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雨飾の森
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「マーシャ! マーシャ、起きろ!」
耳元でブレンダの大きな声。それからほっぺたをぐにぐに引っ張られて、私は心地よい眠りから無理やり引き上げられた。
ブレンダの起こし方は強引でいけない。
「おはよう……なぁに、どうしたの」
「どうしたのじゃねーよ! 見ろ、この部屋!」
「部屋……?」
まだ重たい瞼を擦って、ベッドの上で体を起こす。
……ベッド?
どうにか開いた両目に映るのは見知らぬ部屋だった。
広さは家にいた頃と同じくらいだけど、壁も天井もベッドも家具も、何もかもが見慣れたものとは違う。白を基調に、赤っぽい色の木材と黄色の装飾で揃えられた、かわいらしい印象の部屋だ。
「ど、どこ?」
「分かんね。起きたらここだった」
辺りの様子を窺いながらそっとベッドを降りる。ふかふかの絨毯に素足が触れてまたびっくりした。
窓辺に寄って外の様子を見る。
透明度の高いガラスの向こうは、眼下に広がる森と、空を覆う灰色の雲。太陽が見えないから明るいとは言い難いけど、夜は明けているみたいだ。
「雨飾の森だよな」
「ということは、魔女様のお屋敷の二階なのかな?」
二階に上がった記憶はないけど、いつの間にこの部屋に来たんだろう?
……というか、眠る前の記憶がない、ような?
「ねえ、ブレンダ。昨夜寝る前って何してたっけ?」
「覚えてないのか?」
天井から下がる飾りを観察していたブレンダが不思議そうな顔で私を見る。
「お前、食べたり泣いたりした後、そのまま眠っただろ」
「え、ええっ?」
「魔女が毛布かけてたから、そのままソファで寝かせるんだと思ってオレも寝たんだけど、起きたらここにいた」
「えええ……」
た、確かに、スープを飲んだことと泣いてしまったことは覚えているし、そこから後の記憶はない。
泣き疲れて眠ってしまうなんて、赤ちゃんじゃないんだから!
と、とにかく、成り行きで食事をいただいた上にベッドまでお借りしたんだから、魔女様にちゃんとお礼を言わないと。
ドアはひとつしか見当たらない。靴を履いて、ドアを開ける。すぐ目の前に下りの階段が現れたので下りていくと、昨夜訪れた部屋に辿り着いた。
「おはようさん」
昨夜よりは明るい部屋で、魔女様は一人テーブルに向かっていた。彼の前には小さな平鍋。火を熾しているようには見えないけど、鍋の中ではナッツが炒られて香ばしいにおいを立てている。
「おはようございます、あの……お世話になってしまったみたいで……」
「世話ってほどのことはしてないさ。朝飯も作ってみたからよかったら食べてくれ」
それ、と指された先には銀色の丸い……蓋?のようなものがテーブルに乗っかっている。
促されるまま持ち上げてみると、その下から湯気が立ち昇った。
こんがりと焼き色のついたお芋に、香草のスパイシーな香りが食欲をそそる。
「芋しかなくて悪いな」
「いえ、そんな!」
これが世話をされているでなくて何だと言うのだろう。
戸惑っていても、魔女様は手元の小瓶を眺めているばかりでそれ以上何も言ってこない。私が手を付けなければせっかくの料理が冷めていくだけだ。お言葉に甘えていただくことにする。
しっかりと火の通ったお芋はフォークを入れるとほろほろと崩れて、口に入れると香草の刺激がピリリと抜けていく。
昨夜のスープもだったけど、素朴な味だからこそ、知らない材料が使われているのがよく分かる。きっとこの森で採れる植物なのだろう。それとも、魔女様が栽培している特別なもの?
よく味わっていると、魔女様が新しいお皿を差し出してきた。先ほどのナッツに蜂蜜がかかっている。
デザートになるものがこれくらいしかなくてな、とは魔女様のお言葉。
至れり尽くせりの様子を見てブレンダが、はぁ、と感心したみたいに言う。
「なんか、家の連中より、魔女の方がよっぽど優しいな」
フォークを持つ手が止まる。
そんなことないよ、とは言えなかった。
家族のみんなが、屋敷のみんなが私を蔑ろにしたことはない。毎日おいしいご飯を食べて、綺麗な服を着て、お姉様のように厳しいお稽古事もなく、望めば大抵のものは与えられた。
――贄として私が必要だったから、大切にしてくれた。
もうあの生活はない。あの家には帰れない。
私の「生まれた意味」は、昨夜ここに辿り着いた時に果たされたしまった。
そうだ、ここから先は、自分で決めないといけない。
「あの、魔女様」
フォークを置いて、魔女様に向き直る。彼は頬杖を突いたまま白い額を傾けた。
「昨夜申し上げた通り、私は贄となるためにここへ来ました。けれど魔女様は盟約のことをご存じない様子です。私は……贄としての私は必要とされていないということでしょうか?」
「……ああ、そうだな」
改めて肯定されると胸の奥のつかえが取れたのが分かった。
そっか。
どういうことなのかは分からないけど……私は、死ななくていいんだ。
今はとにかく、その事実だけあればいい。
「既に散々ご迷惑をおかけしたうえで、厚かましい願いとは承知しております。けれど、もしも叶うなら……しばらくの間、私を、ここに置いてはいただけないでしょうか?」
耳元でブレンダの大きな声。それからほっぺたをぐにぐに引っ張られて、私は心地よい眠りから無理やり引き上げられた。
ブレンダの起こし方は強引でいけない。
「おはよう……なぁに、どうしたの」
「どうしたのじゃねーよ! 見ろ、この部屋!」
「部屋……?」
まだ重たい瞼を擦って、ベッドの上で体を起こす。
……ベッド?
