紅(くれない)の深染(こそ)めの心、色深く

やしろ

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新年の宴にて 弐

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 宴は陛下からお言葉を賜って始まる。 
 ようは今年一年よく頑張りました、来年も頑張れって言うだけの事を、少々長く厳めしく話されるだけ何だけど、真面目に聞いているふりはしないといけない。 
 俺は紅緒様の傍に控えていたけど、それはそれは視線が突き刺さった。 
 当事者でない俺でさえ感じるくらいなんだから、紅緒様が感じる圧はもっと凄まじいのだろう。いや、俺の場合はもしかしたら紅緒様に近づきたいのに、それを邪魔する邪魔者として敵意を向けられているから、かなりの圧を感じるのかもしれないけど。 
 ともあれ陛下のお言葉も終わって、宴が賑やかに開始される。 
 日付が変わって年が改まる瞬間に花火が上がることになっているが、それが終わるまでは一応会場にいた方がいい。でも、バレなきゃ抜け出しても構わない。ようは皆訳が解らなくなって、紅緒様と俺がいないことに気付かない状況になるまで耐えればいい。 
 それまでは饗される料理や酒を飲み食いして歓談するのが出席者の楽しみなのだけど、紅緒様はもうお疲れなのか気もそぞろだ。 
 俺はそんな様子の紅緒様を見て、少しお傍を離れる事を告げると、宴のさなかに入り込む。 
 立食形式に整えられたテーブルには所狭しと煌びやかな料理が並べられていた。その中から俺は毒味兼味見をして、白身魚のテリーヌやきのこのフラン仕立てなんかを選んで、ついでにフルーツティーも仕入れてから紅緒様の元へと戻る。 
 すると脂ぎった中年男が、俺や紅緒様と似たような年の頃のひょろ長い男を紹介している様子が見えて。 
 紅緒様は言葉少なに応じておられるようだが、ひょろ長い男の方がグイグイと距離を詰め、紅緒様のお手を取ろうとしているような感じで、少しだけ紅緒様の眉が上がる。 
 俺はすかさず紅緒様と男の間に、わざと取って来た料理を盛った皿を差し出した。 

「紅緒様、白身魚のテリーヌときのこのフラン仕立て持ってきました。これならお召し上がりになれると思います。あと、フルーツティーも」 
「!?」 

 紅緒様があからさまにほっとした顔をして、脂ぎった中年男とひょろ長い男はムッとする。 
 二人が何やら文句を付けようと口を開こうとしたが、それより先に紅緒様がおっとりと笑って「出穂」と俺を呼ばわった。甘くて柔い視線に「助かった」という言葉が無音で混ざっていて、俺も柔く笑った。 
 視線だけのやり取りに中年男が咳ばらいをすると、紅緒様が口を開く。 

「こちらは私の副官の出穂だ、失礼したな」 
「は、ふ、副官殿」 

 薄く笑えば、男二人は引き攣った顔をする。 
 ひょろ長い男は俺と自身の体躯を見比べて少し引き攣ったような顔をした。 
 中年の脂ぎった男は不愉快そうな表情をしたが、周囲がざわめき出したのに気が付いたのか表情を取り繕う。 
 俺と紅緒様は言い交した仲だという噂が真実貴族の間で浸透しているからか、周囲のざわめきに含まれる成分は「人の恋路を邪魔するものは何とかに蹴られて恥をかく」的なものが多いせいだろうか。 
 俺の役割は紅緒様に秋波を向ける奴を遠ざけることだから、狙い通りの反応を引き出せて、俺としては実に満足だ。 

「いや、待ち人がいらしたのであれば無粋は控えましょう」 
「そうか。いずれ正式に紹介することもあろうが、その時はよろしく頼む」 
「は」 

 形式を整えると、男たちは俺と紅緒様の前を辞した。 
 その背を見つつ「大丈夫ですか?」と声をかけると、紅緒様は俺からフルーツティーのグラスをとる。 
 俺はカトラリーからフォークを出して、白身魚のテリーヌを切ると、それを出して紅緒様にお渡しした。 

「白身魚?」 
「はい。タラですよ。フランのほうはマッシュルームですね」 
「うん、食べられそうだ」 
「他にもホタテのテリーヌもありましたから、あとで持ってきますね」 
「出穂も食べるだろう?」 
「俺は後でいいですよ」 
「一緒に。そうじゃないと美味しくない」 

