月は夜をかき抱く ―Alkaid―

深山瀬怜

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番外編7(2024年文披31題)

10・椿(散った)

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 理世子を駅まで送っていく最中、由真は椿を見つけた。椿の花は花の形のまま落ちる。由真は辺りを見回して、地面に落ちた花がどこの木のものなのかを探した。
「あんな崖みたいなところに生えてる……」
「こういう斜面って法面のりめんって言うんだよ。この前寧々が言ってた」
「寧々は相変わらず色々知ってるな……」
 由真は落ちた椿の花を拾い上げた。軽く土を払って見てみる。本当に咲いたままの姿だ。この散り方がお見舞いの時などには良くないと言われているのは知っている。けれど椿の花がどうして花の姿のまま落ちるのかは知らなかった。寧々なら知っているのだろうか。
「――うん、似合う」
 理世子に椿の花を近づけてみる。まるでお姫様のような格好をした理世子には花がよく似合うと由真は思った。しかし理世子はおっとりと笑って言う。
「椿は由真の方が合ってると思うけど」
「そうなの? 不吉って意味?」
「お見舞いの話じゃなくてね」
 理世子は由真から椿の花を受け取り、それを由真の耳の近くに器用に飾った。
「椿が花の形のまま落ちるのはね、下を向くことしか出来ない人にも花の姿を見せてあげるためなんだよ」
 それは明らかに迷信の類いだと思った。由真は知らないけれど、科学的にきちんと説明できるものだったりもするのだろう。けれど理世子の話は悪くないと思った。足下しか見られないような苦しみの中で、不意に美しい花を見つけたなら――少しは心がほどけていくような気がするから。
「私はずっと家の中にしかいられなかった。でも、そんな私にも綺麗な花が見えた」
「私は何もしてないよ」
「椿の花だって特に何かしているわけじゃないわよ。言ってしまえばただ散っているだけだもの。でも、そういうものが誰かを救うことだってあるのよ」
「そっか」
 椿はただ生きて、花をつけて、そして自然の摂理に従って花を落とした。それだけのこと。でもそういうものになりたいと由真は思った。由真はそっと椿の花を外し、地面に置く。
「外しちゃうの?」
「誰かがまた見つけるかもしれないからね」
 俯いて歩く人の道を彩るように。そう願いを込めて、由真はそっと椿の花の横を通り過ぎた。
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