鍵を胸に抱いたまま

亨珈

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重みのない「愛してる」

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 酔い潰れた新汰を介抱して家まで連れ帰るのは今日は無理だから、ここに放置しておいてもいいのだろうか。
 一声掛けて蔵を出ようと決心しかけた時、横に置いたコートのポケットで携帯電話が振動しているのに気付いた。
 こんな時間に遣り取りする相手はそう多くない。その最多の相手からではない以上、何か緊急の用事かと開いてみると、哲朗からのメールだった。
『今日はお疲れ様。嬉しかった。
 今、メシ食いながら休憩中。電話できる?』
 サービスエリアか何処かからだろうか。
 たまに会っていた頃も、数回だけこんなことがあった。
 気まぐれに振り回されている感じはしても、連絡があるだけで心臓が飛び跳ねて大急ぎで電話を掛けたものだ。
 今も。ふっと口元を綻ばせ、コートごと足早に路地へと出たのだった。
 ワンコールするかしないかの内に通話になり、言葉に詰まった。
『みのっち、大丈夫なのか』
「うん。打ち上げで大騒ぎしてたんだけど、ちょっと外出てきた」
『そっか。あんまり早かったからびっくりした』
 確かに、周囲の人たちには電話機を持って会釈したからそれなりに解釈してもらえただろうが、新汰には何も言わずに出てきてしまった。責められるかもしれない。
「うん──なんだかな」
 自分でも驚いている。これは、待ちわびていたあの頃の気持ちをそのまま引き摺り続けていたということなのだろうか。
 へへ、と照れ笑いするような声が向こうから聞こえてきて、目の前に居る訳でもないのに、実は頬を染めて俯いた。
 おっとりした喋り方。良く通る新汰の声質とは逆に、低く優しげにふんわり伝わる声が、今走っている辺りで見えるものなどを説明し、それから、ふっと空気の色が変わった。
『実、あのさ、俺、』
 そう言い掛けた時、蔵の重い扉が開いて、ばさりと覆い被さるように新汰が背後から実るを抱き締めた。
「みのちゃーん、なんでこんなとこいんの」
「新さん! 電話中です」
 驚いて通話口を押さえる間もなく、そのままだと押し潰されそうだから懸命に支えていたら、勝手に電話機を取り上げてぱくんと閉じられてしまった。
「ちょっと! 何するんだよもうっ」
 慌てて取り戻しても、勿論切れてしまっている。
 絶対変に思われているし、自分がされた方なら凄くショックで落ち込む。しかも何か大切なことを言おうとしている雰囲気だった。
 すぐに掛け直したいのは山々だったが、新汰はふんふんと鼻歌を歌いながら、ずんと体重を掛けてくる。
「もう~、この酔っ払い」
 殆ど背負うような格好で、千鳥足の新汰と蔵に戻る。いつも飲み明かすメンバーに押し付けて一人で帰ろうとしたのだけれど、新汰はなかなか離れてくれなかった。
「みのちゃーん、置いてかないでよ。愛してるから~」
 耳元で延々とうだうだ言われても、もうそんな言葉ではどきりともしなくなってしまった。
 昼間でも軽い調子で言う。酔っ払えば誰の前でも見境なく抱きつく。愛してる、好きだ。その言葉はそんな風に軽々しく使って欲しくない。
 確かに、それに慣れている周囲の人々は、まさか二人が恋人同士だなどとは思ってもいないだろう。コンビゆえの度を越えた親しさだと受け取り笑いながら見逃してくれている。
 それに救われてはいるのだけれど。
「新さん、おれ明日も仕事なんだから。そろそろ帰らないとヤバイんだってば」
 引き剥がして下が物入れになっている畳コーナーに寝かせようとしてもヘバりつかれて剥がせない。体格差があると、こういうとき大変なのだ。
「んじゃあ俺も帰る~寝る~」
「だからここで朝まで寝てから自力で帰ってって言ってるのに。無理だから、車で送れないし」
「一緒に寝ようよ~」
「やです。こんなとこで眠れるわけがないでしょ」
 その後も「みのちゃんのいけずー」などと散々管を巻く新汰と実のバトルが繰り広げられたが、何しろ全員酔っ払っているので笑いのネタにしかならず助けは入らない。
 仕方なく、この近所にある工房まで移動することにした。
 仮眠出来るように布団はあるし、静かだから早く眠ってくれるかもという淡い期待を込めて。
 表は小さな店舗がありシャッターを下ろしているので、裏の勝手口から入ると、炉の熱でほんのり暖かい。今が冬で良かったなと思いながら、誰も居ない休憩室に新汰と雪崩れ込む。
 千鳥足ながらもどうにかついて歩いてくれたのでここまで来られた。全体重掛けられるとどうにもならなかっただろう。
 四畳半の小さな部屋の片隅には三つ折れにした布団が積んであり、中央の卓袱台を畳んで片付けてからその布団を敷いた。
「新さん、コート脱いで」
 畳の上で仰向けになっている新汰に声を掛けて体を起こすと、どうにか靴とコートを脱いで放るので、実はてきぱきとそれを片付けてから布団まで誘導しようとした。
「みのちゃん」
 今まで殆ど閉じられていた新汰の瞼が上がり、至近距離で見詰められていると気付いた時には、実は腕で膝下を刈られて倒れ込んでいた。
「し、んさ……」
 いつかの二の舞だ。
 振りだったのか、それとも歩いている間に醒めてしまったのか判らないが、新汰はアルコールの影響など垣間見せずに手早く実の下半身から衣類を剥いでいく。
「やだって。ホント、もう寝ないと」
 懸命に抗っても、いち早く急所を握られてどうにも出来なくなってしまった。
「恋人、やめるって言ったのにっ」
 揉まれて芯が入ったところを扱かれる。年末にしたのが最後で、もう一ヶ月以上もご無沙汰だった。性欲が薄く、自分ではかなり長い期間抜かなくても平気な性質だとはいえ、ひとにされればあっという間に立ち上がり、先走りが滲んだ。
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