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3話 催眠のせいなのか、そうじゃないのか
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あの昼休みから、何かが変わった。
陽菜はいつものように明るくて、誰にでもフレンドリーで、クラスの中心にいた。でも――俺の前では、ほんの少しだけ態度が違っていた。
教室で目が合うと、すぐに逸らして照れたように笑う。
わざとらしく近くの席に来て、俺の飲んでるお茶を「ちょっとちょーだい」って横取りしてきたり。
授業中、何度もこっちを振り返って、小さくピースしてきたり。
前から陽菜は俺にだけ距離が近かった。でも今は、さらに一歩踏み込んでいるように感じる。
(まさか、本当に催眠術の効果……?)
そんなわけ、あるか?
でも――あのとき、確かに陽菜は俺の言葉に「好き」って返した。
あれは、ただの冗談だったのか。本当に催眠にかかっていたのか。それとも、最初から“そういう気持ち”だったのか。
わからなかった。ただ、怖かった。
(もし、あれが本心じゃなかったら――)
もし、催眠術なんてバカなことに巻き込んで、陽菜を傷つけていたら。
もし、俺が勝手に期待して、思い上がっているだけだったら――
放課後。教室を出たとき、陽菜が廊下で待っていた。
「悠くん、帰ろ?」
「……ああ」
並んで歩くのは、何度目だろう。中学のころは、毎日一緒だった。高校に入って、クラスが分かれたり、友達が増えたりしても、陽菜は変わらなかった。
ただ、今はその空気が、どこか違っていた。
「ねえ、昨日のやつ……あれ、ちゃんと催眠術だったの?」
「……うん、一応」
「じゃあ、あたしが『好き』って言ったのは、暗示のせいだったの?」
足が止まる。
陽菜は俺の顔を、まっすぐに見ていた。さっきまでの笑顔がない。真剣な目だった。
「答えて。私があんなこと言ったのって、自分の意思じゃなかったの?」
「……わからない」
それが、精一杯だった。
「俺も信じてなかった。ふざけ半分で、試してみただけだった。でも……お前が『好き』って言って……その後もなんか、変で」
「変って、なにが?」
「いや……お前が、俺のこと意識してるみたいに見えて……でもそれが、催眠のせいなのか、本当のお前なのか、俺にはわからない」
陽菜は少しだけ目を伏せた。そして、小さく笑った。
「そっか……悠くんって、やっぱ真面目だね」
「……は?」
「そんなの、どっちでもいいじゃん。催眠でも、私がそう言ったのは事実だし、今こうして、悠くんのこと考えてるのも事実」
「……でも、それが本心じゃなかったら――」
「本心じゃなかったら、どうするの?」
陽菜の声が、少しだけ低くなる。
「私は、悠くんが好きだって言った。その言葉を、自分で口にした。それを信じてもらえないなら――私、どうしたらいいの?」
俺は、何も言えなかった。
「昔から、悠くんのこと、ずっと見てたんだよ。あんた、全然気づいてなかったけど。クラスで目立たなくても、静かにノート取ってる姿とか、本読んでる顔とか。……あたし、そういうとこ、好きだった」
陽菜が一歩、近づいてくる。
「でもね、怖かったんだ。あたしがこんな性格だから、悠くんにとってはうるさいだけなんじゃないかって。だから、ふざけた感じでしか近づけなかった」
「……そんなこと……」
「でも、催眠術で“好き”って言っちゃったでしょ? それで、ようやく自分の気持ちに気づいたの。あたし、本当に悠くんのことが、好きなんだって」
目の前の陽菜が、こんなに近くて、まっすぐで。もう、嘘じゃないって、わかる。
「悠くんは……どう思ってるの?」
その問いに、俺の心臓は暴れるように脈打った。
「……俺は……」
陽菜の顔をまともに見られない。それでも、言葉にしなきゃいけないと思った。
「俺も……好きだ」
「……ほんとに?」
「催眠術なんて関係なく、お前のこと、昔から……ずっと」
言葉の途中で、陽菜が笑った。
「よかった」
そう言って、俺の制服の袖を、そっと掴む。
「催眠でもなんでもいいから、今、悠くんの隣にいられて、ちゃんと気持ちを伝えられて、ほんとに、よかった」
「……うん」
「これからも、そばにいてくれる?」
「当たり前だろ。俺からも、離れたくない」
陽菜の手が、俺の手に重なる。
それは、催眠でも暗示でもなく――俺たちの、初めての本当の気持ちだった。
(続く)
陽菜はいつものように明るくて、誰にでもフレンドリーで、クラスの中心にいた。でも――俺の前では、ほんの少しだけ態度が違っていた。
教室で目が合うと、すぐに逸らして照れたように笑う。
わざとらしく近くの席に来て、俺の飲んでるお茶を「ちょっとちょーだい」って横取りしてきたり。
授業中、何度もこっちを振り返って、小さくピースしてきたり。
前から陽菜は俺にだけ距離が近かった。でも今は、さらに一歩踏み込んでいるように感じる。
(まさか、本当に催眠術の効果……?)
