幼なじみと同棲生活、始めました。

もちぃ

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第二十三話

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家に帰ると樹里ちゃんは珍しくスマホを見てニヤニヤと笑っていた。

勉強を放り出してスマホに夢中になっているのは珍しい。あまりにも楽しそうにしているから少し気になって覗き込んでみる。スマホに映し出されていたのは…

全裸でギター片手に笑顔を見せる俺だった。

「…樹里ちゃん、これは?」

「あ、おかえり陽斗。これさっきケンくんが送ってくれたんだ。ハルへの罰だ、って言ってたけど」

そっか。色々あって忘れていたけど、そもそも2人は俺に何かしらの罰を与えるで家に忍び込んでいたんだった。

…麗奈さんと連絡先を交換した恨み、どうやら樹里ちゃんに俺の恥ずかしい写真を見せるって形で晴らそうとしているようだ。

まさか何も無いとは思わなかったけど、こういう形で攻めてくるとは。彼らの発想力には脱帽である。けれども…

「…なんだ、この程度なら良かったかな」

「陽斗。異性に全裸を見られて『この程度』で済ますのはなんか違うと思うんだ」

ケンの誤算は、俺が樹里ちゃんに全裸を見られる事に対して特に恥を感じなくなってしまったことだろう。これが仮にゼミ仲間のグループに送られていたら俺は明日からお天道様の下を歩けなくなってしまうが、相手は樹里ちゃん。すでにあんなところやこんなところを見られてるわけだし、残念ながらこれでは仕返しにはならない。

それにしても、この写真いつに取ったんだろう?格好から察するに俺は相当酔っているようだが記憶にない。写真の背景からケンの家だということは分かったが、宅飲みでもしてたのだろうか。

「勘違いしてるみたいだけど、これ写真じゃなくて動画なんだよ。再生するね」

言うが早いか、再生ボタンをタップする樹里ちゃん。途端にじゃかじゃかとメロディーもクソもないギターの音が聞こえてくる。不協和音そのものだが、俺が弾いてるのかな?

『wowwow♪』

あ、俺の声だ。どうやら即興で自作曲を歌っているようだ。これは少し恥ずかしいかもしれない。全く、酔った勢いとはいえ–––

『君のハートにロックオン~♪君の瞳に釘付け~』

「樹里ちゃん。今すぐその不愉快な音楽を止めるんだ」

天に向かい吠えるように叫ぶ俺。歌ってる事はまだいい。問題はその歌だ。

なんだこの恥ずかしすぎる歌詞は!?対してうまくもないのに熱唱しないでくれ!そしてなぜよりにもよってラブソングなんだ!こんなの聞きたくないし聞かれたくない!!歌詞もひどいし結局ハートか瞳、どっちに釘付けになってるんだ!!

「あ、待ってよ陽斗。ここからが凄いんだから」

スマホに伸ばした俺の手は宙を掴む。ニヤニヤと笑う樹里ちゃんはさらに音量を上げた。

『君の瞳に釣り上げられた僕はlike a fish!俺は君のためにmake a ring!uh-huh!」

「やめろぉ!若干韻を踏むなぁ!」

『oh yeah!君の瞳に……惨敗!』

「負けるな!乾杯しろ馬鹿!んで瞳好きすぎないか俺!?」

俺がドヤ顔で高々と右腕を上げたところで動画が終わる。これは…だいぶ俺のメンタルに来る…

「いやぁ良い曲だよね。CD出したら?」

「身内しか買わない未来しか見えないからやめとくよ」

自作の上に恋愛ソングの上に酷すぎる歌詞。身近にいる樹里ちゃんにだけは聞かれたくなかった。この先数ヶ月はこれでイジられるに違いない。…やってくれたな、あいつら。

「ちなみに2番もあるみたいだけど…聞く?」

「聞かないよ!」

「あたしは2番の方が好きなんだけど」

「聞いてないよ!」

本当に心の底から楽しそうにひーひーと笑う樹里ちゃん。お酒はほどほどに。お兄さんとの約束だぞ?

