14 / 41
13 通信
しおりを挟む
『本当に心配したんだからな』
弟が恨みがましくメッセージを送ってくる。
『なんで、家族に一言いわないんだよ』
『ちゃんと書置きしておいたでしょう? 下宿の荷物は送るように手配しておいたし』
『「就職します。探さないでください」これのどこがちゃんとした書置きなんだよ。怪しい職業についているかもって母様が頭を抱えていたぞ』
弟の非難がましい口調が頭の中で再生される。私はため息をつく。
ドライツェン神官から話を聞いてすぐに、私は家族に連絡を取った。数か月ぶりの直接の接触だった。
すぐに家族は通話に出た。そこで口々に怒るやら、泣くやら、大変だった。
途中で映像が切れたのも、混乱を招いた。荒い映像に、時々聞こえる感情的になった両親の声。周りが静かなので、どこまで静かな神殿の中で響いたか。
カオスだ。
ドライツェン神官が文字でのやり取りを進めた理由がわかった。普通に使う映像付きのやり取りは私には無理だった。
魔力が少ない自分がうらめしい。今はなけなしの魔力を振り絞ってタブレットでメッセージを送っている。
いろいろと問題は起こったけれど、ただ一つ、事情が分かったのはよかった。
家族が私の失踪に気が付いたのは、婚約者一家からの問い合わせからだった。息子とともに卒業式に出席するはずの私がいないことに気が付いた婚約者の親が、私の家に問い合わせしてきたのだ。
私が間男と駆け落ちしたという噂とともに……
当然私の両親とクソ男一家との間に起こったのは壮絶なやり取りだった。ロマンス小説真っ青なドロドロ展開だったという。
部外者としてなら、ぜひ間近で見てみたかった……いや、家族のことを考えると胸が痛む。
この場外乱闘のおかげで、私の行き先を確認するのが遅れ、わかった時には私はすでに辺境に行っていた。
『姉さんは騙されやすいから心配なんだよ。また騙されてるんじゃないの?』
弟の不機嫌そうな様子が伝わってくる。
『また、じゃないわ。私はあの男に騙されたわけじゃない。騙されていたとすると、それはお父様、お母様でしょ。彼と婚約をしたのは、家と家との話し合いの結果だったのよ』
『その割には熱を上げてたじゃないか。手紙を書いたり、相手の家にも気を使ってさ。贈り物とかして』
『婚約者なのよ。ふさわしくあろうとするのは当然よ』
『あいつ、たしかに、姉さん好みの金髪碧眼で魔力多そうな外見だったけど。でも、あいつがひどい奴だということは見ていればわかっただろう?』
二の句が継げなかった。私の理想の男性像は小説に出てくる光輝く騎士様だったから。『辺境の騎士』シリーズを熱く弟に勧めた過去の私を消してしまいたい。そのせいで私の好みのタイプがばれてしまった。
私が気の利いた返事を考えている間に、弟からのメッセージが容赦なく送られてくる。
『今回のことだって、騙されてるんじゃないか? 辺境神殿の仕事だなんて、本当なのか?』
『だから、映像で話したでしょ。神官様と』
もどかしい。弟のザーレとこんなやり取りをするとは想像したこともなかった。
文字だけの味気ない会話。でも、それしか手段がないのだから仕方がない。
『映像で話せれば、楽なんだけどなぁ。神殿の魔道具を借りることはできないのか?』
『こんな真夜中に? 神官様たちはもうお休みよ』
『姉さんの……姉さんがもっと魔力があったら』
バカにしたような書き込みに私はもう通信をあきらめようかと思った。
『直接顔を見ないと信じられないって、母さんはいってる』
できないものはできないのだ。私の持つタブレットでは、荒い途切れがちの映像と音声しか家族に送れなかったのだ。あまりに魔力を込めすぎたために私の頭はがんがんと痛み始め、要領を得ないやり取りに両親は通信をあきらめた。結局、両親の後を引き継いだ弟と文字だけのやり取りで現状を説明し合っている。
『学校からの紹介なのよ。神殿の印もいただいたわ。確認してみて。ちゃんとした就職先でしょ。神殿の学校の教師なのよ』
『辺境の、呪われた土地の、だけどな』
『辺境、辺境というけれど、そんなに悪い場所じゃないわ。辺境に対する知識って嘘ばっかりよ。山賊とか、魔人とか魔獣とか、みたこともないわ。……え? 流刑地? 犯罪者ばかり? 荒れている? 少なくとも私の周りにはそんな人はいないわ。……ええ。皆さん、とても親切にしてくださるし』
弟の辺境に対するイメージはひどいものだった。私も人のことを言えないけれど、辺境は危険な(とスリルやロマンスにあふれた)場所だと思っている。
『呪われた黒い民。信用できないね』
『本当なのよ。良い方たちなの』
彼らのことを知りもしないのに、よくそんなことをいう。半ば腹を立てながら、私はメッセージを打ち込む。
『そうだ。こんど、もっと良い魔道具で映像を撮って送るわ。それを見れば、信頼できるでしょ』
『母さんたちが信じるかは保証しないよ』
母親の金切り声を思い出して、私はため息をつく。両親の怒りはかなりもので、映像くらいで信じてくれるかはわからない。もし、彼らの手の届くところにいたら実家に連れ戻されていただろう。さすがに弟も両親もこの地まで追いかけてくるとは言わなかった。私の選択は正しかったのだといまさらながらに思う。
久しぶりの弟との交流は思ったよりも時間をとってしまった。そろそろ明日の授業に備えなければ。長くなった弟との通信を打ち切って、私は勉強に使っていた本を開いた。疲れがたまっているのか、目が滑る。
授業の準備と、授業法の勉強と……やることはたくさんあった。
弟が恨みがましくメッセージを送ってくる。
『なんで、家族に一言いわないんだよ』
