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第二十二話
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家にたどり着く。エントランスのインターフォンを鳴らすと無言でドアが開いた。階段を進む足取りが重い。友人に隠し事がバレるとこんな気分になるんだと知った。
玄関の前に立つ。一息置いて、ドアを開いた。
「ただいまぁぁぁぁ!?」
「フシュルルルルガルゥッ!!」
途端、歯を剥き出しにしたアキが四足歩行で突っ込んできた。獲物を喰らう狼のように飛びかかってくる。
「あっ!アキくん!めっ!お座り!」
「…グルルゥ」
部屋の奥から焦ったような樹里ちゃんの声が聞こえ、命令通りにアキが口の端から涎を垂らしながらその場に犬のように座り込む。
…電話口から聞こえた野獣の声はアキのものだったのか。おかしいな、俺の記憶ではアキは人間だったはずなんだけど。
大方、可愛い子と一緒に暮らしやがってという妬みから飛びかかってきたのだろう。
「あ、陽斗おかえり。よぉしよし、アキくん。ほら、イチゴだよ?」
「ガッファ!」
樹里ちゃんが手にしたイチゴに飛びつくアキ。樹里ちゃんがアキの頭を撫でると、アキは心の外から幸せそうな声を洩らしている。
羨ましい。俺はいい子いい子なんてされたことないのに。
「友人がケモノ化して幼なじみに飼い慣らされてる件について」
「コアなファンに人気の出そうなラノベタイトルだね、それは」
「ケンもいるよな、そりゃ」
「やぁハル。さっきぶりだね。中に入ったら?」
「まるで家主みたいな物言いだな」
苦笑しながら中に入ると、ケンは今まで見たことないほど真面目な表情でこちらを見ている。ケンのこの表情は一年前の彼による、『なぜ僕には彼女ができないのか』というプレゼンをしていた時以来だ。
アキはともかく、ケンに殺意は無いみたいだし、俺はもしものために右手に隠しておいたガラス瓶を下駄箱の上に置いた。
それをみたケンも左手に隠し持っていたライターを机の上に置く。俺が飛びかかったら応戦するつもりだったのか分からないが、武器にしては心許なすぎなやしないだろうか。
「んで、ハル。説明してくれるかな?なぜ樹里さんが君の部屋にいたのか」
「まぁそうなるわな…樹里ちゃんからはどこまで聞いたの?」
「とりあえず、君と彼女が幼なじみってことと、大学入試に向けて勉強してるってところまで」
ケンの正面にどっかりと座り、彼と向き合う。視界の端では樹里ちゃんとアキがボール遊びをしていた。本格的に友人のペット化が進んでいるようで彼の将来が心配である。
「どこから話した方がいいのか…えっと、すっごい簡潔に言うと、家出してきた樹里ちゃんが俺の家を訪ねてきて、勉強しながら一緒に暮らしてるって感じかな」
「…はしょりすぎでよく分かんないけど、樹里さんはハルの家に居候していて、ハルもそれを認めてるって認識でいいのね?」
「それは間違いない」
断言するとケンは手で顔を覆い大きく息を吐いた。ちらりと樹里ちゃんを一瞥するとすっと立ち上がる。
「ちょっと外行かない?話がしたいんだ」
「それは構わないけど…」
話が聞こえていたようで、樹里ちゃんが心配そうにこちらを見上げている。大丈夫だよというように大きく頷き、ケンの後ろに続いていった。
*
夜空には満月が浮かんでいる。俺たちは近所の公園へと向かっていた。ケンが公園のベンチに座ると、その隣にアキが座る。
「ていうかアキいたんだ」
「何言ってんだ。オレたちは仲良し3人組だろ?」
「あ、人間に戻ってる」
「馬鹿野郎オレは元から人間だ。さっきはハルの家に見知らぬ超絶美人がいるという衝撃に犬になっちまっただけだ。そういうのよくあるだろ?」
よくあって欲しくない。驚くと犬になるのは稀有な才能だと思うが。
