紅(くれない)の深染(こそ)めの心、色深く

やしろ

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新年の宴にて 壱

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 その年の年越しは少しばかりきな臭さを感じるものの、だからこそというのもあるのか、実に華やかなものになった。 
 瑞穂の国は戦争状態でないなら、年越しは王城で貴族や将軍達を集めて盛大な宴が開かれる。 
 あくまで隣国は内戦にあっても、瑞穂の国自体は戦争はしていないのだから。 
 陛下主催の暮れと新年の宴には、青洲様や常盤様もお出になるし、勿論紅緒様もお呼ばれしている。 
 ただ紅緒様は喧しい場所は苦手だし、人込みもお好きじゃない。ついでにお酒だって召されないのだから、毎度早々に抜け出して官舎で俺と新年を迎えられていた。 
 宴に俺は規則上参加が出来ない。身分がそこまで高くないからだ。 
 だけどこの年、俺はようやく宴に参加できる規定の地位に到達した。 
 そしてそれを一番喜んでくれたのは誰あろう、紅緒様だった。 
 だってこの宴、瑞穂の国の妙齢のご婦人というかご令嬢が、自身の伴侶を見繕う機会でもあって。 
 青洲様や常盤様なんて毎回命の危険を感じるほど、女性陣の圧を感じるそうな。一方紅緒様にも、俺という者がありながら秋波を送ってくる女性は多いらしい。 
 俺という者がありながらってのは、いつだったか青洲様に持ち込まれた政略結婚の話が、本来は紅緒様に向けられたものだったけれど、相手側が何を勘違いしたか俺と紅緒様が言い交した仲だと母国に報告したお蔭で青洲様に回ったという事があって。 
 面倒だから噂を否定も肯定もしないでおいたら、いつの間にかそれがまことしやかに「真実」として瑞穂の国の貴族や軍人に広まっていたのだ。 
 つまり俺という恋人がいるのを知っていてなお、紅緒様に近づこうとする女性がいる。 
 瑞穂の国は古来から、同性同士の愛だの恋だのに酷く寛容だ。 
 例えば主従が情を交わし、絆を育むことを美徳とする文化もあるし、女性同士が姉妹の契りを交わして一生涯強い想いで繋がる事もままある。それでいてお互い妻や夫を持つこともあれば、同性同士で生涯にわたって一緒に暮らして同じ墓に入る事も珍しい事ではない。 
 ただ子を生すという行為だけは、まだ異性同士しか出来ないのが悩みの種というくらいで、それでもどうしても子どもが欲しいなら、訳あって親と暮らせない子たちを引き取る事は出来る。 
 しかし、王族となるとこれがちょっとややこしい。王家の血を絶やしてはならぬと、声高に叫ぶ輩が多いのだ。 
 特に紅緒様はご自身は目立った働きなんぞしていないつもりでも、明らかに魔導錬金術の研究などで秀でた功績を持っておられるし、その頭脳の明晰さ国でも有数なのだから、自然その才能を次代に継がせるべきだという声が高い。 
 面と向かってそれを紅緒様にいうやつもいるそうだが、意外にも軍に在籍したことのある人からはそう言った声はあまり。 
 俺が紅緒様の元で長年副官をきちんと勤め上げているからだろうし、青洲様や常盤様と親しいのにそんなに出世してない事が要因だと、俺は思ってる。 
 つまり俺の昇進はそれに足る功績があるからで、決してコネなんかじゃないって判断されている。ひいては紅緒様の伴侶として悪くないってとこなんだろう。光栄なことだ。 
 実際のとこ、何もありはしないんだけど。 
 俺は宴の間、紅緒様から離れないから、きっと噂は加速するだろう。 
 紅緒様は人見知りの傾向があるから、初対面の人にあれこれ話しかけられるのは苦手だ。だからそういう相手がいると、無意識に逃げようとして結果「近寄るな」という雰囲気が全身から醸し出されてしまう。 
 今まではそれでやり過ごしてきたけれど、昨今はそれも効かなくなってきているようだ。 
 とりもなおさず青洲様も紅緒様も結婚適齢期に入ったからだろう。 
 あと、青洲様にどうも本命がいるっぽいという噂も聞く。これが本当なら、紅緒様への圧は、今後ずっと強くなること間違いない。 
 だけどだ。公然と恋人だと言われる俺が、紅緒様の隣にいられる地位を実力で得て並んだら、それはもう誰も何も言えないだろう。紅緒様はそれがお望みなんだそうだ。 
 俺は紅緒様のサラサラと手触りの良い唐紅の御髪を櫛梳る。 
 普段俺は基地や駐屯地に置かれた床屋で髪を切るが、紅緒様気心知れた相手じゃないと緊張するそうなので、髪は俺が切って差し上げていた。最初はざんばらで見るも無残な事になっていたが、もう十年以上やっていれば床屋と同じとは言わないが、素人としては上手いくらいには出来る。 

