【長編・完結】この冒険者、何者?〜騎士さまと噂の冒険者は全てを見通す目と耳をお持ちです〜

BBやっこ

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1-1優雅な冒険者

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「おはようございます」

にこやかな声で挨拶をする男が、階下に降りてきた。
冒険者ならば、もっと早くに依頼を取り合いしている頃をだいぶ過ぎたのだが。

まあ、この男に押し合い圧し合いの依頼をギルドで受ける。…そんな姿は想像できなかった。
冒険者のような筋肉はありながら柔らかい小麦粉の穂のような金髪と、にこやかな目元に出る笑い皺が印象を柔和にする。

髪はさっぱり切っていて、髭もあたって清潔感のある姿だ。独り身らしいが、身だしなみは整っている。
誰か良い人がいるのか、世話する者がいてもおかしくなさそうだが。そんな人影はないと、かつて商人の目利きで夫の方は見ている。


「良い匂いですね、昼食はミルクスープですか。」

正解だ。柔らかくなるまでキャベツを煮るのが婆さんのスープのコツらしい。

今日も武装することなく、町着のようなシンプルな装い。町で買ってきたような服でも着る人物が高級だと安っぽく見えないものだと感心しているのは、老夫婦どちらも同じだった。

「お茶でも如何ですか?スープも食べれますよ。」
「スープをいただけますか。とても良い匂いで食欲を誘いますね。朝から嬉しいです。」

夫も婦人も朝食はすんでおり、お茶を飲んでいた。
片方は新聞を読み、婦人は昼食の支度をしていたようだ。この夫婦の毎日の習慣なのは自然と知れていた。

頃合いを計って、部屋から降りてきたのだろう。夜は出る時もあれば、依頼で帰らない事もあった。
言付けをしていってくれるので心配はない。

腕っぷしが強いとは聞くも、それを目撃するチャンスはきていなかった。
互いに気を遣うものの、気楽なものでお茶をしながらの世間話もした。町の者とも挨拶する仲になっている。

よく、市場の人達の噂話にのぼるのだ。

身のこなしや、今の暮らしぶりからして『貴人だった』と言われても信じる者が多いだろう。
牛乳を届けに来たいつもの兄ちゃんが、この男に出くわした時に下手な丁寧語を使っている。今日もだっだ。

市場のお喋り好きは、甲高い声で話し相手をかってでる。
まあ、あそこの連中は姿が良い奴ならあんな調子か。


この男は、騎士様だと思われている。自身は冒険者だと名乗ったのだが、ここを商会してくれたお嬢さんの紹介でそう認識されただけだ。そうというのも…。

『私を救って下さった騎士様です』

元商会員で今は隠居の夫の方は、初対面でそう紹介された。
部屋をしばらく貸して欲しいと、その相手を商会へ迎えに来たところでそう言われて目を瞬かせた。

『いいえ、騎士ではありませんよ』
商会長の娘からの紹介をやんわり否定したのは、男自身だった。
その時は冒険者の護衛の任務であったのだが、それを差し引いてもよく知っているお嬢さんから信用された男を家に招く事にした。

気に入らなければ断って良いと言われているが、世話になった商会の役に立ちたい気持ちもある。
それに、初対面ではどんな人物か測りきれなかった。

腕っぷしは立つ。
喋り方や態度は、主従の関係を経験したか?

自身が見定められているのを、にこやかに待つ余裕を持っていた。


「まあ。面白い男だな」

これが、老夫婦が住む部屋の一室を貸す形で滞在している経緯だった。


男が紹介されたこの家の仮住まいは、周りも静かで気に入っていると話していた。倉庫などの建物も多くメインストリートからは外れている閑静な場所だ。町育ちの夫婦ものが多く住んでいる。

