラは確信した。

「ああ、確かにあんときは既にジェーワンネルで勉強してたもんなお前は。でもさ、それでもお前はサヤちゃんを助けられただろ? だってあの趣味の悪い国中引き回しのルートにがっつりジェーワンネルも入ってたわけだし、お前ならいくらでもチャンスは見つけられたよな?」
「……っ!? そ、それは……その……タカガワの家に、迷惑をかけたくなくて……」
「ああそうだな、俺っちもそうだよ。だからお前は俺っちを責める資格なんてないんだよ」
「そ……れは……」

 やはり妹はあまりにも直情的で人間的な部分があるところが弱点だな、とカゲトラは思った。
 いつの間にか話題が「カゲトラが自分を犠牲にする」という所から「サヤに冤罪をかけて犠牲にした罪の所在」という点にすり替えられているのをマイは気づいていない。
 少しでも感情と実情を区別できるならこんな簡単なすり替えには気づけただろう。
 だがそれができないのは、マイがカゲトラとは違って罪の意識をしっかりと抱き捨てられていないところがあるからだとカゲトラは分析した。
 もし少しでもそれができるならば、あの日サヤに姉様あねさまという呼び方を認めさせたように、うまく話題の主導権を握る事だってできたはずなのだから。それができるのがマイなのだから。

「だからさ、お前に俺っちにどうこう言える立場も資格もないのよ。な? 落ち着いて考えろって。俺っちがこんな状況であんな上から目線の言葉にそのまま従うと思うか?」
「そ……れは……」

 サヤの目が動揺に溢れ、落ち着かなくなって視界がブレているのが分かる。
 チャンスだと思い、カゲトラはゆっくりと近づき出す。
 足元から感じる熱がどんどんと強まってきたが、それで焦っては元も子もないから、あくまでゆっくりと。

「俺っちを誰だと思ってる? ゲーム相手の心情を掴んで勝利をもぎ取るのが十八番のカゲトラ様だぜ? オレっちがそういうのうまいって事は、妹のお前はよく分かってるだろ?」
「そ、れは……そうだけど……」

 妹の目線が下に向く。
 カゲトラは近づくスピードを上げる。既に中央の台座は通り越した。
 その際、音を立てないように慎重に戦鎚を手に取る。

「俺っちを信じろよ。お前の兄で、タカガワ家の跡取りの俺っちをよ」
「……確かに、兄様あにさまなら、なんとかルールの穴を――」

 マイが少しだけ言葉に希望を持たせ見上げたそのときには、すでにカゲトラは戦鎚を振り上げていた。

「グギャッ!?!?!?」

 マイが汚い悲鳴を上げる。
 戦鎚は見事に彼女の頭に振り下ろされ、熱を帯びた鉄網の床に頭から倒れる。

「ぎゃあああああっ!?」

 鉄網の床から伸びる火は炎となっていて、マイが熱さに悲鳴を上げる。
 だがカゲトラは一切それを気にせず、彼女の結ってある髪を掴んで引きずってギリギリの大きさである断頭台の穴に嵌め込んだ。

「あ……兄様あにさま……や……め……」

 カゲトラはもうマイの方を向いていない。
 彼女の姿を見ないまま、後ろ手でレバーを倒した。
 ――シュッ! ドン! という音だけが、カゲトラの背後から聞こえた。どうなったかは一切彼は確認しなかった。彼の視線の先にあるのは、その音がしてすぐ開いた扉だけ。

「……よ、よしっ!!」

 カゲトラは笑顔を作りながらもかなり狼狽した声で開いた扉に駆け込んだ。
 いるだけで辛くなってきていたギロチン部屋を振り返る事は、一度もなかった。

「ど、どうだどうだどうだ……! 俺っちは、越えてやったぞ……!」

 あまりにも引き攣った笑顔からダラダラと汗を垂らしながらカゲトラは言った。
 間違いなく仲の良かった妹すらも犠牲にして廊下を走る彼の心を支配するのは、歪んだ勝利の優越感だった。