って、そんな話をしたいわけじゃないんだ。

「こほん、ところで樹里ちゃん」

「あ、真面目な話?ちょっと切り替えるね」

パンパンと頬を叩き気持ちを切り替えている様子の樹里ちゃん。相変わらず良い子だなぁ。

「実は大分お金の方が厳しくて…樹里ちゃんにもバイトをしていただきたくてですね」

「…バイト?」

「うん。夏終わりくらいまででいいからさ、少しでも足しにさせて貰えたらなって。忙しそうだったら全然いいんだけど…」

「いいよ」

ケロッとした表情の樹里ちゃん。ここまで即答してもらえるとは思わず少し拍子抜けしてしまう。

「一度はバイトやってみたかったしね。どこでバイトしよっかな~」

早速バイト系のアプリをダウンロードし、どれどれと内容を吟味する樹里ちゃん。樹里ちゃんならなんでもできそうだ。

例えば、家庭教師。樹里ちゃんの頭脳なら申し分ない職業。黒のスーツをぴっちりと決め、クイッと人差し指で眼鏡を押し上げる樹里ちゃん…うわぁ、超見たい。

例えば、スーパーの店員さん。いらっしゃいませーなんて言いながら笑顔でレジ作業をこなす樹里ちゃん…彼女目的で毎日そのスーパーに通ってしまいそうだ。

いや、カフェの店員なんかも良いかもしれない。早朝、樹里ちゃんお手製のコーヒーを手に大学に向かう。飲み干してコーヒーのプラスチックコップを見てみると、黒のペンで『今日も一日頑張ってください』なんて書かれてて、樹里ちゃん目当てにカフェには長蛇の列が…

「…と?陽斗?」

「そして世界一可愛すぎる店員さんとして一躍時の人となり、テレビやメディアに引っ張りだこに。忙しくなった樹里ちゃんは家にいる時間は減り…ダメだダメだ!樹里ちゃん!カフェの店員さんだけは絶対にダメだよ!」

「…いや、そのつもりはないけど。さっきから呼んでも全然反応しないし、どうしたの?」

いけない、長い間考え事をしてたみたいだ。うん、俺がとやかく言うような事じゃないな。彼女がしたいと思う事をやってもらおう。

「ごめんごめん、ちょっと考え事をね。で、なんだった?」

「いや、陽斗が働いてる居酒屋ってバイト募集してたりしないかなぁって」

「募集、かぁ…」

少し前に新人を雇ったって言ってたし、もう募集はしていない気がする。…いや、樹里ちゃんの容姿と店長の性格なら、あるいは…

そのためには少し準備が必要なのだが。

「どうせなら陽斗と同じところがいいなぁって。ほら、知ってる人がいると安心するじゃない?」

「う~ん…」

「あ、ダメそう?ならいいんだけどさ」

「いや、多分大丈夫。店長に聞いてみるよ」

そんなに悲しそうな表情をされちゃうと首を横に振ることなんてできやしない。ぱぁっと明るくなる樹里ちゃんを見て、頑張って店長を説き伏せるかと決心をする。そのためには…

「けどそのバイト先ちょっと写真が必要でさ。履歴書的な?だから何枚か撮らせて欲しいんだけど、樹里ちゃんがよく使う寝巻きに使う犬耳のパーカーってある?」

「あるけど…」

「んじゃ、ちょっと着てもらえる?」

少し不審がりつつ、指示通りパーカーを着てくれる樹里ちゃん。動くたびにぴょこぴょこと耳が動いて可愛らしい。

これだけで何とかなりそうだが、折角だしもう少し工夫させていただこう。

「んじゃ、そこに座ってパーカーの裾持ってくれる?あ、萌え袖にしてもろて…そうそう…んで、上目遣いください。う~ん、やっぱり右手は口元にしようか。左手はパーカーの裾のままで…あーいいね!若干首を傾げて…ちょっと頬膨らませて恥ずかしそうに…ナイスゥ!撮るよ~はい、チーズ!」

