悪霊令嬢~死した聖女憎悪に染まりて呪いを成す~

女譜香あいす

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39.Victim 3rd & 4th:Town of Nightmare PART Ⅲ

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「アリアって、意外と負けん気が強いよね」

 学園が休日のその日の午後、サヤに急に街に遊びに行こうと誘われ二人で買い物などをし、そのままカフェのテラス席で一服していたときにアリアは彼女からそう言われた。

「……突然、なんだい?」

 いつもおとなしいサヤからそんな事を言われるとは思っておらず、アリアはつい反応に遅れてしまう。
 すると、サヤは少し申し訳なさそうな表情で笑った。

「ははっ、ごめんね……。でもさ、まさかリクリーとあんな大喧嘩した後で、これまでのアリアの事を考えたらつい、ね……」
「……なるほど」

 アリアは合点が言った。
 つい昨日の事である。アリアは学園、しかも教室の真っ只中でリクリーと口論になったのだ。
 元より家柄からリクリーとは幼馴染ではあるがソリの合わない事も多く、そうした口論はしばしばしてきた。今回の口論も彼の不遜な振る舞いにアリアが反発したのが原因である。
 言ってしまえばいつもの事ではあるのだが、サヤからすれば初めて見る光景であったのがこうして外に連れ出された原因なのだろう。だが、サヤの言う事も確かに間違っていないとアリアは思った。

「そうだな……私は、つい『ああしろ、こうしろ』と指示されたり公爵令嬢だからと箱入り娘のような扱いを受けると、つい見返したくなってしまってね……思えば、発明を今まで続けてきたのもそういうところはあるだろうね」

 アリアは心から発明と鍛錬が好きな彼女ではあるが、それを今まで続けてきたのは両親から家柄を考えてお淑やかに淑女教育を受けろ、と言われたのが根っこにあった。
 自分が興味のあることを『辞めろ』と言われ『だったら絶対辞めない!』と反発し続けてきたのである。
 結果としてアリアは『叡智の才姫』として称えられる程の発明家となり、国に対しても多大な貢献をする事となった。
 自らの選択は何も間違っていなかったとアリアは思っている。
 だが、その発端が単純な負けん気であることは、言われてみればその通りであり言い返せないとアリアは思った。

「そうなんだ……羨ましいなぁ、アリアのそういうところ」
「羨ましい? 私がか?」

 またも想像していなかった言葉をサヤから聞いたので、アリアはちょうど持ち上げ口に運ぼうとしていた紅茶のカップをふと止めた。

「うん。私ってほら、自分で言うのもなんだけどちょっと大人しすぎるから……誰かに強く何かを言われちゃうと反論できないまま黙っちゃう事もあって……でもアリアはそういうときにも毅然と反論して、すごいなぁって」
「なるほど……でも、そんなことはない。サヤだって十分強いよ」

 アリアは半端に持ち上げたままだったカップを口に運び、紅茶を一口飲んでからまた話し始める。

「確かに普段のサヤは少し情けないのは否めない」
「は、はうあ……」
「でも、誰かを助けようと決めた彼女は私なんかよりもずっと頑固で、意志が強くて、決して折れない。肝心なときのサヤ程頼りになって、そして誰よりも優しい子はいないよ」

 サヤと一緒にいる中で、アリアは何度かサヤが奇跡の力を使う場面に遭遇した。
 そのどれもが普通の人間が使う魔法とは一線を画す力であり、私欲のために使えばこの国の頂点にすら立つ事も用意だろうにそれを『人助け』にしか使わない彼女の姿は、アリアにとってとても眩しく、そして理想だった。

「そ、そうかな……私はただ、お母さんの言葉を実践するために精一杯なだけで……」
「それでもだよ。それを今でも胸に秘めて実践している。ただの天邪鬼ではなく、れっきとした信念として。……私からしたら、そんな君の方が憧れるよ」

 ただ型に嵌めようとした両親を見返したくて、公爵令嬢だからただ飾りであれとされるのが嫌で、彼女は発明と『人助け』を志した。
 もしそうした過去がなければ、今の自分はあっただろうかと疑う日もアリアにはあった。
 一方でサヤは親からの遺言はあるもその後長い間一人で生きながら一切の私欲を見せずに力を人々のために使っている。
 まさに聖女と呼ばれるに相応しい少女であり、そんな彼女にアリアは少しばかりの嫉妬をも覚えていた。
 彼女の心の清らかさ、強さ……そして、僅かな間と言えど親から素直に愛され育った彼女の過去に。

