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魔女と少女
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「およそ最悪な初対面だな」
「返す言葉もございません」
「いえ、そんな……」
魔女様の家に帰って、ひとつのテーブルを囲んで座っている。
私とブレンダ、魔女様、それからもう一人は、先ほど森の中で……思いもよらない出会い方をしたばかりの……ひと。
「まさかこの森に人が住んでるなんて思いもしないから」
ほんとにごめんね、と、この短時間で何度も聞いた謝罪の言葉を繰り返される。
水浴びしているところに現れた時にはさすがに驚いたし、大きな悲鳴まで上げてしまったけれど。わざとではないと分かったからもう気にしていない。気にしないようにしている。
「……念のために聞くけど、裸を見てしまったから責任を取らなきゃいけない……みたいなのは無いよね?」
「何だそりゃ」
「そういうしきたりのある種族もいるんだよ、世の中には。責任取って結婚しなきゃいけないとか、そういう」
「い、いえ、そんなことは!」
慌てて否定する。
「と、とにかく、どうか先ほどのことは忘れてください!」
何より私自身が早く忘れてしまいたい。
そんな気持ちが伝わったのかは分からないけど、彼はようやく謝罪を終えてくれた。
じゃあ改めて、と声音が切り替わる。
「僕は世界を旅して回っている商人。サティと呼んでほしい」
彼が何者であるかは泉でも一度説明を受けていた。
細身の体に不釣り合いなほどの大きなリュックを背負って歩く、旅の商人。クリーム色の髪の間から覗く耳の先は人間の者よりやや細く尖っている。エルフの青年――少年と言ってもいい年齢に見えるけど、実際には私よりずっと年かさのはず。
魔女様によって管理されているこの森を自由に出入りできる人は数えるほどもいないという。彼はその少ないうちの一人ということだ。
「雨飾の魔女みたく、自分の領分から出ようとしない人はそれなりにいるんだよ。僕はそんな人たちに、外の世界の物品や情報を提供して、代わりによそでは得られないものを支払ってもらってるってわけ」
「なるほど……」
ちらりと魔女様を盗み見る。彼はサティさんの話に耳を傾けながら静かにお茶を飲んでいる。
私がここで暮らし始めてほんの一週間だけれど、魔女様の生活がとても穏やかな、言ってしまえば平坦なものであることは朧気ながら察することができた。
彼は遠くへ出掛けはしないし、家の中でも新しいことに取り組む様子もない。絵本の中の魔女のように、草やら何やらを煮詰めて怪しげな薬品を作ることもない。私やブレンダが話しかけなければ一言も発さず一日を終えるのではないか、と心配にさえなる。
なるほど、こういった客人が来ることで、静寂に包まれたこの家の空気がどうにか動いていたわけだ。
そんな風に納得ばかりもしていられない。私の方こそちゃんと自己紹介しなければ。
「私はマーシャ・シルヴェンスと申します。人間で……今は魔女様のお世話になっています」
「オレはブレンダだ! よろしくな!」
名を名乗っただけなのだけど、サティさんはなぜか目を丸くした。
「君、それってもしかして、本名?」
「え? ええ……そうです」
「雨飾、お前……」
苦い顔で魔女様を睨みつけ、魔女様はふいと目を逸らす。
「ちゃんと注意しておきなよ」
「言う機会がなかったんだ」
「まったく……。あのね、マーシャ。特に魔女を相手には、自分の名前を教えない方がいい」
「えっ?」
「名前っていうのは最も短くて力のある呪文なんだ。力のある魔法使いなら、名前を介して魔法をかけることができる。ましてや魔女だったら、相手の身も心も操るようなことさえできてしまう」
真剣な忠告だった。魔法というものを、魔女様が扱う便利な力、くらいに思い始めていた私も、その浅はかさに気付いて背筋が冷たくなる。
初めて会った時、魔女様は、呪文もなしに私の体を操ってみせた。
あれは彼の優しさからくる行為だったけれど――そうでない形で魔法を使う人も、きっとこの世の中にはいる。
