4 / 10
雨飾の森
4
しおりを挟む
ゆっくりと意識が浮上する。何度か瞬きを繰り返して、ようやく、自分が夢を見ていたことに気付いた。
いつの間に眠っていたんだろう。
膝の上ではブレンダもくうくう寝息を立てている。
室内はすっかり暖かくなって、私の体も熱を取り戻したみたいだ。手を握って、開いてみても、冷えて固まった感覚はすっかり消えている。
それと、このにおいは何だろう。空腹を刺激するいい香り。
どこからか漂ってくるそれの元を目で探していると、奥の部屋から魔女様が姿を現した。手に湯気の立つお椀を持っている。
「起きたか、ちょうどよかった。
ああ、そのままでいいぞ、妖精が起きるだろう」
慌てて身動ぎした私を制止する。危うく膝の上からブレンダを落っことすところだった私は、そっとソファに体を預け直した。
魔女様は近くに来て、私にお椀を差し出してくる。
受け取ったお椀の中はスープで満たされていた。大きな具がゴロゴロ入って、小さなスプーンが添えられている。
「芋のスープだ。今はそんなものしか出せないが我慢してくれ」
「我慢だなんて、そんな」
いただいてもいいのだろうか。
迷う私をよそに、魔女様は別の椅子に腰を下ろす。傍らのテーブルに頬杖をついて私の様子を見つめている。こんな風に視線で促されて、食べません、なんてことできるはずもない。
それに、おいしそうなにおいを受けて、私のお腹はみっともなくきゅうきゅうと鳴りっぱなしなのだ。
意を決して一口、スープを飲む。
あったかい。それに、
「おいしい」
思わず素直な感想が零れた。
「そうか」
そいつはよかった、と、魔女様は本当に安心したように言葉を返してくれる。
もう一口。お芋も食べる。しっかりと火の通ったそれは口の中でほろりとほどけた。
おいしい。
もう一口。もっと。
飢えが満たされていく。
お腹が膨れるよりも早く、感情がいっぱいになってしまって、ひとりでに涙が溢れて来た。
ぽたぽたと零れる涙がスープに落ちて、お椀の下にいたブレンダにも落ちて、「うわっ」と驚いた声が上がる。
ごめんねと言う余裕もない。
「どうした?」
魔女様の問いかけに、うまく答えることができない。
「どうして」と、私も問いかけを返してしまう。
「どうして、優しく……して、くださるん、ですか」
嗚咽で途切れてしまう言葉。
どうして。
私は魔女様に捧げられた生贄。殺されるためにここに来た。殺されるために育てられた。
それなのに、こうやって暖かな部屋で、おいしいスープを食べている。
固まっていたはずの覚悟が柔らかく溶けていくのを感じる。
押し込めていた感情が溢れて止まらない。
大慌てのブレンダが私の涙を拭ってくれる。ずっと、私が知っていた温もりはこれだけだった。
「どうしてって言われてもな……」
涙で歪んだ視界の中で、ぼやけた輪郭になった魔女様が困ったような声で言う。
「腹をすかせた子供がいたら、助けてやらなきゃと思うだろう」
――ようやく理解した。
理由があって優しくしてくれるんじゃない。
魔女様は、ただ本当に、優しい方なんだ。
「ほら、泣いてないで食っちまいな」
足りないならまだあるぞ、と言う声は穏やかで、私はみっともなく鼻をすすりながら、夢中でスープを飲んだ。
生まれてから今まで食べてきたたくさんの食事の中で、この日この時のスープほどおいしいものを食べたことはないと、心の底から思った。
いつの間に眠っていたんだろう。
膝の上ではブレンダもくうくう寝息を立てている。
室内はすっかり暖かくなって、私の体も熱を取り戻したみたいだ。手を握って、開いてみても、冷えて固まった感覚はすっかり消えている。
それと、このにおいは何だろう。空腹を刺激するいい香り。
どこからか漂ってくるそれの元を目で探していると、奥の部屋から魔女様が姿を現した。手に湯気の立つお椀を持っている。
「起きたか、ちょうどよかった。
ああ、そのままでいいぞ、妖精が起きるだろう」
慌てて身動ぎした私を制止する。危うく膝の上からブレンダを落っことすところだった私は、そっとソファに体を預け直した。
魔女様は近くに来て、私にお椀を差し出してくる。
受け取ったお椀の中はスープで満たされていた。大きな具がゴロゴロ入って、小さなスプーンが添えられている。
「芋のスープだ。今はそんなものしか出せないが我慢してくれ」
「我慢だなんて、そんな」
いただいてもいいのだろうか。