そんなわけ、あるか?
でも――あのとき、確かに陽菜は俺の言葉に「好き」って返した。
あれは、ただの冗談だったのか。本当に催眠にかかっていたのか。それとも、最初から“そういう気持ち”だったのか。
わからなかった。ただ、怖かった。
(もし、あれが本心じゃなかったら――)
もし、催眠術なんてバカなことに巻き込んで、陽菜を傷つけていたら。
もし、俺が勝手に期待して、思い上がっているだけだったら――
放課後。教室を出たとき、陽菜が廊下で待っていた。
「悠くん、帰ろ?」
「……ああ」
並んで歩くのは、何度目だろう。中学のころは、毎日一緒だった。高校に入って、クラスが分かれたり、友達が増えたりしても、陽菜は変わらなかった。
ただ、今はその空気が、どこか違っていた。
「ねえ、昨日のやつ……あれ、ちゃんと催眠術だったの?」
「……うん、一応」
「じゃあ、あたしが『好き』って言ったのは、暗示のせいだったの?」
足が止まる。
陽菜は俺の顔を、まっすぐに見ていた。さっきまでの笑顔がない。真剣な目だった。
「答えて。私があんなこと言ったのって、自分の意思じゃなかったの?」
「……わからない」
それが、精一杯だった。
「俺も信じてなかった。ふざけ半分で、試してみただけだった。でも……お前が『好き』って言って……その後もなんか、変で」
「変って、なにが?」
「いや……お前が、俺のこと意識してるみたいに見えて……でもそれが、催眠のせいなのか、本当のお前なのか、俺にはわからない」
陽菜は少しだけ目を伏せた。そして、小さく笑った。
「そっか……悠くんって、やっぱ真面目だね」
「……は?」
「そんなの、どっちでもいいじゃん。催眠でも、私がそう言ったのは事実だし、今こうして、悠くんのこと考えてるのも事実」
「……でも、それが本心じゃなかったら――」
「本心じゃなかったら、どうするの?」
陽菜の声が、少しだけ低くなる。
「私は、悠くんが好きだって言った。その言葉を、自分で口にした。それを信じてもらえないなら――私、どうしたらいいの?」
俺は、何も言えなかった。
「昔から、悠くんのこと、ずっと見てたんだよ。あんた、全然気づいてなかったけど。クラスで目立たなくても、静かにノート取ってる姿とか、本読んでる顔とか。……あたし、そういうとこ、好きだった」
陽菜が一歩、近づいてくる。
「でもね、怖かったんだ。あたしがこんな性格だから、悠くんにとってはうるさいだけなんじゃないかって。だから、ふざけた感じでしか近づけなかった」
「……そんなこと……」
「でも、催眠術で“好き”って言っちゃったでしょ? それで、ようやく自分の気持ちに気づいたの。あたし、本当に悠くんのことが、好きなんだって」
目の前の陽菜が、こんなに近くて、まっすぐで。もう、嘘じゃないって、わかる。
「悠くんは……どう思ってるの?」
その問いに、俺の心臓は暴れるように脈打った。
「……俺は……」
陽菜の顔をまともに見られない。それでも、言葉にしなきゃいけないと思った。
「俺も……好きだ」
「……ほんとに?」
「催眠術なんて関係なく、お前のこと、昔から……ずっと」
言葉の途中で、陽菜が笑った。
「よかった」
そう言って、俺の制服の袖を、そっと掴む。
「催眠でもなんでもいいから、今、悠くんの隣にいられて、ちゃんと気持ちを伝えられて、ほんとに、よかった」
「……うん」
「これからも、そばにいてくれる?」
「当たり前だろ。俺からも、離れたくない」
陽菜の手が、俺の手に重なる。
それは、催眠でも暗示でもなく――俺たちの、初めての本当の気持ちだった。
(続く)
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