『ちゃんと書置きしておいたでしょう? 下宿の荷物は送るように手配しておいたし』
『「就職します。探さないでください」これのどこがちゃんとした書置きなんだよ。怪しい職業についているかもって母様が頭を抱えていたぞ』
弟の非難がましい口調が頭の中で再生される。私はため息をつく。
ドライツェン神官から話を聞いてすぐに、私は家族に連絡を取った。数か月ぶりの直接の接触だった。
すぐに家族は通話に出た。そこで口々に怒るやら、泣くやら、大変だった。
途中で映像が切れたのも、混乱を招いた。荒い映像に、時々聞こえる感情的になった両親の声。周りが静かなので、どこまで静かな神殿の中で響いたか。
カオスだ。
ドライツェン神官が文字でのやり取りを進めた理由がわかった。普通に使う映像付きのやり取りは私には無理だった。
魔力が少ない自分がうらめしい。今はなけなしの魔力を振り絞ってタブレットでメッセージを送っている。
いろいろと問題は起こったけれど、ただ一つ、事情が分かったのはよかった。
家族が私の失踪に気が付いたのは、婚約者一家からの問い合わせからだった。息子とともに卒業式に出席するはずの私がいないことに気が付いた婚約者の親が、私の家に問い合わせしてきたのだ。
私が間男と駆け落ちしたという噂とともに……
当然私の両親とクソ男一家との間に起こったのは壮絶なやり取りだった。ロマンス小説真っ青なドロドロ展開だったという。
部外者としてなら、ぜひ間近で見てみたかった……いや、家族のことを考えると胸が痛む。
この場外乱闘のおかげで、私の行き先を確認するのが遅れ、わかった時には私はすでに辺境に行っていた。
『姉さんは騙されやすいから心配なんだよ。また騙されてるんじゃないの?』
弟の不機嫌そうな様子が伝わってくる。
『また、じゃないわ。私はあの男に騙されたわけじゃない。騙されていたとすると、それはお父様、お母様でしょ。彼と婚約をしたのは、家と家との話し合いの結果だったのよ』
『その割には熱を上げてたじゃないか。手紙を書いたり、相手の家にも気を使ってさ。贈り物とかして』
『婚約者なのよ。ふさわしくあろうとするのは当然よ』
『あいつ、たしかに、姉さん好みの金髪碧眼で魔力多そうな外見だったけど。でも、あいつがひどい奴だということは見ていればわかっただろう?』
二の句が継げなかった。私の理想の男性像は小説に出てくる光輝く騎士様だったから。『辺境の騎士』シリーズを熱く弟に勧めた過去の私を消してしまいたい。そのせいで私の好みのタイプがばれてしまった。
私が気の利いた返事を考えている間に、弟からのメッセージが容赦なく送られてくる。
『今回のことだって、騙されてるんじゃないか? 辺境神殿の仕事だなんて、本当なのか?』
『だから、映像で話したでしょ。神官様と』
もどかしい。弟のザーレとこんなやり取りをするとは想像したこともなかった。
文字だけの味気ない会話。でも、それしか手段がないのだから仕方がない。
『映像で話せれば、楽なんだけどなぁ。神殿の魔道具を借りることはできないのか?』
『こんな真夜中に? 神官様たちはもうお休みよ』
『姉さんの……姉さんがもっと魔力があったら』
バカにしたような書き込みに私はもう通信をあきらめようかと思った。
『直接顔を見ないと信じられないって、母さんはいってる』
できないものはできないのだ。私の持つタブレットでは、荒い途切れがちの映像と音声しか家族に送れなかったのだ。あまりに魔力を込めすぎたために私の頭はがんがんと痛み始め、要領を得ないやり取りに両親は通信をあきらめた。結局、両親の後を引き継いだ弟と文字だけのやり取りで現状を説明し合っている。
『学校からの紹介なのよ。神殿の印もいただいたわ。確認してみて。ちゃんとした就職先でしょ。神殿の学校の教師なのよ』
『辺境の、呪われた土地の、だけどな』
『辺境、辺境というけれど、そんなに悪い場所じゃないわ。辺境に対する知識って嘘ばっかりよ。山賊とか、魔人とか魔獣とか、みたこともないわ。……え? 流刑地? 犯罪者ばかり? 荒れている? 少なくとも私の周りにはそんな人はいないわ。……ええ。皆さん、とても親切にしてくださるし』
弟の辺境に対するイメージはひどいものだった。私も人のことを言えないけれど、辺境は危険な(とスリルやロマンスにあふれた)場所だと思っている。
『呪われた黒い民。信用できないね』
『本当なのよ。良い方たちなの』
彼らのことを知りもしないのに、よくそんなことをいう。半ば腹を立てながら、私はメッセージを打ち込む。
『そうだ。こんど、もっと良い魔道具で映像を撮って送るわ。それを見れば、信頼できるでしょ』
『母さんたちが信じるかは保証しないよ』
母親の金切り声を思い出して、私はため息をつく。両親の怒りはかなりもので、映像くらいで信じてくれるかはわからない。もし、彼らの手の届くところにいたら実家に連れ戻されていただろう。さすがに弟も両親もこの地まで追いかけてくるとは言わなかった。私の選択は正しかったのだといまさらながらに思う。
久しぶりの弟との交流は思ったよりも時間をとってしまった。そろそろ明日の授業に備えなければ。長くなった弟との通信を打ち切って、私は勉強に使っていた本を開いた。疲れがたまっているのか、目が滑る。
授業の準備と、授業法の勉強と……やることはたくさんあった。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
61
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる