彼女にできること

時和 シノブ

文字の大きさ
6 / 8

6

しおりを挟む
老婆は孫の話を源三に聞かせたいと言う。

「あなた、賢二けんじは、もう二十歳になったのよ。前に、あなたと成人の日に贈ろうって話してた万年筆を渡したわ。今の子は使い方も知らないみたいで、困ってたのよ……」

老婆は、まるで本人と話しをしているように嬉しそうな顔をする。

菜々は意識を集中し、源三の声に耳を傾けた。

「賢二さんの成人のお祝いに二人で行きたかったそうです……帰りに、昔よく行った甘味処で、あんみつを食べたかったなぁとも仰ってます」

菜々がそう告げると、堰を切ったように老婆が涙を流す。
このようなことは珍しくなかった。
亡くなった方の遺品を持ってくる客が殆どだった為、故人との思い出が甦ると、皆、感情が溢れてしまうのだった。
そんな時、菜々は読み取ったメッセージを全て便箋にしたため、客に渡すことにしていた。
すると客は皆、彼女に感謝し、中には手を合わせてから店を出ていく者もいた。

菜々は老婆に便箋を渡し、狭く急な階段を老婆が転んでしまわないよう、見守るように歩いた。

「本当にありがとうございました。あの人に訊きたかったこと、伝えたかったこと、全て叶えて頂いて」

階段を上り終えると、老婆は菜々に深々と頭を下げ、礼を言った。
菜々が恐縮していると……

「あの……間違ってたらごめんなさい。あなた、春子はるこさんのお嬢さんじゃない?」

菜々は『春子』という名に、心臓が激しく打ち始めるのを感じた。
視界が暗転し、菜々は道路に倒れ込む。
老婆は慌てて店に戻り、知世に助けを求めた。

――『春子』とは菜々の蒸発した母親の名前だった。

知世が救急車を呼ぼうとすると、菜々は断固としてそれを嫌がった。
父親に余計な心配をさせたくないと……
そして菜々は倒れた理由も父親に知られたくなかったのかもしれない。
菜々の呼吸が整うのを待って、知世は肩を貸し、彼女をを店内のソファに横たわらせた。

知世は菜々に倒れてしまった経緯を訊く。
菜々は少し話すのを躊躇ったが、仕方なく知世に話すことにした。
菜々が、全て話し終えると、

「あの婆さん、余計なことを……だけどさ、菜々は母さんと会いたくないのかい?」

と菜々が今まで見たこともない深刻な顔で知世が訊く。

「…………」

「余計なお世話かもしれないけどさ、親は会えるうちに会っておいた方がいいよ」

菜々は知世の素性を詳しく尋ねたことがなかった。
彼女と深く関わることを意図的に避けていたのだ。

「今更、何でそんな風に言うんですか。そういう人じゃないって思ってたのに……」

菜々は幼い時から、自分に対して必要以上に哀れみを出してくる大人が苦手だった。
そういう余計な気遣いを知世から受けたことはなく、二人でいると気が楽だった。

「私は、あんたと違って自分のせいなんだけど、意地を張って会わないうちに父親が死んじゃったんだよ……こんな能力持ってるくせに、自分と自分の家族のことは何一つ予知できなかったわけ」

知世は、そう言って苦笑いを浮かべた。

相変わらず、菜々は黙り込んでいる。

「人助けばっかりしてないで自分の幸せに、もっと欲張りになんな」

そう知世は菜々に言い放つと、店の奥に消えていった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

白椿の咲く日~遠い日の約束

紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに姉の稚子(わかこ)と会う。真由子の母、雪江は妻を亡くした水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。実之には俊之、稚子、靖之の三人の子がいた。 稚子と話をしているうちに、真由子は雪江と庭の白椿の木に、何か関係があることに気がつき…… 大人の恋物語です。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...