私はあまりにも世間を知らない。人間社会のことも、魔女様の世界のことだって。
「返す言葉もございません」
「いえ、そんな……」
魔女様の家に帰って、ひとつのテーブルを囲んで座っている。
私とブレンダ、魔女様、それからもう一人は、先ほど森の中で……思いもよらない出会い方をしたばかりの……ひと。
「まさかこの森に人が住んでるなんて思いもしないから」
ほんとにごめんね、と、この短時間で何度も聞いた謝罪の言葉を繰り返される。
水浴びしているところに現れた時にはさすがに驚いたし、大きな悲鳴まで上げてしまったけれど。わざとではないと分かったからもう気にしていない。気にしないようにしている。
「……念のために聞くけど、裸を見てしまったから責任を取らなきゃいけない……みたいなのは無いよね?」
「何だそりゃ」
「そういうしきたりのある種族もいるんだよ、世の中には。責任取って結婚しなきゃいけないとか、そういう」
「い、いえ、そんなことは!」
慌てて否定する。
「と、とにかく、どうか先ほどのことは忘れてください!」
何より私自身が早く忘れてしまいたい。
そんな気持ちが伝わったのかは分からないけど、彼はようやく謝罪を終えてくれた。
じゃあ改めて、と声音が切り替わる。
「僕は世界を旅して回っている商人。サティと呼んでほしい」
彼が何者であるかは泉でも一度説明を受けていた。
細身の体に不釣り合いなほどの大きなリュックを背負って歩く、旅の商人。クリーム色の髪の間から覗く耳の先は人間の者よりやや細く尖っている。エルフの青年――少年と言ってもいい年齢に見えるけど、実際には私よりずっと年かさのはず。
魔女様によって管理されているこの森を自由に出入りできる人は数えるほどもいないという。彼はその少ないうちの一人ということだ。
「雨飾の魔女みたく、自分の領分から出ようとしない人はそれなりにいるんだよ。僕はそんな人たちに、外の世界の物品や情報を提供して、代わりによそでは得られないものを支払ってもらってるってわけ」
「なるほど……」
ちらりと魔女様を盗み見る。彼はサティさんの話に耳を傾けながら静かにお茶を飲んでいる。
私がここで暮らし始めてほんの一週間だけれど、魔女様の生活がとても穏やかな、言ってしまえば平坦なものであることは朧気ながら察することができた。
彼は遠くへ出掛けはしないし、家の中でも新しいことに取り組む様子もない。絵本の中の魔女のように、草やら何やらを煮詰めて怪しげな薬品を作ることもない。私やブレンダが話しかけなければ一言も発さず一日を終えるのではないか、と心配にさえなる。
なるほど、こういった客人が来ることで、静寂に包まれたこの家の空気がどうにか動いていたわけだ。
そんな風に納得ばかりもしていられない。私の方こそちゃんと自己紹介しなければ。
「私はマーシャ・シルヴェンスと申します。人間で……今は魔女様のお世話になっています」
「オレはブレンダだ! よろしくな!」
名を名乗っただけなのだけど、サティさんはなぜか目を丸くした。
「君、それってもしかして、本名?」
「え? ええ……そうです」
「雨飾、お前……」
苦い顔で魔女様を睨みつけ、魔女様はふいと目を逸らす。
「ちゃんと注意しておきなよ」
「言う機会がなかったんだ」
「まったく……。あのね、マーシャ。特に魔女を相手には、自分の名前を教えない方がいい」
「えっ?」
「名前っていうのは最も短くて力のある呪文なんだ。力のある魔法使いなら、名前を介して魔法をかけることができる。ましてや魔女だったら、相手の身も心も操るようなことさえできてしまう」
真剣な忠告だった。魔法というものを、魔女様が扱う便利な力、くらいに思い始めていた私も、その浅はかさに気付いて背筋が冷たくなる。
初めて会った時、魔女様は、呪文もなしに私の体を操ってみせた。
あれは彼の優しさからくる行為だったけれど――そうでない形で魔法を使う人も、きっとこの世の中にはいる。
私はあまりにも世間を知らない。人間社会のことも、魔女様の世界のことだって。
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