鍵を胸に抱いたまま

亨珈

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同意のない行為はつらすぎて

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「勝手に言ってたけど、俺は承知してないよ」
「そんなっ」
 一方的だとは思うけれど、こんなのはどちらかが終わりを告げてしまえばそれまでだと思っていた。それなのに。
「やだ! も、しないっ」
 どうにか体を反転させてにじって逃げようとすると、手荒くコートも脱がされ、実自身から出たものだけを絡めた指が後ろに突きたてられる。
「ヒッ、いたっ」
「何もないからさ、ごめんね。それに、そんなに嫌がられると、優しくなんて出来そうにないわ」
 涙を零して背を仰け反らせるところに、ろくに解しもせず、本当に新汰は己を突き刺した。
 あぐ、と悲鳴を上げそうになった頭をぐいと枕に押さえつけ、みちみちと軋む箇所に無理矢理全部押し込むと、性急に腰を使い始める。
 熱で温まっている空気が、鉄錆の臭いを漂わせていた。
 このままだと敷布団が汚れてしまうと、呼吸すらままならない中で、実は精一杯腰を上げた。溢れ出る潤滑液のおかげで滑りが良くなったのか、新汰はスピードを上げ、肉と肉がぶつかる音と、荒い息遣いが静かな工房に木霊する。
 こんな、神聖な……とまではいかずとも、誠心誠意込めて作品を作り上げていく場所で、こんな下品な行為をすることになるなんて、と。実は音もなく涙し、それはそば殻の枕に染み込んで行った。
 もう、きっと感情が付いていっていないのだろう。
 初めてのときでもこんな風には感じなかった。実を気持ち良くしようとは、微塵も思っていない行為。ひたすらに痛いだけで、どうか早く終わってくれますようにと、ただそれだけを願っていた。


「せんせー、大丈夫?」
 階段を登ろうとして、一段目から踏み外してしまった。
 手摺りにしがみ付いたところを通り掛った男子生徒に見咎められ、反対の腕を取られ体が緊張する。
 高校生の男子ともなれば、殆どが実よりも大きく、進学校ではないため容姿に気合を入れている生徒が多いから、なんとなく引け目を感じてしまう。
 事務員でも区別なく、全員に「先生」と呼ばれるのがこそばゆいが、生徒にとっては学校という場に居る大人は一括りに先生になってしまうのだろう。
「顔色、真っ白。保健室つれてったるわ」
「え、ちょっ、そこまでは」
 どうにかこうにか午前中の仕事をこなした後だった。
 いつもは食堂か近所の製麺所に食べに行くのだが、本当に食欲がなくて飲み物だけで済ませようとしたのが悪かったのかもしれない。
 朝もぎりぎりまで布団の中に居たから、ヨーグルトを一つ食べたきりだった。
 見たことがあると思っていたら、去年選択授業でバーナーワークを教えたことがあるグループの生徒らしく、もう一人の連れと一緒に両肩を支えて、殆ど宙に浮くくらいの勢いでさっさと保健室に連れ込まれてしまった。
 確かラグビー部だったが、道理で軽々と持ち上げる筈だ。
「風邪っていうんじゃなさそうだけど」
「うん、熱くないもんな。逆に冷たいくらい」
 さほど大きくはないが、二人ともYの字体型でがっしりしている。冬でもしっかり日焼けの跡が残っていて、それなのに若いからぴちぴちと張りのある肌。
 それを羨ましく見上げながら、ベッドの上に腰掛けさせられた。保健医は留守のようで、珍しいことではないから二人には礼を言って帰らせた。
 人手が足りない時には、実も保健室勤務を手伝わされることがある。難しいものはすぐ近くの総合病院に搬送すればよいし、消毒くらいならば実にも出来るから、後はサボりの生徒の相手だけしていれば良い。
 自分でも手足の先が冷たいのが判る。貧血を起こしているのだ。
 昨晩、一回イった後、やはりアルコールの影響が強かったようで、新汰はすぐに寝入ってしまった。当然実のモノは萎えたままだった。
 気を付けてはいたのだが、少しシーツが汚れてしまっていた。だが、それを洗濯するほどの体力も気力も残っていなかった実は、よろめきながら深夜に帰宅した。
 もう眠気よりも疲労で倒れこみたかったが、シャワーを浴びて体内の残滓を掻き出し、涙も枯れ果てて泥のように眠った。
 あらぬ部分はじくじくと痛み、哲朗のことも気掛かりだったが、とても話せる状況ではない。
 何を言い掛けたのか、そして突然に切れてしまった通話に怒っていないかと、ずっと心に引っ掛かったまま。
 書類を捌き、入試関連の段取りを進め、電話の応対に追われて一日が過ぎて行く。
 内線で他の事務員に居場所を伝えてから、上着をベッド脇の籠に放り込んで横になっているうちに眠ってしまっていた。

 ぎりぎりまで待ってくれていたらしい保健医に揺り動かされ、利用手続きをしてから一度事務室に戻り、部署の仲間に謝ってから荷物を手に学校を出る。
 暇な時期なら割と自由時間も取れる職場ではあるのだが、今は忙しくなる一歩手前だ。年度末のあれこれよりはまだましだが、それでも繁忙期に変わりなく、皆の視線が痛かった。
 今日はもう何もしないでゆっくり眠って、明日はきちんとこなさないと。そう心に決めて駐車スペースに行くと、実の車に凭れるようにして新汰が立っていた。
「お疲れさん」
 まるで何もなかったかのように笑い掛けられて、無言で会釈した。
 運転席側のドアを塞がれていてはどうにもならない。仕方なく少し距離を置いたまま足を止めて視線を落とす。
「なに」
 地面に向かって落ちて行った言葉は小さく低く、新汰はほんの少しだけ動揺したようだった。
 じゃり、と敷石を踏みしめる音にびくりと肩を跳ねさせ、実は一歩下がった。
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