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ツッコミ不在の関係
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座って待っててと言われて、実は素直に腰を下ろす。哲朗はそのままその中の一軒の大きな竈がある建物に行き、何やら注文をして支払ってから戻って来た。
半分出すからと慌てて財布に手を伸ばすのを、笑って退けられる。
うーと唸りながら仕方なく辺りを見回すと、飲み物を売っているらしき建物がすぐ近くにあり、じゃあ代わりに何か買わせてと言い置いて、実は返事も待たずに向かった。
旬に採れたての果物を凍らせていたものをジュースにしているらしく、少し寒いかもと思いながらも、メニューにある珈琲などは無視してそれらを頼んだ。
テーブルに戻ると、向かいだと少し遠いと哲朗に言われて隣に腰掛ける。
なんだか落ち着かなくて、白桃と葡萄のミックスどっちがいいかと尋ねれば、じゃあ両方少しずつと言われて戸惑った。
透明なプラスチック容器に入ったジュースを握り締めていた手はまた冷たくなっていて、ごく自然な動作で哲朗がその手を取ってそれぞれに握り込むのを呆然と眺めていた。
「冷え冷え。凍っちまうよ。ホットにすればよかったのに」
振りほどく気にもなれないが、この動作の意味はなんなのだろうと実は戸惑う。
「あ……やっぱり特産品がいいかなって。あと、ピザが熱いだろうから、冷たくて丁度いいかな、とか」
「はは、確かに。そういう意見もあるか」
やんわりと包み込むように手の平同士を合わせ、指を絡められると、実の心臓は跳ねて飛び出しそうになった。
「焼くのはもうちょっと掛かるかな」
いつもと変わらないように喋っているのに、運転しながらでは有り得なかった行為をされている。
もしかして、友達なら誰でもこういうことをするものなのだろうか。
確かに、男同士なら、もっとべったりとひっつくこともある。だけど、手はどうだろう。
百歩譲って、先程のように繋いで歩くことはあっても、流石にこんな風に温めたりはしないんじゃないだろうかと、ぐるぐる考えながら、視線は哲朗の笑顔と両手を彷徨った。
背後で、ピッツァ二枚お待ちの方、と呼ばわれ、あっさりと哲朗の手は離れて行く。反射的に握って引き止めようとしてしまい、慌てて手を開いて、哲朗が腰を上げるのを見送った。
新鮮な野菜が山盛りになったクラフトタイプの石窯ピザを食べながら、時折交換してジュースを飲む。
焼きたてのピザは火傷しそうなほどに熱く、やはり冷たい飲み物で正解だったと胸を張れば、哲朗は「先見の明だな」と畏まって頷くから実の方が恐縮して冷や汗が出そうになった。それを見た哲朗と顔を見合わせて同時に噴き出し、最初から冗談のつもりだったのか判らないままに、それでも嫌な空気ではなかったのが不思議だった。
こういうとき新汰ならば、とことんまで追い詰めて本当に実が泣きかけるまで楽しんでから、ごめんねえと笑うのだ。
それで許してしまう実も大概なのだが、被虐趣味があるわけではないから、少しずつ心の奥底に澱のように不満が溜まって行った。
傍から見ると、哲朗と実はボケ同士で突っ込み不在というやつなのだろう。
にっこり笑ってぽわんと見詰め合っている姿は幸せそうで、それはこの農業公園には似つかわしい姿ではあった。
食べ終えてから、建物の途切れている煉瓦塀の向こう側にあるベンチに場所を移し、眼下の斜面にある葡萄園と更にその下にある芝生と花壇を俯瞰する。
今は枯れ木のようなあれはなんという種類で、と横からしてくれる説明を聞きながら、ここから飛べたら気持ちいいだろうなと考えていた。
登山をした時にも一度ならず考えることだった。
「高いところって気分いいな」
うっとりと目を細めている実を見て、哲朗はその腰に腕を回した。
「わったん?」
