12 / 41
12 内覧会
しおりを挟む
次の休みの日に、私はまたラーズの店に向かった。そろそろ、家を紹介してもらわなければいけない。
今日もラーズの店で店番していたのはアークだった。とても暇そうに、本を読んでいる。
「こんにちは、アークさん。ラーズさんはお仕事中ですか?」
「ああ、先生。いらっしゃい。曹長なら、すぐに来ると思いますよ。ちょっともめごとがあってね」
エレッタはアークの読んでいる本をのぞき込んでみた。中身を見て眉を顰める。これは、共和国語ではないのか?
「アークさん、共和国にゆかりのある方なのですか?」
「いえ。ああ、この本ですか。今、勉強中なんです」
アークは本をぱたりと閉じた。
「帝国の本はほとんどがタブレットでしか読めないでしょう。僕は光がなくてタブレットを使うのが苦手なんです。本を読むとなると共和国語ができないと不便なので」
「まぁ、お勉強熱心なのですね」
「仕事で必要なんです。仕方なく」
なんてまじめな人なのだろう。教室の子供たちがこのくらいやる気があればいいのに。
「そういえば、学校で共和国語の講座もあるのですよ。ご存じでしたか?」
私はため息をついている青年に勧める。
「知ってますよ。ユウ先生でしょ。きれいな女性ですよね。既婚者だけど」
ちょっと残念そうなアークだった。
「ですよね。あの講座は、大きな生徒さんたちにとても人気なんですよ」
というか、大きな生徒しかいないというべきなのか。彼女の授業に出る生徒たちの熱意はすごいものがある。
「エレッタ先生の授業も好評ですよ。わかりやすいって。今度、一度聴講してみようかなぁ」
「ダメだ。お前は絶対にいくなよ」
不機嫌に割り込んできたのはラーズだった。ラーズは大きな体でアークの間に壁を作る。
「それはそうと、今日はどうした。なんでまたここに来たんだ?」
「いやぁ、居場所がないんですよ。しばらくここに滞在しようと思って」
アークは後ろから大きな荷物を引っ張り出してみせた。
ラーズの口がへの字に曲がる。
「神殿に行けよ、神殿に」
「僕は神殿が大嫌いなんで」
「第一砦に行けよ。あそこなら、フラウちゃんもいるだろ」
「あそこは身の危険を感じるんですよ。それに引き換え、ここは安全が確保されているから」
「あの、フラウちゃんって、今、いわれました?」
私は二人の会話に割って入る。
「ええ。フラウちゃん、あー、フランカ・レオン総督のことですよ。僕たちは親しみを込めてフラウ総督とよんでいます。特に、曹長はフラウのファンクラブ第一号……」
ラーズは無言でアークの荷物をつかんで、外に投げ捨てた。
「ああ、なんてことをするんですか。曹長!」
アークが慌てて荷物を取りに行ったところで、ラーズは扉をきっちり閉めて、鍵をかけた。
「すみません。変な奴が入り込んでいて」
ラーズはエレッタに頭を下げた。
「あら、私は構いませんけれど。……いいのですか? 大切な部下なのでは?」
「問題ありません。元部下ですから」
ラーズは椅子を引き寄せて。エレッタの前に座った。
「それで、エレッタさん、今日は家の下見ということでしたよね」
「あの、フラウちゃんというのは……」
「あー、あいつの言ったことは気にしないでください。我々はただ、フランカ総督を敬愛しているだけです」
「そうなんですか? ごめんなさい。わたし、そのフランカ総督という方、存じないのです」
「そうかもしれませんね。彼女の知名度はここ辺境に限られてますから」
「彼女? 女性なのですね」
確かにフランカは女性名だが、まさか本当に女総督とは思わなかった。
「ええ。彼女ほど素晴らしい女性はいないですよ」
ラーズは目を輝かせて、いかに彼女が素晴らしいかの説明を始めた。
まるで一流の歌姫か女優に熱を上げているファンたちみたい。弟も人気の歌手に似たような反応をしていたっけ。そわそわと落ち着きのない言動を逆に私はほほえましく思う。
「フランカ総督は、おきれいな方なのですね」
「き、きれいというか、かわいいというか……」
ふいにラーズは言葉を切った。
「あー。申し訳ない。ついつい熱弁してしまいました。そろそろ、家のことを話しませんか」
ラーズは顔を赤くして、目を合わせようとしない。
「そうです。今日はそのことを話に来たのでした。はい、良いところを紹介していただければ」
「いくつか物件を見繕ってあります。かなりいいところを準備、いえ、見つけておきました。きっと気に入っていただけると思います。そ、それで、その、もしよければ、俺が案内を……ど、どうでしょう」
そんなに暑くないはずなのだが、ラーズは汗を拭いた。
「す、すみません。仕事でちょっと力仕事をしていました」
お茶を運んできた従業員が下を向いて、手を震わせる。
「まぁ、そんなご親切に。いいのですか? お仕事は?」
「ま、まぁ。問題ありません」
「ありがとうございます。もし、紹介していただけるのなら、ありがたいです。いつまでも、神殿にご厄介になるのも心苦しかったのですよ」
ラーズはゆであがった顔を手拭いでふいた。
今日もラーズの店で店番していたのはアークだった。とても暇そうに、本を読んでいる。
「こんにちは、アークさん。ラーズさんはお仕事中ですか?」
「ああ、先生。いらっしゃい。曹長なら、すぐに来ると思いますよ。ちょっともめごとがあってね」
エレッタはアークの読んでいる本をのぞき込んでみた。中身を見て眉を顰める。これは、共和国語ではないのか?