隣に座るアキを見てケンが困ったように笑った。
「ごめん、アキはちょっと外しててくれないかな。ほら、あそこの砂場とか楽しそうだよ」
「この歳で砂場に魅力は感じねぇよ!」
「アキ。俺からも頼む」
埒があかない気がしたので俺も彼にそうお願いする。アキはその場で地団駄を踏むとダッシュで砂場に向かっていった。
「こうなったら砂でサグラダ・ファミリアを作ってやるからな!」
「ストイックだなぁ」
「そんで見に来たガキどもから見物料を徴収してやる!」
「動機が不純だなぁ」
「さて、邪魔者が消えたところだし本題に入ろうかな」
邪魔者て…本人が聞いたら泣くぞ。
ケンは膝を膝につき、指を口の前で絡ませる。何か言葉を選んでいるようだった。
「単刀直入に言うけどさ、無理矢理でも樹里さんを家に帰してあげたほうがいいよ」
「…やっぱその話だよな」
場所を変えるということは樹里ちゃんに聞かれたくないということ。樹里ちゃん関連の話であることは予想できていた。
「ただの同棲ってだけなら僕も何も言うつもりなかったけどさ。彼女には大学合格って夢があるんだろう?ってなるとやっぱり親のサポートは必要だと思うんだ」
親のサポート。
例えば、精神面。迫る受験に対するプレッシャーを取り除くため躍進してくれる親。梨本家がどうであったかは分からないが、受験を応援するという意味では親の精神的なサポートは必須だろう。
例えば、経済面。大学の受験費は馬鹿にならない。無論、模試を受ける場合はさらにお金がかかるし、経済力のない樹里ちゃんが全て請け負うのは厳しいだろう。
例えば、健康面。そもそも浪人生が一人暮らしのような生活をしていること自体が異常なのだ。食事を作るのも部屋の掃除も全て俺と樹里ちゃんがやらなければならない。家事全般を俺が引き受けてあげられたら良いんだけど、優しい樹里ちゃんがそれを良しとしない。
「そもそもさ、ハル。君は経済的に自立していない大学生なんだよ。そんな君が、これからインターンやら就活やらで忙しくなってくる君が、言い方は悪いかもしれないけどお金のかかる子を養って行くのはかなり無理があると思うんだ」
何ヶ月いてくれてもいい。樹里ちゃんにはそう言ったが、実際問題今のままでは経済的に厳しい。常々思っていたことだが、第三者からの意見でさらに現実味が増してしまった。
「樹里さんの親に連絡は取ったの?」
「一応。しばらく預かってくれって頼まれたけど」
「なるほど。樹里さんが家を出たくなる理由がよく分かったよ」
皮肉るようにケンが吐き捨てた。やはりケンから見ても樹里ちゃんの母親の発言は異常なのだろう。
「とにかく、最終的に彼女の親に頼らざるをえない状況になるんだからさ。帰るのが早ければ早い方がいい。彼女の目標のためにもね」
「概ね俺も同じ意見だよ。けど…」
「けど?」
そんなことわかってる。きっとそれが最善なのは分かってる。けど…
「樹里ちゃんがそれを望んでない。樹里ちゃんはまだ帰りたくないって言ってる。だからなんというか…まだ、いいかな」
1番優先すべきなのは樹里ちゃんの心境だ。仮に彼女を家に返したとしても、今の状態では状況は樹里ちゃんが俺の家に訪れる前に戻るだけ。じっくりと彼女自身、そして彼女の両親を説得してからでないと同じことの繰り返しになってしまう。
樹里ちゃんも本当は家に帰りたがってる。それはあの夜の、寝ぼけ半分の樹里ちゃんの寂しいという言葉から明らかだ。けれど彼女の怒りが、プライドが、その気持ちを邪魔している。
今俺がすべきなのは、樹里ちゃんが本当の意味で落ち着きを取り戻すのを待つこと。そのためにも、今動くのは得策ではない。
そんな思いを詰め込んで放った俺の言葉を、っはは、とケンが乾いた笑い声で返す。クツクツクツと口元に手を当てひとしきり笑うと、大きく空を見上げた。
