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いまだからこそ
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旅立つ前の監禁状態からはましになったといえど、相変わらず私に自由はない。
室内には常に侍女が数人控え、扉の外には近衛がいる。
彼ら彼女らは私の身の回りを世話をし護衛する者ではあれど、私との会話はなく、私の訴えに誰も聞く耳を持たない。
個人として嫌うことができればまだ良かったのかもしれないが、あの居丈高な王族の有様を知るだけに、この人たちも我が身が可愛いのだろうと諦めるしかなかった。
ただひとつ良いことがあった。最低限のマナーさえ身に着けていれば、王子から王太子へとランクアップした彼の政治的な補佐はしなくてよいと、旅立つ前より自由時間が増えたことだ。
穿った見方をすれば、下手に知識を取り入れて逃亡されては困るということだろう。
正妃であれば当然必要であるはずの外交、社交といったたぐいのものは、聖女であるからと免除されている。その代わりを務めるのが、王太子の傍に使える宰相補佐という立場の、やんごとなき地位にいる令嬢だった。
顔も見たくないから私のもとに訪れないのは喜ばしいことなのだけど、王太子は彼女にはしょっちゅう微笑みかける。令嬢は、王妃ほどには華美でないにしろ、それ仕事に邪魔じゃないかしらと心配になる程度には着飾り彼に侍っている。愛想を振りまきながらも仕事はこなしているようだ。まあ、有能ならばいいんじゃないかな。
国民に相対する行事では私を隣に置くけれど、その一歩後ろには令嬢が控え、ことがすめば王太子は私には見向きもせずに彼女と消える。
以前のように暴力と暴言がないことは救いであるけれど、私に求められているのは王族と聖女の血筋を残すことだ。
準備が整えられれば、私は公式に王太子の正妃となり、夜を共にしなければならない。
天の川を眺めて、願う。但し、宙の星はこんな地方都市でもほとんど見えず、街中の川に天球を浮かべるという催しだ。
手のひらサイズのプラスティックカプセルに油性マーカーで色を付け、虹色のセロファンも追加してからきっちり蓋を閉める。ろうそく型のLEDライトに照らされた球は、川面に浮かぶと本当の星でもおかしくない気がした。
もうずいぶん大きくなっているはずの雛はもちろん、親鳥の姿も見えない。もう少ししたら別の水場に引き取られるという。狭い場所では縄張り争いが起こるのだそうだ。親子でもずっと一緒にはいられない。人間に餌をもらえる環境でも、野生のシステムは働いている。
「来年も、この催しあるといいね」
「うん。綺麗だしね」
「まあ、そうなんだけど。なかったとしても、ふたりでこうやっていられたらさ、いいなって」
「私も一緒にいたいよ。ずっと。天球にも、お願いした」
「俺も」
岸から色とりどりの天球を見守りながら、彼の腕の中で、そのぬくもりを感じていられる幸せ。それを手放したくなんてなかった。
ねえ、帰りたいよ。
お互いに仕事が忙しくて、なかなか会えなかったよね。
もしもこんなことにならなかったとしても、自然消滅になっていたかもしれない。
こちらからのメールに返信が来なくて、留守番電話に切り替わらないあなたの携帯電話は、すぐに電源が入らなくなった。
彼に何かが起こったと思うより前に、捨てられたと衝撃を受けた。
たいしたことない距離を越えられなくて、努力すれば作れる時間を作ることもなくただ日々が過ぎて。
あなたからの思い遣りだと無理やり納得していた、しようとしていた。それでも、さすがにもう自分を騙すことができなくなって。
要らなくなったんだな、私のこと。
そう確信した日、狭いアパートで、静かに涙した。
あなたが時間をとれる日には、私は午前様だった。
私が休みの日には、あなたは出張だった。
それでも、忙しいだけで、いつかまたふたりでゆっくり過ごせるって、なにも疑っていなかったの。
会えなかった時間なんて関係なくて、私たちはそのままでいられるって。
そう、根拠もなく思い込んでいたんだ。
だけど会いたいよ。
いまなら、いえ、いまだからこそ。
あの時、どうしてあなたの部屋にいかなかったのか。会社に問い合わせもせず、あなたの友人伝手に連絡をとろうともしなかったのか、愚かな自分に気付いたいま、だからこそ。
