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第一章
3.足早に
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決めてしまってからは、早かった。
真子自身も自分がこんなに行動が早い事に対し、正直ふしぎでならなかった。
優二にも実家の母にも、採用が決まってから事後報告した。
離れた土地に行く事を、優二はもっぱら心配したが、あまり口出しする権利も無いと思ったのか、引き留めなかった。
ただ、長期休みや連休は、礼と会いたいと言うこと。何かある時は必ず互いに連絡は取り合うと。この二つはしっかりと約束させられた。
礼と会う日の約束以外に、私と優二が連絡を取る必要があるのか?
その他の要件すら、そもそも発生するのか疑問に思い腑に落ちなかったが、
優二のことが大好きな礼のためにも、私もその約束は果たすべきだと思った。
実家の母、真巳も同じように遠く離れる事を心配した。
街を出る前に、田舎の母にも会いに行った。現在住んでいる街から、そう遠くはない真子のの実家。1時間ほど新幹線で移動する。都心から、こんなにも景色が変わる。
礼が生まれる前に父が亡くなり、細々と1人で暮らしている心優しい母。もう37になる娘をいつまでも心配している。
「そこまで無理して働かなくても。優二さんも、支えてくれるだろうに。」
控えめながらにも、どこか真剣な母の言葉。
優二の名前が母の口から出たことに、途端にむすっとする真子。
「優二は関係ないでしょ。もう他人なの」
幸い、礼は庭で遊んでいる。
きゃははと声をあげながら、無邪気に芝犬のこだまと戯れあっている。
その姿を目を細めて優しげに、どこか寂しげに見つめる母。
そんな母の顔を見て、私もなぜか寂しくなった。
当然だろう。
一人娘と、たった1人の孫なのだから。
「優二と礼も定期的に会うことになってるの。必ず母さんのところにも顔見せに来るから」
「そおねえ。」
相槌なのか、諦めにも似たような声で、真巳はつぶやいた。
「何かあったら、すぐに帰っておいで。うちで一緒に暮らすこともできるでしょう?」
はしゃぐ礼に目線を向けたまま、真巳は言う。
優しい母の言葉に、気持ちが揺らぐ。
だが、真子は決めたのだ。不自然なあの広告を見つけた時から。
なぜ、あんなにも湧き上がる思いがあるのか。唐突に決めた知らぬ土地での生活。
心機一転、清々しい?
いや、不安なような、胸から突き上げるようなドロっとした重い塊すらある。
なぜ、私はそこに行きたいのだろう。
庭の芝が、日向と日陰で濃い濃淡を作っている。
縁側で両腕を突っ張って上肢を支え、足をゆらゆらさせてみる。
地面をスレスレに、真子のスポーツサンダルが芝を擦り、サッ、サッ、とサンダルの足底に心地良い感覚が伝わる。
顔を真っ赤にして礼が駆け寄ってきた。犬のこだまも、ハッハッと言いながら、真子の足元で尻尾を振っている。
「西瓜、切ろうねえ」
真巳がくしゃっとした笑顔で、礼の頬を包んだ。
「ばあばの手、冷たくて良い気持ち!早く西瓜食べたい!」
実家に来ると、途端に無邪気になる礼。
そんな礼を見ると、真子も何だかホッとするのだ。
こだまの茶色く少し硬い毛。頭を強めに撫でた。もっと、とでも言うように尻尾を激しく振る。
こだまも歳を取った。
礼と二人、台所へと向かう真巳の背中を何となく目で追う。
ふくよかさもありながら、ずいぶんと小さく見えた。
「ぼーっとしてないで、あんたもおいで」
無造作にサンダルを脱ぎ、パッと立ち上がる。
縁側から見あげた9月の空は、偽物みたいな青と白が広がり、夏の小説の表紙でも描いたように見事に映えていた。
真子の胸がぎゅっと揺締まった。
真子自身も自分がこんなに行動が早い事に対し、正直ふしぎでならなかった。
優二にも実家の母にも、採用が決まってから事後報告した。
離れた土地に行く事を、優二はもっぱら心配したが、あまり口出しする権利も無いと思ったのか、引き留めなかった。
ただ、長期休みや連休は、礼と会いたいと言うこと。何かある時は必ず互いに連絡は取り合うと。この二つはしっかりと約束させられた。
礼と会う日の約束以外に、私と優二が連絡を取る必要があるのか?
その他の要件すら、そもそも発生するのか疑問に思い腑に落ちなかったが、
優二のことが大好きな礼のためにも、私もその約束は果たすべきだと思った。
実家の母、真巳も同じように遠く離れる事を心配した。
街を出る前に、田舎の母にも会いに行った。現在住んでいる街から、そう遠くはない真子のの実家。1時間ほど新幹線で移動する。都心から、こんなにも景色が変わる。
礼が生まれる前に父が亡くなり、細々と1人で暮らしている心優しい母。もう37になる娘をいつまでも心配している。
「そこまで無理して働かなくても。優二さんも、支えてくれるだろうに。」
控えめながらにも、どこか真剣な母の言葉。
優二の名前が母の口から出たことに、途端にむすっとする真子。
「優二は関係ないでしょ。もう他人なの」
幸い、礼は庭で遊んでいる。
きゃははと声をあげながら、無邪気に芝犬のこだまと戯れあっている。
その姿を目を細めて優しげに、どこか寂しげに見つめる母。
そんな母の顔を見て、私もなぜか寂しくなった。
当然だろう。
一人娘と、たった1人の孫なのだから。
「優二と礼も定期的に会うことになってるの。必ず母さんのところにも顔見せに来るから」
「そおねえ。」
相槌なのか、諦めにも似たような声で、真巳はつぶやいた。
「何かあったら、すぐに帰っておいで。うちで一緒に暮らすこともできるでしょう?」
はしゃぐ礼に目線を向けたまま、真巳は言う。
優しい母の言葉に、気持ちが揺らぐ。
だが、真子は決めたのだ。不自然なあの広告を見つけた時から。
なぜ、あんなにも湧き上がる思いがあるのか。唐突に決めた知らぬ土地での生活。
心機一転、清々しい?
いや、不安なような、胸から突き上げるようなドロっとした重い塊すらある。
なぜ、私はそこに行きたいのだろう。
庭の芝が、日向と日陰で濃い濃淡を作っている。
縁側で両腕を突っ張って上肢を支え、足をゆらゆらさせてみる。
地面をスレスレに、真子のスポーツサンダルが芝を擦り、サッ、サッ、とサンダルの足底に心地良い感覚が伝わる。
顔を真っ赤にして礼が駆け寄ってきた。犬のこだまも、ハッハッと言いながら、真子の足元で尻尾を振っている。
「西瓜、切ろうねえ」
真巳がくしゃっとした笑顔で、礼の頬を包んだ。
「ばあばの手、冷たくて良い気持ち!早く西瓜食べたい!」
実家に来ると、途端に無邪気になる礼。
そんな礼を見ると、真子も何だかホッとするのだ。
こだまの茶色く少し硬い毛。頭を強めに撫でた。もっと、とでも言うように尻尾を激しく振る。
こだまも歳を取った。
礼と二人、台所へと向かう真巳の背中を何となく目で追う。
ふくよかさもありながら、ずいぶんと小さく見えた。
「ぼーっとしてないで、あんたもおいで」
無造作にサンダルを脱ぎ、パッと立ち上がる。
縁側から見あげた9月の空は、偽物みたいな青と白が広がり、夏の小説の表紙でも描いたように見事に映えていた。
真子の胸がぎゅっと揺締まった。
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