「どうしましょうね?」 
「任せる」 
「っす」 

 腰辺りまである髪は、ご自身だと流すか横に括るか三つ編みするくらいだ。宴であってもそれは変わらない。まあ、紅緒様は何もさらずともお綺麗だけど。 
 でも今日の宴は俺がいる。なので噂の信ぴょう性を高めるためにも、俺の好きなようにさせてもらえることになったのだ。 
 まず紅緒様の髪を真ん中で分けて、更に左側を頭頂に近い束と、その下の束に分けて、上の方から耳の近くまで編み込みを作り、そこから下は三つ編み。下の束も同じく耳の近くまで編み込むと、そこから下は三つ編みにした。 
 右側は耳の上くらいから髪を三つに分けて、上だけに髪を足しながら編み込んでいく。そうして残りの髪を隠すように髪留めを止めて。 
 物凄くこった髪型に、紅緒様がキョトンとする。 

「出穂、お前は何でも出来るな」 
「っす。いつかこんな日が来るんじゃないかと思って練習してたっす!」 
「器用な……。料理も掃除も出来るし、凄いな」 
「紅緒様に他の奴が触るくらいなら、俺がやります」 

 他人の手は嫌だけど、俺の手なら大丈夫と言ってくれるなら、その技術は磨かれて然るべきだ。それが紅緒様のお傍にいる口実にもなるなら、なんの苦にもならない。 
 紅緒様の髪を飾る摘まみ細工で作った黒金のダリアの豪華な髪飾りは、俺がこの日のために用意したもので、紅緒様の美しさを際立たせている。 

「俺よりも、紅緒様に似合う物が解る奴なんていないと思います」 
「そうだ、出穂が誰より私を知ってる」 

 紅緒様が囁くように俺の言葉を肯定出て下さる。本当は服飾の専門家の方が解るかもしれないが、それでも俺は誰より紅緒様を知っていて、その自信を紅緒様ご自身が肯定してくださるのが何よりうれしい。 
 二人で顔を見合わせて笑う。そして「そろそろ」と俺が促すと、こてんと紅緒様が小鳥のように首を傾げた。 

「出穂は?」 
「あ、俺っすか?」 
「出穂はどうするんだ?」 
「ああ……」 

 呟くと俺は、さっと手櫛で前髪を上げ、それなりに見えるように整える。すると紅緒様が口を尖らせた。 

「どうしました?」 
「出穂、その髪型すると大人っぽく見えて……、ご婦人が寄ってきそうだ」 
「ええ……いや、無いと思うっす」 
「そんなことない。出穂は目元も涼やかだし切れ長だし、鼻筋だって通っているし、唇も色気があるし、背も高くて体格だって立派だし逞しいし胸板も厚い……」 
「え、あ、そ、そっすかね?」 

 物凄く褒められて耳が熱い。 
 紅緒様は俺をそんな風に思ってらしたのかと、いただいた言葉を噛み締めていると、紅緒様の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。 

「何を言ってるんだ、私は……」 
「や、めっちゃ光栄です! つまり紅緒様の横に並んでも、見た目だけでも見劣りしないって事だし」 
「見た目だけじゃない」 

 照れ隠しに頭を掻いた俺に、紅緒様が真摯な表情で告げる。その視線が真剣だけれど何処か甘くて、俺は素直に頷いた。 
 それに満足されたのか紅緒様が満足げに口角を上げられる。 
 それから壁にかかっていた礼服用のマントを指すと「着せて」と静かに仰った。 
 飾緒や肩章の乱れもないようにマントをユサールという形式に付けて差し上げると、純白の礼服がいっそ厳かに見えて。 
 俺も同じくマントを付けてしまうと、いざ出陣と相成った。
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