会いたいの。
だって、まだ、愛してる。
室内には常に侍女が数人控え、扉の外には近衛がいる。
彼ら彼女らは私の身の回りを世話をし護衛する者ではあれど、私との会話はなく、私の訴えに誰も聞く耳を持たない。
個人として嫌うことができればまだ良かったのかもしれないが、あの居丈高な王族の有様を知るだけに、この人たちも我が身が可愛いのだろうと諦めるしかなかった。
ただひとつ良いことがあった。最低限のマナーさえ身に着けていれば、王子から王太子へとランクアップした彼の政治的な補佐はしなくてよいと、旅立つ前より自由時間が増えたことだ。
穿った見方をすれば、下手に知識を取り入れて逃亡されては困るということだろう。
正妃であれば当然必要であるはずの外交、社交といったたぐいのものは、聖女であるからと免除されている。その代わりを務めるのが、王太子の傍に使える宰相補佐という立場の、やんごとなき地位にいる令嬢だった。
顔も見たくないから私のもとに訪れないのは喜ばしいことなのだけど、王太子は彼女にはしょっちゅう微笑みかける。令嬢は、王妃ほどには華美でないにしろ、それ仕事に邪魔じゃないかしらと心配になる程度には着飾り彼に侍っている。愛想を振りまきながらも仕事はこなしているようだ。まあ、有能ならばいいんじゃないかな。
国民に相対する行事では私を隣に置くけれど、その一歩後ろには令嬢が控え、ことがすめば王太子は私には見向きもせずに彼女と消える。
以前のように暴力と暴言がないことは救いであるけれど、私に求められているのは王族と聖女の血筋を残すことだ。
準備が整えられれば、私は公式に王太子の正妃となり、夜を共にしなければならない。
天の川を眺めて、願う。但し、宙の星はこんな地方都市でもほとんど見えず、街中の川に天球を浮かべるという催しだ。
手のひらサイズのプラスティックカプセルに油性マーカーで色を付け、虹色のセロファンも追加してからきっちり蓋を閉める。ろうそく型のLEDライトに照らされた球は、川面に浮かぶと本当の星でもおかしくない気がした。
もうずいぶん大きくなっているはずの雛はもちろん、親鳥の姿も見えない。もう少ししたら別の水場に引き取られるという。狭い場所では縄張り争いが起こるのだそうだ。親子でもずっと一緒にはいられない。人間に餌をもらえる環境でも、野生のシステムは働いている。
「来年も、この催しあるといいね」
「うん。綺麗だしね」
「まあ、そうなんだけど。なかったとしても、ふたりでこうやっていられたらさ、いいなって」
「私も一緒にいたいよ。ずっと。天球にも、お願いした」
「俺も」
岸から色とりどりの天球を見守りながら、彼の腕の中で、そのぬくもりを感じていられる幸せ。それを手放したくなんてなかった。
ねえ、帰りたいよ。
お互いに仕事が忙しくて、なかなか会えなかったよね。
もしもこんなことにならなかったとしても、自然消滅になっていたかもしれない。
こちらからのメールに返信が来なくて、留守番電話に切り替わらないあなたの携帯電話は、すぐに電源が入らなくなった。
彼に何かが起こったと思うより前に、捨てられたと衝撃を受けた。
たいしたことない距離を越えられなくて、努力すれば作れる時間を作ることもなくただ日々が過ぎて。
あなたからの思い遣りだと無理やり納得していた、しようとしていた。それでも、さすがにもう自分を騙すことができなくなって。
要らなくなったんだな、私のこと。
そう確信した日、狭いアパートで、静かに涙した。
あなたが時間をとれる日には、私は午前様だった。
私が休みの日には、あなたは出張だった。
それでも、忙しいだけで、いつかまたふたりでゆっくり過ごせるって、なにも疑っていなかったの。
会えなかった時間なんて関係なくて、私たちはそのままでいられるって。
そう、根拠もなく思い込んでいたんだ。
だけど会いたいよ。
いまなら、いえ、いまだからこそ。
あの時、どうしてあなたの部屋にいかなかったのか。会社に問い合わせもせず、あなたの友人伝手に連絡をとろうともしなかったのか、愚かな自分に気付いたいま、だからこそ。
会いたいの。
だって、まだ、愛してる。
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