「…はぁ、本当にお人好しだよ、君は」
「えぇと、褒められてるってことでいいんだよな?」
「いいや、呆れてる」
「なんだとこの野郎!!」
さらにアキが大きな声を上げて笑う。全く、何がそんなに面白いんだ。
「…君がそういうなら僕から言う事は何もないかな。…ただ、君の抱える片付けるべき問題は山積みだ。後回しにして後回しにして取り返しのつかない状況にならないようにね」
「…わかってらぁ」
片付けるべき問題。彼女の親のことや、資金面。…そしてその先の事。無事に合格できたとしても、樹里ちゃんは大学に通うことができるのか。…いつかは、また彼女の親と向き合わなければならないな。
「…ねぇ、少し気になったんだけどさ、君と樹里さんは恋人同士なのかい?」
再度気を引き締め直したところで、突然ケンがそんなことを聞いてくる。俺と樹里ちゃんが恋人同士?
「なんで?」
「冷静に考えてみたんだけどさ、異性と一緒に暮らすなんて恋人同士でないとしなくない?それも彼女を養ってるわけだろ?いくら幼なじみといえど献身的すぎると思ってさ」
ふむ、確かにそうかもしれない。けれど俺が樹里ちゃんに尽くすのは彼女への恩を感じているからだ。一緒に暮らしてはいるが一線は越えていないし、恋人同士というのは無理があるだろう。
「まさか。ただの幼なじみだよ」
それを聞くとケンは大きくため息をつく。まるで見当違いだったと言いたげな表情だった。
「なんだよ…ハルは依然として麗奈さんを狙う恋敵ってわけか」
「は?」
「さぁて、聞きたいことも聞けたし帰ろうかな」
しばらくフリーズし、徐々に状況を理解する。…まさかこいつ!?
「俺に彼女がいるかどうか聞くためだけにわざわざこんな遠回しに話をしてきたのか!?」
「まぁね。認めたくないけど、今現在の麗奈さん争奪戦で最大のライバルはハルといって差し支えない。けれどハルに付き合ってる女性がいれば君が麗奈さんを狙うわけがないだろ?もしかしたらと思ったけど、結局現状は変わらないままか」
「俺ちょっと感動したのに!こいつ俺のこと心配してくれてると思ったのに!」
「あ、でも僕の言葉に嘘はないよ。いつかはケリをつけなきゃだからね」
動機はどうあれ、俺の考えはケンと同じだ。いつか必ず、樹里ちゃんと親の話し合いの場を作る。そして彼女を家に帰してあげ、最も良い環境で大学を目指してもらう。とにかく、これを第一に。彼女自身のためにも、彼女の目標のために。それをしっかりと再認識できた。
「…ところでケン。相談があるんだけど」
「金なら貸さないよ」
「樹里ちゃんが来たからちょっとお金が心許なくてって拒否んの早いなぁ!?」
「それはハルと樹里さんの問題でしょ。樹里さんにバイトでもして貰えば?」
樹里ちゃんにバイトをしてもらう、か…それも少しは考えたけど、彼女受験生なんだよなぁ。
夏終わりくらいまで協力してもらえたらしないだろうか。帰ったらお願いしてみようかな。
アキはぐっと伸びをしながら立ち上がると、なぜか楽しそうに滑り台を滑り、砂場に向かって行く。
「さて、帰るよアキ」
「ま、待てケン!今ようやくサグラダ・ファミリアの土台ができたところなんだ。ようやく彫刻家、もとい砂場家の道の第一歩おぉぉぉぉぉぉ!?なぁに満面の笑みで土台蹴り飛ばしてんだ!?ふざけんなバカケン!」
「ごめんごめん。帰りにジュース買ったがるから許して」
「許す!」
チョロいなぁ、あいつ。
玄関の前に立つ。一息置いて、ドアを開いた。
「ただいまぁぁぁぁ!?」
「フシュルルルルガルゥッ!!」
途端、歯を剥き出しにしたアキが四足歩行で突っ込んできた。獲物を喰らう狼のように飛びかかってくる。
「あっ!アキくん!めっ!お座り!」
「…グルルゥ」
部屋の奥から焦ったような樹里ちゃんの声が聞こえ、命令通りにアキが口の端から涎を垂らしながらその場に犬のように座り込む。
