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魔女と少女
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「あの、魔女様。水浴びに行きたいのですが……」
籠に荷物を入れて魔女様に声をかけると、ああ、と軽い返答と共に指先がこちらへ向けられる。
指は額に触れる。次いで左耳、右耳。最後に顎に触れられ、「これでいいぞ」の声。
こちらがお願いしていることだけど、この時間は何度繰り返しても慣れない。私は固く瞑っていた目を開き、頭を下げると小走りに家を出る。抱えた籠に座っているブレンダが急に揺られて慌てた声を上げた。
雨飾の森に井戸はない。魔女様の家の近くには水を汲むために使っている小川と、もう少し離れた場所に小さな泉があるだけだ。私は泉の方を水浴びに使っている。
この森はいつも雲がかかっていて、日中でも肌寒い。泉の周りは今日も静けさに包まれていた。
畔に荷物を置いて、少しだけ辺りの様子を窺う。
ここは魔女の森。動物や植物の他には魔女様が暮らしているだけなので、人目を気にする必要がないとは分かっているのだけど。
……ここで暮らしているのは魔女様と、今は私とブレンダも、か。
思い切って服を脱ぎ、見るからに冷たそうな水に足を付ける。
冷たくはない。むしろ温かいお湯だ。
正確には、私がそう感じているだけらしい。
魔女様のもとで暮らし始めたのが一週間前のこと。
私が使う部屋は知らないうちに作っていただいていたし、食べる物にも困らなかった。
最初に私が必要としたのは体を清める手段だった。
家にいた頃のように毎日お湯で体を洗うのはとても贅沢なことだと、その程度の知識はある。あれは、使用人が大量のお湯を沸かした上で、ちょうどいい温度に調節してくれるからできたことだ。お世話になっている身分で望めることではない。
だけど、そうは言っても、汚れた体のままでいることは耐えがたかった。
お湯でなくていい、冷水だって構わないから、体の汚れを洗い流す時間が欲しい。
最初、水浴びに使える場所はないかと尋ねた私に、魔女様はああ、と思い出したように声を漏らした。
『そういや、人間は放っておけば汚れていく一方だったな』
魔女様が仰るには、彼は水浴びをしなくとも、時折体を拭う程度で済む体らしい。いったいその肌はどんな力で覆われているんだろう。
小川はすぐ近くだから、もう少し離れた場所の方が一人で落ち着けるだろうと、泉の場所を教えていただけた。
それと、水浴びのためだけの魔法までかけていただいている。
私の体に触れる水をお湯のように感じられる魔法。泉をお湯に変えてしまうわけではなく、なのに私の体は本当にお湯に包まれるかのように温まる。
足先からゆっくりと水に入り、肩まで全身で浸かる。ふわぁ、と気の抜けた声が出てしまう。
冷たい水で体を洗う覚悟だったはずなのに、むしろ家にいた頃より贅沢をしてしまっているような……。申し訳ないと思いながらも、一度この心地よさを体験してしまうと、後戻りは難しい。
足を伸ばしたら向こう側に触れてしまいそうなほど小さな泉だけど、泳いだことがない私にはこれくらいがちょうどいい。
雨飾の森は静かだ。私が立てる水音と、ブレンダの声以外には何も聞こえない――
「……ん?」
波打つ水面を覗き込んでいたブレンダが急に顔を上げた。木々の立ち並ぶばかりの方向を見つめて静止する。
「どうしたの?」
「……何か……いるぞ」
「えっ」
この泉には危険な動物は近寄らないと魔女様が言っていた。これまで数回訪れた中でも、私やブレンダがいる場所へわざわざ近付いて来るものはいなかった。
だけど。
思わず沈黙する私の耳に、確かな葉擦れの音が届く。
何かいる。
ガサガサと、野兎よりは明らかに大きな何かが、草木をかき分けて近付いて来る。
固唾を呑んで見守る私たちの前に姿を現したのは。
男のひとだった。
「え」
「あ」
「……っ、」
ほんの一時見つめ合った後。
