月は夜をかき抱く ―Alkaid―

深山瀬怜

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喫茶アルカイド

6・アメフラシ1

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 その日の現場はA-1地区にある学校だった。バイクから降りた由真は物珍しそうに辺りを見回す。星音はそれを見て由真に尋ねた。
「由真さんって学校ほとんど行ってないんでしたっけ」
「高校は通信制。でもそれは寧々も一緒なんだけど。……まあ、中学もほぼ行かなかったかな」
 由真が行方不明になっていた空白の期間。その直前までは梨杏と同じ学校に通っていたが、あまり馴染めないと思っていた。そもそも能力者と無能力者を同じ空間に押し込める公立の学校で能力者が快適に過ごす方が難しい。
「星音は行ってるんだよね、学校」
「行ってますけど……うちのとここんなちゃんとした学校じゃないですよ」
「学校行かなすぎてちゃんとした学校がわからない」
 由真の答えに星音は思わず笑ってしまった。確かにそれだけ学校に行ってなければ、ちゃんとした学校なんてわかるわけがない。
「そんなことより、どこ行けばいいのこれ」
「ハルさんの話では三年二組の教室らしいですけど……これ校舎入れんのかな?」
 校舎の前には警備員が立っている。部外者の由真たちは止められてしまうだろう。とはいえ職務を全うしようとしている人を無駄に攻撃するわけにもいかない。どうするかハルに確認しようと星音が携帯電話を出したとき、二人を呼ぶ声が聞こえた。
「或果? 或果ってここの学校だったの?」
「お嬢様やん……」
 それなりに学費がかかる私立高校。縁遠いと思っていた学校に通っている人が近くにいるとは思わなかった。
「二人分の制服持って来たから。これ着ていけば多分すんなり学校に入れるよ」
「なるほどね……」
 或果に案内されたプールサイドの更衣室で制服に着替え、由真たちは校舎に向かった。本当に制服を着ているだけで何も言われずに通ることができた。部外者なんやけどな、と星音は思いながらも、それを口に出すことはしなかった。
「ハルさんに連絡したのも私なの。私一人で何とかしようと思ったんだけど無理だった」
「何が起きてるんですか?」
「うちのクラスの男子が、無能力者のクラスの女の子を人質に取ってクラスに立てこもってて……その男子の能力が、『他人に言うことを聞かせる』ってやつで」
 それは厄介な能力だ。けれど影響力の大きい能力にはそれなりに制約もあるはずだ。無限に使えるわけではないとか、発動に複雑な手続きが必要になるとか。しかし或果も制約については何も知らないようだった。
 三年生の教室がある三階に辿り着いた瞬間に、物陰からバットを持った男子生徒が飛び出してくる。由真は咄嗟に剣を出してバットを受け止めた。
「人を操って近付けさせないようにしてるわけね……っと」
 由真はバットを受け止めたままで男子生徒の鳩尾を蹴り上げた。吹っ飛ばされて背中を打った男子生徒は我に返ったらしく、混乱の表情を浮かべている。
「衝撃を与えると命令が吹っ飛ぶ感じかな、これは」
「じゃあ私らでも何とかできるかもしれないですね」
 前線に出ない星音や或果も護身用の武器は持ち歩いている。相手は素人で、操られているせいか動きも少し鈍い。十分対応できるだろう。それぞれに武器を構えて正面から突破していく。目指すのは少年が立て篭っているという三年二組だ。
 先頭を走っていた由真が足を止める。目の前に立つ女子生徒は手を銃の形に構えていた。女子生徒が由真にその指を向けた瞬間、指先から水色の光が発された。由真は咄嗟に体を捻ってそれを避けた。光が当たった廊下の床が焼け焦げている。レーザーの類だろう。能力者も操れるとなると厄介だ。けれど戦闘に慣れていない分隙も多い。由真は女子生徒が再び手を構える直前にその懐に飛び込み、その背に手を当てる。
「……やっぱり」
 由真は呟くと、女子生徒の体にスタンガンを押し当てた。意識を失い倒れ込んだ女子生徒を支え、後ろにいた星音を呼ぶ。
「鎮静剤、打ってあげて。このくらいならそれで何とかなる」
「ってことはその子……」
「強い力だけど、多分一日に何回も使える能力じゃない。能力を使いすぎても暴走することがあるから」
 由真の口調は淡々としていたが、普段とは違うことは星音にも或果にもわかった。由真は再び前を見据える。その先にある三年二組の教室。生徒を人質にとって立てこもっている少年がいる場所へ、由真は迷うことなく進んでいく。星音は鞄から鎮静剤の注射が入ったケースを取り出し、気を失った女子生徒の手の甲にそれを突き刺した。
「由真さん、めちゃめちゃ怒ってますよね、あれ……」
「それだけ暴走した能力者に対処してきたんだよ。だから、わざわざ人を暴走させるような行為は許せないんだと思う」
「……或果さん、この子のことお願いします。私は由真さんのところに」
 相手の力量はまだわからないけれど、怒りの感情に支配された由真に何が起こるのか読めないのが星音には不安だった。そうでなくても自分が怪我することには構わずに突き進んでしまいがちな人だから。星音の能力は人の傷を治すためのものだ。だからここで由真から離れるわけにはいかないと思った。
「わかった。由真のこと、よろしくね」
 星音は頷いて由真のあとを追いかけた。由真は星音が追いついたことには気がついたようだが、振り返ることなく、扉の鍵を剣で叩き壊し、教室の中に入った。
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