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それぞれの欲望
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光線銃を構えたセグロと、触手を操るロゼの戦闘が始まる。触手の動きはかなり速いが、セグロも負けてはいない。ロゼは触手を振り回してはいるがおそらく戦闘には慣れていないのだろう。
セグロによって蚊帳の外に追い出されたカノンは、二人の戦いをじっと見つめていた。そして思ったのは、かつての同僚のことだった。
(エルマは……強かったんだな)
彼女はその頭脳で触手を使いこなしていた。それに比べるとロゼの方は隙が多い。だがセグロも触手に寄生された人間との戦いは初めてだろう。
「どいつもこいつも私の邪魔をして! 私何も悪いことなんてしてないのに!」
「おいおい人の部下の首絞めといてそりゃねぇだろ!」
光線銃を使えば距離を取ることはできる。しかし無数の触手を操るロゼ自身にダメージを与えることはできない。ここまで触手を従えるのにどれだけ触手を産んだのか。ロゼがセグロに集中している間に援護するか、逆にロゼの注意を自分に惹きつけるかすべきだろうかとカノンが思ったそのとき、セグロが急に上に跳んだ。
靴に何か仕込んでいるのか、あり得ない跳躍力だ。ロゼはそれに気を取られて上を見る。セグロは上からロゼに光線銃を向ける――と見せかけて、足元に何かを投げた。
(電子網……!)
それは特殊な光線を利用して作られた、対象を無傷で捕縛するための罠だ。何度も使えて便利ではあるが、かなり高額なので民間にはほぼ出回っていない代物だ。ロゼがセグロに気を取られている間に罠が作動し、ロゼはその触手ごと網に囚われた。
電子網が優れているのは、捕縛した対象を眠らせることができるところだ。危険がわかっている惑星の調査のときは調査員もこれを支給される。惑星イグルマのときは、事前調査で生物反応なしだったために装備に入っていなかったのだ。
ロゼが眠ったのを確認したセグロは、彼女を回収するようにという連絡を入れていた。あとは回収しにくる特別医療機関の人間にロゼを引き渡せば、触手狩りとしての仕事は終わりだ。
「見てみろよ、すげえスコアだ」
「……そうだね」
「なんだぁ? やっぱ自分でスコア取りたかったか?」
カノンは首を横に振る。触手を倒すのは自分でなくても構わない。この惑星が守られるならそれでいい。討伐スコアに応じでもらえる報酬にも興味はなかった。しかし、ロゼの話が棘のように胸に刺さって抜けないままなのだ。
しばらくして、やってきた特別医療機関の人間にロゼを引き渡したあとで、セグロが言った。
「なぁ、このあと時間あるならメシでも行かねえか?」
カノンは逡巡した。食事は必要ないが、食べることができないわけではない。自分を助けてくれたセグロの誘いを無碍にするのもあまり良くはないだろう。暫く彼のグループの一員として身を潜めていたいのは事実だ。それならセグロとの関係を良好に保っておく必要がある。
「どこかいい店知ってるの?」
「おう。俺の行きつけだ」
セグロと公園を出て五分ほど歩いたところに屋台があった。そこがセグロの行きつけらしい。カノンはその屋台が出している暖簾を見て僅かに目を細めた。
「知ってるか? ある惑星ではよく食べられている麺なんだぜ? 珍しいだろ」
「食べたことあるけど」
「え、まじかよ……気晴らしに珍しい食いもんと思ったんだけどなぁ」
それはかつてカノンが調査に赴いたことのある惑星で食べたものだった。そもそもこの食べ物の情報を持ち帰った張本人がカノンだ。まさかそれがこんな屋台で食べられるほどに広がっているとは思わなかった。
「気持ちだけでも嬉しいよ、ありがとう」
「まあこれはお前への礼も兼ねてだから、遠慮せずに高いやつ食え」
「お礼?」
