【R18】INVADER

深山瀬怜

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consolation

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「……自分が何をしたかわかってるのか?」
「新しい触手が次々産まれるような状況で、掃討作戦をやったって何の意味もない。だから元を絶っただけ」
「そりゃ確かにそうかもしれねぇけど、シルヴァはあの子を助けてくれって俺に頼んだんだぞ! 俺の電子網があれば、とりあえず動けないようにして外に出すこともできた!」
「……手遅れだった。あのまま外に連れて行ったとしても、もう」
「そんなのやってみなきゃわかんねぇだろ! 今だって、寄生した触手を取り除く方法だって頭のいい奴らが必死に考えてんだ! それが見つかるまでコールドスリープでも何でもしておいたら、もしかしたら!」
 セグロの言いたいことはわかる。けれど、コールドスリープで時間を止めることはできても、既に壊れてしまったものを直すことはできない。アリスは既に心身ともに手遅れな状態だったとカノンは判断したのだ。
「……間違ったことをしたとは思ってないよ」
 しかしセグロはセグロで、どうしても納得できないようだった。カノンはシルヴァに気遣うような視線を向けているセグロに言う。
「おかげでスコアもいつもの倍以上。報酬はいつも通りセグロさんの自由にしてくれていいから」
「リアム、お前……! 人ひとり殺しといて、スコアとか報酬とかそういう話がよく平気でできるな⁉︎」
 セグロは人が良すぎる。アリスはシルヴァが大切に思っていた人だったというのもあるだろう。カノンはわざと片方の口角だけを上げて笑った。
「――あれが人に見えたのかよ、セグロさん」
 言い放った台詞は、何よりもカノン自身に突き刺さる。けれど止まらなかった。二の句が継げないセグロをよそに、カノンはすらすらと言葉を紡ぐ。
「ガバガバのアソコに三本も産卵管を咥え込んでヨガってる奴なんて、もう人間とは呼べねえだろ」
「リアム、てめぇ……!」
 セグロはカノンの胸倉を掴んだ。カノンはそれを片手で怠そうに外す。セグロは怒りを滲ませた声でカノンに言い放った。
「お前みたいな奴は、俺の下にはいらない。……人の心がないのはどっちだよ」
「僕だって、あんたがそんな腑抜けだとは思わなかったよ」
 カノンはそう吐き捨てて、セグロに背を向けた。これで関係は解消になるだろう。けれどそれで構わないとカノンは思った。そもそも正体が露見しないように、ひとつのところに長くは留まらないと決めていた。それが予定より少し早くなっただけのことなのだ。



 倉庫に戻ったカノンは、溜息とともに片手で上着を脱ぎながら持っていた荷物を投げ出した。荷物のほとんどは武器だ。けれど今はそれを見る気にはなれなかった。
「っ……こんなときまで」
 体が熱を持っている。今日は予定外に動き過ぎたのだ。自分が持っている以上の力を使ってしまうと代償は当然ある。そもそもカノンはこの触手生命体の最大の目的とは正反対の行動をしている。無理を通している分、反動は大きい。
「……っ、でも、やっぱり……私のものとも、エルマのとも……違う」
 アリスが産んだ触手を密閉容器に入れてひとつだけ持って帰って来た。あの異常増殖の原因は突き止めなければならない。けれどこの倉庫には調査に使えるようなものは何もない。調査員だった頃は簡易的な調査は現地でもできるようにしていたし、さらに細かい調査はエルマに任せればよかった。今はそれは使えない手段だ。民間の調査会社か、現在触手生命体殲滅のために組織されている政府機関に依頼するくらいしか方法はない。
 思考を巡らすカノンを邪魔するように触手たちはカノンの体にまとわりつく。自分のしたことを受け止める時間すら与えてくれる気はないらしい。触手はその先を筆のように細く枝分かれさせ、それでカノンの柔らかな肌をなぞっていく。産毛に触れるか触れないかくらいのいつもよりも静かな触り方に、カノンの体はかえって過敏に反応した。
「っ……ふぅ、っ……ぁ」
 それはぬるま湯の中を揺蕩っているような快感だった。カノンが強く感じる場所には触れてこない。けれどじわりじわりと体が熱を帯びる。
「ん……ぅ、はぁ……っ」
 触手のことを受け入れてはならないと思うのに、気持ちいいと感じてしまう。このまま眠ってしまうかもしれないほどの心地よささえある。カノンの中心が熱くなって、とろりとしたものが滲み出した。触手はカノンの下着の中に静かに入り込み、その部分を何度も優しくなぞった。
「ん……っ、もしかして……慰めてる、つもり……?」
 それはカノンが現状を勝手に解釈しただけに過ぎない。けれど触手にはある程度意思があることはわかっている。カノンは苦笑した。そもそもの発端はこの触手たちなのだ。それに慰められたところで何の意味もない。慰めるくらいならソレアから引き上げてくれるのが一番いいのだ。けれど今この瞬間、カノンに寄り添ってくれる存在は彼らしかいなかった。
「触りたいなら勝手にして……今日はもう、疲れたの」
 カノンは触手に包まれるようにして目を閉じる。触手たちは半分眠っているカノンの体を乱暴に扱うことはしなかった。陰唇をなぞっていた触手はカノンの性器の中に潜り込むが、決して激しく動くことはせずにそこにとどまっている。時折カノンの呼吸に合わせてそこが収縮するのを静かに楽しんでいるようだった。
「……ん……ふ、ぁ……」
 新たに二本の触手が伸びて、カノンの胸に触れる。それは触手の先を変化させ、胸を包み込むゼリー状のものになった。それが触れている場所は確かに快感を覚えているのに、高熱のときに額に貼る冷却シートのように、カノンの体を優しく冷ましていくものでもあった。
「あ……ふぁ……ん、も、だめ……っ」
 絶頂は穏やかで、だからこそ尾を引いた。カノンはそのまま襲ってきた睡魔に身を任せるようにして眠りに落ちていった。