カシャ、というスマホのシャッターを切る音がする。これは…加工なしで女性誌の一面を飾れそうだ。この写真でお金取れそう。額縁に入れて飾りたい。凄いや褒め言葉しか出てこない。

相変わらず樹里ちゃんは頭の上にハテナマークが浮かんでいたが、そのまま何枚か写真を撮らしていただく。うん、どれもいい。

満足げに写真を見ていると、樹里ちゃんが露骨にソワソワとしだした。キョロキョロと周りを見渡し、俺と目が合うとぴゅーぴゅーと下手くそな口笛を吹く。

「どしたの樹里ちゃん。トイレ?」

「え!?い、いやいや全然?あたしの尿道タンクは今ゼロだよ?」

「女の子が尿道タンクて…」

なおも手をモジモジさせる樹里ちゃん。一体どうしたんだろう。何か俺に伝えたいんだけど言えない。そんな感じがする。

「…陽斗、写真撮られたから緊張してちょっと喉乾いたかも」

「あ、お茶でいい?」

樹里ちゃんなら人に頼らず自分でお茶を注ぎそうだけど…樹里ちゃんらしくないな。

発言を少し疑問に思いつつ、冷蔵庫を開けたところで、その意図に気づく。

冷蔵庫の中央にはには不恰好なケーキが置かれていた。ムラのある生クリームの上には小さなイチゴが一つのっている。

言っちゃ悪いが、お店のクオリティではない。手作りだろう。日常的にケーキを食べる文化は俺と樹里ちゃんにはない。けれど、今日は何か特別な日というわけでも––––あ、そっか。

なぜケーキが?

それは俺が今日誕生日だからだ。

誰がこのケーキを?

そんなの、1人しかいない。

「ハッピーバースデー、陽斗!」

パァン!とクラッカーがなり、中身の一部が俺の頭に乗る。振り返ると樹里ちゃんが弾けたような笑顔を見せていた。

「…覚えててくれたんだ、誕生日」

「当然でしょ?当初の予定とはだいぶ違うけど、ちゃんと祝うことができてよかった」

「当初の予定?」

「ううん、こっちの話。まさか1日で2回もケーキを作ることになるとは思わなかったけど、多分これの方が出来がいいから。ちょっと2人に手伝ってもらったりしたからね」

「2人って…」

「ケンくんとアキくん。おめでとうって伝えといてくれって言ってた」

パチンとウィンクをする樹里ちゃん。樹里ちゃん(とおまけ2人)に誕生日を祝ってもらえるのがこんなに嬉しいなんて。

「食べてもいいかな?」

「うん。あ、フォーク用意するね」

樹里ちゃんから手渡されたフォークを受け取り、一口大に切り分ける。フォークはスルッと入った。スポンジ作りは難しいと聞くが、料理が得意ではない樹里ちゃんがここまで完璧に作れるとは思えない。きっと何度も練習したんだろう。

俺のために。俺だけのために。

たまらなく嬉しかった。ケーキを口に運び、咀嚼する。

「ハッピーバースデートゥーユー♪ハッピーバースデートゥーユー♪」

背後では樹里ちゃんが手を叩きながらバースデーソングを歌ってくれる。なんだか涙が出そうだった。

「うん、美味しいよ、樹里ちゃん」

パンパンと手を叩いていた樹里ちゃんの手が止まる。笑顔が一変、額に皺が集まり一瞬にしてジト目に。

「嘘」

本当に、涙が出そうだった。ケーキが塩辛くて、涙が出そうだった。デザートとは思えない塩っけだった。

きっと樹里ちゃん、砂糖と塩を間違えるっていう典型的なミスをしたんだろうなぁ。

「でも樹里ちゃん。味はアレかもしれないけど、気持ちは伝わったよ。うん、上に乗ってるイチゴはまだマシだね。これが1番樹里ちゃんの手が加わってないからかな?けど、見た目はともかく、味はともかく、気持ちだけは俺のソウルに響いてるよ。流石にこれは食えたもんじゃないけどさ」