「お前の稼いだ金で電子網買えたんだ。これで俺はスコア稼ぎ放題でウッハウハになるわけよ」
自分がそれほど稼いでいたということも知らなかった。カノンはお品書きを見ながら、結局一番シンプルな麺を選んだ。
「……なぁ、リアム」
「何?」
「俺はお金が好きだから、強ければ稼げるこんな仕事をしてる。お前はなんで触手狩りなんてやってるんだ?」
全てを話してしまうわけにはいかない。けれど誤魔化すことも難しい質問だった。カノンは目の前に上がる湯気を見ながらセグロの問いに答える。
「両親が侵略者と戦って殉職した。僕は両親がこの星を守るために戦ってる姿を尊敬していた。だから……僕はこの星を守るためにできることをしたくて」
「なるほどなぁ。いや、触手狩りなんて正直金のためにやってる奴が多いんだよ。でもお前は報酬を受け取りたがらない。なんでだろうなぁって思ってたんだ」
「お金のためでも、別の理由でも、この惑星を守るという目的が達せられるなら僕は何でもいいと思う」
「でも、あれを受け入れちまう奴もいる。さっきのあの子みたいにな」
カノンが目を伏せたところで、セグロとカノンの前に麺が運ばれてきた。小麦で作られた縮れた黄色い麺。野菜と肉のトッピング。スープの色は黒っぽかった。カノンは懐かしさを感じながらそれを見つめる。
「伸びちまうから、とりあえず食うか」
「うん」
久しぶりの食事だった。残念ながらカノンの知っている味ではなかったが、それでもソレアのものを使って美味しく仕上げたのだろう。
「でさぁ、最近はあの触手を自分の欲望のために利用してやろうって奴らも増えてるだろ?」
「……そうだね」
「この前聞いた話だと公共の場所にこっそり放ったりとか、あとは娼館……って娼館知ってるか?」
「さすがにそれくらい知ってるけど」
「そうか。で、そういうところで自分の欲望を満たすために使ったりとかな……まあ、聞いてるとひでえ話が結構あるわけだ」
ロゼも言ってしまえばそれに巻き込まれた被害者だ。ただ彼女がそれを受け入れてしまっただけで、あの場所に触手がいたのはおそらく誰かの悪意に起因しているのだ。
「それだけじゃねぇ。最近だとあの触手を崇める宗教まで出てきてるときた」
「宗教……」
「まあ考えてみりゃ、余計なこと考えずに手っ取り早く救われる方法かもしれねえよな」
セグロはそう言うと麺を啜る。カノンは最初、この麺をうまく啜ることができなかったが、セグロは流石にこの店を行きつけと豪語するだけはあった。セグロにとっては何気なく言った言葉なのかもしれない。けれどカノンは食べる手を止めて拳を握りしめた。
「――あれが救いなんて、認めない」
ロゼは確かに救われたのだろう。生きていくのは苦しいことばかりだというのはわかる。過酷な状況に追いやられてしまっている人も沢山いる。その人たちにとって、ただ快楽だけを与えてくれる存在は確かに救済者に見えるかもしれない。それでも認められないのだ。
「自我を奪われて、それを幸せだという世界は地獄だよ」
「……そうだなぁ。俺も金が大好きな自分がいなくなったらそれは自分じゃねえと思うし、何か嫌だな」
セグロの考え方は嫌いではなかった。彼は倒せば倒すほど金が入るという単純明快なシステムが好きなのだ。そして彼がそれを失ったなら――それは確かにセグロと呼ぶのは難しい誰かになっているだろう。
「まあ自分なんて持ってても何の役にも立たないって、さっきのあの子なら言うかもしれねえけどな」
「……役に立たなくても、それを失ったら生きている意味なんてないと思う」
「俺はお前のそういうところが気に入ってるんだぜ、リアム。頼むからお前はそれを崩さないでいてくれよ」
何故セグロはこんな話をするのだろう。カノンはそれを尋ねる代わりに、トッピングの野菜を箸でつまんだ。
