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1・妹は王子様
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市川和紗は稔の妹である。
和紗の病室を訪れた稔は、部屋に溢れる花束の数を見て呆れて溜息を吐いた。和紗の友人や後輩たちが代わる代わる見舞いに訪れて置いていったのだろう。和紗は学園の中でも非常に人気がある。それも、学園の王子様として。
さっぱりとしたショートカットに、兄の稔から見ても整った顔立ち。所属している馬術部では気難しいと噂の牝馬のクリスティーヌを乗りこなし、女子生徒には白馬の王子様と囁かれている。クリスティーヌは白馬ではないのだが、という指摘は和紗に熱を上げる女子生徒たちには完全に流されてしまった。
そんな妹なので、入院するとなると見舞い希望者が殺到した。さすがに病院に迷惑がかかるからと「代表者が来て」と和紗自身からのお達しがあったそうだが、それでも病院の花瓶が足りなくなるのではと危惧してしまいそうなくらいの花で溢れてしまっている。
「ああ、お兄。来てくれたんだ」
ドアのところで固まっていた稔を見つけて、和紗が微笑んだ。妹としては特に意識している顔でもないのだろうが、その笑顔で何人の女子生徒を虜にしてきたのだろうかと思ってしまう。今どき、テレビに出ている若手俳優でもそんな甘い笑顔を人に向けたりはしない。
和紗のベッドの周りには二人の女子生徒がいたが、稔が来たとわかると名残惜しそうに病室を出て行った。稔はその二人の背中を見送ってから和紗に話しかける。
「すごい量の花だな。これどうするんだ? 家にこんなに花瓶ないけど」
「全部病院で引き取ってもらうことにしたよ。看護師さんたちに相談したら、ナースステーションとかに飾りたいって」
「ほーん……」
無自覚だろうが、その看護師たちも和紗の笑顔にやられているのだろう。花を引き取ってくれるなら有り難いが、派手にモテる妹を見ているとどうしても一歩引いてしまうのだ。
漫画から出て来たような端整な顔立ち。その上スポーツは万能で、勉強もそれなりに出来る。家族だから、実は抜けているところがあるというのも知っているが、それさえも魅力になってしまうようなところが和紗にはある。
一方の稔は、和紗には似ても似つかない平凡な男である。同じ血が流れているはずなのだが、稔は和紗とは違って顔立ちは地味な上、運動は苦手で、勉強は努力すればそこそこは出来るという程度。和紗の数少ない欠点として絵と作文が下手というのがあるが、逆に稔は絵と作文が得意だったりする。自分は生まれるときにその二つの才能以外全部置いてきてしまって、和紗がその置いてきたものを全部拾って生まれてきたのかもしれない、と稔は常々思っていた。
「体の調子はどうだ?」
「昨晩はちょっと傷が痛んだけど、もう大丈夫」
「そうか。明後日には退院できるって聞いたけど」
「うん、そうみたい。幸い良性だったしね」
和紗の声は少し低く、耳の中に入ると甘く溶けていく。妹だとわかっていてもほれぼれするほどにかっこいい。それどころか、こうして会話している最中に一瞬妹であることを忘れてしまうほどだ。
けれど和紗が入院した理由は卵巣嚢腫の手術のためだった。間違いなく和紗の体が女のものであるということを知らしめる病だ。生殖は体外で行われて、性器がほとんど無用のものとなった今でも、体に残っているそれは様々な病気を患うのだ。
「どうせ必要ないんだから、全部取ってくれてもよかったんだけどなぁ」
和紗が言う。良性だったため手術は腹腔鏡で行われ、和紗の卵巣や子宮はそのまま残されている。使われないものであっても、病んでもいない臓器を取ったりしないというのが今の医療の方針だ。けれど和紗のようにその器官を不要に思う人も多い。
「そういう手術すると大がかりになって、それはそれで病気のリスクになるんだろ?」