…電話口から聞こえた野獣の声はアキのものだったのか。おかしいな、俺の記憶ではアキは人間だったはずなんだけど。
大方、可愛い子と一緒に暮らしやがってという妬みから飛びかかってきたのだろう。
「あ、陽斗おかえり。よぉしよし、アキくん。ほら、イチゴだよ?」
「ガッファ!」
樹里ちゃんが手にしたイチゴに飛びつくアキ。樹里ちゃんがアキの頭を撫でると、アキは心の外から幸せそうな声を洩らしている。
羨ましい。俺はいい子いい子なんてされたことないのに。
「友人がケモノ化して幼なじみに飼い慣らされてる件について」
「コアなファンに人気の出そうなラノベタイトルだね、それは」
「ケンもいるよな、そりゃ」
「やぁハル。さっきぶりだね。中に入ったら?」
「まるで家主みたいな物言いだな」
苦笑しながら中に入ると、ケンは今まで見たことないほど真面目な表情でこちらを見ている。ケンのこの表情は一年前の彼による、『なぜ僕には彼女ができないのか』というプレゼンをしていた時以来だ。
アキはともかく、ケンに殺意は無いみたいだし、俺はもしものために右手に隠しておいたガラス瓶を下駄箱の上に置いた。
それをみたケンも左手に隠し持っていたライターを机の上に置く。俺が飛びかかったら応戦するつもりだったのか分からないが、武器にしては心許なすぎなやしないだろうか。
「んで、ハル。説明してくれるかな?なぜ樹里さんが君の部屋にいたのか」
「まぁそうなるわな…樹里ちゃんからはどこまで聞いたの?」
「とりあえず、君と彼女が幼なじみってことと、大学入試に向けて勉強してるってところまで」
ケンの正面にどっかりと座り、彼と向き合う。視界の端では樹里ちゃんとアキがボール遊びをしていた。本格的に友人のペット化が進んでいるようで彼の将来が心配である。
「どこから話した方がいいのか…えっと、すっごい簡潔に言うと、家出してきた樹里ちゃんが俺の家を訪ねてきて、勉強しながら一緒に暮らしてるって感じかな」
「…はしょりすぎでよく分かんないけど、樹里さんはハルの家に居候していて、ハルもそれを認めてるって認識でいいのね?」
「それは間違いない」
断言するとケンは手で顔を覆い大きく息を吐いた。ちらりと樹里ちゃんを一瞥するとすっと立ち上がる。
「ちょっと外行かない?話がしたいんだ」
「それは構わないけど…」
話が聞こえていたようで、樹里ちゃんが心配そうにこちらを見上げている。大丈夫だよというように大きく頷き、ケンの後ろに続いていった。
*
夜空には満月が浮かんでいる。俺たちは近所の公園へと向かっていた。ケンが公園のベンチに座ると、その隣にアキが座る。
「ていうかアキいたんだ」
「何言ってんだ。オレたちは仲良し3人組だろ?」
「あ、人間に戻ってる」
「馬鹿野郎オレは元から人間だ。さっきはハルの家に見知らぬ超絶美人がいるという衝撃に犬になっちまっただけだ。そういうのよくあるだろ?」
よくあって欲しくない。驚くと犬になるのは稀有な才能だと思うが。
隣に座るアキを見てケンが困ったように笑った。
「ごめん、アキはちょっと外しててくれないかな。ほら、あそこの砂場とか楽しそうだよ」
「この歳で砂場に魅力は感じねぇよ!」
「アキ。俺からも頼む」
埒があかない気がしたので俺も彼にそうお願いする。アキはその場で地団駄を踏むとダッシュで砂場に向かっていった。
「こうなったら砂でサグラダ・ファミリアを作ってやるからな!」
「ストイックだなぁ」
「そんで見に来たガキどもから見物料を徴収してやる!」
「動機が不純だなぁ」
「さて、邪魔者が消えたところだし本題に入ろうかな」
邪魔者て…本人が聞いたら泣くぞ。
ケンは膝を膝につき、指を口の前で絡ませる。何か言葉を選んでいるようだった。
「単刀直入に言うけどさ、無理矢理でも樹里さんを家に帰してあげたほうがいいよ」
「…やっぱその話だよな」
場所を変えるということは樹里ちゃんに聞かれたくないということ。樹里ちゃん関連の話であることは予想できていた。
「ただの同棲ってだけなら僕も何も言うつもりなかったけどさ。彼女には大学合格って夢があるんだろう?ってなるとやっぱり親のサポートは必要だと思うんだ」
親のサポート。
例えば、精神面。迫る受験に対するプレッシャーを取り除くため躍進してくれる親。梨本家がどうであったかは分からないが、受験を応援するという意味では親の精神的なサポートは必須だろう。
例えば、経済面。大学の受験費は馬鹿にならない。無論、模試を受ける場合はさらにお金がかかるし、経済力のない樹里ちゃんが全て請け負うのは厳しいだろう。
例えば、健康面。そもそも浪人生が一人暮らしのような生活をしていること自体が異常なのだ。食事を作るのも部屋の掃除も全て俺と樹里ちゃんがやらなければならない。家事全般を俺が引き受けてあげられたら良いんだけど、優しい樹里ちゃんがそれを良しとしない。
「そもそもさ、ハル。君は経済的に自立していない大学生なんだよ。そんな君が、これからインターンやら就活やらで忙しくなってくる君が、言い方は悪いかもしれないけどお金のかかる子を養って行くのはかなり無理があると思うんだ」
何ヶ月いてくれてもいい。樹里ちゃんにはそう言ったが、実際問題今のままでは経済的に厳しい。常々思っていたことだが、第三者からの意見でさらに現実味が増してしまった。
「樹里さんの親に連絡は取ったの?」
「一応。しばらく預かってくれって頼まれたけど」
「なるほど。樹里さんが家を出たくなる理由がよく分かったよ」
皮肉るようにケンが吐き捨てた。やはりケンから見ても樹里ちゃんの母親の発言は異常なのだろう。
「とにかく、最終的に彼女の親に頼らざるをえない状況になるんだからさ。帰るのが早ければ早い方がいい。彼女の目標のためにもね」
「概ね俺も同じ意見だよ。けど…」
「けど?」
そんなことわかってる。きっとそれが最善なのは分かってる。けど…
「樹里ちゃんがそれを望んでない。樹里ちゃんはまだ帰りたくないって言ってる。だからなんというか…まだ、いいかな」
1番優先すべきなのは樹里ちゃんの心境だ。仮に彼女を家に返したとしても、今の状態では状況は樹里ちゃんが俺の家に訪れる前に戻るだけ。じっくりと彼女自身、そして彼女の両親を説得してからでないと同じことの繰り返しになってしまう。
樹里ちゃんも本当は家に帰りたがってる。それはあの夜の、寝ぼけ半分の樹里ちゃんの寂しいという言葉から明らかだ。けれど彼女の怒りが、プライドが、その気持ちを邪魔している。
今俺がすべきなのは、樹里ちゃんが本当の意味で落ち着きを取り戻すのを待つこと。そのためにも、今動くのは得策ではない。
そんな思いを詰め込んで放った俺の言葉を、っはは、とケンが乾いた笑い声で返す。クツクツクツと口元に手を当てひとしきり笑うと、大きく空を見上げた。
「…はぁ、本当にお人好しだよ、君は」
「えぇと、褒められてるってことでいいんだよな?」
「いいや、呆れてる」
「なんだとこの野郎!!」
さらにアキが大きな声を上げて笑う。全く、何がそんなに面白いんだ。
「…君がそういうなら僕から言う事は何もないかな。…ただ、君の抱える片付けるべき問題は山積みだ。後回しにして後回しにして取り返しのつかない状況にならないようにね」
「…わかってらぁ」
片付けるべき問題。彼女の親のことや、資金面。…そしてその先の事。無事に合格できたとしても、樹里ちゃんは大学に通うことができるのか。…いつかは、また彼女の親と向き合わなければならないな。
「…ねぇ、少し気になったんだけどさ、君と樹里さんは恋人同士なのかい?」
再度気を引き締め直したところで、突然ケンがそんなことを聞いてくる。俺と樹里ちゃんが恋人同士?