これは友人同士がこのシチューエーションでする行為ではないと、流石に実にも判った。
強くはないが、それでも巻き付けられた腕の長さに逃げ場はない。
戸惑いながら視線を移すと、同じように目を細めていた哲朗も顔を向けた。
「農業体験ってあるだろ」
しかつめらしく切り出されて、予想していたどの言葉とも異なっていたのに目を見開き、黙って実は頷いた。
普段そういったことに縁のない街中の人に、田畑や山などを開放して一日だけ楽しめるツアーがあるのは知っている。そういった類いのものかと脳裏を過ぎったのだが。
「もう数年前から、俺らの周りもそういう方向に進んでるんだ。ちょっと前なら定年後にのんびりした田舎暮らしを希望する夫婦くらいしか新しい居住者は見込めなかったけど、不況で会社勤めより自分で物作りをする若い連中が増えてきてる。そういう人たちに格安で家を提供して、町や県も支援して居ついてもらう方向へと変わってきてるんだ。
もう、昔みたいに血縁者が跡を継いで農地を守っていくご時世じゃない」
「それは、新聞やテレビでもたまにやってるね」
そっと頷き、跡継ぎがなくてどんどん過疎化している北部の集落を想像した。
ただ、やはり想像よりきつい日常にあっさりと音を上げて戻って行く人も多いようで、最初の一年が越せるか、この辺りのサポートをする為に地元も役所も知恵を絞って、その地方により色々と策を弄しているらしい。
「みのっちは興味ないか? 街生まれだから、たまに来て息抜きするくらいの方がいい?」
真摯に見詰められたまま、ほて、と実は首を傾けた。
「自然は好きだよ。なんか落ち着くし……」
「俺んち、ヤギと合鴨もいるよ」
「えっ、ほんとに」
「ヤギは雑草食べてくれるし、合鴨も田んぼに放すんだけどな。まあ、ペットじゃないわな。可愛いのは可愛いけど」
苦笑する哲朗を見上げたまま、その真意を探ろうとした。
これはもしかして実のことも転職を促しているのだろうかと。
そういえば、哲朗には自分の家のことは話していないのだったと思い出す。
「興味なら、あるよ。田植えや稲刈りも一通り手作業でやったことあるし、小さいけど庭に菜園もあるし」
半分出すからと慌てて財布に手を伸ばすのを、笑って退けられる。
うーと唸りながら仕方なく辺りを見回すと、飲み物を売っているらしき建物がすぐ近くにあり、じゃあ代わりに何か買わせてと言い置いて、実は返事も待たずに向かった。
旬に採れたての果物を凍らせていたものをジュースにしているらしく、少し寒いかもと思いながらも、メニューにある珈琲などは無視してそれらを頼んだ。
テーブルに戻ると、向かいだと少し遠いと哲朗に言われて隣に腰掛ける。
なんだか落ち着かなくて、白桃と葡萄のミックスどっちがいいかと尋ねれば、じゃあ両方少しずつと言われて戸惑った。
透明なプラスチック容器に入ったジュースを握り締めていた手はまた冷たくなっていて、ごく自然な動作で哲朗がその手を取ってそれぞれに握り込むのを呆然と眺めていた。
「冷え冷え。凍っちまうよ。ホットにすればよかったのに」
振りほどく気にもなれないが、この動作の意味はなんなのだろうと実は戸惑う。
「あ……やっぱり特産品がいいかなって。あと、ピザが熱いだろうから、冷たくて丁度いいかな、とか」
「はは、確かに。そういう意見もあるか」
やんわりと包み込むように手の平同士を合わせ、指を絡められると、実の心臓は跳ねて飛び出しそうになった。
「焼くのはもうちょっと掛かるかな」
いつもと変わらないように喋っているのに、運転しながらでは有り得なかった行為をされている。
もしかして、友達なら誰でもこういうことをするものなのだろうか。
確かに、男同士なら、もっとべったりとひっつくこともある。だけど、手はどうだろう。
百歩譲って、先程のように繋いで歩くことはあっても、流石にこんな風に温めたりはしないんじゃないだろうかと、ぐるぐる考えながら、視線は哲朗の笑顔と両手を彷徨った。
