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思い込み
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「しげちゃん、またいつものごとくだけど突然だなあ」
「しょうがないっしょ。職場の人が、自宅の奴剪定したからってくれたのはいいけどさ、んなの俺の部屋に飾るにしても花瓶も場所もねえし」
ワンルームにそんなものがある方が珍しいだろう。
繁は実に向けて唇を尖らせ、今し方通ってきた玄関から続くホールの方を気に掛ける仕草をしている。
晩ご飯はと訊きながら腰を上げる母親には、食ってきたと答えた。それならと枝を生けるために束を抱えて部屋を出る母親を見送ってから、繁は室内を見回している。
「なんかさ……」
首を傾げる繁の意識は実に向いているようで、父親はもうテレビに視線を遣ってしまっている。
「兄貴のもの、減った? ああ、減ったというか、つまり売れた物の補充作ってないとか、そんな感じ」
昔ながらの家屋だけに、石の三和土から内玄関がホールのように広くなっていて、在庫のガラス作品などは殆ど全てそこに棚を置いて飾っていた。
頻繁に帰ってくる繁ではなかったが、それでもそれなりに意識していたのだろう。陳列していたものが減ったまま新しい物がないのを不審に感じたらしい。
会話が耳に届いていたのか、父親もちらりと実を一瞥した。
「うん……ガラス、今工房には行ってなくて。もしかしたら、もう辞めるかも」
はは、と乾いた笑いを漏らし実が視線を机上に落とすのを、繁は眉を顰めて見ている。
「なんで。正月に会ったときには、次はこんなの作ろうかと思ってるって、デザイン画も描いてたじゃん。何かあったの」
「まあ、ちょっと。けど何も作ってないわけじゃないよ。売り物に出来るようなものはないけどな。丁度忙しい時期だし、足が遠のいてるというか」
「そういう芸術系のセンス、俺はからっきしだからわかんねえけどさあ……なんかでも、兄貴がずっと楽しいだけじゃないのは気付いてたよ。だから、辞めたって誰も責めたりとかはしないし。なっ、親父」
同じく、寝ているか山に登っているかという落差の激しい父親に繁が同意を求めると、うんうんと小さく頷いた。
母親はしきりと褒めてくれるものの、男二人は殆ど無関心だと思っていただけに、実は驚いてしまった。
各々好みが分かれているし、趣味で何をしようと迷惑なものでなければ寛容な、ただそれだけのことだと思っていたのだが、それを楽しんでいるかどうかまで気付かれていたとは。
正確には、ガラスそのものよりも新汰のことで複雑な心境が表情や態度に現れていたのだろう。普段離れて暮らしている弟にすら察知されるとは情けない思いがした。
礼を言って、この機会にとちょっと訊いてみようと思い立つ。
「あのな、久しぶりに会った友達がさ、農園一緒にやらないかって。仕事としての本格的なものじゃなくていいから、体験的な感じで。四月以降じゃないと無理だけど、やりたいなって思ってるんだ。どうかな」
ん、と父親は頷き、いいんじゃないのと繁は首を傾げた。
「てかさ、別に誰の許可も要らないだろ。確かに家族だけど、そんなの干渉するようなもんじゃないし」
そういう繁は長年弓道を続けていて、国体にも出場経験のある選手だ。それでも、確かに家族で応援はしていても、詳しく関わろうとは思っていない。テレビに出ていたら見ようかな、そんな程度だ。
「えと、じゃ、もしも、もしもだよ。おれが事務員辞めて農園で作業するからもっと田舎に住むっていったらどうすんの」
流石にそれは反対されるだろうと、はなから駄目と心得て口にすると、繁はきょとんと目を丸くした。
「やりたいの、兄貴」
「たとえばの話。そりゃ、多少は興味あるけどさ」
「じゃ、本気でやりたくなったらそっちに住めばいいんじゃね」
そんな無責任なと呆気にとられていると、こほんと父親がしわぶきした。
実とほぼ同じ体格の、実より厳めしい顔つきの父親が、酷く真面目くさった顔で見詰めていた。
居住まいを正す実に、ひょいと片眉を上げ、実、と改めて名を呼んだ。
「あのな、お前は昔から堅苦しく考える方だと思っていたが、もしかしてずっと前に母さんが言ったことを真に受けとんじゃなかろうな」
「え、だって」
「あのな、確かに見合い見合いと母さんが騒いでいた時期もあったがな。わしらは子供におんぶされて、子供の自由を奪っての老後なんて望んでないんだぞ。
あの時は、おまえの意志を無視してあちらさんが勝手に二世帯住宅建てたり転職しろだの言ったりするから大喧嘩したけどな、その喧嘩だっておまえを守るためで、別に結婚してここで同居しろとか、ずっとここにいてわし等の面倒見ろとか、そんなんじゃないんだ。おまえの人生だ。好きなことをしろ」
目を白黒させている内に、桜を玄関に飾り終えた母親が、皆の茶を淹れて戻ってきた。
「え、もしかして実ったら、あたしたちのために此処にいるつもりだったの。
いやだやめてよ、そんな恩着せがましいことされたくないわよ。資金の目途さえつくんなら、何処でも好きなとこで暮らしなさいよ。あたしが言ったのはね、此処も含めてご先祖様から預かっている代々の地所は減らさないでいて欲しいってこと。
相続した途端に売っぱらったりしないで、それもまあ借金してまで維持しろとは言わないけどね。どうにか残して欲しいってことなのよ」
三人の視線が痛い。呆れたような生温い視線が「ああやっぱり実はこれだから」と語っていて、全て自分が脳内で勝手に解釈して自分を縛りつけていただけなんだと知らされて、地の底までのめり込みたいほどに恥ずかしかった。