「そうらしいね。まあこの分だと部活にもすぐ復帰できそうだから、これで良かったとは思うんだけど……手術して意識しているせいなのか、何だかこの辺が重いんだよなぁ」
和紗が腹部をさする。その範囲が広すぎて胃も入っている気がしたが、それは言わないでおいた。
「気になるようなら、布施先生に相談してみたらどうだ? 気のせいならそれでいいし、他にも何か病気が見つかるかもしれないし」
「怖いこと言うなぁ、お兄。もう病気は嫌だよ……ま、もしそうだったとしたら早期発見に越したことはないか」
「そうだよ。お前に何かあったら悲しむ子たちがいっぱいいるんだからな」
花の数が物語っている。和紗は多くの人に憧れと恋慕が入り交じった感情を向けられていた。そのどれもが純粋な感情だということは誰もが理解している。人類は性欲という獣の感情を捨てた。それでも残った気持ちは下心のない綺麗なものだ。和紗もそれをわかっていて、ゆったりと好意を受け止めている。
「お兄は?」
「え?」
「お兄は、私に何かあったら悲しい?」
和紗は顔をぐいっと近付けて稔に尋ねる。その淡褐色の瞳には稔の姿が逆さまに映っていた。和紗の向こう側にある花瓶のどこからか花の甘い香りがして、一瞬頭の芯が眩みそうになった。
「当たり前だろ。大事な妹なんだからな」
「そっか。病院つれて行ってくれたのもお兄だしね」
「いや、タクシー呼んで一緒に乗っただけだけどな……」
お腹が痛いという和紗を病院に連れて行くために、稔がタクシーを呼んで一緒に乗ったのは事実だ。けれど別に特別なことをしたわけではない。それが普通だと思ったからそうしただけだ。それに対して面と向かって礼を言われると照れくさい。稔は和紗からそっと視線を外した。
「いや、お兄結構慌ててたよ。私の方が冷静だったかも」
「脂汗かいてた奴が何言ってんだ?」
「お腹は痛かったけどさぁ……お兄、まるで私が今にも死ぬんじゃないかってくらい焦ってた気がして」
「死ぬとは思ってなかったけど、家族が苦しんでたら普通そうなるだろ」
「家族、ねぇ……じゃあ、私が家族じゃなかったら?」
「変なこと聞くなよな。和紗が家族じゃなかったらとか、正直考えられないって」
小さな頃から兄妹として一緒に過ごしてきた相手だ。家族ではなかったら、なんて急に言われても上手く想像ができない。和紗は花瓶の花の一つに手を伸ばしながら言った。
「まあ、お兄には璃子ちゃんがいるしね」
「何でそこで璃子の話なんだよ……。そういえば璃子は見舞いに来たのか?」
「うん。花瓶の水全部換えてくれたよ。私も動けないわけじゃないんだけどって言ったんだけど」
「あいつはそうやってお前の世話を焼くのが好きなんだよな。妹が欲しかったって昔からずっと言ってる」
璃子――蔵敷璃子は、稔たちの家の斜向かいに住んでいる俺の同級生だ。つまるところ幼馴染だ。生まれた頃から家族ぐるみの付き合いがあり、きょうだいのいない璃子は和紗を実の妹のように可愛がっている。そして璃子は、一年程前から稔の彼女でもあった。
「璃子ちゃんとは上手く行ってるみたいだね。よかった」
「付き合う前とあんまり変わってないって言ったらそうなんだけどな」
「この前美術館デートしたんでしょ? さっき言ってたよ」
「筒抜けだな……」
璃子とのことは家族全員知っているから和紗に隠すことは何もないのだが、あまりにも行動が筒抜けになってしまっているので少し恥ずかしい。稔が緊張しながら誘った美術館デートも、和紗にとっては大したことがないのだろうとも思ってしまう。
「お兄、てっきり璃子ちゃんと来ると思ってたから、そこはちょっとびっくりしたけどね」
「部活だったんだよ」
「あ、そうか今日火曜日だったね。こういうところにいると曜日感覚狂うな」
稔が所属する美術部の活動は毎週火曜日だ。活動と言っても参加しなければならないのは今後の予定を話し合う最初のミーティングだけで、あとは各々勝手に作品を作るだけなのだが。今日は和紗の見舞いのためにミーティングだけ出て切り上げてきたのだ。
「そういえば、今年の展覧会も出すんでしょ?」
