悪役の僕はいかにして主役のあの娘と結ばれしか

柚鳥柚

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常晴の花畑

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 それは思いの通じ合った数日後のことだった。
 互いの思いを告げ、ザシャとゲルデは変わらず〈花畑〉で焼き菓子と飲み物を楽しみ、誰にも邪魔されない二人きりの時間を過ごしていた。
 この日〈森〉は天気が悪く、ゲルデは跳ねる泥で白い足を汚しながら走っていた。雨にしっとり濡れながら待ち合わせ場所で立っていたザシャは、雨に濡れ走るゲルデを見るなり駆け寄り、急いで〈花畑〉へ道を繋げた。
 既視感と未視感に襲われる道を抜けると、〈花畑〉は快晴だった。雲一つなく、太陽が燦々と輝いている。それが見かけ倒しではない証拠に、〈花畑〉の気温は高かった。これなら、〈花畑〉を囲む木にでも干せば数分で服は乾きそうだ。
 ケープを取って木の枝に引っかけたゲルデは、太陽の暖かな日差しと花の香りを運ぶ風を全身に受け、喜びにくるくると回った。しょうがないなと言うように笑いながら、ザシャは「転ぶよ」とゲルデを窘める。ゲルデはにこにこ笑って、ザシャを振り返った。

「〈森〉は雨だったのに、〈花畑〉は晴れてるね。〈花畑〉って、いつも晴れてるものなの?」

 途端、ザシャは口を閉じた。ぴったり閉じられた唇はまっすぐに結ばれ、そう簡単に開きそうにない。だがゲルデは、ザシャが自分の問いに答えないわけがないと信じて疑わなかった。事実その通りで、期待にきらめく黒曜石の瞳に見つめられると、いくら恥ずかしかろうとザシャは答えてしまうのだ。
 ザシャはぼそぼそと、〈花畑〉が晴れている理由を答えた。

「〈花畑〉は、持ち主の心理状態を反映させるんだ。僕の〈花畑〉がいつも晴れなのは……ゲルデが来てくれたことが、嬉しくて」

 ゲルデの頬が、ぽ、と赤く染まった。続いて耳がぽぽ、と染まり、首までがぽぽぽっと勢いよく色づいた。真っ赤になったゲルデはザシャから隠すように頬を押さえたが、すぐに照れ笑いを浮かべた。

「ザシャが喜んでくれてるってわかって、嬉しい」

 とろけるような笑顔に、ザシャまでも照れてしまった。ゲルデからとびきりの笑顔を向けられて嬉しくなったザシャは、怖がられるかもしれない、気味悪がられるかもしれないという不安も忘れ、「もしよかったら」とゲルデを夜の〈花畑〉に誘っていた。

「夜になれば、〈花畑〉でも星が見えるんだ」

 一緒に星を見よう、とザシャは誘う。だがゲルデは気づかず、きょとんとしてザシャを見上げている。濡れた黒曜石のような瞳でまっすぐ見つめられ、ザシャは自分の下心を見透かされたように慌てた。

「ぜ、絶対に触らないって約束する。怖がるようなことは何もしない。だから、星空を、その……」

 ようやく星空を見に誘われていると理解したゲルデは、星が輝く夜空の瞳で「いいのっ?」とザシャとの距離を詰めた。ゲルデの背丈では、その顔はザシャの胸ほどまでしか届かない。だがあと一歩で密着するほど近づかれ、ザシャはドギマギしながら「もちろん」とうなずいた。
 ザシャの様子で自分が近づきすぎていることに気づき、ゲルデはパッとザシャから離れた。もじもじして爪先を見ながら「ごめんね」と恥じらうゲルデに、ザシャは直視できないまま「気にしてないよ」と返した。
 ゲルデが照れたように「えへへ」と笑う。ザシャがおずおずとゲルデへ目を戻すと、星よりも太陽よりも眩しく、花のように可憐な笑顔で、ゲルデは喜びを表していた。