「こんなゲーム、俺っちには余裕なんだよ……! 俺っちに知恵比べで勝てるやつなんて、いるわけねえんだ! そうだ、俺っちがやる気を出せばあのおっかない女王様だろうが、誰だろうが……!」

 彼が口にするのは自己正当化の言い訳だった。
 腕と妹の命、それを天秤にかけて迷うことなく妹の命を切り捨てた彼だったがそこに罪悪感がないわけではなかった。
 だが、それもすべて「自分は優秀だ」という自己肯定感ですべて塗りつぶし、正しい行いだと思い込んでいた。

「ハハハ、ハハハハハ……!」

 そんな彼が走っていった先に、一つの小部屋に出た。
 これまでで一番小さい小部屋だ。一辺二メートル程度の、相変わらず天井のない本当に小さい部屋。
 そして、目の前には取っ手のない扉。

『おめでとうカゲトラ・タカガワ。よくここまで来た。その先が、外への扉だ。あとは自らの手でその扉を開き給え』

 エクスキューターの声が響く。
 勝利の瞬間だと、カゲトラは思った。

「ハハハハハハッ! 見たかよおい! てめぇの陳腐なゲーム、この俺っちにかかればこんなもんなんだよっ! 見てろよ、ここから出たらその正体掴んでやる……!」

 勝利宣言を果てしない闇に吐きつけると、彼はすぐさま目の前の扉に全体重を乗せる。
 だが、その扉はとんでもなく重かった。そうやって体重をかけているのに、本当に動きが微々たるものなのである。だが、動かないわけではなかった。

「はっ、なんだよゲームクリアされた負け惜しみに扉重くしてんのか? これだから往生際の悪い奴はやだねぇ……!」

 悪辣な笑みを浮かべながら扉を推し続けるカゲトラ。
 すると、ズレた扉から本当に細い光が漏れ始める。

 ――そんなときだった。部屋が、突然ゴゴゴゴゴ……という音と共に揺れ始めたのだ。

「……はっ?」

 カゲトラは一度手を止め、音の正体を確かめようとする。
 音は何も無い闇だけのはずの天井からだった。
 当然、彼は上を見上げる。
 すると、そこにはさっきまでなかったはずの天井がいつの間にか現れ、どんどんと床に向かって落ちてきたのだ。

「……はっ!? おい! どういうこだよ!? オイッ!!!!」

 カゲトラは叫ぶ。
 だが、答えは返ってこない。
 またそれだけではない。
 扉もなくシームレスに廊下と繋がっていたはずの自分が来た出入り口が、ただの壁になっていたのだ。

「ハァアアアッ!? どういうことだよ!? どういうことだよ!?」

 ここまではまだ人の手による仕掛けだと言い訳できた。
 だけれども、戻る道が継ぎ目すらない壁になったのは、どうやっても説明がつかなかった。
 だがそんな事を考えている場合ではない。とにかく、外に出るために扉を開かなければ。
 彼が助かる道はそれしかないのだから。

「アアアアアアアッ! クソがっ! クソがああああっ!」

 カゲトラは叫びながらも扉にとにかく全精力を費やす。
 これまでの人生でこれほどまで力を使った事はないほどにすべての力をぶつける。
 だが、それでも扉は一秒に一ミリ動くか動かないか。
 それは天井が自分を押しつぶすまでの時間から考えると、どう考えても間に合わなかった。

「クソクソクソクソッ! なんで最後にこんな事に! アアアア! チクショウっ……! せめてこうやって扉を開くのを手伝ってくれる奴でもいれ……ば……」

 自分で言った言葉で、カゲトラは気付いた。
 いたはずなのだ、もう一人。脱出を手伝ってくれるはずの人物が。
 自らが先程騙して手にかけた妹、マイが。
 彼女がいればこの仕掛けを乗り越えられた可能性はあったのだ。
 でも、その可能性は消えた。
 カゲトラが彼女を犠牲にしたから。
 つまり、この罠はそういうことなのだ。
 あの部屋は、あそこで終わりではなかったのだ。
 自分の腕を犠牲にして妹とともに脱出を選ぶことが正解で、カゲトラは最後の最後で選択を間違えた、その事に彼は今、気付いてしまったのである。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?!? クソがあああああああああああああああああああッ!? ふざけやがってチクショウがあああああああああああッ!!!!!!!」

