催眠術なんて、きっかけにすぎなかった。幼なじみとの恋が動き出すまで

こうた

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4話 陽キャと陰キャ、恋人になるってどういうこと?

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    付き合うって、こんなにも恥ずかしいことだったんだ。

 昼休み。教室の隅でひとりパンをかじっていたら、いつものように陽菜がやってくる。

「悠くん、今日こそ一緒に食べよ!」

「お、おう……」

 返事をしたものの、心臓はさっきからうるさすぎるくらいに暴れている。だって俺たちは――昨日から付き合っている。

 そう、幼なじみで陽キャな彼女と、陰キャで地味な俺が。

 たった一日しか経ってないのに、世界がまるごと変わったように思えた。

 陽菜は俺の横に腰かけると、弁当箱を開きながらふふっと笑った。

「悠くん、ずっとソワソワしてない?」

「……してない」

「してるし、顔赤いし。わかりやすー」

「……お前が近いからだよ」

 そう。陽菜は相変わらず距離感がバグってる。肘が当たるくらい近いし、たまに肩が触れてくるし、心臓が持たない。

「ねえねえ、彼女と昼ごはん食べてるって、どんな気分?」

「おまっ……大きな声で言うなって……!」

「ふふ、ごめんごめん。でもさ、あたしちょっと嬉しいんだ」

「……なんで?」

「こうして、堂々と悠くんの隣にいられるから」

 小さな声でそう言った陽菜の表情は、いたずらでもからかいでもなくて、素直な笑顔だった。



 放課後。下駄箱で靴を履き替えていたら、陽菜が俺をつついた。

「ねえ、ちょっと寄り道してかない?」

「寄り道?」

「うん、噂の“あの神社”。好きな人と手を繋いで階段を上ると、願いが叶うんだって」

「そんな……オカルトじゃん」

「催眠術の本読んでた人に言われたくないなー」

「……ぐっ」

 ぐうの音も出ない。

「ま、別にいいじゃん。せっかく付き合ったんだし、ちょっとだけ恋人っぽいこと、したいなーって」

 その“恋人っぽいこと”って言葉にドキドキしてしまう自分が、情けない。でも、嬉しかった。

「……行こうか」

「やった!」



 神社の階段は長かった。石の段差は少し急で、陽菜が時々ふらつく。

「ほら、手。ちゃんと握ってろ」

「……あ。ありがと」

 陽菜の手が俺の手に重なる。あたたかくて、小さくて、指が自然と絡む。

「ね、悠くん」

「ん?」

「今、幸せ?」

 不意打ちのような言葉だった。俺は少し考えて、でもすぐに答えた。

「……ああ。すごく」

「そっか。あたしも」

 照れながら笑うその顔は、あのころの幼なじみとは少し違って見えた。



 神社のてっぺんに着くと、並んでお参りした。

 陽菜は何を願ったんだろう。俺は“この関係がずっと続きますように”って願った。

 帰り道。石段を下りながら、陽菜が突然言った。

「ねえ、キスしてもいい?」

「……は?」

「キス。してみたくなった」

 俺は完全に固まった。陽菜はその反応を見て、くすっと笑う。

「うそうそ。冗談。顔、真っ赤すぎておもしろい」

「お前な……!」

「でもさ」

 陽菜が急に真顔になる。

「ほんとはちょっとだけ、してみたかったよ」

 そう言って、俺の袖をつまむ。

「悠くんから、してほしいなって、ちょっとだけ思った」

 俺は心臓の音で、耳の中がいっぱいだった。

 ――ここでしないと、絶対後悔する。

 そう思って、一歩踏み出した。

「……陽菜」

「……ん」

 俺がゆっくり顔を近づけると、陽菜は目を閉じた。

 鼻先が触れそうになる距離。あと少し――

 その瞬間、背後から子供の声が響いた。

「キャー! あの人たち、キスしようとしてたー!」

 「えっ、マジ!? 写真撮っとけよ!」

 俺たちは同時に弾かれたように離れた。陽菜の顔は真っ赤。たぶん、俺も同じだ。

「……まじでタイミング最悪……」

「うう……は、恥ずかし……」

 けど、笑ってしまった。

 陽菜も、恥ずかしそうに笑ってた。

「……いつか、ちゃんとするから」

「……うん、待ってる」



 陽キャと陰キャ、全然違うふたり。でも、手を繋いで歩いていける。

 それだけで、今は十分だった。

    (続く)
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