幼なじみと同棲生活、始めました。

もちぃ

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第三話

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「…つまり、勉強に身が入らなくなったから家を出たと?」

「そういうことになるね」

「…それって本末転倒じゃない?自宅の方が集中できると思うんだけど」

「…もう、嫌なの。あそこだけは」

吐き捨てるように樹里ちゃんが言う。

どうしても難関大学の医学部に入りたい。その一心で勉強を続けるも、努力が実ることはなかった。浪人として3年目に突入し、呆れ切った親との仲違い。机にかじりつき必死に勉強していても親から小言を言われ、ストレスで疲弊。あんな親がいるところで勉強しているから受からないんだ。そう思い込み、荷物をまとめ家を飛び出し、友人の家を転々とし、紆余曲折あり俺の家にたどり着いた。

樹里ちゃんの話を要約するとこんな感じだ。確か樹里ちゃんのご両親はどちらも名のある大学を出ている超エリート。その一人娘である樹里ちゃんにかかる期待も大きいんだろう。

「まぁ、理由は分かったよ。親御さんは樹里ちゃんが家を出たこと知ってるの?」

「うん。パパ…お父さんは」

「パパて」

「うっさい燃やすぞ。…お父さんは荷物まとめるあたしをみて、『まぁ女なら1人でも生きることできるしな。』って…」

ふつふつと俺の中に怒りが湧き出でてくる。それが家を出ようとする娘に対して言う言葉なのか。彼女の努力は誰よりも親が知っているはずなのに。彼女を1番に応援するのは親であるはずなのに。

元々、彼女の父親にあまりいい思い出はない。国会議員をやってるらしいのだが、幼少時代彼女の家に遊びに行った時何度かすれ違った覚えがある。

何もかもを見下すような蔑んだ眼。自らの妻をまるで召使いのように扱う。娘は自身の評価のための道具としてしか見ていない。それでいて、外では良き父親を演じる。

まさに人間の闇というべきか。子供ながらに、明確にこの人は嫌いだ、と震え上がった記憶がある。

「陽斗?」

「…ん?あぁ、ごめんごめん」

怒りのあまり強く拳を握っていたことに気づく。なんでもないよとその手を樹里ちゃんの前でひらひらとふり、少し考える。

正直言うと俺の心境は樹里ちゃん寄りだ。彼女に同情してしまうが、居候を手放しに許可することとは話は別だ。しょうもない理由で親と喧嘩しただけだったら、怒りが収まるまで数日迎え入れ、なんとか説得して帰してあげられた。実際俺もそうだと思い、家に招いてるわけだが、事はかなり複雑。

聞くところによると、彼女が家を出てからすでに3ヶ月が経過しているという。その間、父親からの連絡はゼロ。3ヶ月の間、愛娘が家を離れているのに、だ。

彼女にはとても言えないが、親から捨てられた、とも感じ取れてしまう。そんな親のいるところへ樹里ちゃんを送り返したくはないと言うのが俺の本音。

「ふぅん…」

「ごめん…迷惑だったよね」

「あぁいや、そういうんじゃないよ」

思わず鼻から抜けた空気をため息と思われたのか、樹里ちゃんがしゅんとしてしまう。

親子喧嘩だけであったら、樹里ちゃんと親どちらかが折れるまで居候を受け入れていただろう。それこそ、何ヶ月だって。しかし樹里ちゃんの抱く夢がその選択をさせてくれない。
  
樹里ちゃんの目標は大学を合格すること。そのためには、居候先でも勉強をするということになる。

家を明け渡したとて、勉強するには俺の存在が邪魔になるし、だから俺が出ていくというのは本末転倒。俺にだって大学があるし、アパートの家賃も生活もある。

「…ちなみにだけど、他に行くあてはあるの?」

「あることはあるけど…あんまり行きたくない」

「家に帰るって選択は?」

「絶対にない。帰るなら死んだ方がマシ。」

とまぁ、他の選択肢は樹里ちゃんには無いらしい。なら居候させてあげよう!なんて単純に考えられたらいいんだけど、諸々の事情からそういうわけにはいかない。

アパートの管理会社への対応はどうする?

隣人に迷惑はかからないか?

生活スペースはどう分配する?