「……さっきお前のスコアも一緒に持って行ったんだけどさ。俺と競って触手狩りしてた奴が例の宗教に入っちまったって噂を聞いてな。そうしたらお前も大丈夫かなって気になってきちまって。だからお前が行きそうなところを探してたんだ」
「そのおかげで命拾いしたってことか」
「そういうことだな。一緒にガッポリ稼ごうぜってやってた奴が急に逆側に行っちまうのは結構クるものがあんだよ。……お前が無事でよかった。てかお前、ちゃんと食えよ。伸びるぞ」
カノンは苦笑してから続きを食べ始めた。しかし久しぶりの食事でも気持ちはそれほど晴れなかった。
自分の気持ちは変わらない。それでも揺らいでしまいそうになることはある。自我を手放してでも救いを求める人は確かにいる。その人たちに対する回答を、まだカノンは持ち合わせてはいなかったのだ。
*
家代わりにしている倉庫の中に入ると、カノンは深く息を吐いた。ここまでは気を張って歩いてきたが、もう限界だった。閉めたばかりのドアに寄りかかって座り込む。
「っ……あ、ああ……ッ」
服の下で触手が蠢いている。触手は時も場所も選ばずにカノンの体を弄ぶ。外にいる時はそれを必死に押さえ込んでいるだけだ。カノンはもどかしげに上着を脱ぎ、触手が這い回る白い肌を外気に晒した。
触手の狙いはわかっている。彼らはカノンが折れるのを待っているのだ。脱出のためにその力を借りたときのように、今度は心を開け渡すその時を。けれどまだ折れるわけにはいかない。首を横に振って耐えるカノンの目の前に、細い触手が姿を現した。
「何……っ、やだ、それだけは……ッ!」
細い触手はカノンにその姿を見せつけた後で、カノンの耳から体内に入り込む。何をしようとしているのか、それはエルマがリュカにしたのと同じことだ。
「だめ……私の、中に……入らないで……!」
しかしそんな必死の訴えを聞き入れてくれるような相手ではない。触手はカノンの脳内にまで入り込み、目的の場所を強く刺激する。
目の前に浮かんだ光景はカノンがまだ学生だった頃のものだ。学生の頃はチューブに乗って、片道一時間かけて通学していた。預けられていた親戚の家から、調査員を目指すために難関試験を突破して入学した進学校までは、結構な距離があったのだ。
体を動かすスペースなどほとんどない車内で、不躾にカノンの体に触れる手がある。カノンは不快感を思い出して顔を顰めた。どこにでもこういう不埒なことを考える輩はいて、カノンが学生の頃もそれは例外ではなかった。
(でも、あのときは――)
あのときは抵抗した。隙だらけだった犯人はカノンの敵ではなかったのだ。自分の体に触れる手を逆に掴み返して腕を捻り上げる。これが記憶の再生なら同じことができるはずだった。
(体が動かない……⁉︎)
カノンは自分の身に起きている異変に気がついた。満員の車内で、カノンは青紫色の触手に全身を拘束されていたのだ。触手は声を上げようとしたカノンの口の中に入り込む。
「ん、んん……っ、はぁ……ッ」
触手がカノンの喉奥に生温かい液体を吐き出す。すぐにカノンの体は熱くなり、閉じた脚の間からとろりと蜜が溢れ出してしまった。
「だめ……今、入ってきたら……っ」
カノンの白い脚を触手が這い上ってくる。その感覚にさえ感じてしまい、体がびくびくと震えてしまう。そんな状態で下着の下に直接触れられたら、どうなってしまうかは想像に難くない。
『結局あなたもあのロゼって子と同じ』
誰かの声が頭の中で響く。それが自分自身の声だと気付くのに時間はかからなかった。カノンは己の声を否定するように首を横に振った。
『ここはこんなに欲しがってるじゃない』
「違う……これは……ッ!」
触手に飲まされた催淫作用のある液体の効果は絶大だ。どんなに否定しても体だけは反応するようになってしまう。けれどそれは心は屈していないという逃げの理由付けにもなっていたのだ。しかしカノン自身の声がそれを否定する。
『だから何? 気持ちいいと思ってることには変わりないじゃない』
「違う……っ、気持ち良くなんか……!」
