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6学校へようこそ

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「よくぞいらしてくださいました」
 私が案内された神殿の応接室に、息を切らして現れたのは、ポンセ校長と名乗る小男だった。 
 彼は定番の挨拶もなく、ひれ伏す勢いで握手を求めてきた。 

「エレッタ殿。いや、先生。何とお呼びすればいいでしょうか」

 「あ、ただのエレッタとお呼びください。ポンセ殿?」 

「こちらこそポンセと呼んでください。あるいはただの校長と」

  彼は手をぶんぶんと振った。熱烈な歓迎? 予想していた扱いとは違うものだった。 

「新学期が始まってもずっと募集に応募する人がいなかったので、頭を抱えていました。条件は良いはずなのですが、やはり土地柄でしょうか、敬遠されているみたいです。本当によくいらしてくださいました」

 そんなに感謝されるとは。ここまで歓迎されるとは思っていなかった。
 
「歓迎していただき、ありがとうございます。ただ、でも……」

 ちょっと不気味な歓迎だ。まるでその道の専門家を出迎えるかのような感じがする。私には教師としての経験はない。書類で分かると思うのだが、読み飛ばしているのだろうか。それはちゃんと話しておかないと、そう思っていた。
 しかし。 

「経験? いえいえ、そんなものは必要ありませんよ。むしろないほうが好都合……いやいや、ここはちょっと特殊な土地でして……」
 校長は眼鏡の曇りを気にし始めた。 
「……ここがどんな場所だったか、先生はご存じですよね」

「ええ。昔は魔法が使えない民が追放された土地だったのですよね。黒い民の黒い土地……流刑地として使われていた時代もありますよね」

 「はい、まぁ、呪われた土地だと言われていました。言われています」
  その言い方は外では絶対にダメですよ、と校長は付け足した。 
「なので、普通の方々はこの土地に足を踏み入れることすら嫌がるのですよ。特に貴族籍を持つ方たちは。先生も、  一応貴族籍……まさか神殿の教義を信じていない懐疑派とか、分離派とか……」

 こそこそとささやかれる。私のことを異端者扱いしている? 

「そんなことはないです。私は星の神殿に対する信仰を忘れたことはありません。その、会議派とか分断派とか、よく知らないですけど……ちゃんとした正信徒です。ただ、このあたりが呪われているといわれたのは昔の話だと、そう聞いてきました」
 さし障りのない言葉で自分が敬虔な信徒であることを表明しておく。熱心な信徒かといわれればためらいがあるけれど、ちゃんと行事には神殿に通っていた。お祈りは……月一くらいは。寄付もちゃんとしていたし。 

 校長は露骨にほっとする。よかった。私の内心の葛藤は表には出なかったみたいだ。 

「いや、先生が理解のある方でよかったです。まさかですが、逆に、学校で神の教えを説きたいという熱心な信仰を持っておられる、なんてことは」 

「それは、神官様のお仕事なのでは?」
 奇妙な問いかけだ。首をひねる。
「私は残念ながら平信徒です。神官としての勉強は何も……」 

「いやいや、いいんです、そちらの方が。ええ」 
 校長は露骨に安心した。 
「それでですね。そういった歴史的経緯がありまして、この土地の民は大体魔力が低いのです。内地とは少し違った基準ですが、ね」 

「実は私も魔力はあまり高くないのです。魔法は……苦手です。すでにご存じのこととは思いますが」
 本当は貴族としての高度な魔法を披露するべきなのだろう。でも、私は名のみの貴族。残念ながら、魔力は平民と変わらない。恥を忍んでここは正直に話すことにする。 

「いやいや、ここの連中は先生とは比べ物にならないほど低いのですよ。それでですね」
 言いにくいことを話すように校長がもごもごと言う。
「実は……その、授業も魔力を使った装置を使うことができないんです。あー、タブレットや投影機は動きません」

  え? 

「それは、いったいどうやって教えるのです? まさか」

「紙と鉛筆です」 

「ああ」 ラーズの事務所に散乱していた紙の束を思い出した。魔法が使えないのなら、タブレットも使えない。
 
「ああ、魔法はですね。使える場所はあるのです。神殿の中なら、神殿の部屋にお泊りの間はタブレットも使えます。そこそこ」小さく校長は語尾を付け足す。「ただ、その、学校の建物の中はなかなか魔法が通じない……場所が多くて、ですね」 

「すべて、紙に書くということですか?」 

「黒板というものをご覧になったことは? 古い映像作品か何かで……」
 
「お習字の時間に、先生が使われていた、あれですね。存じております。でも……私、お習字は苦手でした」 

「お? 習字を知っている?」 

「田舎の出身なので」まだ古い習慣が残っていた田舎の風習を私は恥ずかしく思う。

「いやいや、それは素晴らしいです。いやね、前に応募された方の中には習字を知らない方もおられて。もう、町生まれの方は文字を書くことができないのですよ」

 そうだろう。私の田舎でさえ、習字は3世代くらい前の風習とされていた。町出身の友達は誰一人としてこの古めかしい習慣を知らなかった。

「まさに、ここで教えられるのに最適な方だ。先生は」

 褒められているのか、けなされているのか。校長は逃すまいとするように私の手をつかんだ。振り払うわけにもいかず、私は困惑する。

「しかし、その文字でやる授業というのは、いったいどのようなものなのでしょう。ほかの方はどのように授業をされているのでしょうか。授業を、見学させていただけませんか?」

 不安になった私が聞いてみると、校長は手をぱっと離すと椅子に座り込んだ。

「それがですね。明日の一番から入っていただきたい授業がありまして」

「明日、一番ですか?」
 校長がうなずく。

 いきなり、明日から?
 無理だ。そんなこと、絶対に無理。

「新学期からの授業ではないのですか?まだ、日があるかと思って」

「……実はこちらの学期は途中でして」

「え?」

「……半年ばかり学期がずれているのです。辺境では……」

 私は固まった。私が卒業したばかりだったから、てっきりこちらも学年の切り替わる時期だと思っていた。確か、帝国では学年をそろえるために季節もそろえていたはず……

「……ご存じなかった?」

 私はこくこくとうなずく。

「じ、自己紹介だけでいいんです。後は子供たちに、自習させても……明日のクラスは比較的大きな子供たちのクラスです。ただの、帝国史の概略の授業で。帝国の成り立ちとか、そのあたりをざっくりと……ああ、昔の授業の映像もあります。去年の先生の授業計画書も……大丈夫です。先生。あなたならできる」

 再び手を握られて、力いっぱい上下に振られた。

  ちょっと待って。 
 先輩の先生方の授業を見せてもらおうと思っていた。私にあるのは知識だけで、実際に人に教えたことはないのだけれど。まずは、少人数から。それから、多くの人数に。

 ……なぜ、私はこの仕事は楽だと思ったのだろう。 

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