 ぷすっと唇を尖らせてそんな可愛い事を言われてしまったら、俺に断るすべはない。 
 手近なテーブルで料理を調達して紅緒様の元に戻ると、彼の方はフルーツティーを飲み終えたのか、違うグラスを給仕から渡されていて。 
 小さなグラスに、フルーツの乗ったその飲み物から僅かなアルコール集がして、俺は給仕を呼んでさっきと同じフルーツティーを用意させた。 

「酒が入ってるんで、これは俺がいただきますね」 
「ああ、ありがとう。気が付かなかった」 
「香り付けだけかも知れませんが、念のため」 
「うん」 

 ふわっと笑って俺の持ってきたグラスに、紅緒様が口を付ける。それから白身魚のテリーヌを、艶やかな唇で食むと、少しして白磁の頬をほんのり赤く染める。 

「美味しい」 
「そうですか」 
「うん。これ、家でも食べられるだろうか?」 
「後で厨房にレシピ聞いときます。ダメならおやっさんに聞きにいきます」 
「うん。出穂が作ってくれるなら、もっと安心して食べられる」 

 紅緒様が基地外で食されるものは、最近は俺が作るか俺が毒見してからって事になってる。 
 紅緒様は食に興味が薄いし、食べるという行為が苦手だ。 
 それは王族は毒に耐性を付けなくてはいけないけれど、その耐性の付け方が毒物を食べて耐性を付けると言うやり方で、体質的に紅緒様は毒も薬も効き易いお蔭でかなり苦しまれたせいだという。 
 でも俺が食べてるところを見ていると、たとえ苦手な肉でも旨そうに見えるらしいし、そもそも俺が作ったものは一等安心できるとも。 
 そんな嬉しい事を言われたら、俺は色々張り切らざるを得ない。 
 というわけで、俺が色々食べては紅緒様に給仕する。それを繰り返しているうちに、すっかり腹も落ち着いた。 
 最中に色んなご令嬢やその親が挨拶に来たけれど、俺に紅緒様と離れる気が無いのを悟ると、早々に切り上げて青洲様や常盤様の所にいったようだ。 
 そうして段々と人が寄り付かなくなって、日付が変わる前に俺と紅緒様は城を気付かれずに脱出することができた。 
 こんなこともあろうかと、俺は城の近くに隠しておいた斑鳩に紅緒様を乗せる。 

「出穂、どこに?」 
「特等席にご案内するっす」 

 そう告げて斑鳩が王都の隅の高台に案内すると、丁度その丘の一番高い場所に着いた時に、空を裂いて何かが飛ぶ音が聞こえた。 
 見上げれば空に大輪の炎の花が開く。 
 キラキラと降り注ぐ光に照らされて、紅緒様の瞳が美しく輝いた。 

「綺麗だ」 
「っすね」 

 お互い吐き出す息が白い。 
 それでも寒さよりも尚、紅緒様の隣でこの美しい瞬間を迎えられたことの方が胸に強くきて、俺は空に釘付けになった。 

「来年も出穂と一緒に花火を見られるかな?」 
「紅緒様が望まれる限り、ずっと」 
「そうか」 
「っす」 

 俺が頷くと、紅緒様も穏やかに微笑んでくださる。その柔らかな瞳に移ってるのは、今は俺だけ。 
 打ちあがる花火の音が段々と遠くなっていっても、俺と紅緒様はその残像が消えるまで一頻り空を見上げて。 

「解くのか?」 
「じゃないと寝れねぇっすよ」 
「勿体無い。折角出穂が丁寧に結ってくれたのに」 

 家に帰ると紅緒が、しゅんと眉を八の字に下げた。原因は俺が結い上げて整えた、紅緒様の御髪。 
 こだわりにこだわって俺好みに仕立てたそれを、紅緒様は気に入ってくださったのか、解きたくないと仰ったのだ。 

「じゃあ、また結って差し上げるっす。だから今日の所は解きましょうね」 

「……解った」 

 唐紅のサラッとした御髪に指と櫛を丁寧に入れる。 

「お前の手は優しい」 

痛くないようにゆっくりと櫛梳ると、「ふふ」と紅緒様が吐息で笑うのが聞こえて、俺は何だか落ち着かない気持ちになった。
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