「しょうがないっしょ。職場の人が、自宅の奴剪定したからってくれたのはいいけどさ、んなの俺の部屋に飾るにしても花瓶も場所もねえし」
ワンルームにそんなものがある方が珍しいだろう。
繁は実に向けて唇を尖らせ、今し方通ってきた玄関から続くホールの方を気に掛ける仕草をしている。
晩ご飯はと訊きながら腰を上げる母親には、食ってきたと答えた。それならと枝を生けるために束を抱えて部屋を出る母親を見送ってから、繁は室内を見回している。
「なんかさ……」
首を傾げる繁の意識は実に向いているようで、父親はもうテレビに視線を遣ってしまっている。
「兄貴のもの、減った? ああ、減ったというか、つまり売れた物の補充作ってないとか、そんな感じ」
昔ながらの家屋だけに、石の三和土から内玄関がホールのように広くなっていて、在庫のガラス作品などは殆ど全てそこに棚を置いて飾っていた。
頻繁に帰ってくる繁ではなかったが、それでもそれなりに意識していたのだろう。陳列していたものが減ったまま新しい物がないのを不審に感じたらしい。
会話が耳に届いていたのか、父親もちらりと実を一瞥した。
「うん……ガラス、今工房には行ってなくて。もしかしたら、もう辞めるかも」
はは、と乾いた笑いを漏らし実が視線を机上に落とすのを、繁は眉を顰めて見ている。
「なんで。正月に会ったときには、次はこんなの作ろうかと思ってるって、デザイン画も描いてたじゃん。何かあったの」
「まあ、ちょっと。けど何も作ってないわけじゃないよ。売り物に出来るようなものはないけどな。丁度忙しい時期だし、足が遠のいてるというか」
「そういう芸術系のセンス、俺はからっきしだからわかんねえけどさあ……なんかでも、兄貴がずっと楽しいだけじゃないのは気付いてたよ。だから、辞めたって誰も責めたりとかはしないし。なっ、親父」
同じく、寝ているか山に登っているかという落差の激しい父親に繁が同意を求めると、うんうんと小さく頷いた。
母親はしきりと褒めてくれるものの、男二人は殆ど無関心だと思っていただけに、実は驚いてしまった。
各々好みが分かれているし、趣味で何をしようと迷惑なものでなければ寛容な、ただそれだけのことだと思っていたのだが、それを楽しんでいるかどうかまで気付かれていたとは。
正確には、ガラスそのものよりも新汰のことで複雑な心境が表情や態度に現れていたのだろう。普段離れて暮らしている弟にすら察知されるとは情けない思いがした。
礼を言って、この機会にとちょっと訊いてみようと思い立つ。
「あのな、久しぶりに会った友達がさ、農園一緒にやらないかって。仕事としての本格的なものじゃなくていいから、体験的な感じで。四月以降じゃないと無理だけど、やりたいなって思ってるんだ。どうかな」
ん、と父親は頷き、いいんじゃないのと繁は首を傾げた。
「てかさ、別に誰の許可も要らないだろ。確かに家族だけど、そんなの干渉するようなもんじゃないし」
そういう繁は長年弓道を続けていて、国体にも出場経験のある選手だ。それでも、確かに家族で応援はしていても、詳しく関わろうとは思っていない。テレビに出ていたら見ようかな、そんな程度だ。
「えと、じゃ、もしも、もしもだよ。おれが事務員辞めて農園で作業するからもっと田舎に住むっていったらどうすんの」
流石にそれは反対されるだろうと、はなから駄目と心得て口にすると、繁はきょとんと目を丸くした。
「やりたいの、兄貴」
「たとえばの話。そりゃ、多少は興味あるけどさ」
「じゃ、本気でやりたくなったらそっちに住めばいいんじゃね」
そんな無責任なと呆気にとられていると、こほんと父親がしわぶきした。
実とほぼ同じ体格の、実より厳めしい顔つきの父親が、酷く真面目くさった顔で見詰めていた。
居住まいを正す実に、ひょいと片眉を上げ、実、と改めて名を呼んだ。
「あのな、お前は昔から堅苦しく考える方だと思っていたが、もしかしてずっと前に母さんが言ったことを真に受けとんじゃなかろうな」
「え、だって」
「あのな、確かに見合い見合いと母さんが騒いでいた時期もあったがな。わしらは子供におんぶされて、子供の自由を奪っての老後なんて望んでないんだぞ。
あの時は、おまえの意志を無視してあちらさんが勝手に二世帯住宅建てたり転職しろだの言ったりするから大喧嘩したけどな、その喧嘩だっておまえを守るためで、別に結婚してここで同居しろとか、ずっとここにいてわし等の面倒見ろとか、そんなんじゃないんだ。おまえの人生だ。好きなことをしろ」
目を白黒させている内に、桜を玄関に飾り終えた母親が、皆の茶を淹れて戻ってきた。
「え、もしかして実ったら、あたしたちのために此処にいるつもりだったの。
いやだやめてよ、そんな恩着せがましいことされたくないわよ。資金の目途さえつくんなら、何処でも好きなとこで暮らしなさいよ。あたしが言ったのはね、此処も含めてご先祖様から預かっている代々の地所は減らさないでいて欲しいってこと。
相続した途端に売っぱらったりしないで、それもまあ借金してまで維持しろとは言わないけどね。どうにか残して欲しいってことなのよ」
三人の視線が痛い。呆れたような生温い視線が「ああやっぱり実はこれだから」と語っていて、全て自分が脳内で勝手に解釈して自分を縛りつけていただけなんだと知らされて、地の底までのめり込みたいほどに恥ずかしかった。
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