私の、生まれてこの方出したことのない音量の悲鳴が、静かな森に響き渡った。
籠に荷物を入れて魔女様に声をかけると、ああ、と軽い返答と共に指先がこちらへ向けられる。
指は額に触れる。次いで左耳、右耳。最後に顎に触れられ、「これでいいぞ」の声。
こちらがお願いしていることだけど、この時間は何度繰り返しても慣れない。私は固く瞑っていた目を開き、頭を下げると小走りに家を出る。抱えた籠に座っているブレンダが急に揺られて慌てた声を上げた。
雨飾の森に井戸はない。魔女様の家の近くには水を汲むために使っている小川と、もう少し離れた場所に小さな泉があるだけだ。私は泉の方を水浴びに使っている。
この森はいつも雲がかかっていて、日中でも肌寒い。泉の周りは今日も静けさに包まれていた。
畔に荷物を置いて、少しだけ辺りの様子を窺う。
ここは魔女の森。動物や植物の他には魔女様が暮らしているだけなので、人目を気にする必要がないとは分かっているのだけど。
……ここで暮らしているのは魔女様と、今は私とブレンダも、か。
思い切って服を脱ぎ、見るからに冷たそうな水に足を付ける。
冷たくはない。むしろ温かいお湯だ。
正確には、私がそう感じているだけらしい。
魔女様のもとで暮らし始めたのが一週間前のこと。
私が使う部屋は知らないうちに作っていただいていたし、食べる物にも困らなかった。
最初に私が必要としたのは体を清める手段だった。
家にいた頃のように毎日お湯で体を洗うのはとても贅沢なことだと、その程度の知識はある。あれは、使用人が大量のお湯を沸かした上で、ちょうどいい温度に調節してくれるからできたことだ。お世話になっている身分で望めることではない。
だけど、そうは言っても、汚れた体のままでいることは耐えがたかった。
お湯でなくていい、冷水だって構わないから、体の汚れを洗い流す時間が欲しい。
最初、水浴びに使える場所はないかと尋ねた私に、魔女様はああ、と思い出したように声を漏らした。
『そういや、人間は放っておけば汚れていく一方だったな』
魔女様が仰るには、彼は水浴びをしなくとも、時折体を拭う程度で済む体らしい。いったいその肌はどんな力で覆われているんだろう。
小川はすぐ近くだから、もう少し離れた場所の方が一人で落ち着けるだろうと、泉の場所を教えていただけた。
それと、水浴びのためだけの魔法までかけていただいている。
私の体に触れる水をお湯のように感じられる魔法。泉をお湯に変えてしまうわけではなく、なのに私の体は本当にお湯に包まれるかのように温まる。
足先からゆっくりと水に入り、肩まで全身で浸かる。ふわぁ、と気の抜けた声が出てしまう。
冷たい水で体を洗う覚悟だったはずなのに、むしろ家にいた頃より贅沢をしてしまっているような……。申し訳ないと思いながらも、一度この心地よさを体験してしまうと、後戻りは難しい。
足を伸ばしたら向こう側に触れてしまいそうなほど小さな泉だけど、泳いだことがない私にはこれくらいがちょうどいい。
雨飾の森は静かだ。私が立てる水音と、ブレンダの声以外には何も聞こえない――
「……ん?」
波打つ水面を覗き込んでいたブレンダが急に顔を上げた。木々の立ち並ぶばかりの方向を見つめて静止する。
「どうしたの?」
「……何か……いるぞ」
「えっ」
この泉には危険な動物は近寄らないと魔女様が言っていた。これまで数回訪れた中でも、私やブレンダがいる場所へわざわざ近付いて来るものはいなかった。
だけど。
思わず沈黙する私の耳に、確かな葉擦れの音が届く。
何かいる。
ガサガサと、野兎よりは明らかに大きな何かが、草木をかき分けて近付いて来る。
固唾を呑んで見守る私たちの前に姿を現したのは。
男のひとだった。
「え」
「あ」
「……っ、」
ほんの一時見つめ合った後。
私の、生まれてこの方出したことのない音量の悲鳴が、静かな森に響き渡った。
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