どうにか開いた両目に映るのは見知らぬ部屋だった。
広さは家にいた頃と同じくらいだけど、壁も天井もベッドも家具も、何もかもが見慣れたものとは違う。白を基調に、赤っぽい色の木材と黄色の装飾で揃えられた、かわいらしい印象の部屋だ。
「ど、どこ?」
「分かんね。起きたらここだった」
辺りの様子を窺いながらそっとベッドを降りる。ふかふかの絨毯に素足が触れてまたびっくりした。
窓辺に寄って外の様子を見る。
透明度の高いガラスの向こうは、眼下に広がる森と、空を覆う灰色の雲。太陽が見えないから明るいとは言い難いけど、夜は明けているみたいだ。
「雨飾の森だよな」
「ということは、魔女様のお屋敷の二階なのかな?」
二階に上がった記憶はないけど、いつの間にこの部屋に来たんだろう?
……というか、眠る前の記憶がない、ような?
「ねえ、ブレンダ。昨夜寝る前って何してたっけ?」
「覚えてないのか?」
天井から下がる飾りを観察していたブレンダが不思議そうな顔で私を見る。
「お前、食べたり泣いたりした後、そのまま眠っただろ」
「え、ええっ?」
「魔女が毛布かけてたから、そのままソファで寝かせるんだと思ってオレも寝たんだけど、起きたらここにいた」
「えええ……」
た、確かに、スープを飲んだことと泣いてしまったことは覚えているし、そこから後の記憶はない。
泣き疲れて眠ってしまうなんて、赤ちゃんじゃないんだから!
と、とにかく、成り行きで食事をいただいた上にベッドまでお借りしたんだから、魔女様にちゃんとお礼を言わないと。
ドアはひとつしか見当たらない。靴を履いて、ドアを開ける。すぐ目の前に下りの階段が現れたので下りていくと、昨夜訪れた部屋に辿り着いた。
「おはようさん」
昨夜よりは明るい部屋で、魔女様は一人テーブルに向かっていた。彼の前には小さな平鍋。火を熾しているようには見えないけど、鍋の中ではナッツが炒られて香ばしいにおいを立てている。
「おはようございます、あの……お世話になってしまったみたいで……」
「世話ってほどのことはしてないさ。朝飯も作ってみたからよかったら食べてくれ」
それ、と指された先には銀色の丸い……蓋?のようなものがテーブルに乗っかっている。
促されるまま持ち上げてみると、その下から湯気が立ち昇った。
こんがりと焼き色のついたお芋に、香草のスパイシーな香りが食欲をそそる。
「芋しかなくて悪いな」
「いえ、そんな!」
これが世話をされているでなくて何だと言うのだろう。
戸惑っていても、魔女様は手元の小瓶を眺めているばかりでそれ以上何も言ってこない。私が手を付けなければせっかくの料理が冷めていくだけだ。お言葉に甘えていただくことにする。
しっかりと火の通ったお芋はフォークを入れるとほろほろと崩れて、口に入れると香草の刺激がピリリと抜けていく。
昨夜のスープもだったけど、素朴な味だからこそ、知らない材料が使われているのがよく分かる。きっとこの森で採れる植物なのだろう。それとも、魔女様が栽培している特別なもの?
よく味わっていると、魔女様が新しいお皿を差し出してきた。先ほどのナッツに蜂蜜がかかっている。
デザートになるものがこれくらいしかなくてな、とは魔女様のお言葉。
至れり尽くせりの様子を見てブレンダが、はぁ、と感心したみたいに言う。
「なんか、家の連中より、魔女の方がよっぽど優しいな」
フォークを持つ手が止まる。
そんなことないよ、とは言えなかった。
家族のみんなが、屋敷のみんなが私を蔑ろにしたことはない。毎日おいしいご飯を食べて、綺麗な服を着て、お姉様のように厳しいお稽古事もなく、望めば大抵のものは与えられた。
――贄として私が必要だったから、大切にしてくれた。
もうあの生活はない。あの家には帰れない。
私の「生まれた意味」は、昨夜ここに辿り着いた時に果たされたしまった。
そうだ、ここから先は、自分で決めないといけない。
「あの、魔女様」
フォークを置いて、魔女様に向き直る。彼は頬杖を突いたまま白い額を傾けた。
「昨夜申し上げた通り、私は贄となるためにここへ来ました。けれど魔女様は盟約のことをご存じない様子です。私は……贄としての私は必要とされていないということでしょうか?」
「……ああ、そうだな」
改めて肯定されると胸の奥のつかえが取れたのが分かった。
そっか。
どういうことなのかは分からないけど……私は、死ななくていいんだ。
今はとにかく、その事実だけあればいい。
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