「まあ、その予定だけど」
「今年も璃子ちゃんがモデル?」
「まだ考えてないけど……他になかったらそうなるかな」
「昨年の璃子ちゃんの絵、すごくよかったから、今年も璃子ちゃんにすればいいよ」
昨年稔は展覧会に璃子を描いた絵を出品して、見事銀賞をもらった。自信作だったし、璃子を描くこと自体はやぶさかでもないのだが、二年連続同じ題材もどうなのか、とも思っているところだ。それと同時に、昨年の展覧会で起きた珍事を思い出して稔は溜息を吐いた。
「今年は取り巻き連れてこないでくれよ?」
「みんな絵が見たいって言うから一緒に行っただけなんだけどなぁ」
「偉い人が『こんなに一気に人が来るの想定してなかった』って目回してからさ」
和紗が連れてきた女の子たちは静かに鑑賞こそしていたのだが、純粋に数が多かった。狭い部屋に想定以上の人が入ってしまって、展覧会の主催者が驚いていたのだ。さすがにそういう目立ち方は今年は避けたいものだ。
他愛のない話をしているうちに、面会時間終了を知らせるチャイムが鳴った。稔は荷物を持って立ち上がる。すると和紗も電動ベッドのリモコンを操作しながら起き上がった。
「玄関まで送ってくよ、お兄」
「一応病人だろ。ここでいい」
「もうすぐ退院だけどね」
「でもまだ油断はできないだろ?」
それでも和紗が譲らないので、病棟の入り口までは一緒に行くことにした。立ち上がった和紗は首を傾げながらまた腹部をさすっている。
「やっぱちょっと重いんだよなぁ。昨日先生に鎮痛剤を打ってもらって痛みは治まったんだけど」
「先生にちゃんと相談しておけよ。気にしすぎだったらそれはそれでいいんだからさ」
「うん、わかった。じゃあね」
透明なドアを挟んで和紗は稔を見送る。三つあるエレベーターはボタンを押すとすぐにやって来た。エレベーターのドアが閉まる瞬間、こちらを見ている和紗の目が濡れているような気がした。心臓が跳ねる。しかしそれは見間違えだったのだというように、淡々とした機械音声が稔を一階まで下ろしていった。
***
「熱いな……」
体が熱を持っている。和紗は腹部をさすりながら呟いた。兄の言うように先生に相談した方がいいかもしれない。熱いのは手術の傷があるところや、病巣があった場所だけではない。体の奥が蠢いているような未知の疼きと、洗うため意外には一度も触れたことのない場所から熱いものが流れ出すような感覚。そしてそれは、兄の姿を見た途端にとても強くなっていたのだ。
「まあ、先生に聞けばわかるかな」
和紗は楽観的に考え、その部分を撫でながら病室に戻る。その手の下でわずかにピンク色に発光するものがあることに、彼女はまだ気付いていなかった。
和紗の病室を訪れた稔は、部屋に溢れる花束の数を見て呆れて溜息を吐いた。和紗の友人や後輩たちが代わる代わる見舞いに訪れて置いていったのだろう。和紗は学園の中でも非常に人気がある。それも、学園の王子様として。
さっぱりとしたショートカットに、兄の稔から見ても整った顔立ち。所属している馬術部では気難しいと噂の牝馬のクリスティーヌを乗りこなし、女子生徒には白馬の王子様と囁かれている。クリスティーヌは白馬ではないのだが、という指摘は和紗に熱を上げる女子生徒たちには完全に流されてしまった。
そんな妹なので、入院するとなると見舞い希望者が殺到した。さすがに病院に迷惑がかかるからと「代表者が来て」と和紗自身からのお達しがあったそうだが、それでも病院の花瓶が足りなくなるのではと危惧してしまいそうなくらいの花で溢れてしまっている。
「ああ、お兄。来てくれたんだ」
ドアのところで固まっていた稔を見つけて、和紗が微笑んだ。妹としては特に意識している顔でもないのだろうが、その笑顔で何人の女子生徒を虜にしてきたのだろうかと思ってしまう。今どき、テレビに出ている若手俳優でもそんな甘い笑顔を人に向けたりはしない。
和紗のベッドの周りには二人の女子生徒がいたが、稔が来たとわかると名残惜しそうに病室を出て行った。稔はその二人の背中を見送ってから和紗に話しかける。