布団等、樹里ちゃん用の生活用品は?

2人分に増える食費等、消耗品への対処は?

よく家に遊びに来る友人にどう説明する?

親に言うべきか否か?

…あ、めんどくさ。

次々と浮かび上がる不安。馬鹿みたいに考え続けていてもしょうがない。

周りがどうかなんて関係ない。俺が、どうしたいかだ。俺は、どうしたい?  

その一点を念頭に、思考でパンパンになった頭から、めんどくさい事象を取り除く。

取り除いて、取り除いて、取り除いて–––

最後に残ったのは、樹里ちゃんを助けてあげたいという想いだけだった。

「…分かった」

「…え?」

「いいよ、うちにいてくれて。何日、何週、何ヶ月、樹里ちゃんが困っている限り、どれだけいてくれてもいい。ただ、条件が2つだけある」

「…うん」

少し怯えたように樹里ちゃんが視線を下げる。そんな彼女の反応に少し首を傾げつつ、ぴん、と指を一本立て、ひとつめ。

「まずひとつ。親から帰ってくるように連絡があったら、文句を言わずに帰ること。」

「…」

「樹里ちゃん家の問題まで俺が首を突っ込むわけにはいかないからね。向こうが話し合いの機会を設けてくれるのならそれが一番良い。勉強するにしても自宅でする方が効率的だと思うし。」

先ほど彼女を家に帰したくないと言ったが、樹里ちゃんにとって1番いい状況は、親と仲直りをし、実家で勉強をすること。それが、大学合格の最善手。

彼女の親側から歩み寄ってきてくれるならそれを拒む理由などない。逆もまた然り。樹里ちゃんが考えを改めるようなことがあれば、俺は喜んで彼女を送り出そう。

「うん、分かった」

「二つ目。」

指を2本立てる。

「ここより良い環境が見つかったら迷わずそっちに移ること。俺も俺の生活があるし、それが樹里ちゃんの目標の妨げになることが多々あると思う。俺のせいで四浪目突入なんて死んでも嫌だからね」

俺は彼女に勉強に適した環境を提供してあげなければならない。しかし俺の部屋に個室なんてものあるはずがないし、俺の生活音はダダ漏れ。お世辞にも勉強しやすい空間とは言えない。ここ以外に選択肢ができたのならそっちに行く方が彼女のためだ。

「…それだけ?」

「ひとまず思いついたのはその2つなんだけど…」

言い終わると樹里ちゃんは少し意外そうな表情をしていた。そんな顔されるとは思わなかったんだけど…割と真っ当な条件だったと思うし。そんな疑問は彼女の返答によって解消された。

「いや…今まで泊めてくれた男の人は大体Hなことお願いしてきたから…」

ぽっかりと心に大きな穴が空いた気がした。Hなこととは、そういうことだろう。

「…俺以外の男のとこにも行ってたのね」

しばらく会っていなかったとはいえ、彼女が1番に頼る男が俺ではないこと、彼女の身体が俺も知らない誰かに汚されていたことにショックは隠せない。なんというか、仲のいい双子の妹が知らない男の家で寝泊りしていたみたいな、そんな気持ち。

ラブホテル街で抵抗していた彼女を見るに、そのことに慣れていないのがまだ救いではある。

過ぎたことにとやかく言うつもりはない。今後そんなことは起きないように俺自身も気をつけよう。軽く頭を振り、努めて平静を装う。

「…陽斗は、あたしの身体にあまり興味がないの?」

「いや、そういうわけじゃ…」

「そうだよね…あたし胸も小さいし…」

自らの胸元に視線を落とす樹里ちゃん。かなりナイーブになっているご様子。

確かに樹里ちゃんは胸は控えめだが、程よく肉付きのいい太ももや実は魅力的なヒップ、引き締まった二の腕に興味がないわけでは…って、何考えてるんだ俺は。論点はそこじゃないだろう。

「いいかい樹里ちゃん。家を貸す代わりに身体を求めてくる男にロクな奴はいない。俺はそいつらとは違うだけだよ」

「でも…あたしにできることはそれくらいしかないし、居住スペースを譲ってくれてるんだからそれ相応のお返しはしなくちゃでしょ?」

男+居候=身体の慰めという方程式が、今までの経験から彼女にあるのだろう。で、あるなら、他ではなく、俺がその方程式を壊さなければ。横目で気まずそうに俺を見る樹里ちゃんに、新たな条件を提示する。