『それならどうしてこんなにびしょ濡れになってるの?』
下着の中に潜り込む誰かの手。それは溢れ出した蜜を掬って遊んでいる。
『あなただって、本当は誰かに触れられたいと思ってた。でも優秀な調査員になるために、自分の気持ちに蓋をしてきた』
「……っ、そんなこと、ない」
必死で勉強したのも、体を鍛えたのも、目標のためなら頑張れただけだ。そしてそれ以外にあまり興味がなかったのも本当だ。現に、自分の周りの人間に恋人ができようと何しようと、カノンの心は全く動かなかった。
『もう調査員としてのあなたは死んだのよ』
「っ……あ、あ……ッ!」
声は残酷な事実を告げる。同時に触手がカノンの膣内に入り込んだ。中で暴れ回る触手のせいで反論は封じられてしまう。けれど反論できたとしても何も言えなかっただろう。
『あなたが必死で求めてきたものは、もう全部なくなってしまった。それなのにまだ意地を張るの?』
「違う……私は、この星を守りたくて……っ!」
『そもそも自分のせいでこんなことになったのに?』
声はカノンを容赦なく責め立てる。そしてそれに合わせるように触手の動きも大きくなっていった。過去の記憶に重なる目の前の情景。触手に蹂躙されているその姿に注がれる、周囲の人間の視線。
「やめて……見ないで……ぁあっ!」
『見ないでなんて、そんな我儘通るわけないでしょ。みんな思ってるのよ。――お前さえ帰って来なければ、平和でいられたのにってね』
わかっている。それはカノン自身が一番強く思っていることだ。けれど後悔したところで何も変わらないのだと言い聞かせて前を向いた。けれど今、視線がカノンの心に牙を剥く。
『あのロゼって子だって、あなたが帰って来なければ、心からあの子を愛してくれる誰かに出会えたかもしれないのに』
「やだ……やめて……っ、見ないで」
『これは罰なんだから、そんなことは許されないのよ。自分がみんなを不幸にしてるのに気持ち良くなっちゃってるところを見てもらいなさい』
「いや……やだ、ぅ、ああぁっ!」
心は拒絶しているのに、体は快楽を拒否できない。カノンは偽りの無数の視線を向けられながら果てた。力を失ったカノンの体から触手がゆっくりと這い出てくる。
「はぁ、はぁ……っ」
記憶と重ねられた幻覚だとわかっている。しかし先程までうるさいほどに聞こえてきた声がカノンの心を苛んでいた。
自分が全ての不幸を引き起こしたことも、それなのに触手に感じてしまっていることも、全部本当のことなのだ。カノンは自分の体を抱きながら一筋の涙を溢す。
自分が悪いのはわかっている。でもここで自分が死んだとして、既に広がった触手がそれでどうなるわけでもない。カノンの目の前にあるのはたった一つの道だけなのだ。
カノンは震える手で光線銃を掴む。今はこれだけが――戦い続けることだけが、心の支えだ。
セグロによって蚊帳の外に追い出されたカノンは、二人の戦いをじっと見つめていた。そして思ったのは、かつての同僚のことだった。
(エルマは……強かったんだな)
彼女はその頭脳で触手を使いこなしていた。それに比べるとロゼの方は隙が多い。だがセグロも触手に寄生された人間との戦いは初めてだろう。
「どいつもこいつも私の邪魔をして! 私何も悪いことなんてしてないのに!」
「おいおい人の部下の首絞めといてそりゃねぇだろ!」
光線銃を使えば距離を取ることはできる。しかし無数の触手を操るロゼ自身にダメージを与えることはできない。ここまで触手を従えるのにどれだけ触手を産んだのか。ロゼがセグロに集中している間に援護するか、逆にロゼの注意を自分に惹きつけるかすべきだろうかとカノンが思ったそのとき、セグロが急に上に跳んだ。
靴に何か仕込んでいるのか、あり得ない跳躍力だ。ロゼはそれに気を取られて上を見る。セグロは上からロゼに光線銃を向ける――と見せかけて、足元に何かを投げた。
(電子網……!)