「すごい量の花だな。これどうするんだ? 家にこんなに花瓶ないけど」
「全部病院で引き取ってもらうことにしたよ。看護師さんたちに相談したら、ナースステーションとかに飾りたいって」
「ほーん……」
無自覚だろうが、その看護師たちも和紗の笑顔にやられているのだろう。花を引き取ってくれるなら有り難いが、派手にモテる妹を見ているとどうしても一歩引いてしまうのだ。
漫画から出て来たような端整な顔立ち。その上スポーツは万能で、勉強もそれなりに出来る。家族だから、実は抜けているところがあるというのも知っているが、それさえも魅力になってしまうようなところが和紗にはある。
一方の稔は、和紗には似ても似つかない平凡な男である。同じ血が流れているはずなのだが、稔は和紗とは違って顔立ちは地味な上、運動は苦手で、勉強は努力すればそこそこは出来るという程度。和紗の数少ない欠点として絵と作文が下手というのがあるが、逆に稔は絵と作文が得意だったりする。自分は生まれるときにその二つの才能以外全部置いてきてしまって、和紗がその置いてきたものを全部拾って生まれてきたのかもしれない、と稔は常々思っていた。
「体の調子はどうだ?」
「昨晩はちょっと傷が痛んだけど、もう大丈夫」
「そうか。明後日には退院できるって聞いたけど」
「うん、そうみたい。幸い良性だったしね」
和紗の声は少し低く、耳の中に入ると甘く溶けていく。妹だとわかっていてもほれぼれするほどにかっこいい。それどころか、こうして会話している最中に一瞬妹であることを忘れてしまうほどだ。
けれど和紗が入院した理由は卵巣嚢腫の手術のためだった。間違いなく和紗の体が女のものであるということを知らしめる病だ。生殖は体外で行われて、性器がほとんど無用のものとなった今でも、体に残っているそれは様々な病気を患うのだ。
「どうせ必要ないんだから、全部取ってくれてもよかったんだけどなぁ」
和紗が言う。良性だったため手術は腹腔鏡で行われ、和紗の卵巣や子宮はそのまま残されている。使われないものであっても、病んでもいない臓器を取ったりしないというのが今の医療の方針だ。けれど和紗のようにその器官を不要に思う人も多い。
「そういう手術すると大がかりになって、それはそれで病気のリスクになるんだろ?」
「そうらしいね。まあこの分だと部活にもすぐ復帰できそうだから、これで良かったとは思うんだけど……手術して意識しているせいなのか、何だかこの辺が重いんだよなぁ」
和紗が腹部をさする。その範囲が広すぎて胃も入っている気がしたが、それは言わないでおいた。
「気になるようなら、布施先生に相談してみたらどうだ? 気のせいならそれでいいし、他にも何か病気が見つかるかもしれないし」
「怖いこと言うなぁ、お兄。もう病気は嫌だよ……ま、もしそうだったとしたら早期発見に越したことはないか」
「そうだよ。お前に何かあったら悲しむ子たちがいっぱいいるんだからな」
花の数が物語っている。和紗は多くの人に憧れと恋慕が入り交じった感情を向けられていた。そのどれもが純粋な感情だということは誰もが理解している。人類は性欲という獣の感情を捨てた。それでも残った気持ちは下心のない綺麗なものだ。和紗もそれをわかっていて、ゆったりと好意を受け止めている。
「お兄は?」
「え?」
「お兄は、私に何かあったら悲しい?」
和紗は顔をぐいっと近付けて稔に尋ねる。その淡褐色の瞳には稔の姿が逆さまに映っていた。和紗の向こう側にある花瓶のどこからか花の甘い香りがして、一瞬頭の芯が眩みそうになった。
「当たり前だろ。大事な妹なんだからな」
「そっか。病院つれて行ってくれたのもお兄だしね」
「いや、タクシー呼んで一緒に乗っただけだけどな……」
お腹が痛いという和紗を病院に連れて行くために、稔がタクシーを呼んで一緒に乗ったのは事実だ。けれど別に特別なことをしたわけではない。それが普通だと思ったからそうしただけだ。それに対して面と向かって礼を言われると照れくさい。稔は和紗からそっと視線を外した。
