白紙にする約束だった婚約を破棄されました

あお

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「ど、いう、事ですか」

 震える声でユリアナは尋ねた。眼は壁に突き刺さった矢から離せない。

「だから、私は命を狙われているんだ」

「アマーリエ様に?」

 ユリアナからすると、イソベルの関係者はアマーリエしかいない。

「違う」

 すぐの否定も、アマーリエを庇っているようで気持ち悪かった。

「でも、前はこんなこと」

 なぜイソベルはアマーリエを庇うのだろう。ユリアナは悲しくなって瞳に涙がにじんだ。あれだけ眼に張り付いていた矢から視線を逸らす事が出来た。

 うるうるとした瞳でイソベルを見上げる。イソベルが本当の事を言ってくれるように、と。

「いままで無事だったのは、メルルーナ公爵家の庇護があったからだ」

 そうしてイソベルは子どもの頃から命を狙われていること。それを案じた父がメルルーナ公爵家に庇護を願い、いままではメルルーナ公爵家に守られていたこと。

 アマーリエとの婚約がなくなった事で、メルルーナ公爵家の庇護が外れたことを説明した。

「うそ、じゃ、ほんとうに」

 どれもこれも初めて聞くことばかりで、ユリアナの心はいっぱいいっぱいになった。

「ああ。私は側妃に命を狙われている。王宮では、誰もが知っていることだ」

 一方イソベルは、はっきりと言葉にすることで、胸の閊えがが取れた。やっと前に進むことが出来るような気さえする。

 こんな気持ちにさせてくれたユリアナに感謝の気持ちを込めてほほ笑みかけると、ユリアナは壊れた人形のような奇妙な顔をしていた。


 そんなこと聞かされて、わたし、大丈夫なの?


 まだなんの約束もない状態で、王宮での秘密を聞かされ、大丈夫なのだろうかとユリアナは疑った。

 だがすぐに思い直す。イソベルは王子だ。きっと彼が守ってくれる、と。

 誰よりもイソベルこそが守ってもらいたがっていることに、当然ながらユリアナは気づかなかった。

「大丈夫、なんですか?」

 勿論大丈夫ではない。さっきまでそれでイソベルは項垂れていたのだ。

 だが好きな女に『大丈夫か』と聞かれたら見栄を張ってしまいたいのがイソベルという男だ。

「勿論大丈夫だ。メルルーナ公爵家には敵わなくともテレンス伯爵家から護衛が派遣されている」

 さりげなく部下の就業意欲を削ぐのがイソベルという男だ。

 いまは軽くトラウマになっているためかイソベルは名前を出さないが、ウォルド・バーディス卿といえば、二年前、王都で行われた剣技大会の御前試合で優勝した男だ。

 そんな男と比べられてもな、というのが今は部屋の隅に控えているごつい騎士ことブレンドン・オースティンの心境である。あの大会でブレンドンはベスト8だった。

 お茶でも飲もう、とイソベルはユリアナをテーブルに誘った。

 食事には毒が盛られていたが、さっき糸目の侍従が淹れたお茶は問題なかった。

 イソベルに合わせ、侍女が毒見役を二人つれてワゴンでティーセットを運んでくる。

 侍女ではない、侍従でもない普段見慣れない毒見役を見てユリアナは不思議そうな顔をした。

 王宮のイソベルの部屋でお茶をするのは初めてではないが、いつも手際よく魔法のようにお茶の用意が整っていたのに、今日はどうしたのだろう。

 いつもはメルルーナ公爵家の侍女が魔法のような手際でお茶の席を整えていたが、いまイソベルの側に仕えるのはテレンス伯爵家の侍女だ。その違いがユリアナには分からない。

 侍女が淹れたお茶に手を伸ばそうとしたユリアナをイソベルが止めた。

 毒見役が紅茶からひと匙掬い、毒見をする。

 イソベルからすればたった一日で見慣れた光景だ。

 毒見役が血を吐いて倒れた。

「きゃーーーーーーっ」

 イソベルからすれば見慣れた光景だが、ユリアナは人が血を吐いて倒れるのを初めて見た。

「え? え? どういうことですか!?」

 だから言っただろう、とイソベルは儚い笑みを浮かべた。

「私は命を狙われている」










「む、ムリ!」

 ユリアナは叫んだ。

「私、無理です!!!!」

 ごまかしていたが、さっき矢が飛んできた時点でユリアナはいっぱいいっぱいだった。

 第一王子を略奪した泥棒猫だろうとユリアナは貴族のご令嬢だ。いや実は男爵の不貞の結果出来た庶子で学園に入る二年前までは庶民として暮らしていたのだが、暴力や流血沙汰とは無縁に暮らしてきた。

 第一王子の貰い事故で死ぬのはご免だった。

「ごめんなさい、イソベル様! 私、帰ります!!」

 ユリアナは止めようとしたイソベルの手を振り切ると、一目散に王宮を後にした。










「ユリアナ・・・」

  ユリアナに伸ばしたイソベルの手は届かない。

「俺を愛してくれる人は誰もいないのか」

 一人残されたイソベルはがっくりと項垂れた。



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