それは特殊な光線を利用して作られた、対象を無傷で捕縛するための罠だ。何度も使えて便利ではあるが、かなり高額なので民間にはほぼ出回っていない代物だ。ロゼがセグロに気を取られている間に罠が作動し、ロゼはその触手ごと網に囚われた。
電子網が優れているのは、捕縛した対象を眠らせることができるところだ。危険がわかっている惑星の調査のときは調査員もこれを支給される。惑星イグルマのときは、事前調査で生物反応なしだったために装備に入っていなかったのだ。
ロゼが眠ったのを確認したセグロは、彼女を回収するようにという連絡を入れていた。あとは回収しにくる特別医療機関の人間にロゼを引き渡せば、触手狩りとしての仕事は終わりだ。
「見てみろよ、すげえスコアだ」
「……そうだね」
「なんだぁ? やっぱ自分でスコア取りたかったか?」
カノンは首を横に振る。触手を倒すのは自分でなくても構わない。この惑星が守られるならそれでいい。討伐スコアに応じでもらえる報酬にも興味はなかった。しかし、ロゼの話が棘のように胸に刺さって抜けないままなのだ。
しばらくして、やってきた特別医療機関の人間にロゼを引き渡したあとで、セグロが言った。
「なぁ、このあと時間あるならメシでも行かねえか?」
カノンは逡巡した。食事は必要ないが、食べることができないわけではない。自分を助けてくれたセグロの誘いを無碍にするのもあまり良くはないだろう。暫く彼のグループの一員として身を潜めていたいのは事実だ。それならセグロとの関係を良好に保っておく必要がある。
「どこかいい店知ってるの?」
「おう。俺の行きつけだ」
セグロと公園を出て五分ほど歩いたところに屋台があった。そこがセグロの行きつけらしい。カノンはその屋台が出している暖簾を見て僅かに目を細めた。
「知ってるか? ある惑星ではよく食べられている麺なんだぜ? 珍しいだろ」
「食べたことあるけど」
「え、まじかよ……気晴らしに珍しい食いもんと思ったんだけどなぁ」
それはかつてカノンが調査に赴いたことのある惑星で食べたものだった。そもそもこの食べ物の情報を持ち帰った張本人がカノンだ。まさかそれがこんな屋台で食べられるほどに広がっているとは思わなかった。
「気持ちだけでも嬉しいよ、ありがとう」
「まあこれはお前への礼も兼ねてだから、遠慮せずに高いやつ食え」
「お礼?」
「お前の稼いだ金で電子網買えたんだ。これで俺はスコア稼ぎ放題でウッハウハになるわけよ」
自分がそれほど稼いでいたということも知らなかった。カノンはお品書きを見ながら、結局一番シンプルな麺を選んだ。
「……なぁ、リアム」
「何?」
「俺はお金が好きだから、強ければ稼げるこんな仕事をしてる。お前はなんで触手狩りなんてやってるんだ?」
全てを話してしまうわけにはいかない。けれど誤魔化すことも難しい質問だった。カノンは目の前に上がる湯気を見ながらセグロの問いに答える。
「両親が侵略者と戦って殉職した。僕は両親がこの星を守るために戦ってる姿を尊敬していた。だから……僕はこの星を守るためにできることをしたくて」
「なるほどなぁ。いや、触手狩りなんて正直金のためにやってる奴が多いんだよ。でもお前は報酬を受け取りたがらない。なんでだろうなぁって思ってたんだ」
「お金のためでも、別の理由でも、この惑星を守るという目的が達せられるなら僕は何でもいいと思う」
「でも、あれを受け入れちまう奴もいる。さっきのあの子みたいにな」
カノンが目を伏せたところで、セグロとカノンの前に麺が運ばれてきた。小麦で作られた縮れた黄色い麺。野菜と肉のトッピング。スープの色は黒っぽかった。カノンは懐かしさを感じながらそれを見つめる。
「伸びちまうから、とりあえず食うか」
「うん」
久しぶりの食事だった。残念ながらカノンの知っている味ではなかったが、それでもソレアのものを使って美味しく仕上げたのだろう。
「でさぁ、最近はあの触手を自分の欲望のために利用してやろうって奴らも増えてるだろ?」
「……そうだね」
「この前聞いた話だと公共の場所にこっそり放ったりとか、あとは娼館……って娼館知ってるか?」
「さすがにそれくらい知ってるけど」
「そうか。で、そういうところで自分の欲望を満たすために使ったりとかな……まあ、聞いてるとひでえ話が結構あるわけだ」