「はうあ……そ、そんなアリアから憧れるような人間じゃないよぉ、私は……うう」
「ふふっ、いいや君はとても尊敬に値する人間だ。君はぜひそのまま、私にとっての理想の聖女様であってくれ」

 顔を赤らめるサヤが可愛くついからかうような言い方でアリアは言った。
 彼女の言葉にサヤは顔を赤くしたままではあるも少し怒った顔をし、それにまたアリアは悪かったと笑って返す。
 そんな何気ない日常の一コマ。
 アリアはその中でこの親友は何よりも大事にしたいと思い、しかし同時に、サヤという存在に対する羨望の裏にある嫉妬の心を……“彼女は生まれながらにして恵まれていた”という自分と比較した的外れな八つ当たりと理解している嫉妬を、どうしても消す事はできなかった。


   ◇◆◇◆◇


「ア……アリア……っ? ど、どうして……!」

 明確な殺意を持った自分への攻撃と、常軌を逸した笑い声を上げるかつての友。
 貴族令嬢とは思えない程に聡明であり勇ましかったかつての姿はもうそこにはない。
 それでも、イゴールはそう問いかけざるをえなかった。

「ぐひっ、ひひひひ……あァ、逃げるなよイゴールぅ……ただ滅菌するだけだからぁ……君の頭を割って、焼いて、清潔にするだけだからぁ……ぐひひひひ……!」

 だがしかし、されど当然、彼女から返ってくるのは狂った笑いと理解不能な理屈のみ。
 尖ったマスク越しに聞こえてくるくぐもった声でも分かる、嘘偽りない狂気。
 彼女はもはや人ではなく、イゴールは初撃は避けたもののその姿に怯え震え動けない。

「アァ! 滅菌だぁ! 『人助け』だぁ! ぐひひひひっ!」

 ハルバードと銃を持って笑いながら近寄ってくる血濡れた白衣の狂い医者ドクトルマッド
 ダンダン! とうるさく足音を立てながら近寄ってくる彼女にイゴールは死を覚悟した。

「――させるかっ!」

 と、イゴールにかつて人だった化物が近寄り切る前に、凛々しい叫びが聞こえる。
 その直後、聞こえてきたのは一発の破裂音だった。

「グガッ!?」

 狂い医者ドクトルマッドの頭が大きく横に揺れ傾く。
 どうやらそれは、射撃の衝撃だったようだ。
 そして、それを放ったのはいつしか扉を開いて部屋に現れていたレナだった。
 彼女の手には長銃が握られており、その銃口からは硝煙が立っていた。

「イゴール! こっちに早く!」
「へっ!? あっ、はいっ!」

 彼女に叫ばれイゴールはレナの元に駆けていく。
 一方で、頭を撃たれた故に本来死んでいるはずの狂い医者ドクトルマッドは倒れず、その場に立ったままだった。

「ぐひっ、ぐひひひひ……!」

 それどころか、彼女は再び狂った笑い声を上げてぐるりとイゴール達の方を向いたのだ。

「くっ、やはり防がれたわね……! さすが『叡智の才姫』様、銃弾ぐらいは防ぐ魔道具を発明していたようね……!」
「ぐひひひひ……! 医者はぁ、自分の身を守れて初めて一人前の医者だからねぇ……それよりも、ちょうどいい……二人まとめて滅菌だぁ……!」

 すっと二人に銃口を向けてくる化物。
 イゴール達はそれを咄嗟に横に飛ぶようにしゃがみ込み避けて、そのまま目の前の廊下を走り出す。

「ぐひひっ……! 待てェ……待てぇ! 逃げるな病人ガァ! 病を外に撒き散らせはさせなぁい! それがっ! 私の役目! 『人助け』ェ! ぐひひひひひひひ!」

 そんな二人を狂い医者ドクトルマッドは追いかけてくる。
 笑いながら、片手のハルバードを掲げて、時折魔法銃を乱射しながら。
 もはや元の聡明さは欠片も見られない。

「レ、レナさんっ! あ、あれどうなってるんですか!? アリアに一体何が……!」
「知らないわよ! 純粋に頭おかしくなった人間は私の専門外! とはいえこういうことはたまにあるから護身用に銃は持ってたんだけどまさか頭に当ててもピンピンしてるとはね……!」

 二人は後方からの燃える散弾をなんとかかわしながら走る。
 どこかを目指しているわけではない。ただ、足を止めれば殺されるのだけは分かっていた。

「ぐひひひひ……! 私は、助けるゥ……! もう、誰も取りこぼさないィ……! そのために殺すゥ! ぐひひひひ!」

 意味の分からない言葉を喚きながらいつまでも追いかけてくる狂い医者ドクトルマッド
 一方でイゴールとレナの体力は限界に近づいてきており、彼女は明確に体力面においてもなんらかの手を加えている事が伺えた。

