雨飾の森の魔女

本谷紺

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魔女と少女

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 私の動揺に気付いたのか、サティさんがカラッと明るい声に変った。

「まあ、僕は善良な方の商人だからね。悪用なんてしないから安心してよ」
「はい」

 サティさんは信頼できる人だと思っている。
 私があまりにもあっさり頷いたからだろうか、また驚いた顔をされてしまった。

「僕が言うのも何だけど、あんまりホイホイ他人を信用しない方がいいよ」
「わ、分かってますけど……」

 私だって、世の中の人がみんな根っから善良なひとだと思ってるわけじゃない。
 だけど。だから。

「信用する相手は、自分で選んでる……つもりです」

 彼はぱちぱちと丸い目を瞬かせた。
 そのままの表情で魔女様を見る。

「よくもまあ、こんなに真っ直ぐな子捕まえたもんだね」

 魔女様は何も言わずにふっと小さく笑うだけ。私は慌てて「私が勝手に押しかけただけなんです」と説明した。
 捕まえた、なんて言い方、まるで魔女様の方が私を選んだみたいだ。
 私がこの森を訪れる経緯までは話していないのだから、サティさんが「そうなの?」と不思議そうな顔をするのも無理はないのだけれど。

 しばらくはお茶を飲みながら四人でお喋りした。
 正確には喋っていたのはほとんどサティさんとブレンダで、魔女様は話を振られたら相槌を打つくらい。
 親しいひと相手なら、いつもとは違った魔女様の一面が見られるかも、と秘かに期待していたのだけれど、それは空振りに終わった。

 サティさんはよく喋るひとだ。よく喋るというか、喋るのが上手というか。好きで喋っているというよりは、「話題」という商品を場に提供しているようにも見える。
 対するブレンダは、ただ単純にお喋りを楽しんでいる。彼は元々お喋りが大好きな性分だ。私たちの知らない広い世界を知っているサティさんの話は、大いに彼を喜ばせた。

 いつかはここを出て自分の力で生きていかなくてはならない、と、漠然とした未来だけを思い描いていたけれど、楽しそうなブレンダを見ていると、彼に広い世界を見せてあげたいなとも思う。

 お茶を飲んでお茶菓子を食べて、ひと段落ついたところで。さて、とサティさんが手を打つ。

「そろそろ商売の話をしようか。雨飾、欲しいものは?」
「ああ、よろしく頼む」

 魔女様がサティさんに紙を手渡す。
 サティさんが紙面に目を通すのを、ブレンダが顔の横へと飛んで覗き込んだ。

「何だこれ?」
「注文品一覧だよ。僕は頻繁には来られないからね。その間に足りなくなったものとか、欲しいものとかを書き出しておいてもらってあるんだ。すぐに渡せるものならそれで済むし、手持ちにないものなら一度森を出て調達してくる。見たところ、今回は用意があるものだけかな」

 説明しながら傍らの大きな荷物を開けて中を手探るサティさんに、ああそれと、と魔女様が思い出したように言う。私を指さして。

「こいつの服を調達してもらえるか」

 …………。

「えっ?!」

 思いがけず大きな声が出て、咄嗟に自分の口を両手で覆う。
 驚きもする。だって、魔女様のお買い物に私が関係するとは思ってもみなかった。

「服? マーシャの?」
「若い娘に、いつまでもこんな味気ないものを着せておくわけにもいかないだろう」
「い、いえ、そんな」

 慌ててかぶりを振る。

 私は着の身着のままでやって来た。当たり前のことだけど、着替えなんて一着も持たずに。
 あの日に着ていたものは洗濯して日々使っているし、それ以外にも魔女様がくださった服もある。魔女様が、魔法で作ってくださったのだろう服は、決して華美ではないけれど、動きやすくて快適なものだ。何の不満もあるはずがない。

 けれどサティさんは、私の姿をしげしげと眺め、なるほどねぇと呟いた。

「まさか女の子の服を求められるとは思わなかったからそっちの持ち合わせはないな。一度街に戻るから日を改めるけどいいよね?」
「ああ」
「ま、待ってください」
「じゃあ採寸するから、オニーサンはどこか行っててね~」
「あのっ?!」

 私が止めようとしても話はどんどん進む。魔女様は促された通りに奥の部屋へ行ってしまった。

「……ブレンダ」
「よく分かんねぇけど、貰えるもんなら貰っておけば?」

 私の動揺をよそに、ブレンダはけろっとした顔で言ってのける。
 駄目だ、味方がいない。

 取り残された私の傍らで、サティさんが荷物から巻き尺を取り出した。
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