雨飾の森の魔女

本谷紺

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雨飾の森

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 ゆっくりと意識が浮上する。何度か瞬きを繰り返して、ようやく、自分が夢を見ていたことに気付いた。
 いつの間に眠っていたんだろう。

 膝の上ではブレンダもくうくう寝息を立てている。

 室内はすっかり暖かくなって、私の体も熱を取り戻したみたいだ。手を握って、開いてみても、冷えて固まった感覚はすっかり消えている。

 それと、このにおいは何だろう。空腹を刺激するいい香り。
 どこからか漂ってくるそれの元を目で探していると、奥の部屋から魔女様が姿を現した。手に湯気の立つお椀を持っている。

「起きたか、ちょうどよかった。
 ああ、そのままでいいぞ、妖精が起きるだろう」

 慌てて身動ぎした私を制止する。危うく膝の上からブレンダを落っことすところだった私は、そっとソファに体を預け直した。

 魔女様は近くに来て、私にお椀を差し出してくる。
 受け取ったお椀の中はスープで満たされていた。大きな具がゴロゴロ入って、小さなスプーンが添えられている。

「芋のスープだ。今はそんなものしか出せないが我慢してくれ」
「我慢だなんて、そんな」

 いただいてもいいのだろうか。
 迷う私をよそに、魔女様は別の椅子に腰を下ろす。傍らのテーブルに頬杖をついて私の様子を見つめている。こんな風に視線で促されて、食べません、なんてことできるはずもない。
 それに、おいしそうなにおいを受けて、私のお腹はみっともなくきゅうきゅうと鳴りっぱなしなのだ。

 意を決して一口、スープを飲む。
 あったかい。それに、

「おいしい」

 思わず素直な感想が零れた。

「そうか」

 そいつはよかった、と、魔女様は本当に安心したように言葉を返してくれる。

 もう一口。お芋も食べる。しっかりと火の通ったそれは口の中でほろりとほどけた。
 おいしい。
 もう一口。もっと。

 飢えが満たされていく。
 お腹が膨れるよりも早く、感情がいっぱいになってしまって、ひとりでに涙が溢れて来た。
 ぽたぽたと零れる涙がスープに落ちて、お椀の下にいたブレンダにも落ちて、「うわっ」と驚いた声が上がる。
 ごめんねと言う余裕もない。

「どうした?」

 魔女様の問いかけに、うまく答えることができない。

「どうして」と、私も問いかけを返してしまう。

「どうして、優しく……して、くださるん、ですか」

 嗚咽で途切れてしまう言葉。
 どうして。

 私は魔女様に捧げられた生贄。殺されるためにここに来た。殺されるために育てられた。
 それなのに、こうやって暖かな部屋で、おいしいスープを食べている。

 固まっていたはずの覚悟が柔らかく溶けていくのを感じる。
 押し込めていた感情が溢れて止まらない。

 大慌てのブレンダが私の涙を拭ってくれる。ずっと、私が知っていた温もりはこれだけだった。

「どうしてって言われてもな……」

 涙で歪んだ視界の中で、ぼやけた輪郭になった魔女様が困ったような声で言う。

「腹をすかせた子供がいたら、助けてやらなきゃと思うだろう」

 ――ようやく理解した。
 理由があって優しくしてくれるんじゃない。
 魔女様は、ただ本当に、優しい方なんだ。

「ほら、泣いてないで食っちまいな」

 足りないならまだあるぞ、と言う声は穏やかで、私はみっともなく鼻をすすりながら、夢中でスープを飲んだ。

 生まれてから今まで食べてきたたくさんの食事の中で、この日この時のスープほどおいしいものを食べたことはないと、心の底から思った。
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