「分かった!んじゃあ、こうしよう。俺は樹里ちゃんを居候させてあげる。そのかわり樹里ちゃんは、樹里ちゃんの話を俺にしてくれ」

「私の…話?」

「そう。小、中学校までの樹里ちゃんはよく知っているけど、それ以降の樹里ちゃんはよく知らない。勉強の合間合間でいいから、樹里ちゃんの話が聞きたいな。楽しかったこと、嬉しかったこと、強く心に残ってること。なんでもいいからさ」

久々に彼女に会って、まず感じたのは懐古、次に感じたのは後悔だった。

俺は、今の樹里ちゃんを知らない。俺の中での樹里ちゃんは幼少期で止まったままだ。あの時の可愛らしい樹里ちゃんは知っているけど、今の端麗な樹里ちゃんは知らない。何を経て、今の樹里ちゃんが出来上がったのか。

俺の知らない樹里ちゃんがいるという事実。あの時、あの中高時代に余計な恥を捨てて彼女と接していれば、こんな感情になる事はなかったのに。

だからせめて、俺のしらない樹里ちゃんを教えてほしい。彼女が見返りを求めると言うのなら、俺と樹里ちゃんの空白の時間を埋め合わせて欲しい。

「…そんなことでいいの?」

「そんなことが良いんだよ。だらだらと2人、あんなことが~こんなことが~って思い出話をする。それって最高に幼なじみっぽくない?」

「…ふふっ、そうかも」

樹里ちゃんが久しぶりに笑ってくれた。くしゃっと破顔させ、あの頃のあどけなさを残したまま。やっぱり樹里ちゃんは笑ってる表情が1番、魅力的だ。

2人でふふふと笑いあっていると、突然樹里ちゃんの顔が近づいてくる。近づいて、近づいて…

「○◇#☆$\!?」

「…どこの言語なの、それ」

「…ゲ、ゲルマン語」

「流石にゲルマン語は習得してないから分からないかな」

座ったまま俺の背中に手を回し抱きついてくる。樹里ちゃんのサラサラな髪が俺の頬を撫で、女の子特有の良い匂いが鼻腔をくすぐる。すぐそばに樹里ちゃんの顔がある。

温かい彼女の身体に包まれ、女の子の象徴の2つの柔らかさが胸元に押しつけられ、俺はバタバタと手足を振って暴れる。

「ちょっと、暴れないでよ、もう」

そんな俺を可愛がるかのように腕に力を入れる樹里ちゃん。さらに彼女の体温が感じられ、耐性のない俺は完全にノックアウト。抵抗を止めだらりと腕を下げる。

「…ありがと、陽斗。不束者ですが、今日からよろしくお願いします」

形のいい唇を俺の耳元に添え、そう囁く樹里ちゃん。あまりにも積極的な彼女の行動に俺の頭はショートし、数秒たってようやく、

「…ふぁい。こちらこそです」

と声を絞り出すのだった。俺の答えを聞き満足したのか背に回していた腕をほどいてしまう樹里ちゃん。もう少し抱きついていて欲しかったような、恥ずかしいからやめてくれて良かったような、不思議な気持ちになってしまう。

「…ふふ、陽斗、顔真っ赤だよ」

「ああああ見るなぁ!」

「顔隠しても耳まで真っ赤だから丸わかり」

「~~~!?」

バフン、とクッションに顔を埋め、火照ってしまった顔をなんとか落ち着かせる。こうなったら仕返ししてやる。なんとかして彼女が恥ずかしいと感じるようなことを…と考えていると、一つの疑問が頭に過ぎる。

「…もしかして樹里ちゃん。泊めてくれた男全員にあの…は、ハグとかしてるの?」

「まさか。陽斗だけだよ」

「それってどういう…」

「どういう意味だと思う?」

クッションから顔をあげる。少し頬を染めながらいたずらっ子のように笑う樹里ちゃんがそこにはいた。

こうして、俺と樹里ちゃんの同棲生活が幕を開けたのである。
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