「アークさん、共和国にゆかりのある方なのですか?」
「いえ。ああ、この本ですか。今、勉強中なんです」
アークは本をぱたりと閉じた。
「帝国の本はほとんどがタブレットでしか読めないでしょう。僕は光がなくてタブレットを使うのが苦手なんです。本を読むとなると共和国語ができないと不便なので」
「まぁ、お勉強熱心なのですね」
「仕事で必要なんです。仕方なく」
なんてまじめな人なのだろう。教室の子供たちがこのくらいやる気があればいいのに。
「そういえば、学校で共和国語の講座もあるのですよ。ご存じでしたか?」
私はため息をついている青年に勧める。
「知ってますよ。ユウ先生でしょ。きれいな女性ですよね。既婚者だけど」
ちょっと残念そうなアークだった。
「ですよね。あの講座は、大きな生徒さんたちにとても人気なんですよ」
というか、大きな生徒しかいないというべきなのか。彼女の授業に出る生徒たちの熱意はすごいものがある。
「エレッタ先生の授業も好評ですよ。わかりやすいって。今度、一度聴講してみようかなぁ」
「ダメだ。お前は絶対にいくなよ」
不機嫌に割り込んできたのはラーズだった。ラーズは大きな体でアークの間に壁を作る。
「それはそうと、今日はどうした。なんでまたここに来たんだ?」
「いやぁ、居場所がないんですよ。しばらくここに滞在しようと思って」
アークは後ろから大きな荷物を引っ張り出してみせた。
ラーズの口がへの字に曲がる。
「神殿に行けよ、神殿に」
「僕は神殿が大嫌いなんで」
「第一砦に行けよ。あそこなら、フラウちゃんもいるだろ」
「あそこは身の危険を感じるんですよ。それに引き換え、ここは安全が確保されているから」
「あの、フラウちゃんって、今、いわれました?」
私は二人の会話に割って入る。
「ええ。フラウちゃん、あー、フランカ・レオン総督のことですよ。僕たちは親しみを込めてフラウ総督とよんでいます。特に、曹長はフラウのファンクラブ第一号……」
ラーズは無言でアークの荷物をつかんで、外に投げ捨てた。
「ああ、なんてことをするんですか。曹長!」
アークが慌てて荷物を取りに行ったところで、ラーズは扉をきっちり閉めて、鍵をかけた。
「すみません。変な奴が入り込んでいて」
ラーズはエレッタに頭を下げた。
「あら、私は構いませんけれど。……いいのですか? 大切な部下なのでは?」
「問題ありません。元部下ですから」
ラーズは椅子を引き寄せて。エレッタの前に座った。
「それで、エレッタさん、今日は家の下見ということでしたよね」
「あの、フラウちゃんというのは……」
「あー、あいつの言ったことは気にしないでください。我々はただ、フランカ総督を敬愛しているだけです」
「そうなんですか? ごめんなさい。わたし、そのフランカ総督という方、存じないのです」
「そうかもしれませんね。彼女の知名度はここ辺境に限られてますから」
「彼女? 女性なのですね」
確かにフランカは女性名だが、まさか本当に女総督とは思わなかった。
「ええ。彼女ほど素晴らしい女性はいないですよ」
ラーズは目を輝かせて、いかに彼女が素晴らしいかの説明を始めた。
まるで一流の歌姫か女優に熱を上げているファンたちみたい。弟も人気の歌手に似たような反応をしていたっけ。そわそわと落ち着きのない言動を逆に私はほほえましく思う。
「フランカ総督は、おきれいな方なのですね」
「き、きれいというか、かわいいというか……」
ふいにラーズは言葉を切った。
「あー。申し訳ない。ついつい熱弁してしまいました。そろそろ、家のことを話しませんか」
ラーズは顔を赤くして、目を合わせようとしない。
「そうです。今日はそのことを話に来たのでした。はい、良いところを紹介していただければ」
「いくつか物件を見繕ってあります。かなりいいところを準備、いえ、見つけておきました。きっと気に入っていただけると思います。そ、それで、その、もしよければ、俺が案内を……ど、どうでしょう」
そんなに暑くないはずなのだが、ラーズは汗を拭いた。
「す、すみません。仕事でちょっと力仕事をしていました」
お茶を運んできた従業員が下を向いて、手を震わせる。
「まぁ、そんなご親切に。いいのですか? お仕事は?」
「ま、まぁ。問題ありません」
「ありがとうございます。もし、紹介していただけるのなら、ありがたいです。いつまでも、神殿にご厄介になるのも心苦しかったのですよ」
ラーズはゆであがった顔を手拭いでふいた。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
61
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる