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バルビス公国への旅立ち

16 バルビスの公主 8

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 深い闇の様な漆黒の髪に、同色の瞳。肌は色白なのに体躯ががっしりとしていて少しも貧相には見えない。堀の深い整った顔立ちはシャイリーと視線が合うと僅かに瞳を細めて微笑む優しい表情になる。
 神殿内の暖かさで身体の緊張が取れたシャイリーはバルビス公主トライトスと歩きつつそっと視線を上げた。不躾にジロジロと観察するわけには行かないが、トライトスの容姿と共に赤地に金の糸で刺繍された豪奢なマントにかけられている毛皮が気になってしかたがない。
 初めて見た時には白い毛皮のストールをかけているだけだと思った。が間近で見たそれは見たことも無いほどに立派な狐の毛皮だったのだ。

「綺麗…」

 狐は目の前で見たことはない。勿論本や何かの絵によって得た知識として狐を知っていただけだが、まさかこんなにも綺麗な動物だったなんて思わなかった。

「これが気になるのか?」

 シャイリーの視線に気が付いたトライトスはクイッと狐の毛皮を引っ張っている。

「…!?」

(なんということ!誠心誠意務めると言ったそばから殿下の言葉を聞かず自分の欲に忠実な声を出すなんて!)

 シャイリーはとんだ失態を犯してしまった。こんなに失礼な行いもないものだろう。トライトスの不満を買って酷く叱責されても致し方ない様な無礼だ。

「は、はい。失礼をいたしました。アールスト国には狐はいないのです。ですから、酷く立派な物なのだと……」

「そうか…立派か…」

 トライトスは怒るでもなく、何処となく誇らしげに肯いてさえいた。

「これはな、我が家の守り神の様な物なのだ…」

「守り神…ですか?」

「そうだ。初代がこの地で四苦八苦していた時に、共に過ごした狐と聞いている。雪山の中にはかつてこれと同じような野生の狐が多かったと聞く。」
 
 が、今ではめっきりとその数は減ってしまったそうな。時代が流れるにつれその様な動植物は増えていると言う。現に今では地元の猟師といえども狐を狩れるかといえば遭遇するのにも奇跡に近いのだとか…

「初代はたいそうこれを可愛がっていたと言う。自分達の食べる物さえ事欠く時代であったのにだ。」
 
 大した道楽だろう?と楽しそうに話す低い声に、シャイリーの緊張はもうすっかりと取れてしまった。狐好きの初代に、それをすんなりと受け入れてしまっている現当主。これならば、例え妻として受け入れてもらえなくても当社の目的でもあったシャイリーの願いは叶えられそうではないか。

「初代の時代はご苦労もおありでしたのに、かけがえの無い素晴らしい物達に囲まれていましたのね。少し、羨ましいですわ。」

「羨ましい、か?姫君が道楽者に理解ある方で良かった。」

「どうしてです?」

 狐を愛でいたのは初代だろう。もしや、トライトスにも何か後ろめたい趣向でもあるのどうかと勘繰ってしまいそうになる。

「いや、道楽者といえば、私にも当てはまるだろうと思ってな。何しろ、折角いらした花嫁には猶予も与えず婚姻を迫るような公主だぞ?世間では相当叩かれよう?」

 まるでいたずらっ子の様な、悪巧みをしている時の様な顔でトライトスはシャイリーに笑いかけて来るのだ。これを知ったそなたも共犯だとシャイリーを巻き込んで。
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