「そういうのなんて言うか教えてあげようか?死体蹴りって言うんだよ」

ケーキを口に入れた樹里ちゃんがすぐさまティッシュにそれを吐き出す。ケーキに入れる砂糖の量はかなりのものだろう。その全てが塩にすり替わってるのだからほんまに偉いこっちゃやでこれはぁ、と関西弁になるのも無理はない。

「でも、ありがとう。間違いなく人生で1番の日だよ、今日は。樹里ちゃんのおかげだね」

「またそういう恥ずかしいセリフを…」

「恥ずかしくなんてないよ。心の底から思ってるからね」

「…馬鹿」



「店長。バイト入りたいって子がいるんですけど」

「今は募集してないんだよね。申し訳ないんだけど」

無言で昨日撮った樹里ちゃんの可愛すぎる写真を見せる。店長はまじまじとその写真を観察し、懐のポケットにそれをしまった。

「採用」

「ありがとうございます!けど写真は返してください!」

今回ばかりは店長が顔でバイトを選ぶ人で良かった。これで無事樹里ちゃんも採用。これからのバイト生活が楽しくなりそうだ。

この居酒屋、時給も悪くないし、バイトメンバー同士の仲もいい。知ってる人がいた方が樹里ちゃんもバイトに馴染みやすいだろうし、そういう意味でもこの居酒屋は理想的だ。

「いやぁ、この子も揃ったらうちの看板娘は3人になるね!将来安泰だね!」

「3人…?真凛と樹里ちゃんとあと1人誰ですか?」

「あれ、まだ彼女とシフト被った事ない?新しく入った子なんだけど…」

そういえば前、店長と真凛がそんな話してたな。

「ないですね。店長が怪我してる俺に気遣って馬鹿みたいにシフト削ってきたんで」

「あはは、これからは馬車馬の如く働いてもらうよ?」

包丁片手にひっひっひっと笑う店長だが、絵面が怖いのでやめてもらいたい。

「はいざいまーす…ふわぁ」

そのまま店長と世間話をしていると、珍しく真凛が腑抜けた挨拶とともに時間通りにやってくる。

「一応職場なんだから欠伸するなよ」

「ふぁ~い」

「凄いな、こんな説得力のない返事は初めてだ」

「あは、照れますね」

褒めてねーよ、というツッコミはあまりにもありきたりなのでやめておこう。目尻に涙を溜めた真凛が俺の指を凝視する。

「あれ、はるとせんぱい手治ったんですか?」

「おかげさまでね」

手をグーパーグーパーとし完治をアピール。真凛はほぉ~んと俺の手をにぎにぎとし…人差し指を思い切りつねってきた。

「何すんだこら」

「本当に治ったか確認してあげたんですよ。…あっ、ちょっ、せんぱい?アイアンクローは女の子相手にする技じゃいたたたたたたた…治った治った治ってますって!」

ぺしぺしとタップをされたので真凛の顔面を掴んでいた手を離してやる。全くこの後輩は…

「ひぇ~ん虐められました!麗奈さんに言いつけてやりますからね!」

「誰だよ麗奈さんって」

「新しく入ったバイトの子だよ。あれ、そういえば陽斗くんと同じ大学だったような…」

同じ大学で、名前が麗奈。…あれ、どこかで聞いたことあるような気が…というところで

居酒屋内の空気が変わった。

この感覚も何度も味わったことがある気がする。俺たちが一斉に入り口を見るとそこにいたのは、

「……おはようございます」

低く、ハスキーな声。俺の憧れの人であり、ゼミの同じグループの福山麗奈さんその人だった。
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