「なんだい、シケた面してるねぇ」
「そっちは元気そうだな。あんなことがあったっていうのに」
 セグロが件の麺の屋台で夕食を済ませているところにシルヴァがやって来たのは、事件が起きてから二週間後のことだった。シルヴァはセグロの隣に座り、一番トッピングの多い麺を注文する。
「元気じゃないとやってられないよ。私は何人もの生活を背負ってんだからね。まあ良い保険に入ってたから、しばらくは何とかなりそうだけど」
「……そうか」
「保険金で、今度はカフェでもやろうかねぇって話してるところだよ。こんな世の中じゃ、娼館なんてもうやってられないからね」
 セグロは目を伏せる。事件を引き起こしたのは、セグロとは関係ない客の一人だ。けれどそれを解決するためとはいえ、自分が連れて行った人間がしでかしたことが未だに魚の小骨のように引っかかっていた。
「元々、もうちょっと金が貯まったら廃業するつもりだったんだよ。前の店主から引き継いだってだけでさ、正直やる気なんてそんなになかった。でも、あの子達を路頭に迷わすわけにもいかないしと思ってね」
「……お前にとっては大事な子だったんだろ。それなのにあんなことになっちまって」
 セグロが言うと、シルヴァは「そんなこと気にしてたのかい」と笑う。ちょうど運ばれてきた麺が湯気を立てている。シルヴァが割り箸を割る音が響いた。
「アリスのことで思うことはあるさ。でも、お前もそろそろあの子を許してやったらどうだい?」
「許すとか許さないの問題じゃないだろ。理由はどうあれ、人を殺したんだぞ」
「だけどそうしなかったとしたら、今頃ここで麺なんて食べてる場合じゃないだろうね。それに、彼女はアンタが思ってるような冷たい子じゃないさ。――あの子だけだよ、あのあとアリスに花を供えに来たのは」
「花?」
 シルヴァは麺を啜る。頬杖をつきながらもちゃもちゃと食べていた自分に比べると、随分と粋な食べ方だとセグロは思った。
「店の跡地にね。私はアリスが前に好きだって言ってた花を包んでもらって置かせてもらってたんだけど……あの子が持ってきたのは、綺麗な青い花だったよ。アリスの瞳の色さ。アリスの客達は誰一人来なかった。……アリスを殺した子が一番アリスを悼んでくれたってのは皮肉な話だね」
「……でも」
「あの娘にも何か事情があるんだろうよ。少なくともお前に断りもなしにやっちまった理由はね」
「それはそうかもしれないけど……って娘? リアムは男だぞ? 確かに多少華奢だなとは思うけど」
 怪訝な顔をしているセグロを、シルヴァは割り箸で指す。呆れたような大仰な溜息とともに、シルヴァは言った。
「あの子は女だよ。私にはわかる。女で触手狩りをやるってのがどういうことなのか、セグロだってちょっと考えればわかるだろ?」
「わかるさ。だからこそ女の触手狩りは自分のグループには入れないって奴もいるんだ」
「それだけのことをしなきゃいけない理由があるんだよ。金なのか、それとも他の理由なのかは知らないけどね」
 金ではない。それはセグロが一番知っている。リアムはこれまでの触手狩りの報酬を一切受け取っていないからだ。それなら他にどんな理由があるのだろうか。考えてもわかりはしない。けれど、これまで合点がいかなかったいくつかのことが、そのたった一つの事実だけで繋がっていくような気がした。
「一目見たときから、あれは女だって思ったよ。他の奴の目は誤魔化せても、何人もの女の体を見てきた私の目は誤魔化せないさ。あの子はそれだけのものを背負ってるんだ」
「だからって人を殺していいわけじゃないだろ」
「それはそうだけどね。でも……アリスにとっては、あのまま生かされるよりはそっちの方が良かったのかもしれないとさえ思ったよ」
