悪役の僕はいかにして主役のあの娘と結ばれしか

柚鳥柚

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僕もあの子もお年頃

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 町でゲルデと出会って以来、ザシャは幾度となく〈森〉でゲルデを見かけた。だがいつも木陰に隠れて見つめるだけで、話しかけようとはしなかった。ゲルデも、姉たちや余所の〈森〉から遊びに来た〈役者〉友達と遊ぶことに夢中で、遠くから見つめるザシャの視線に気づかなかった。
 ゲルデに気づいてもらえなくても、ザシャはゲルデの笑顔を見るだけで幸せだった。ゲルデが笑うと、そこに花が咲くようだった。実際、ザシャには花が咲いたように見えていた。
〈森〉でゲルデに話しかけることができなくても、せめて町で出会うことができれば――と何度か思ったことがある。だが〈森〉による〈演目〉外規定によれば、〈役者〉たちは同時に〈観客〉たちの町へ行ってはならないそうだ。
 ではなぜあの日は出会えたのか?
〈森〉が管理を怠ったのか、それとも手違いがあったのか。とにかくあの日は偶然〈赤ずきん〉と〈狼〉、どちらも同日に町へ納品に行く許可が下りてしまった。この日以来、〈森〉はますます管理体制を厳しくし、〈役者〉たちそれぞれの納品日は曜日で定められてしまった。あの日ザシャが町でゲルデと出会い、言葉を交わせたのは、奇跡だったのだ。
 そんな幸運二度とないだろうな――とザシャは諦めていた。もとより、ザシャは〈狼〉でゲルデは〈赤ずきん〉だ。定められた〈演目〉に沿って演じる〈役者〉なのだ。脚本に『〈狼〉と〈赤ずきん〉が仲良くする』なんて場面はない。〈演目〉が面白くなるならば多少のアドリブも楽しむ〈観客〉もいるが、本筋を大きく変えることは許さないだろう。
〈狼〉だから仕方ないと呟いて、遠くからゲルデを見るだけの日々を送り、ザシャはいつしか十七歳になっていた。
 背丈だけはぐんぐん伸び、兄よりも父よりも、〈狩人〉たちよりも高くなった。
 だが背丈の割に肉付きは悪く、ひょろりと細長い印象を受ける。黒檀のような黒髪はくしゃくしゃのまま整えられず、町へ行くときはいつも狼の耳と一緒に帽子の中へ押し込められていた。くたくたのシャツとだぼだぼの吊りズボンという格好が、ザシャの冴えなさに拍車をかける。
 十七歳になったザシャは、父たちと同じく家具や細々した調度品を作る職人になっていた。七つの頃は狼のままだった手も、今は眠っていようが人の形を保てるようになった。
 職人のザシャは人形を彫るのが得意だった。特に手のひらに載るような、並べて飾る人形は、身内の誰よりも、よその工房の誰よりも上手かった。
 ザシャが彫った人形は表情に優しさが滲み、あたたかみがあると町でも評判だった。だが誰も、それが〈狼〉ザシャが彫った人形であることは知らなかった。
 ザシャが十七歳になったということは、ゲルデも十七歳ということだ。十七歳になれば、周りが縁談を持ちかけてくる。ザシャは上の兄たちが片付かぬせいでお鉢の回ってくる気配すらないが、ゲルデはどうか。
〈狼〉の家には〈赤ずきん〉の家がどんな縁談を組もうとしているかなんて、誰も教えに来てはくれない。上の兄たちは〈狐〉や〈熊〉と仲良くしているお陰でほかの〈役者〉たちの縁談を小耳に挟むこともあるが、それでも〈赤ずきん〉や〈狩人〉たちの縁談話はとんと耳にしなかった。
〈狩人〉と〈赤ずきん〉は、助け助けられという関係から、何代かに一度は縁談が持ち上がる。〈狩人〉の家に〈赤ずきん〉が嫁いだのは、もう四代ほど前だ。そろそろ縁談が持ち上がるかもしれないなと、上の兄たちが夕食の場で噂話を披露していた。
 ゲルデが〈狩人〉の誰かに嫁ぐかもしれない。
 〈狼〉にすら優しいゲルデが、粗野で乱暴な〈狩人〉たちの家に嫁ぐ。
 考えただけでザシャは吐きそうになった。
 工具を片付けて前掛けを外し、ザシャは低い声で「出掛けてくる」と呟いた。それを聞いた兄の一人が「おい」とザシャを呼び止める。

「またサボる気か? 人形と家具の納品が近いんだぞ」
「納品分はできあがってるよ」

 ザシャが気怠げに指さした方向を見ると、確かに、机には素朴で可愛らしい人形たちと、美しい花が咲き誇る時計盤が並んでいる。机の横には、見事な獅子が彫られた椅子が鎮座していた。
 言葉をなくす兄に「散歩くらい、いいだろ」と呟くと、ザシャはふらふら〈森〉へ出て行った。
〈森〉の中4は普通の森と変わらない。黒々と茂る木々の下を歩きながら、ザシャはぼんやりとゲルデのことを考えていた。
 同い年のゲルデ。
 彼女のアーモンド型の目は、十年たってもその輝きが衰えない。それどころか、黒曜石の瞳は目が合った者を見入らせる魅力に満ちている。桃色の唇は言葉を紡ぐ花びらのようであり、瑞々しい果実のようでもあった。愛らしい声は小鳥のさえずりのようだ。
 背丈はさほど伸びなかったが、年頃の娘らしく、程よく肉はついた。ケープを持ちあげる胸の膨らみや、胴着によって強調されるくびれ、スカートの下にある形の良い尻の丸みを、〈狩人〉たちが好色な目で見ているのを、ザシャは知っている。

「あのは俺のもんだ」

 そう言ったのは、八代目〈狩人〉の十番目の息子だった。納品のため町へ行こうとした日、ザシャはたまたま耳にした。
〈狩人〉たちは町で買った煙草片手に、丸太に腰掛け雑談に興じていた。十番目の息子はザシャが近くを通っているとも知らず――知っていても〈狼〉なんて無視して話を続けただろうが――ゲルデは自分の嫁になるのだと語った。

「俺とゲルデは年が近い。上の姉たちが片付いたら、俺がもらうんだ」

〈狩人〉の言うことを、余所の〈森〉から来た〈樵〉が笑う。

「年が近いってだけじゃお前の嫁にはならんだろ。それに、年の近さなら十四番目より十二番目じゃないか。お前と一つしか差がないんだから」

〈樵〉の言葉にムッとしながら、〈狩人〉は煙草を大きく吸い上げた。そして盛大に煙を吐き出す。

「あいつは上の兄に押しつけるさ。余所の〈森〉の女より〈赤ずきん〉をもらえって言う」
「そうしたらお前にお鉢が回らないんじゃないか? お前がよその〈森〉との繋ぎになっちまうぞ」
「いちいち揚げ足を取るなよ、〈樵〉風情が!」
「お前だって〈狩人〉風情だろうが」

 苛立つ〈樵〉に、〈狩人〉は「俺は違う!」と怒鳴った。

「俺は継母にいじめられる〈姫〉たちをも助ける誉れ高き〈狩人〉だ、〈赤ずきん〉の娘ゲルデは、俺の嫁にするんだ!」

〈狩人〉が癇癪を起こしたところで、ザシャは耳を傾けるのをやめて〈森〉を抜けた。だから彼があれ以上何を語ったかは知らない。だがもしかしたら語ったかもしれないということを、ザシャは知ることになる。
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