ロゼも言ってしまえばそれに巻き込まれた被害者だ。ただ彼女がそれを受け入れてしまっただけで、あの場所に触手がいたのはおそらく誰かの悪意に起因しているのだ。
「それだけじゃねぇ。最近だとあの触手を崇める宗教まで出てきてるときた」
「宗教……」
「まあ考えてみりゃ、余計なこと考えずに手っ取り早く救われる方法かもしれねえよな」
セグロはそう言うと麺を啜る。カノンは最初、この麺をうまく啜ることができなかったが、セグロは流石にこの店を行きつけと豪語するだけはあった。セグロにとっては何気なく言った言葉なのかもしれない。けれどカノンは食べる手を止めて拳を握りしめた。
「――あれが救いなんて、認めない」
ロゼは確かに救われたのだろう。生きていくのは苦しいことばかりだというのはわかる。過酷な状況に追いやられてしまっている人も沢山いる。その人たちにとって、ただ快楽だけを与えてくれる存在は確かに救済者に見えるかもしれない。それでも認められないのだ。
「自我を奪われて、それを幸せだという世界は地獄だよ」
「……そうだなぁ。俺も金が大好きな自分がいなくなったらそれは自分じゃねえと思うし、何か嫌だな」
セグロの考え方は嫌いではなかった。彼は倒せば倒すほど金が入るという単純明快なシステムが好きなのだ。そして彼がそれを失ったなら――それは確かにセグロと呼ぶのは難しい誰かになっているだろう。
「まあ自分なんて持ってても何の役にも立たないって、さっきのあの子なら言うかもしれねえけどな」
「……役に立たなくても、それを失ったら生きている意味なんてないと思う」
「俺はお前のそういうところが気に入ってるんだぜ、リアム。頼むからお前はそれを崩さないでいてくれよ」
何故セグロはこんな話をするのだろう。カノンはそれを尋ねる代わりに、トッピングの野菜を箸でつまんだ。
「……さっきお前のスコアも一緒に持って行ったんだけどさ。俺と競って触手狩りしてた奴が例の宗教に入っちまったって噂を聞いてな。そうしたらお前も大丈夫かなって気になってきちまって。だからお前が行きそうなところを探してたんだ」
「そのおかげで命拾いしたってことか」
「そういうことだな。一緒にガッポリ稼ごうぜってやってた奴が急に逆側に行っちまうのは結構クるものがあんだよ。……お前が無事でよかった。てかお前、ちゃんと食えよ。伸びるぞ」
カノンは苦笑してから続きを食べ始めた。しかし久しぶりの食事でも気持ちはそれほど晴れなかった。
自分の気持ちは変わらない。それでも揺らいでしまいそうになることはある。自我を手放してでも救いを求める人は確かにいる。その人たちに対する回答を、まだカノンは持ち合わせてはいなかったのだ。
*
家代わりにしている倉庫の中に入ると、カノンは深く息を吐いた。ここまでは気を張って歩いてきたが、もう限界だった。閉めたばかりのドアに寄りかかって座り込む。
「っ……あ、ああ……ッ」
服の下で触手が蠢いている。触手は時も場所も選ばずにカノンの体を弄ぶ。外にいる時はそれを必死に押さえ込んでいるだけだ。カノンはもどかしげに上着を脱ぎ、触手が這い回る白い肌を外気に晒した。
触手の狙いはわかっている。彼らはカノンが折れるのを待っているのだ。脱出のためにその力を借りたときのように、今度は心を開け渡すその時を。けれどまだ折れるわけにはいかない。首を横に振って耐えるカノンの目の前に、細い触手が姿を現した。
「何……っ、やだ、それだけは……ッ!」
細い触手はカノンにその姿を見せつけた後で、カノンの耳から体内に入り込む。何をしようとしているのか、それはエルマがリュカにしたのと同じことだ。
「だめ……私の、中に……入らないで……!」
しかしそんな必死の訴えを聞き入れてくれるような相手ではない。触手はカノンの脳内にまで入り込み、目的の場所を強く刺激する。
目の前に浮かんだ光景はカノンがまだ学生だった頃のものだ。学生の頃はチューブに乗って、片道一時間かけて通学していた。預けられていた親戚の家から、調査員を目指すために難関試験を突破して入学した進学校までは、結構な距離があったのだ。
体を動かすスペースなどほとんどない車内で、不躾にカノンの体に触れる手がある。カノンは不快感を思い出して顔を顰めた。どこにでもこういう不埒なことを考える輩はいて、カノンが学生の頃もそれは例外ではなかった。
(でも、あのときは――)
