おにぎりと酒が導いた社畜の異世界転生 ~落ち武者守護霊の力を添えて~

浅沼

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転生後

7.元社畜エンジニア  幽体離脱デビュー

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 はっと、目が覚める感覚がした。
(ん…?お昼寝タイムは終わったのか?)

 そう思いながら辺りを見回すと、目に飛び込んできたのは、鮮明な視界。赤子の体では到底見えなかった家具のデザインや配置がくっきりと認識できる。そして、視線の先には赤子――直感的にそれが自分だと分かった。

 驚いて自分の体を見下ろすと、腕には見覚えのあるスマートウォッチが装着されている。身に着けているのはお気に入りのレザージャケットにタートルネック、ストレートシルエットのパンツ、そして生活が苦しいながらも奮発して買った某ブランドのブーツ。自称ファッショニスタアラサー女のお気に入りコーデ一式だ。

(これは…まさか、前世の私の姿?…それはそうと相変わらずこのブーツ可愛いな。)

 鏡はないので顔は確認できないが、どう考えても幽体離脱したような状態だ。
 驚きよりも湧き上がるのは嬉しさだった。この世界の情報を知りたくて仕方がなかった自分にとって、赤子の体から離れて動けるのは願ってもない好機だ。加えて、ブーツだ。例え死んでも奮発してかったブーツ。「ブーツだけはあの世に持っていきたい」それほど程愛していたものが目の前にある。私は沸いた。某クィーンバンドのボーカルの決めポーズようなポーズを自然に取っていた。

 興奮も落ち着いてきたころ、まずは現状を把握しようと、改めて部屋の様子を観察する。どうやら夜のようで、薄暗い中でも壁の白さやブラウンの木材の床がぼんやりと見える。部屋の広さはおおよそ10畳ほど。

中央に赤子用ベッド――つまり私の現在の体が眠っており、その隣の大きいベッドには両親が同じベッドで仲良く寝ている。

 家具はタンスが2つに、服をかけるハンガーラックが1つ。全体的にシンプルで質素な印象だが、どこか落ち着いた雰囲気もある。無〇良品で売っていそうなデザインだ。

 ラックにはローブが1着、レザーコートが2着かかっている。
 ローブはフード付きでふくらはぎまで届く丈。外側が黒で内側が赤、いかにもファンタジー世界の魔法使いが着ていそうな装いだ。一方、レザーコートは防寒用だろうか。表は厚手のレザー、内側は暖かそうなボア素材だ。

(やっぱりここは前世とは違う。このローブ、いかにも異世界感がある…。)
 そんなことを考えていると、不意に声がした。

「なんだ、シキ。そんなこともできるのか。」

 低く響く声にぎょっとして辺りを見渡すと、そこにいたのは、先ほどまで存在しなかった“男”。
 頭は湘南のサーファーを彷彿させる黒髪ロン毛、身には赤い甲冑、腰には刀を差しをしていた。つまり、落ち武者のような姿だった。その姿はどこか禍々しくもあり、不思議な威厳が漂っている。驚きと戸惑いで動揺する私をよそに、その“落ち武者”は不敵な笑みを浮かべながら、こちらに近づいてきた。

「よう、この前ぶりだな。」
 この前ぶり…?私は、あの“落ち武者”を思い出し、率直に尋ねた。
「この前、って…あの落ち武者さん?」
「ああ、そうだ。ただ、“落ち武者”と呼ぶのはやめてくれないか。俺の名前は黒田だ。」
 彼――黒田は少し困ったように頭をかいた。

「じゃあ、これからは黒田さんと呼びます。」
「ああ、よろしく頼む。それと、敬語もさん付けも無しでいい。」
「わかった。じゃあお言葉に甘えてそうする。」
 私たちは簡単に自己紹介を終えると、本題に入った。

「それはそうと、黒田はなんでいるの?」
「あっけらかんとした質問だな。」
 黒田は苦笑する。
「まって、外を歩きながら喋らない?この世界の情報を知りたいの。」
 幽体離脱がいつまで続くかわからないし、次に同じ状態になれる保証もない。動ける今のうちに、できる限り情報を集めておきたかった。