「それなら今夜、ザシャに会いに行くね」

 ザシャは自分の心臓が、駆け足の馬よりも早く脈打つのを感じた。シャツの左胸部分を押さえたザシャは、高鳴る音がゲルデに聞こえないことを祈りながら、ゲルデに迎えに行く時間を伝えた。
 そして、その夜。
〈森〉に夜の帳が降り、兄たちも寝静まった頃、ザシャはこっそりと家を抜け出して〈花畑〉に入った。
〈花畑〉を歩きながら、ザシャは〈森〉の東側出口――ゲルデの家のそばへ道を繋げる。繋げた道を歩き、ザシャは〈森〉の出口付近の様子を窺った。
 ゲルデたち〈赤ずきん〉の家は、庭と〈森〉が繋がっている。出口から〈赤ずきん〉の家はよく見えた。明かりの灯らない家は寝静まっており、ザシャは耳を澄ませてみたが、誰も彼も寝息を立てていた。ただ一人、ゲルデを除いては。
 人の耳と狼の耳、両方をそばだてて、ようやく聞こえるか聞こえないかの小さな足音。上着を羽織ったらしい衣擦れの音。緊張にかすれた「いってきます」と呟く声。そして、扉が開く音。
 月明かりの下、寝間着の上から律儀に赤いケープを羽織ったゲルデの姿が浮かび上がった。
 ザシャは〈花畑〉の道から〈森〉へ一歩踏み出した。石でも踏んだのか、小さく固い音がした。その音にゲルデは振り向き、ザシャを見てパッと顔を明るくした。ザシャが手を伸ばす。ゲルデは小走りでやってくると、〈森〉に飛び込み、ザシャの手を掴んだ。ザシャもゲルデの小さな手を握り返す。

「行こう、ゲルデ」
「うんっ」

 手を取ったゲルデを〈花畑〉への道へ招き入れ、誰も自分たちを見ていないことを確認すると、ザシャは道を閉じた。
 奇妙な道を抜け、〈花畑〉へ出る。〈花畑〉を囲む木々の間を抜けると、〈花畑〉の上には、満天の星空が広がっていた。
 ケープの前をきゅっと握りながら、ゲルデはきらめく夜空に目を輝かせた。

「きれい! 星がたくさん見えるね。あっ、流れ星も!」
「そ、そうだね」

 流れる星に興奮し、ゲルデはケープを落としてぴょんぴょんと跳ねながら「あっちにも!」「見て、ザシャ!」「ほら!」と指を差す。
 ゲルデが跳ねるたび、寝間着が裾を翻す。そのたびに、ゲルデの滑らかで白い肌がちらちらと見え隠れする。柔らかそうな、少し強く触れただけで跡が残りそうな、甘い香りのする柔肌だ。
 ゲルデが跳ねるたび、揺れるものもあった。丸い膨らみは薄い布の下で揺れ、その存在をザシャに知らしめる。柔肌と地続きの膨らみも白く、滑らかで、さぞ柔らかいのだろうと想像ができる。
 ザシャは目のやり場に困り、かといって星空に集中もできず、明後日の方向を向いてしまった。ザシャに気まずさを与えているとも知らず、ゲルデは星空を見上げ無邪気に喜んでいる。

「わぁ、また流れ星! きれいだね、きれいだねぇ、ザシャ」

 ゲルデが笑っているのを空気で感じながら、ザシャはぽつりと呟いた。

「……星の数も、昼間の空模様と同じで、持ち主の嬉しさに比例してるんだ」

 ゲルデが勢いよく振り向いた。ザシャはそれを耳で感じ取りながら、恥ずかしさにそっぽを向いたままでいた。気まずさに、尻尾がゆっくり揺れ始める。
 感極まったように言葉をなくしたゲルデは、短く息を吸うと、眠る花々の花弁を散らし、ザシャの胸に飛び込んだ。
 慌てて受け止めたザシャは、胸に顔を埋めたゲルデの「私も!」と嬉しそうな声に耳を疑った。ザシャの体に腕を回し、ぎゅうぎゅうと抱きついたまま、ゲルデは顔を上げてザシャに一番の笑顔を向けた。

「私も〈花畑〉を持てたらっ、ザシャといられてどれだけ嬉しいか見てもらえるのに!」

 黒曜石の瞳に、星が散らばっている。少なくともザシャの目には、ゲルデの瞳に星が散っているように見えた。何てきれいな瞳なんだろうと見とれながら、ザシャは優しく笑ってゲルデの頬を包んだ。

「もう十分、伝わってるよ」

 二人の頭上で新たな星が瞬く。
 ザシャはこれ以上ない幸せを噛みしめながら、夜気に当てられひんやりと冷えてしまったゲルデの唇に、自身の熱い唇を重ねた。
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