 絶叫しながらもカゲトラは扉を押すのを辞めない。
 そうして、やっと腕一本は外に出せる程度には扉が開く。
 隙間から見える光景は、夕暮れに染まるジェーワンネルだ。どうやらそこは路地の最奥のようで、遠くには住人達が誰も彼も陰気な表情で茜色に染まり歩いている姿が見える。

「誰かあああああああああっ! 助けてくれええええええええええええっ! 誰かああああああああああ!」

 隙間からカゲトラは腕を伸ばし必死に叫ぶ。だが、喉を痛めるほどの声で叫んでも誰も見向きもしない。
 そうしているうちに天井は彼がしゃがまないと行けないほどに迫ってきて、もう押すこともできなくなった。
 
 ――嫌だ! 押しつぶされて死ぬなんて嫌だっ!

 カゲトラはそんな思いから外に手を伸ばすのすら止めて、どう考えても無駄だと言うのに天井に両手をついて抵抗しようとする。
 だが当然そんな抵抗は無意味で、カゲトラはついにはその背中を床につける程に追い詰められた。

「嫌だああああああああああああああッ!? こんな、こんな死に方なんて嫌だあああああああああああ!!!!!????」

 断末魔を叫ぶカゲトラ。だが、それを最後に彼は押しつぶされ――なかった。

「…………は?」

 思わずカゲトラは間抜けな声を上げる。天井は、彼をピッタリ挟んで圧迫感は感じるも痛みを感じる程ではない位置で停止していた。
 カゲトラの体勢は、そんな自分を押しつぶすギリギリの位置で止まった天井に胸と両手をつけて、背中を床にべったりと寝かせた状態である。

「な、んだよ、これ……」
「――アアアアアアアアアアア……」

 “音”が、光が射し込む隙間から聞こえた。
 壊れた金属の風車かざぐるまのような異音。
 仰向けの状態ながらも、カゲトラはなんとかその隙間に目を向ける。僅かに頭は動かせたので、隙間からその音の正体を彼は見ることができた。

 そこにいたのは、黒いドレスに白い髪の女がしゃがんでこちらに顔を合わせてくる姿。
 もうどうしようもない自分をそれはそれは楽しそうに見つめてくる、深紫の瞳。
 カゲトラは、その目を、顔を知っていた。
 自らが証拠の捏造に加担し保身と出世のために犠牲にした少女、サヤ・パメラ・カグラバが、そこにいた。

「……た……たすけ、て……」

 カゲトラは、あまりにもか細い声で言った。

「助けて……俺っちが、悪かったから……頼む、助けて……助けて、ください……」

 涙を流し、必死に懇願するカゲトラ。
 そんなカゲトラに、サヤはニコニコしたままで。彼女の手は、いつしかカゲトラが死力を尽くして開けた重すぎる扉にかかっていて。

「……っ!? やっ、止めてくれ!? 助けて! お願いだから! 助けて! 助けてッ! 助けてえええええええええええええええええッ!?!?」
「アアアアアアアア……」

 サヤは、ただ“嗤って”応えた。
 そして彼女の手で、その扉は閉められる。光が、どんどんと細くなっていく。

「助けて!!!! 嫌だぁ!!!!! こんなところでずっと苦しんでいくなんて嫌だ!!!! 助けて!!!!!! 助けて!!! 助けて助けて助けて! 助けてくれええええええっ……!?!?!?」

 発狂しながら助けを懇願するカゲトラ。
 彼の声にサヤの手が止まる事はなく、ついには彼は永遠の闇の閉所に囚われたのだった。

「助けてえぇぇぇぇええええぇぇッ!!!!! 助けてくれええぇぇぇぇぇえええぇぇ………………!」

 そうなった後も、カゲトラは叫び続けた。
 誰にも届かないと、分かっていながらも。
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