あのときは抵抗した。隙だらけだった犯人はカノンの敵ではなかったのだ。自分の体に触れる手を逆に掴み返して腕を捻り上げる。これが記憶の再生なら同じことができるはずだった。
(体が動かない……⁉︎)
カノンは自分の身に起きている異変に気がついた。満員の車内で、カノンは青紫色の触手に全身を拘束されていたのだ。触手は声を上げようとしたカノンの口の中に入り込む。
「ん、んん……っ、はぁ……ッ」
触手がカノンの喉奥に生温かい液体を吐き出す。すぐにカノンの体は熱くなり、閉じた脚の間からとろりと蜜が溢れ出してしまった。
「だめ……今、入ってきたら……っ」
カノンの白い脚を触手が這い上ってくる。その感覚にさえ感じてしまい、体がびくびくと震えてしまう。そんな状態で下着の下に直接触れられたら、どうなってしまうかは想像に難くない。
『結局あなたもあのロゼって子と同じ』
誰かの声が頭の中で響く。それが自分自身の声だと気付くのに時間はかからなかった。カノンは己の声を否定するように首を横に振った。
『ここはこんなに欲しがってるじゃない』
「違う……これは……ッ!」
触手に飲まされた催淫作用のある液体の効果は絶大だ。どんなに否定しても体だけは反応するようになってしまう。けれどそれは心は屈していないという逃げの理由付けにもなっていたのだ。しかしカノン自身の声がそれを否定する。
『だから何? 気持ちいいと思ってることには変わりないじゃない』
「違う……っ、気持ち良くなんか……!」
『それならどうしてこんなにびしょ濡れになってるの?』
下着の中に潜り込む誰かの手。それは溢れ出した蜜を掬って遊んでいる。
『あなただって、本当は誰かに触れられたいと思ってた。でも優秀な調査員になるために、自分の気持ちに蓋をしてきた』
「……っ、そんなこと、ない」
必死で勉強したのも、体を鍛えたのも、目標のためなら頑張れただけだ。そしてそれ以外にあまり興味がなかったのも本当だ。現に、自分の周りの人間に恋人ができようと何しようと、カノンの心は全く動かなかった。
『もう調査員としてのあなたは死んだのよ』
「っ……あ、あ……ッ!」
声は残酷な事実を告げる。同時に触手がカノンの膣内に入り込んだ。中で暴れ回る触手のせいで反論は封じられてしまう。けれど反論できたとしても何も言えなかっただろう。
『あなたが必死で求めてきたものは、もう全部なくなってしまった。それなのにまだ意地を張るの?』
「違う……私は、この星を守りたくて……っ!」
『そもそも自分のせいでこんなことになったのに?』
声はカノンを容赦なく責め立てる。そしてそれに合わせるように触手の動きも大きくなっていった。過去の記憶に重なる目の前の情景。触手に蹂躙されているその姿に注がれる、周囲の人間の視線。
「やめて……見ないで……ぁあっ!」
『見ないでなんて、そんな我儘通るわけないでしょ。みんな思ってるのよ。――お前さえ帰って来なければ、平和でいられたのにってね』
わかっている。それはカノン自身が一番強く思っていることだ。けれど後悔したところで何も変わらないのだと言い聞かせて前を向いた。けれど今、視線がカノンの心に牙を剥く。
『あのロゼって子だって、あなたが帰って来なければ、心からあの子を愛してくれる誰かに出会えたかもしれないのに』
「やだ……やめて……っ、見ないで」
『これは罰なんだから、そんなことは許されないのよ。自分がみんなを不幸にしてるのに気持ち良くなっちゃってるところを見てもらいなさい』
「いや……やだ、ぅ、ああぁっ!」
心は拒絶しているのに、体は快楽を拒否できない。カノンは偽りの無数の視線を向けられながら果てた。力を失ったカノンの体から触手がゆっくりと這い出てくる。
「はぁ、はぁ……っ」
記憶と重ねられた幻覚だとわかっている。しかし先程までうるさいほどに聞こえてきた声がカノンの心を苛んでいた。
自分が全ての不幸を引き起こしたことも、それなのに触手に感じてしまっていることも、全部本当のことなのだ。カノンは自分の体を抱きながら一筋の涙を溢す。
自分が悪いのはわかっている。でもここで自分が死んだとして、既に広がった触手がそれでどうなるわけでもない。カノンの目の前にあるのはたった一つの道だけなのだ。
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