「分かった、外を歩きながら話そう。」
 私たちは外へ出ることにした。しかし、私たちは実体を持たない霊のような存在で、ドアノブに手をかけることができなかった。

「…黒田、これどうやって外に出るの?」
「霊なんだからすり抜ければいい。」
 黒田はそう言うと、何の躊躇もなくスッとドアの外へ抜けていった。彼の真似をして私もすり抜ける。霊の先輩に教わるという状況が何とも不思議だ。抜けた先は、家の2階部分の廊下だった。階段を降り、玄関を抜けて外へ出る。

 外の景色は所々に雪が積もっており、季節はおそらく冬だろう。私たちは寒さを感じることなく、舗装されていない道を歩き始めた。

 歩きながら、黒田が語り始める。
「戦で命を落とし、主君に尽くせなかった無念を抱えたまま、この世に留まっていた。」
「…戦?」
 黒田の言葉に驚きつつ耳を傾ける。
「ああ。そしてある日を境に、お前がおにぎりと酒を供えるようになっただろう?」

 彼の話に耳を疑った。おにぎりと酒…?
「私が…供えた?」
「ああ、お前がいつも酒とおにぎりを置いていたあの長椅子、いや、“ベンチ”とやらのそばにな。」
 思い当たる節がある。前世でランニングの前に夜間の幽霊対策として持っていたお酒と塩(おにぎりに付けている)を置いてランニングをしていた。それが“お供え”になっていたのだろうか?

「その供え物のおかげで、俺は霊としての格が上がった。そして回数を重ねるごとに、死んだ理由や自我を取り戻したんだ。」
 どうやら考えていた幽霊対策ではなかったらしい。適当に置いただけでお供えもの判定になるとは、この世界がゲームだったら間違いなくバグだ。黒田に「実はおそなえじゃありませんでした」と言うのもなんだか可哀そうなので黙っておくことにする。

「それで俺は、お前が刺されたあの日を見ていた。」
 黒田の声が少し低くなる。
「刺されたお前を見て、俺は戦で死んだ自分とお前が重なった。無念な死ほど悲しいものはないからな。
 そこで俺は強く助けたいと思ったんだ。ただ俺は霊だ、物質に干渉することはできず、お前が息絶えるまで見守ることしかできなかった。」
 黒田の言葉に、胸がじんと熱くなった。黒田が戦で死んだこと、それと私が死んだ時にだれかそばにいて、それを助けてたいと思ってくれていた。体がないのに、涙がこぼれそうな感覚になる。やっぱり、黒田に「実はおそなえじゃありませんでした」と言うのは辞めておこう。今からお供え認識へ変えます。

「黒田、ありがとう。…やっぱり、黒田は日本にいたんだね。」
「ああ、日本だ。そして、気づけばこの世界にいた。」
「なんでこの世界に?」
「それが分からない。だが俺の考えでは、霊として格が上がり、お前の守護霊になったのかもしれないと考えている。」
 守護霊…。まさかの展開に私は目を見開いた。
「守護霊…か。なんか想像以上にすごいことになってるね。」
 自分が異世界転生したという事実にも慣れてきたが、守護霊まで登場するとは思わなかった。

「お前も大したやつだよ。生前のちょっとした行動が、俺をここまで引っ張ってきたんだからな。」
 黒田は感慨深げに語る。

「そういえば、黒田がこの世界に来たのって、私が生まれる直前とか?」
「いや…正確な時間はわからないが、気づいたら赤子のお前がいた。それまではずっと、ぼんやりしていた気がする。」
「なるほど…。ということは、私と黒田には何かしらの縁があるのかもね。」
「縁…か。そんなものがあるなら、大事にしたいものだ。」
 そう言って黒田は静かに笑った。その笑顔は、戦場に散ったという過去の悲壮感からは想像できないほど穏やかだった。
 そんな話をしていると、遠くから何か異形なものが見えた。
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