「なんで?」
「冷静に考えてみたんだけどさ、異性と一緒に暮らすなんて恋人同士でないとしなくない?それも彼女を養ってるわけだろ?いくら幼なじみといえど献身的すぎると思ってさ」
ふむ、確かにそうかもしれない。けれど俺が樹里ちゃんに尽くすのは彼女への恩を感じているからだ。一緒に暮らしてはいるが一線は越えていないし、恋人同士というのは無理があるだろう。
「まさか。ただの幼なじみだよ」
それを聞くとケンは大きくため息をつく。まるで見当違いだったと言いたげな表情だった。
「なんだよ…ハルは依然として麗奈さんを狙う恋敵ってわけか」
「は?」
「さぁて、聞きたいことも聞けたし帰ろうかな」
しばらくフリーズし、徐々に状況を理解する。…まさかこいつ!?
「俺に彼女がいるかどうか聞くためだけにわざわざこんな遠回しに話をしてきたのか!?」
「まぁね。認めたくないけど、今現在の麗奈さん争奪戦で最大のライバルはハルといって差し支えない。けれどハルに付き合ってる女性がいれば君が麗奈さんを狙うわけがないだろ?もしかしたらと思ったけど、結局現状は変わらないままか」
「俺ちょっと感動したのに!こいつ俺のこと心配してくれてると思ったのに!」
「あ、でも僕の言葉に嘘はないよ。いつかはケリをつけなきゃだからね」
動機はどうあれ、俺の考えはケンと同じだ。いつか必ず、樹里ちゃんと親の話し合いの場を作る。そして彼女を家に帰してあげ、最も良い環境で大学を目指してもらう。とにかく、これを第一に。彼女自身のためにも、彼女の目標のために。それをしっかりと再認識できた。
「…ところでケン。相談があるんだけど」
「金なら貸さないよ」
「樹里ちゃんが来たからちょっとお金が心許なくてって拒否んの早いなぁ!?」
「それはハルと樹里さんの問題でしょ。樹里さんにバイトでもして貰えば?」
樹里ちゃんにバイトをしてもらう、か…それも少しは考えたけど、彼女受験生なんだよなぁ。
夏終わりくらいまで協力してもらえたらしないだろうか。帰ったらお願いしてみようかな。
アキはぐっと伸びをしながら立ち上がると、なぜか楽しそうに滑り台を滑り、砂場に向かって行く。
「さて、帰るよアキ」
「ま、待てケン!今ようやくサグラダ・ファミリアの土台ができたところなんだ。ようやく彫刻家、もとい砂場家の道の第一歩おぉぉぉぉぉぉ!?なぁに満面の笑みで土台蹴り飛ばしてんだ!?ふざけんなバカケン!」
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「許す!」
チョロいなぁ、あいつ。
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