迷う私をよそに、魔女様は別の椅子に腰を下ろす。傍らのテーブルに頬杖をついて私の様子を見つめている。こんな風に視線で促されて、食べません、なんてことできるはずもない。
それに、おいしそうなにおいを受けて、私のお腹はみっともなくきゅうきゅうと鳴りっぱなしなのだ。
意を決して一口、スープを飲む。
あったかい。それに、
「おいしい」
思わず素直な感想が零れた。
「そうか」
そいつはよかった、と、魔女様は本当に安心したように言葉を返してくれる。
もう一口。お芋も食べる。しっかりと火の通ったそれは口の中でほろりとほどけた。
おいしい。
もう一口。もっと。
飢えが満たされていく。
お腹が膨れるよりも早く、感情がいっぱいになってしまって、ひとりでに涙が溢れて来た。
ぽたぽたと零れる涙がスープに落ちて、お椀の下にいたブレンダにも落ちて、「うわっ」と驚いた声が上がる。
ごめんねと言う余裕もない。
「どうした?」
魔女様の問いかけに、うまく答えることができない。
「どうして」と、私も問いかけを返してしまう。
「どうして、優しく……して、くださるん、ですか」
嗚咽で途切れてしまう言葉。
どうして。
私は魔女様に捧げられた生贄。殺されるためにここに来た。殺されるために育てられた。
それなのに、こうやって暖かな部屋で、おいしいスープを食べている。
固まっていたはずの覚悟が柔らかく溶けていくのを感じる。
押し込めていた感情が溢れて止まらない。
大慌てのブレンダが私の涙を拭ってくれる。ずっと、私が知っていた温もりはこれだけだった。
「どうしてって言われてもな……」
涙で歪んだ視界の中で、ぼやけた輪郭になった魔女様が困ったような声で言う。
「腹をすかせた子供がいたら、助けてやらなきゃと思うだろう」
――ようやく理解した。
理由があって優しくしてくれるんじゃない。
魔女様は、ただ本当に、優しい方なんだ。
「ほら、泣いてないで食っちまいな」
足りないならまだあるぞ、と言う声は穏やかで、私はみっともなく鼻をすすりながら、夢中でスープを飲んだ。
生まれてから今まで食べてきたたくさんの食事の中で、この日この時のスープほどおいしいものを食べたことはないと、心の底から思った。
0
あなたにおすすめの小説
疑惑のタッセル
翠月 瑠々奈
恋愛
今、未婚の貴族の令嬢・令息の中で、王国の騎士たちにタッセルを渡すことが流行っていた。
目当ての相手に渡すタッセル。「房飾り」とも呼ばれ、糸や紐を束ねて作られた装飾品。様々な色やデザインで形作られている。
それは、騎士団炎の隊の隊長であるフリージアの剣にもついていた。
でもそれは──?
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
武家に転生した娘が恋をした夜
春月もも
恋愛
武家に転生した娘は、感情よりも家を優先する人生を歩んできた。
そんな彼女が、雪の夜にひとりの男に恋をする。
終わりを知りながら交わした口付け。
明日になれば刀を握る日常へ戻る。
それでも――
あの一瞬だけは、ただの普通の女の子だった。
盲目王子の専属侍女―― 一歩先を導く侍女と追放王子の逆転劇
チャーコ
恋愛
盲目になり、王宮から追放された第一王子ルチアーノ。
それでも彼は、美貌と誇りを失っていなかった。
彼に仕えることになったのは「手を引かない」「先回りしない」ことを選ぶ、子爵令嬢である侍女見習いだった。
ただ一歩先を示すだけ。 彼女の声と歩調は、いつの間にか王子の世界の中心になっていく。
これは、無自覚に年下王子を振り回すお姉さん令嬢――専属侍女と、執着を深めていく王子が、恋と自立と逆転を積み重ねていく物語である。
※本作は複数の視覚障害当事者および関係者の体験や意見を参考にしつつ、フィクションとして執筆しています。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
※表紙絵・挿絵は貴様二太郎さんに描いていただきました。
元恋人が届けた、断りたい縁談
待鳥園子
恋愛
シュトルム辺境伯の末娘ソフィに隣国の帝国第二皇子から届けられた『縁談』の使者は、なんと元恋人のジョサイアだった。
手紙ひとつで別れることになったソフィは、素直になれずジョサイアから逃げ回る。
「私に届けなければ、彼は帝国に帰ることが出来ない」
そう思いようやく書状を受け取ろうと決意したソフィに、ジョサイアは何かを言い掛けて!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる