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僕は化け物
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ゲルデたちと別れたザシャは、〈花畑〉を使って家に戻った。
工房に明かりが灯っているが、家の窓はどれも暗い。兄の誰かが熱心に仕事をしているのだなと思いつつ、ザシャはノブに手をかけた。
食堂を通って部屋へ戻ろうとしたザシャは、その食堂に、十三代目〈狼〉の父がいるのを見た。明かりも灯さず、大きな机に一人で座り、人形を彫っている。驚くザシャに、父は顔を上げず口を開いた。
「俺たち〈狼〉は、〈赤ずきん〉を〝食べる〟ことすれど、生涯の相手には選べない」
その言葉は、ザシャの胸に深く突き刺さった。返事をしないザシャに、父は静かな声で諭す。
「〈赤ずきん〉とはつがいになれない」
父の言葉に、ザシャは確信した。父もかつて〈赤ずきん〉の誰かに恋をして、その〈赤ずきん〉もまた〈狼〉である父に恋をした。その恋を実らせようと、父はあれだけの資料を集めたのだ。書斎にある本の数々は、そういうことだったのだ。
ザシャは顔を上げない父をひたと見据え、反論した。
「僕は父さんのように、諦めたくないんだ。別の誰かを妻にして、次の〈狼〉を育てながら彼女が〈老婆〉になるのを待つなんて、嫌だ」
父は何も言わなかった。刃が木肌を削る音だけが、食堂に空しく響く。ザシャはそれ以上何も言わず、食堂を通り抜けて部屋に戻った。部屋ではなく〈花畑〉へ行けば、また雨が降っているだろうなと思いながら、硬いベッドで目を閉じた。
ザシャの夢に、ゲルデが出てきた。ザシャと逢瀬を重ねる前、〈狩人〉に襲われるよりも前、ザシャが遠くから見守っていた頃の記憶を再現するような夢だった。
笑顔を絶やさず、常に明るく、そして誰にでも等しく優しいゲルデ。
彼女はいつ見ても家族や友人に囲まれている。彼女が自身の幸せを考えるなら、ザシャのような悪役よりも、〈狩人〉や〈樵〉、もしくは〈観客〉といった誰からも蔑まれず憎まれない相手を選ぶべきだろう。少なくとも、ザシャはそう考える。
でも、とザシャは夢の中で木肌に爪を立てる。
自分以外がゲルデの隣に立ち、その肩を抱き、柔らかな唇を味わう未来を想像すると、それだけで胸をかきむしりたくなる。ゲルデが自分以外の誰かのキスに応じ、柔肌に触れることを許し、淫裂への侵入を受け入れたら――ザシャは今すぐにでも木陰から飛び出し、ゲルデを攫い〈花畑〉へ連れ去りたい衝動に駆られた。
だが、攫わないとゲルデの兄に約束した。もうあんな乱暴はしないと、ゲルデに誓った。ゲルデを攫うことも、〈花畑〉へ連れ込んで陵辱することも許されない。
ザシャが葛藤している間に、ゲルデの周りから家族や友人が消え、隣に〈狩人〉の十番目の息子が立っていた。ザシャに見せびらかすようにゲルデの肩を抱き、にやにやと笑っている。ゲルデはザシャに気づかず、〈狩人〉だけを見つめている。ザシャは知らず「ゲルデ」と叫び、木陰を飛び出し手を伸ばしていた。
ザシャは痛みを感じ、目を覚ました。目を開けると、眠そうな目の兄が拳を握ってザシャの顔を覗き込んでいる。
「夜中に喚くなよ。起きちまっただろーが」
「……ごめん」
兄はザシャの額を音を立てて弾くと、大きな欠伸をしてベッドへ戻っていった。見回すと、ほかの兄たちも苛立ち混じりにため息を吐いたり寝返りを打ったり悪態をついたりしている。
嫌な夢を見たせいで、ザシャは明け方まで眠れなかった。
寝不足のせいで痛む目を労ることすら許されず、ザシャは工房でいつもの仕事に励んだ。夜中に見た夢が頭から離れないせいで、ザシャは木材のサイズを間違えて切り出したり、注文とは別の人形を作ったりと、散々な有様を兄たちに見せた。呆れた兄の一人が、ザシャの後頭部を軽く叩いた。
「このままじゃ怪我するぞ。仮眠取ってもいいし、散歩でもいい、ちょっと休憩してこい。ただし、昼飯までには戻れよ」
「わ、わかった……」
ザシャはうなずき、工房から出た。ザシャが外へ出るのを父はちらりと目だけで見たが、咎めることはしなかった。
外へ出たザシャは、〈花畑〉を通ることをせず、ゆっくり時間をかけてゲルデの家へ向かった。途中で出会うかもという期待があったが、〈森〉の東側出口へ行くまでゲルデとは出会えなかった。
木立に紛れ、ザシャは〈赤ずきん〉の玄関をじっと見つめた。ゲルデが出てくる気配はない。ザシャは狼の耳をぴんと立て、全神経を四つの耳へ集中した。そうすれば、家の中の様子が目に見えるようにわかる。
家の裏手で薪を割る音。家の中を忙しなく歩き回る数人分の足音。楽しくおしゃべりする女の子たちの声。耳に心地よい、ゲルデの声。
ゲルデの姉であろう誰かが、兄を呼ぶようゲルデに頼む。
「ゲルデ、兄さんを呼んできて。外で薪割りをしてるから」
「はぁい」
返事をしたゲルデは、裏口ではなく表から外へ出た。いつもの赤いケープは羽織っておらず、代わりに赤いエプロンを身に付けている。町へ納めるお菓子を作っていたのだろう。赤いエプロンに、白い粉がうっすらとついていた。
今すぐ駆け寄りたいと足を踏み出しかけ、ザシャは動きを止めた。何かが、ザシャにゲルデのそばへ行くことをためらわせた。
しかし踏み出す際に石を踏んだせいで、動きを止めたというのにゲルデに気づかれてしまった。ゲルデは辺りを見回し、木立に隠れたザシャを見つけると、目を輝かせて駆け寄った。
「ザシャ、どうしたの? 待ちきれなくて会いに来てくれた? もしそうだったら、すっごく嬉しい!」
眩しい笑顔が、自分だけに向けられている。嬉しいはずなのに、夢の出来事が頭から離れず、ザシャは笑顔を返すことができなかった。
気づけば沈んだ声でゲルデを呼び、夜に会えないかと頼み込んでいた。
「今夜、月が真上に昇る頃……外に出てきてくれるかい? 夜に、きみと会いたいんだ」
「今日の夜? いいよ! でも……どうしたの、ザシャ?」
心配そうにザシャを見上げ、ゲルデは甘い香りが漂う手をザシャへ伸ばした。小柄な体に見合う小さな手が、ザシャの頬を撫で、耳を撫で、くしゃくしゃの黒髪を優しく梳く。優しく撫でてくれる手に頬を押し当て、ザシャは「大丈夫だよ」とうなずいた。
「大丈夫だよ。大丈夫さ。ただ、今日の午後は会えない。ごめんよ、ゲルデ」
「謝らないで。夜を楽しみにしてるから」
家の中から、ゲルデとその兄を呼ぶ声が聞こえた。ゲルデは慌てて手を引っ込め、「行かなきゃ」と身を翻した。
「今夜、月が昇る頃にね」
振り返り、ゲルデは笑顔で約束を繰り返した。
「うん。月が昇る頃に」
ザシャもうなずき、明かりは持たずにね、と付け加えた。ゲルデは首を縦に振り、家の裏手にいる兄を呼ぶため軽やかな足取りで走っていった。
姿が見えなくなるまでゲルデの姿を見つめ、ザシャは踵を返して〈森〉に入った。〈赤ずきん〉の家が見えなくなるまで歩いた頃、ザシャの鼻は火薬のにおいを感じ取った。狼の耳がぴくっと揺れる。ザシャが振り向くのとほぼ同時に、鼻先へ銃口が突きつけられていた。
「ゲルデに近づくな」
木の葉を服や髪につけた〈狩人〉の十番目の息子が、怒りを孕んだ声でザシャにそう言った。引き金には指がかかっている。黒光りする銃口が目の前にあるのに、ザシャは不思議と落ち着いていた。ザシャの落ち着き払った態度に、〈狩人〉はさらに苛立った声を出した。
「お前は〈狼〉だ。結ばれるのはお前じゃなくて俺だ。そんな醜いなりでよく近づけるもんだな。ゲルデだって本心じゃお前のこと――」
「黙れよ」
ザシャの手の爪が、めきめきと音を立てて大きく、鋭く変化していく。髪が揺れ、黒い毛並みが肌を覆い、鼻面が前へ伸びてゆく。久方ぶりに半人半獣の姿になったザシャは、引き金が引かれる可能性にも構わず、腕を伸ばして〈狩人〉の手を握り込んだ。〈狩人〉の骨が軋み、嫌な音を立てる。そのまま砕けてしまえと、ザシャは力を込めて握りしめた。
痛みに呻く〈狩人〉に、ザシャは低い声で警告した。
「勘違いするなよ、〈狩人〉。僕ら〈狼〉がお前たちに殺されるのは、それが定められた〈演目〉だからだ。お前たちが強いんじゃない。〈演目〉から外れた日常なら……僕ら〈狼〉は、お前たちが縋る銃なんて恐れやしないんだ」
骨が砕ける音がした。痛みに叫び声を上げる〈狩人〉を、ザシャは軽々と放り投げた。宙を舞い地に落ち、体中あちこちの痛みに〈狩人〉は悶えた。地面に転がりながら、〈狩人〉は憎悪に満ちた目で半人半獣のザシャを睨みつける。
「それがお前の本性か。化け物めっ……」
芋虫のように転がる〈狩人〉を見下ろし、ザシャはこのままこいつの腹を蹴り破ってやろうかと考えた。そこで初めて、自分の残虐な行為と考えに気がついた。我に返ったザシャの体が、徐々に人の姿に戻っていく。
〈狩人〉はまだ痛みに体を丸め、呻いている。ザシャは〈狩人〉を助け起こすか悩んだ。そっと膝をついたが、〈狩人〉はザシャが自分を助け起こそうとしていることを察し、唾を吐きかけた。ザシャは叱られた子供のような顔で〈狩人〉を見ると、ぼそぼそ聞こえにくい声で「ごめん」と謝り、逃げるように家へ帰った。
工房に明かりが灯っているが、家の窓はどれも暗い。兄の誰かが熱心に仕事をしているのだなと思いつつ、ザシャはノブに手をかけた。
食堂を通って部屋へ戻ろうとしたザシャは、その食堂に、十三代目〈狼〉の父がいるのを見た。明かりも灯さず、大きな机に一人で座り、人形を彫っている。驚くザシャに、父は顔を上げず口を開いた。
「俺たち〈狼〉は、〈赤ずきん〉を〝食べる〟ことすれど、生涯の相手には選べない」
その言葉は、ザシャの胸に深く突き刺さった。返事をしないザシャに、父は静かな声で諭す。
「〈赤ずきん〉とはつがいになれない」
父の言葉に、ザシャは確信した。父もかつて〈赤ずきん〉の誰かに恋をして、その〈赤ずきん〉もまた〈狼〉である父に恋をした。その恋を実らせようと、父はあれだけの資料を集めたのだ。書斎にある本の数々は、そういうことだったのだ。
ザシャは顔を上げない父をひたと見据え、反論した。
「僕は父さんのように、諦めたくないんだ。別の誰かを妻にして、次の〈狼〉を育てながら彼女が〈老婆〉になるのを待つなんて、嫌だ」
父は何も言わなかった。刃が木肌を削る音だけが、食堂に空しく響く。ザシャはそれ以上何も言わず、食堂を通り抜けて部屋に戻った。部屋ではなく〈花畑〉へ行けば、また雨が降っているだろうなと思いながら、硬いベッドで目を閉じた。
ザシャの夢に、ゲルデが出てきた。ザシャと逢瀬を重ねる前、〈狩人〉に襲われるよりも前、ザシャが遠くから見守っていた頃の記憶を再現するような夢だった。
笑顔を絶やさず、常に明るく、そして誰にでも等しく優しいゲルデ。
彼女はいつ見ても家族や友人に囲まれている。彼女が自身の幸せを考えるなら、ザシャのような悪役よりも、〈狩人〉や〈樵〉、もしくは〈観客〉といった誰からも蔑まれず憎まれない相手を選ぶべきだろう。少なくとも、ザシャはそう考える。
でも、とザシャは夢の中で木肌に爪を立てる。
自分以外がゲルデの隣に立ち、その肩を抱き、柔らかな唇を味わう未来を想像すると、それだけで胸をかきむしりたくなる。ゲルデが自分以外の誰かのキスに応じ、柔肌に触れることを許し、淫裂への侵入を受け入れたら――ザシャは今すぐにでも木陰から飛び出し、ゲルデを攫い〈花畑〉へ連れ去りたい衝動に駆られた。
だが、攫わないとゲルデの兄に約束した。もうあんな乱暴はしないと、ゲルデに誓った。ゲルデを攫うことも、〈花畑〉へ連れ込んで陵辱することも許されない。
ザシャが葛藤している間に、ゲルデの周りから家族や友人が消え、隣に〈狩人〉の十番目の息子が立っていた。ザシャに見せびらかすようにゲルデの肩を抱き、にやにやと笑っている。ゲルデはザシャに気づかず、〈狩人〉だけを見つめている。ザシャは知らず「ゲルデ」と叫び、木陰を飛び出し手を伸ばしていた。
ザシャは痛みを感じ、目を覚ました。目を開けると、眠そうな目の兄が拳を握ってザシャの顔を覗き込んでいる。
「夜中に喚くなよ。起きちまっただろーが」
「……ごめん」
兄はザシャの額を音を立てて弾くと、大きな欠伸をしてベッドへ戻っていった。見回すと、ほかの兄たちも苛立ち混じりにため息を吐いたり寝返りを打ったり悪態をついたりしている。
嫌な夢を見たせいで、ザシャは明け方まで眠れなかった。
寝不足のせいで痛む目を労ることすら許されず、ザシャは工房でいつもの仕事に励んだ。夜中に見た夢が頭から離れないせいで、ザシャは木材のサイズを間違えて切り出したり、注文とは別の人形を作ったりと、散々な有様を兄たちに見せた。呆れた兄の一人が、ザシャの後頭部を軽く叩いた。
「このままじゃ怪我するぞ。仮眠取ってもいいし、散歩でもいい、ちょっと休憩してこい。ただし、昼飯までには戻れよ」
「わ、わかった……」
ザシャはうなずき、工房から出た。ザシャが外へ出るのを父はちらりと目だけで見たが、咎めることはしなかった。
外へ出たザシャは、〈花畑〉を通ることをせず、ゆっくり時間をかけてゲルデの家へ向かった。途中で出会うかもという期待があったが、〈森〉の東側出口へ行くまでゲルデとは出会えなかった。
木立に紛れ、ザシャは〈赤ずきん〉の玄関をじっと見つめた。ゲルデが出てくる気配はない。ザシャは狼の耳をぴんと立て、全神経を四つの耳へ集中した。そうすれば、家の中の様子が目に見えるようにわかる。
家の裏手で薪を割る音。家の中を忙しなく歩き回る数人分の足音。楽しくおしゃべりする女の子たちの声。耳に心地よい、ゲルデの声。
ゲルデの姉であろう誰かが、兄を呼ぶようゲルデに頼む。
「ゲルデ、兄さんを呼んできて。外で薪割りをしてるから」
「はぁい」
返事をしたゲルデは、裏口ではなく表から外へ出た。いつもの赤いケープは羽織っておらず、代わりに赤いエプロンを身に付けている。町へ納めるお菓子を作っていたのだろう。赤いエプロンに、白い粉がうっすらとついていた。
今すぐ駆け寄りたいと足を踏み出しかけ、ザシャは動きを止めた。何かが、ザシャにゲルデのそばへ行くことをためらわせた。
しかし踏み出す際に石を踏んだせいで、動きを止めたというのにゲルデに気づかれてしまった。ゲルデは辺りを見回し、木立に隠れたザシャを見つけると、目を輝かせて駆け寄った。
「ザシャ、どうしたの? 待ちきれなくて会いに来てくれた? もしそうだったら、すっごく嬉しい!」