背後で、ピッツァ二枚お待ちの方、と呼ばわれ、あっさりと哲朗の手は離れて行く。反射的に握って引き止めようとしてしまい、慌てて手を開いて、哲朗が腰を上げるのを見送った。
新鮮な野菜が山盛りになったクラフトタイプの石窯ピザを食べながら、時折交換してジュースを飲む。
焼きたてのピザは火傷しそうなほどに熱く、やはり冷たい飲み物で正解だったと胸を張れば、哲朗は「先見の明だな」と畏まって頷くから実の方が恐縮して冷や汗が出そうになった。それを見た哲朗と顔を見合わせて同時に噴き出し、最初から冗談のつもりだったのか判らないままに、それでも嫌な空気ではなかったのが不思議だった。
こういうとき新汰ならば、とことんまで追い詰めて本当に実が泣きかけるまで楽しんでから、ごめんねえと笑うのだ。
それで許してしまう実も大概なのだが、被虐趣味があるわけではないから、少しずつ心の奥底に澱のように不満が溜まって行った。
傍から見ると、哲朗と実はボケ同士で突っ込み不在というやつなのだろう。
にっこり笑ってぽわんと見詰め合っている姿は幸せそうで、それはこの農業公園には似つかわしい姿ではあった。
食べ終えてから、建物の途切れている煉瓦塀の向こう側にあるベンチに場所を移し、眼下の斜面にある葡萄園と更にその下にある芝生と花壇を俯瞰する。
今は枯れ木のようなあれはなんという種類で、と横からしてくれる説明を聞きながら、ここから飛べたら気持ちいいだろうなと考えていた。
登山をした時にも一度ならず考えることだった。
「高いところって気分いいな」
うっとりと目を細めている実を見て、哲朗はその腰に腕を回した。
「わったん?」
これは友人同士がこのシチューエーションでする行為ではないと、流石に実にも判った。
強くはないが、それでも巻き付けられた腕の長さに逃げ場はない。
戸惑いながら視線を移すと、同じように目を細めていた哲朗も顔を向けた。
「農業体験ってあるだろ」
しかつめらしく切り出されて、予想していたどの言葉とも異なっていたのに目を見開き、黙って実は頷いた。
普段そういったことに縁のない街中の人に、田畑や山などを開放して一日だけ楽しめるツアーがあるのは知っている。そういった類いのものかと脳裏を過ぎったのだが。
「もう数年前から、俺らの周りもそういう方向に進んでるんだ。ちょっと前なら定年後にのんびりした田舎暮らしを希望する夫婦くらいしか新しい居住者は見込めなかったけど、不況で会社勤めより自分で物作りをする若い連中が増えてきてる。そういう人たちに格安で家を提供して、町や県も支援して居ついてもらう方向へと変わってきてるんだ。
もう、昔みたいに血縁者が跡を継いで農地を守っていくご時世じゃない」
「それは、新聞やテレビでもたまにやってるね」
そっと頷き、跡継ぎがなくてどんどん過疎化している北部の集落を想像した。
ただ、やはり想像よりきつい日常にあっさりと音を上げて戻って行く人も多いようで、最初の一年が越せるか、この辺りのサポートをする為に地元も役所も知恵を絞って、その地方により色々と策を弄しているらしい。
「みのっちは興味ないか? 街生まれだから、たまに来て息抜きするくらいの方がいい?」
真摯に見詰められたまま、ほて、と実は首を傾けた。
「自然は好きだよ。なんか落ち着くし……」
「俺んち、ヤギと合鴨もいるよ」
「えっ、ほんとに」
「ヤギは雑草食べてくれるし、合鴨も田んぼに放すんだけどな。まあ、ペットじゃないわな。可愛いのは可愛いけど」
苦笑する哲朗を見上げたまま、その真意を探ろうとした。
これはもしかして実のことも転職を促しているのだろうかと。
そういえば、哲朗には自分の家のことは話していないのだったと思い出す。
「興味なら、あるよ。田植えや稲刈りも一通り手作業でやったことあるし、小さいけど庭に菜園もあるし」
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