騎士様と言われたのは否定したが、男はどう認識されているのか。

ただの冒険者であるのに。騙していると誤解されないように訂正していかないとと思っている。
なぜか、立派な人間だと思われがちだった。

「実際はただの冒険者であって、中堅といえるくらいに長くこの暮らしをしていた。
懐も温かく、のんびりしているんだ。」


男の独特な長閑さに、冒険者の暮らしとは合わない気もするが。
依頼の取り合いをする仕事はしなくて良く、指名依頼やたまの採取や魔物討伐で暮らしていける腕だそうだ。

そういえば土産にと魔ウサギ肉を持ち帰っていた。
あれは刺突が危険で、すばしっこい。初心の冒険者では討伐が難しい相手だ。
複数で仕留めるのが一般的な方法だが、男には土産ついでに獲れるらしい。


ついでだったと言っていたが、元々の依頼はなにだったと言っていたか?
かと思えば、町での依頼も受けていた。

商会にも顔出ししているようだし、良好な関係を続けているようだ。
商人としては頼りになる護衛がいるのは心強いね。

気さくで腕が立つ、交渉次第で柔軟な対応をしてくれるのも嬉しいもんだ。


男にとって護衛でこの町に来たが、部屋を借りられたのは幸先が良かった。

この町には市も立って活気があるし、冒険者が集まるのはもう少し先にある街だ。
ここにも冒険者が見られるが、依頼を取り合いに行くような冒険者が多い。



「活気があるが、それほど深刻な対立などには縁がなさそうだ。」


老夫婦は穏やかで、踏み込み過ぎない距離が心地よい。観察はされているが、あれは習慣だろう。
夜はそんなに飲み明かす場所も少ない。

借りている部屋はかつて子供部屋だったと聞くが、『3人の子供達が巣立った後は物置きに使うだけであったため
良い人がいれば部屋として貸したいと思っていた』と話を直接に聞いた。

「我が家だと思ってのんびりしてください」

不審がられてもおかしくないと思うが、ご婦人は温かく迎え入れてくれた。元商人の夫君おっとくんの目にはどう映っているのだろうか。

(流石に、騎士とは思っててないよな?)

世話好きな夫婦の生活リズムは決まっており、家を空け留守を守るくらいには信用された様子。
留守番役をかってでた時にきた人物は、護衛の時に見た商会の男だった。持ち込みの酒を一緒に呑んで朝だったな。


夜通し飲み明かしたり、泊りがけの依頼だったりを、のんびり受けているのが最近だ。

『また護衛依頼を受けてくれると嬉しい』

どこへ行くかはまだ決めかねている。決まるまでいてくれて良いという言葉に甘えている現状だ。
少々の泊まり賃も渡していたが。

「今日は冒険者ギルドを覗きに行ってきます」
「そういえば冒険者の活動をしているのでしたなあ。」

騎士さまと揶揄われているのがわかり、苦笑するしかない。
そういえば、市場で世間話をする女将さん方も“騎士さま”呼びであった。

もう定着していて、変えられないのかもしれない。
懐は温かいからって、しっかり冒険者の活動をしていないのが原因だろうか?

世間の冒険者の印象というのは、日が昇る前に冒険者ギルドで依頼を取り合い、所属のギルドで依頼の達成に勤しむ。


私のようにどこにも所属しない野良冒険者は珍しいというより、冒険者にみえない。

どこ所属というのが自慢な事もあるらしい。
それは、この国の特徴だろうか?


「どう巡るかなあ」

今日の予定か、これからの旅に道行きか。
独りごちて、男は足取り軽く知った道を進んで行った。


大きな通りに出れば、呼び込みの声が賑やかだ。

「干し肉!ひと袋でオマケにも一個入れちゃうっ」
「今日のポーションはひと味違うよー!」



冒険者向けの店も多い。

消費しやすい物を中心に、店先からの呼び声を通り抜けた。

冒険者ギルドでは
貼り出された依頼をざっと見て受付に向かう。

「変わった依頼は出ているかな?」


冒険者の活動をするか
まだいいか。

商会からまた護衛依頼を受けてくれるなら嬉しいと言われているが。
指名依頼も入っていないようだ。


顔見知りのご婦人達に挨拶をして、
重いもの買い物を手伝い、修繕を手伝ったりと勝手知ったる家になった。
根掘り葉掘りされないので気に入っている。


世間話という名の情報収集をする事にした。



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