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老婆は孫の話を源三に聞かせたいと言う。
「あなた、賢二は、もう二十歳になったのよ。前に、あなたと成人の日に贈ろうって話してた万年筆を渡したわ。今の子は使い方も知らないみたいで、困ってたのよ……」
老婆は、まるで本人と話しをしているように嬉しそうな顔をする。
菜々は意識を集中し、源三の声に耳を傾けた。
「賢二さんの成人のお祝いに二人で行きたかったそうです……帰りに、昔よく行った甘味処で、あんみつを食べたかったなぁとも仰ってます」
菜々がそう告げると、堰を切ったように老婆が涙を流す。
このようなことは珍しくなかった。
亡くなった方の遺品を持ってくる客が殆どだった為、故人との思い出が甦ると、皆、感情が溢れてしまうのだった。
そんな時、菜々は読み取ったメッセージを全て便箋にしたため、客に渡すことにしていた。
すると客は皆、彼女に感謝し、中には手を合わせてから店を出ていく者もいた。
菜々は老婆に便箋を渡し、狭く急な階段を老婆が転んでしまわないよう、見守るように歩いた。
「本当にありがとうございました。あの人に訊きたかったこと、伝えたかったこと、全て叶えて頂いて」
階段を上り終えると、老婆は菜々に深々と頭を下げ、礼を言った。
菜々が恐縮していると……
「あの……間違ってたらごめんなさい。あなた、春子さんのお嬢さんじゃない?」
菜々は『春子』という名に、心臓が激しく打ち始めるのを感じた。
視界が暗転し、菜々は道路に倒れ込む。
老婆は慌てて店に戻り、知世に助けを求めた。
――『春子』とは菜々の蒸発した母親の名前だった。
知世が救急車を呼ぼうとすると、菜々は断固としてそれを嫌がった。
父親に余計な心配をさせたくないと……
そして菜々は倒れた理由も父親に知られたくなかったのかもしれない。
菜々の呼吸が整うのを待って、知世は肩を貸し、彼女をを店内のソファに横たわらせた。
知世は菜々に倒れてしまった経緯を訊く。
菜々は少し話すのを躊躇ったが、仕方なく知世に話すことにした。
菜々が、全て話し終えると、
「あの婆さん、余計なことを……だけどさ、菜々は母さんと会いたくないのかい?」
と菜々が今まで見たこともない深刻な顔で知世が訊く。
「…………」
「余計なお世話かもしれないけどさ、親は会えるうちに会っておいた方がいいよ」
菜々は知世の素性を詳しく尋ねたことがなかった。
彼女と深く関わることを意図的に避けていたのだ。
「今更、何でそんな風に言うんですか。そういう人じゃないって思ってたのに……」
菜々は幼い時から、自分に対して必要以上に哀れみを出してくる大人が苦手だった。
そういう余計な気遣いを知世から受けたことはなく、二人でいると気が楽だった。
「私は、あんたと違って自分のせいなんだけど、意地を張って会わないうちに父親が死んじゃったんだよ……こんな能力持ってるくせに、自分と自分の家族のことは何一つ予知できなかったわけ」
知世は、そう言って苦笑いを浮かべた。
相変わらず、菜々は黙り込んでいる。
「人助けばっかりしてないで自分の幸せに、もっと欲張りになんな」
そう知世は菜々に言い放つと、店の奥に消えていった。
「あなた、賢二は、もう二十歳になったのよ。前に、あなたと成人の日に贈ろうって話してた万年筆を渡したわ。今の子は使い方も知らないみたいで、困ってたのよ……」
老婆は、まるで本人と話しをしているように嬉しそうな顔をする。
菜々は意識を集中し、源三の声に耳を傾けた。
「賢二さんの成人のお祝いに二人で行きたかったそうです……帰りに、昔よく行った甘味処で、あんみつを食べたかったなぁとも仰ってます」
菜々がそう告げると、堰を切ったように老婆が涙を流す。
このようなことは珍しくなかった。
亡くなった方の遺品を持ってくる客が殆どだった為、故人との思い出が甦ると、皆、感情が溢れてしまうのだった。
そんな時、菜々は読み取ったメッセージを全て便箋にしたため、客に渡すことにしていた。
すると客は皆、彼女に感謝し、中には手を合わせてから店を出ていく者もいた。
菜々は老婆に便箋を渡し、狭く急な階段を老婆が転んでしまわないよう、見守るように歩いた。
「本当にありがとうございました。あの人に訊きたかったこと、伝えたかったこと、全て叶えて頂いて」
階段を上り終えると、老婆は菜々に深々と頭を下げ、礼を言った。
菜々が恐縮していると……
「あの……間違ってたらごめんなさい。あなた、春子さんのお嬢さんじゃない?」
菜々は『春子』という名に、心臓が激しく打ち始めるのを感じた。
視界が暗転し、菜々は道路に倒れ込む。
老婆は慌てて店に戻り、知世に助けを求めた。
――『春子』とは菜々の蒸発した母親の名前だった。
知世が救急車を呼ぼうとすると、菜々は断固としてそれを嫌がった。
父親に余計な心配をさせたくないと……
そして菜々は倒れた理由も父親に知られたくなかったのかもしれない。
菜々の呼吸が整うのを待って、知世は肩を貸し、彼女をを店内のソファに横たわらせた。
知世は菜々に倒れてしまった経緯を訊く。
菜々は少し話すのを躊躇ったが、仕方なく知世に話すことにした。
菜々が、全て話し終えると、
「あの婆さん、余計なことを……だけどさ、菜々は母さんと会いたくないのかい?」
と菜々が今まで見たこともない深刻な顔で知世が訊く。
「…………」
「余計なお世話かもしれないけどさ、親は会えるうちに会っておいた方がいいよ」
菜々は知世の素性を詳しく尋ねたことがなかった。
彼女と深く関わることを意図的に避けていたのだ。
「今更、何でそんな風に言うんですか。そういう人じゃないって思ってたのに……」
菜々は幼い時から、自分に対して必要以上に哀れみを出してくる大人が苦手だった。
そういう余計な気遣いを知世から受けたことはなく、二人でいると気が楽だった。
「私は、あんたと違って自分のせいなんだけど、意地を張って会わないうちに父親が死んじゃったんだよ……こんな能力持ってるくせに、自分と自分の家族のことは何一つ予知できなかったわけ」
知世は、そう言って苦笑いを浮かべた。
相変わらず、菜々は黙り込んでいる。
「人助けばっかりしてないで自分の幸せに、もっと欲張りになんな」
そう知世は菜々に言い放つと、店の奥に消えていった。
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