「いや、お兄結構慌ててたよ。私の方が冷静だったかも」
「脂汗かいてた奴が何言ってんだ?」
「お腹は痛かったけどさぁ……お兄、まるで私が今にも死ぬんじゃないかってくらい焦ってた気がして」
「死ぬとは思ってなかったけど、家族が苦しんでたら普通そうなるだろ」
「家族、ねぇ……じゃあ、私が家族じゃなかったら?」
「変なこと聞くなよな。和紗が家族じゃなかったらとか、正直考えられないって」
小さな頃から兄妹として一緒に過ごしてきた相手だ。家族ではなかったら、なんて急に言われても上手く想像ができない。和紗は花瓶の花の一つに手を伸ばしながら言った。
「まあ、お兄には璃子ちゃんがいるしね」
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「璃子ちゃんとは上手く行ってるみたいだね。よかった」
「付き合う前とあんまり変わってないって言ったらそうなんだけどな」
「この前美術館デートしたんでしょ? さっき言ってたよ」
「筒抜けだな……」
璃子とのことは家族全員知っているから和紗に隠すことは何もないのだが、あまりにも行動が筒抜けになってしまっているので少し恥ずかしい。稔が緊張しながら誘った美術館デートも、和紗にとっては大したことがないのだろうとも思ってしまう。
「お兄、てっきり璃子ちゃんと来ると思ってたから、そこはちょっとびっくりしたけどね」
「部活だったんだよ」
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昨年稔は展覧会に璃子を描いた絵を出品して、見事銀賞をもらった。自信作だったし、璃子を描くこと自体はやぶさかでもないのだが、二年連続同じ題材もどうなのか、とも思っているところだ。それと同時に、昨年の展覧会で起きた珍事を思い出して稔は溜息を吐いた。
「今年は取り巻き連れてこないでくれよ?」
「みんな絵が見たいって言うから一緒に行っただけなんだけどなぁ」
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和紗が連れてきた女の子たちは静かに鑑賞こそしていたのだが、純粋に数が多かった。狭い部屋に想定以上の人が入ってしまって、展覧会の主催者が驚いていたのだ。さすがにそういう目立ち方は今年は避けたいものだ。
他愛のない話をしているうちに、面会時間終了を知らせるチャイムが鳴った。稔は荷物を持って立ち上がる。すると和紗も電動ベッドのリモコンを操作しながら起き上がった。
「玄関まで送ってくよ、お兄」
「一応病人だろ。ここでいい」
「もうすぐ退院だけどね」
「でもまだ油断はできないだろ?」
それでも和紗が譲らないので、病棟の入り口までは一緒に行くことにした。立ち上がった和紗は首を傾げながらまた腹部をさすっている。
「やっぱちょっと重いんだよなぁ。昨日先生に鎮痛剤を打ってもらって痛みは治まったんだけど」
「先生にちゃんと相談しておけよ。気にしすぎだったらそれはそれでいいんだからさ」
「うん、わかった。じゃあね」
透明なドアを挟んで和紗は稔を見送る。三つあるエレベーターはボタンを押すとすぐにやって来た。エレベーターのドアが閉まる瞬間、こちらを見ている和紗の目が濡れているような気がした。心臓が跳ねる。しかしそれは見間違えだったのだというように、淡々とした機械音声が稔を一階まで下ろしていった。
***
「熱いな……」
体が熱を持っている。和紗は腹部をさすりながら呟いた。兄の言うように先生に相談した方がいいかもしれない。熱いのは手術の傷があるところや、病巣があった場所だけではない。体の奥が蠢いているような未知の疼きと、洗うため意外には一度も触れたことのない場所から熱いものが流れ出すような感覚。そしてそれは、兄の姿を見た途端にとても強くなっていたのだ。
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