鍵を胸に抱いたまま

亨珈

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いま、会いたい

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 その後は繁の近況などで話に花が咲き、正月にも出ていた結婚のあれこれなど、どうやらめでたい方向に進みそうな雰囲気だ。翌日は入試関連で休日出勤が決まっている実は、大体のところを聞き終えると一人先に入浴して床に就いた。
 どうしよう。今、凄くわったんに会いたい……。
 枕元に置いた携帯電話をぱくんと開き、どきどきと高まる心臓の音を自覚しながら、ナンバーを表示させては消すのを繰り返した。
 三月中から新年度頭に掛けて、学校の裏方である事務は目の回るような忙しさだ。
 今日は早めに上がれたと言っても勿論定時より二時間オーバーしていたが、それよりもっと遅くなる日が続く。
 一般入試の前夜は泊まり込みする職員もいるし、入試が終わってからが最も繁忙する時期だ。出来れば、その前に一度、一目でも会いたいと思った。
 確か今は北陸の方に行っているはずで、今夜も車中泊かもしれない。あまり遠方の場合はもう一人と交代で運転するというから、今の時点でメールがないということは、そのケースなのかも。
 考えても答えが出なくて、こんなところが悪いくせなんだなと失笑した。
 メールならいいかな。でも寝ていたら振動で目が覚めるかもしれないし、迷惑になる。 それに、もしも会いたいなんて送っても、どっちみちすぐには会えないんだから、そんなことで仕事中に気を散らせて運転に支障が出たら困る。
 事故に遭う原因を作ってしまったら、悔やんでも悔やみきれない。
 それだけは絶対に嫌だと、そのまま端末を枕の下に押し込んで、実は目を閉じたのだった。

 目覚めたとき、心は決まっていた。
 家は知らないけれど、哲朗の住む町は判るから、帰宅している日に、たとえ平日でとんぼ返りになるとしてもそこへ行こうと。
 念のため、メールで尋ねると、月曜の昼には帰っている予定だという。互いに休憩時間にちょっと遣り取りするだけだし、実に至ってはここのところ外食にも出られないから、弁当か行きがけに購入するパン類で済ませることが多く、長い文章を打つ時間もなかった。
 当日、家に着いたらしい哲朗から「ようやく酒が飲める」とメールが入り、よし家にいるなと心の中でガッツポーズをして、なるべく早く帰れるようにとひたすらに書類を捌き続けた。
 それでも職場を出ることが出来たのは二十時を回っていた。一応大体の道は判っているつもりだが、夜だし視力がよろしくない実にとって、知らない道はそれだけで神経を擦り減らす。
 途中でおにぎりとガムを買い、手早く腹を満たしてから、運転に集中した。
 高速道路のインターを降りてすぐの町は、人口は少ないが面積は広い。
 さてここからが問題だ。
 山と田畑と果樹園に、点在する住居。何処かで道を尋ねようにも、店がなさそうである。
 いや、そういえば確か最近コンビニが出来たと言っていたような。淡い期待を込めてナビで検索すると、役場の近くに全国チェーンの見慣れたマークが付いていて、ほっとしながらそこを目指した。
 駐車場には、思いのほか車や原付が沢山停まっていた。更に全員が町民のようで、実の車は注目の的である。
 最初は誰かに道を尋ねようと思っていた実も、此処にきて臆病風に吹かれて、もう十分一人で頑張ったと自分に言い聞かせてついに携帯電話を手に取った。
「実? 珍しいな、前置きなしなんて」
 いつもはメールで確認してからの通話というパターンなため、哲朗は驚いたようだ。
 それでも、入浴中とかで不通にならなくて良かったと実は胸を撫で下ろした。
「あの、実は今、近くにいるんだけど。あ、近いかどうかわかんないけど」
「え? 何処、まさかK町に来てんのか」
「うん。コンビニって一軒だけ? そこに居るんだけど、近い? どうやってわったんとこ行ったらいい」
「えええっ、まじでっ。すぐ行く、あ、しまった飲酒っ」
 電話の向こうでは哲朗が立てる様々な物音から、上着を着て外に出たところのような気配がした。
「遠い? 説明しづらいかな」
「うーん、車でなら距離は大したことないけど、ちょっと入り組んでて」
 話しながら哲朗は歩いているようで、実は取りあえずコンビニ前の道路をどちらに進めば良いか訊いて、通話中にしたままホルダーに立ててそちらに進めた。
 殆ど徐行運転のスピードで、目印を訊きながら進んでいると、前方に携帯電話を耳に当てて歩いている男性が見えてきた。スウェットの上下にジャンパーを羽織った哲朗だった。実は軽くクラクションを鳴らしてから道の脇に停めた。
「実っ、びっくりした、マジで」
 それでも嬉しそうに駆け寄ってきた哲朗が、初めて乗るなあと助手席に大きな体を収めるのを、実も新鮮な気分で眺めていた。
「くつろいでたとこ、邪魔してごめんな」
「邪魔だなんて、」
「会いたかったんだ、凄く」
 遮るように言った実に、哲朗は言葉を失ってまじまじと顔を覗き込んだ。
 目を丸くして、半開きになっていた口がゆっくりと横に引かれて笑みの形になる。
 それを確認しただけで、やっぱり今日来て良かったと、もう満足しながら、実は紅潮した。
「やっば……」
 哲朗は、実の想像の中と同じように耳を赤くして、それからしきりと髪を掻き上げて照れていた。
「あー……うち上がってくか。あ、散らかってるわ。えーと……」
 おたおたと言葉を探す哲朗がやけに子供っぽく、実はううん、と首を振った。
「ありがと。出てきてくれただけで嬉しい。ここ、しばらく停めといても大丈夫?」
 誰かの家の塀に寄せていたので、もう少し向こうがいいと指示されるまま、実は用水路沿いに駐車し直した。
「あんま長居出来ないから、このままでいいかな」
「お、おう。明日も仕事だよな」
 シートベルトを外して助手席の方へ体を寄せると、哲朗も同じようにしてくれて、ベンチシートで良かったと初めて感謝した。長距離乗るには乗り心地が今一つだけど、こういう時に間に余計なものがないのがいい。
 そのまま横を向いて強請るように見上げると、察した哲朗が屈んでそのまま口付けた。
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