 シルヴァはスープの最後の一滴まで飲み干した。セグロにとっては信じられないことだった。命は何よりも大切なものなのだ。命がなければどんな希望も意味を成さないはずだ。でもシルヴァは静かに言う。
「酷い状態だったんだそうだ。何年もヤク漬けにされた人と変わらないくらいって医者は言ってたよ。それがたった一時間かそこらで起きたんだ。あれ以上長引いてたらと思うと――」
「そんなに酷い状態になるのか? こんな稼業だから、既に産み付けられちまった子も見たけど、その時間でそこまでのは……」
「だから、明らかに異常なんだそうだ。変種が現れたのか、それとも別の理由があるかはわからないけど……噂では、そういうヤバいやつをばら撒いてるのがいるって話だ」
 セグロは目を瞠った。変種というだけで問題なのに、それを更にばら撒いている人間がいるとは。先日のロゼという少女の一件といい、触手を己の欲望のために使ってしまう人達がいることはわかっている。最悪の組み合わせが発生していると言えた。
「あの子は今それを調べてるって言ってたな。あとお前にも、『触手は男も襲うことがあるから気を付けて』って」
「……話したのか、リアム――いや、それは偽名か。だから、えーと……」
「名前なんて適当でいいさ。いずれにしても、これは想像以上にきな臭い話になってきてる。私は手を引くけどね。アンタは――狩りを続けるなら、気を付けた方がいい」
「ああ、そうだな」
 答えながらも、セグロはどこか気もそぞろだった。そもそも相手が普通の触手であっても、女性がそれに関わるのは危険なのだ。それなのに、更に危険度を増した変種の触手を追っているのか。そこには一体どんな理由があるのか。それを考えるといてもたってもいられなかった。
「なぁ、シルヴァ。あのアリスっていう子の最後の客について、ちょっと教えてくれないか?」
「あいつはちょっと変わった奴だけど、普通の会社員だった。アリスのことはずっと可愛がってたんだ。最後以外は、客としては優秀だったよ」
「そいつが持ち込んだ触手は、どこでどうやって入手したのか――まあ、あいつもそれを調べてはいるだろうけどな。でも俺にも、前職の伝手とかがあるからな」
 シルヴァはセグロの言葉を聞いて笑った。セグロは先程までとは明らかに違う表情をしている。
「いい顔になってきたじゃないか。まあせいぜい頑張ってくれ。――アリスのためにも」
「ああ、わかってるさ」
「それじゃ、私は行くよ。私にはまだ、背負わなきゃいけない子達がいっぱいいるからね」
 シルヴァは代金をカウンターに置き、その場から颯爽と立ち去った。セグロはその真っ直ぐな背中を見送ってから、同じようにカウンターに代金を置く。するとこれまで一言も話さなかった店主が口を開いた。
「兄ちゃんがこの前連れてきた子、一昨日来てたよ。随分クールな奴だなぁと思ってたけど、うちの麺は元々のものとは違うけど、とても美味しいって言ってくれてな」
「そうだな。麺は色々食べてきたけど、俺としてはここのが一番好きだ。……って『元々』ってどういうことだ?」
「さあな。どっかの惑星のやつが元々っちゃ元々だけど、それを食った奴なんてソレアには数人しかいないはずだから、きっとここよりも前に店を出した、元祖的なやつのことなんだろうぜ」
「……まあ、そうだよな」
 セグロは若干の違和感を覚えながらも、まあいいかと思って立ち上がった。そんなことよりも、今はやらなければならないことがあった。
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