眩しい笑顔が、自分だけに向けられている。嬉しいはずなのに、夢の出来事が頭から離れず、ザシャは笑顔を返すことができなかった。
気づけば沈んだ声でゲルデを呼び、夜に会えないかと頼み込んでいた。
「今夜、月が真上に昇る頃……外に出てきてくれるかい? 夜に、きみと会いたいんだ」
「今日の夜? いいよ! でも……どうしたの、ザシャ?」
心配そうにザシャを見上げ、ゲルデは甘い香りが漂う手をザシャへ伸ばした。小柄な体に見合う小さな手が、ザシャの頬を撫で、耳を撫で、くしゃくしゃの黒髪を優しく梳く。優しく撫でてくれる手に頬を押し当て、ザシャは「大丈夫だよ」とうなずいた。
「大丈夫だよ。大丈夫さ。ただ、今日の午後は会えない。ごめんよ、ゲルデ」
「謝らないで。夜を楽しみにしてるから」
家の中から、ゲルデとその兄を呼ぶ声が聞こえた。ゲルデは慌てて手を引っ込め、「行かなきゃ」と身を翻した。
「今夜、月が昇る頃にね」
振り返り、ゲルデは笑顔で約束を繰り返した。
「うん。月が昇る頃に」
ザシャもうなずき、明かりは持たずにね、と付け加えた。ゲルデは首を縦に振り、家の裏手にいる兄を呼ぶため軽やかな足取りで走っていった。
姿が見えなくなるまでゲルデの姿を見つめ、ザシャは踵を返して〈森〉に入った。〈赤ずきん〉の家が見えなくなるまで歩いた頃、ザシャの鼻は火薬のにおいを感じ取った。狼の耳がぴくっと揺れる。ザシャが振り向くのとほぼ同時に、鼻先へ銃口が突きつけられていた。
「ゲルデに近づくな」
木の葉を服や髪につけた〈狩人〉の十番目の息子が、怒りを孕んだ声でザシャにそう言った。引き金には指がかかっている。黒光りする銃口が目の前にあるのに、ザシャは不思議と落ち着いていた。ザシャの落ち着き払った態度に、〈狩人〉はさらに苛立った声を出した。
「お前は〈狼〉だ。結ばれるのはお前じゃなくて俺だ。そんな醜いなりでよく近づけるもんだな。ゲルデだって本心じゃお前のこと――」
「黙れよ」
ザシャの手の爪が、めきめきと音を立てて大きく、鋭く変化していく。髪が揺れ、黒い毛並みが肌を覆い、鼻面が前へ伸びてゆく。久方ぶりに半人半獣の姿になったザシャは、引き金が引かれる可能性にも構わず、腕を伸ばして〈狩人〉の手を握り込んだ。〈狩人〉の骨が軋み、嫌な音を立てる。そのまま砕けてしまえと、ザシャは力を込めて握りしめた。
痛みに呻く〈狩人〉に、ザシャは低い声で警告した。
「勘違いするなよ、〈狩人〉。僕ら〈狼〉がお前たちに殺されるのは、それが定められた〈演目〉だからだ。お前たちが強いんじゃない。〈演目〉から外れた日常なら……僕ら〈狼〉は、お前たちが縋る銃なんて恐れやしないんだ」
骨が砕ける音がした。痛みに叫び声を上げる〈狩人〉を、ザシャは軽々と放り投げた。宙を舞い地に落ち、体中あちこちの痛みに〈狩人〉は悶えた。地面に転がりながら、〈狩人〉は憎悪に満ちた目で半人半獣のザシャを睨みつける。
「それがお前の本性か。化け物めっ……」
芋虫のように転がる〈狩人〉を見下ろし、ザシャはこのままこいつの腹を蹴り破ってやろうかと考えた。そこで初めて、自分の残虐な行為と考えに気がついた。我に返ったザシャの体が、徐々に人の姿に戻っていく。
〈狩人〉はまだ痛みに体を丸め、呻いている。ザシャは〈狩人〉を助け起こすか悩んだ。そっと膝をついたが、〈狩人〉はザシャが自分を助け起こそうとしていることを察し、唾を吐きかけた。ザシャは叱られた子供のような顔で〈狩人〉を見ると、ぼそぼそ聞こえにくい声で「ごめん」と謝り、逃げるように家へ帰った。
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