催眠術なんて、きっかけにすぎなかった。幼なじみとの恋が動き出すまで

こうた

文字の大きさ
3 / 5

3話 催眠のせいなのか、そうじゃないのか

しおりを挟む
 あの昼休みから、何かが変わった。

 陽菜はいつものように明るくて、誰にでもフレンドリーで、クラスの中心にいた。でも――俺の前では、ほんの少しだけ態度が違っていた。

 教室で目が合うと、すぐに逸らして照れたように笑う。
 わざとらしく近くの席に来て、俺の飲んでるお茶を「ちょっとちょーだい」って横取りしてきたり。
 授業中、何度もこっちを振り返って、小さくピースしてきたり。

 前から陽菜は俺にだけ距離が近かった。でも今は、さらに一歩踏み込んでいるように感じる。

(まさか、本当に催眠術の効果……?)

 そんなわけ、あるか?

 でも――あのとき、確かに陽菜は俺の言葉に「好き」って返した。

 あれは、ただの冗談だったのか。本当に催眠にかかっていたのか。それとも、最初から“そういう気持ち”だったのか。

 わからなかった。ただ、怖かった。

(もし、あれが本心じゃなかったら――)

 もし、催眠術なんてバカなことに巻き込んで、陽菜を傷つけていたら。
 もし、俺が勝手に期待して、思い上がっているだけだったら――


 放課後。教室を出たとき、陽菜が廊下で待っていた。

「悠くん、帰ろ?」

「……ああ」

 並んで歩くのは、何度目だろう。中学のころは、毎日一緒だった。高校に入って、クラスが分かれたり、友達が増えたりしても、陽菜は変わらなかった。

 ただ、今はその空気が、どこか違っていた。

「ねえ、昨日のやつ……あれ、ちゃんと催眠術だったの?」

「……うん、一応」

「じゃあ、あたしが『好き』って言ったのは、暗示のせいだったの?」

 足が止まる。

 陽菜は俺の顔を、まっすぐに見ていた。さっきまでの笑顔がない。真剣な目だった。

「答えて。私があんなこと言ったのって、自分の意思じゃなかったの?」

「……わからない」

 それが、精一杯だった。

「俺も信じてなかった。ふざけ半分で、試してみただけだった。でも……お前が『好き』って言って……その後もなんか、変で」

「変って、なにが?」

「いや……お前が、俺のこと意識してるみたいに見えて……でもそれが、催眠のせいなのか、本当のお前なのか、俺にはわからない」

 陽菜は少しだけ目を伏せた。そして、小さく笑った。

「そっか……悠くんって、やっぱ真面目だね」

「……は?」

「そんなの、どっちでもいいじゃん。催眠でも、私がそう言ったのは事実だし、今こうして、悠くんのこと考えてるのも事実」

「……でも、それが本心じゃなかったら――」

「本心じゃなかったら、どうするの?」

 陽菜の声が、少しだけ低くなる。

「私は、悠くんが好きだって言った。その言葉を、自分で口にした。それを信じてもらえないなら――私、どうしたらいいの?」

 俺は、何も言えなかった。

「昔から、悠くんのこと、ずっと見てたんだよ。あんた、全然気づいてなかったけど。クラスで目立たなくても、静かにノート取ってる姿とか、本読んでる顔とか。……あたし、そういうとこ、好きだった」

 陽菜が一歩、近づいてくる。

「でもね、怖かったんだ。あたしがこんな性格だから、悠くんにとってはうるさいだけなんじゃないかって。だから、ふざけた感じでしか近づけなかった」

「……そんなこと……」

「でも、催眠術で“好き”って言っちゃったでしょ? それで、ようやく自分の気持ちに気づいたの。あたし、本当に悠くんのことが、好きなんだって」

 目の前の陽菜が、こんなに近くて、まっすぐで。もう、嘘じゃないって、わかる。

「悠くんは……どう思ってるの?」

 その問いに、俺の心臓は暴れるように脈打った。

「……俺は……」

 陽菜の顔をまともに見られない。それでも、言葉にしなきゃいけないと思った。

「俺も……好きだ」

「……ほんとに?」

「催眠術なんて関係なく、お前のこと、昔から……ずっと」

 言葉の途中で、陽菜が笑った。

「よかった」

 そう言って、俺の制服の袖を、そっと掴む。

「催眠でもなんでもいいから、今、悠くんの隣にいられて、ちゃんと気持ちを伝えられて、ほんとに、よかった」

「……うん」

「これからも、そばにいてくれる?」

「当たり前だろ。俺からも、離れたくない」

 陽菜の手が、俺の手に重なる。

 それは、催眠でも暗示でもなく――俺たちの、初めての本当の気持ちだった。

     (続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

処理中です...