「はぁっ……! はぁっ……! レナさん、僕、もう……!」
「バカっ! 諦めるなっ! 何か、何か手はまだ……あっ!」

 そうして町中を逃げ続けていく最中さなか、死の危機を持ってしてもイゴールがいよいよ走る事ができなくなっていたそんなときだった。
 レナがとあるものを目にし、声を上げたのだ。

「あそこよ! あそこを突っ切ってあの建物に入るわよ!」

 レナがとある場所を指差す。
 何がアルのかと汗だくになりながらもその先を見たイゴールは、彼女の指し示す方向の光景を見てぎょっとしてしまった。

「レっ、レナさんっ……!? で、でも、あそこにはアイツらが……!」

 彼女の示した方向には大きな建物があった。
 だが、その手前には大勢の“顔無し人間モドキ”共がいたのだ。
 普通に考えればそこを走り抜けるなど自殺行為もいいところだった。

「私が走り抜けている間に小さな結界を張るから大丈夫! でも全力で抜けないと途中で切れるだろうから、死ぬ気で走りなさい! そしてあの建物にいければチャンスはある!」

 レナの力強い言葉。
 それは彼女が本当に勝機を持って言っているのだとイゴールに確信させてくれた。
 彼は彼女の言葉にコクリと頷き、二人で化物達の群れの中に突っ込む。
 白く無駄に肉質のある人の形をした何かの中では、確かに彼らは手出しされなかった。
 だがその中を抜けていく際に聞こえてくる「ヤマノウミィィィ……」という声は彼らの小心を否応なく不快にさせた。

「ぐひひひひひひ……! あぁ、そんなところに逃げてェ……! いいよぉ、まとめて滅菌しないとぉ!」

 そこにやって来た狂い医者ドクトルマッド。彼女はそう叫ぶと、イゴール達ではなく目の前の“顔無し人間モドキ”達を次々に殺し始めた。
 どうやら遠くの検疫より目の前の滅菌、という感じらしかった。

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 奇しくもそんな化物が化物を足止めしてくれた状況のおかげで、二人は建物入口の大きな両開きの木製扉を開け入って、そこに閂をかける。
 そこでイゴールは今日何度目か分からない喉と肺が焼け付く感覚を味わいながらも肩で息をしながらも周囲を見回した。

「……こ、れは……」

 そこはどうやら倉庫のようであった。そして、目の前には赤く光る高さ一メートル程の結晶があった。その結晶はズラりといくつも並んでいる。

「魔力結晶の倉庫よ。この町だけじゃなく、首都の明かりや生活を支える魔道具を動かす魔力の塊。……今ああして化物になった女が、より小さく、より高密度に仕上げた改良型ね、これは」

 夜を照らす魔法灯やその他の多くの生活を支える魔道具にももちろん魔力が必要であり、それは昔から結晶にして固めた魔力を用いてきた。
 これをアリアはより小さくし、かつその小ささの中で従来よりもずっと魔力を固められるようにしたのである。これにより王国全土の生活水準は上がり、アリアが『叡智の才姫』と呼ばれるほどになる所以の一つとなったのだ。

「いい、今のうちにこれをあの扉の前に運べるだけ運ぶのよ。そしてやつがあの倉庫の扉をぶち破って中に入ってきたときに、私が魔力を連鎖させて爆発させる。そうすればさすがのあいつでもひとたまりもないでしょう」
「そっ……それは……でも、そうしたらアリアはっ……」

 意識していないわけではなかった。彼女から逃れるのは彼女を殺すしかないと。
 だが、いざ具体的な方法を前にするとつい尻込みした発言が口から出てしまう。
 かつての友を殺すのかと。

『いやぁっ! やだよぉ! やだよぉっ! 誰か、誰か助けてぇ……!』

 だが、それを考えたときに連鎖的に頭に声が響いた。
 あの日、見捨てたサヤの声が。
 日陰者で人との関わりを断っていて、しかし本心では自分の研究を認めてほしかったと誰よりも人との関わりに飢えていた彼をすくい上げてくれた、そんな少女の断末魔と同義の悲鳴を。

「……いや、なんでもない、です……やり、ます」

 既に一人大切な人を殺めているというのに、ここになって躊躇するなど矛盾が過ぎる。自分にはもはや、そんなことを思う資格などない。
 イゴールはそう思いを改め、レナの言葉に頷いた。

「よし、やるわよ。ふっ飛ばしたときに私達に被害が及ばないようにもしないとね……」

 こうしてイゴールとレナは運べるだけの魔力結晶を扉のそばへと運んだ。
 それはなるべく扉側のものを運び、奥側のものは逆に遠ざけた。
 全ては運べないのは分かっているため、爆破できるだけのものを爆破させ他は誘爆させないようにするためである。
 こうして二人が準備を整えていると、それは唐突にやって来た。

 ――ガンッ! ガンッ! ガンッ!

 木製の大扉が、狂い医者ドクトルマッドが持っているハルバードで殴りつけられ、穴が空き始めたのである。

「ぐひひひひひひひひっ! みんな、みぃーんな焼いたぞぉ……! 次は、お前達ダァ……! お前達も割って、焼いて、綺麗にするんだぁ……! 汚れた奴らみんなみんなみんなみんな! 私の手で綺麗にしてやるッ! それこそが私のぉ! あの子のためにぃっ! ぐひひひひひ……!」

 何か言っているようだったが、もはやイゴール達にはその意味は理解されようともされずにただタイムリミットを告げる告知としか思われない。
 イゴール達はそこまでで終えていた結晶の配置を終え、すぐさま倉庫奥へと移動する。
 倉庫の簡素な階段を上がった通路の上にイゴールが。
 そして、レナはそこから更に倉庫の屋根の梁へと渡り、梁から伸びる柱に身を預けより上から長銃で狙いやすい位置に。
 そして、どんどんと大きくなっていく切り付けられた穴はやがて閂に到達し、その勢いのまま閂は切断され、力技でそのまま木製の大扉から彼女が入ってきた。

「ぐひひひっ! どこだぁっ! どこにい――」

 数歩倉庫に入り込んだ彼女は、すぐさま気付いた。
 自らの発明の一つが彼女を取り囲んでおり、そしてそれは、彼女に終幕を齎すのだと。

「――くたばれ化物!」

 トドメとなる言葉の直後に、レナは射撃する。
 彼女の魔力を乗せた弾丸は結晶に見事着弾、大爆発を引き起こした。

「うわっ!?」

 その衝撃波に思わずイゴールは顔を手にやる。
 大きな爆炎を上げた爆発は倉庫の入口前面を丸ごと吹き飛ばした。
 しかし、彼らが結晶を移動させたおかげで誘爆はせず、ただ倉庫が半壊するだけに留まった。

「…………終わった、わね」

 爆発の後、先程までの緊迫した空気が嘘のように静けさが二人を包む。
 聞こえるのはただ倉庫の前に残る爆発の残り火だけ。

「アリア……」

 イゴールの視線の先には瓦礫の山。
 あの爆発を受けた後に瓦礫の下敷きになったのか、彼女の体の破片すら見当たらない。
 だがきっと彼女はあの爆発で死んだのだろうと思うと、イゴールはやはり胸の痛みを抑える事ができなかった。

「…………」

 と、そこに梁から降りてきたレナが彼の横にやってきて肩にポンと手を乗せてくる。
 きっと彼女なりの気遣いなのだろうと、イゴールはそれをただ黙って受け入れた。

 ――ガラッ。

 静寂を破る音がした。瓦礫が、突如動いたのだ。
 いや、正しくは瓦礫の中で何かが動いたのだ。

「……そんな……嘘、でしょ……?」

 レナは蒼白とした表情で言った。
 イゴールも言葉を出せずとも同じ気持ちだった。
 瓦礫の中で蠢くものなど、一匹・・しかいないのだから。

「…………ぐ……ひひ……」

 崩れた瓦礫の山の下から聞こえてくる、狂気の笑声。
 声を知らせとして、その瓦礫からガバッ! と、狂い医者ドクトルマッドの右手が伸びてきた。
 彼女は、生きていたのだ。

「ああ、アリア……あんな爆発で、どうし――」

 イゴールは言葉を最後まで紡ぐことができなかった。
 それは彼でもレナでも、そして今瓦礫から這い出ようとしている狂い医者ドクトルマッドのせいでもない。
 突然の地鳴りと揺れのせいだった。
 そして揺れたかと思いきや、ふわりと、目の前の瓦礫や魔力結晶やこの倉庫に置いた小物、そしてなによりイゴールとレナもまた、宙に浮き始めたのだ。

「――えっ? えっ!?!?」
「これはっ、一体……!?」

 当然混乱するイゴールとレナ。
 だがそんな二人の理解を待つ事なく、彼らは一気に夜空へと“堕ちた”。

「うっ、うわああああああああああああああああああああああああああああっ!?!?」

 落下としかいいようのないスピードで空へと吸い込まれていく二人。
 その先にあったのは、凝り固まった血痕のような色をした月だった。
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